砂菩に詠む月

2004/11/18(木)11:38

Pure-Jamその3

小説(45)

彼女の両親が離婚するかも知れないということだった。 もしそうなれば、母親は日本の居住権を失うことになり北朝鮮に送還されてしまう。 その上彼女の父親には大層な借金があり、18歳になった彼女のもとへ 借金取り達が押しかけてくるという。 それを避けるために彼女は実家から離れて暮らしていたのだが、蛇の道は蛇だ。 どこで調べるのか毎日のように押しかけてきたという。  母親のことと借金取りのことで、彼女は相当まいっていた。仕事も変えた。 それでも安心はできなかった。幸い新しい仕事場はまだ借金取りにはバレていなかった。 それでも彼女は怯えていた。 「もう何も考えられなくなったの」彼女は僕に電話で言った。 事の次第を聞いて僕は一つの考えを浮かべた。 「ねえ、僕と...僕と結婚しよう。」携帯電話に向かってそう僕は言った。 彼女の呼吸音が聞こえる。返事は無い。 「僕と結婚すればいい。そうすればお母さんと一緒に住めばいいし、借金取りだって 追い払う方法はある。」 「そんなに簡単じゃないのよ」彼女は泣き始めたのか 声が震えている。 「大丈夫だ。僕は君を助けたいし君が好きなんだ。いざとなったら弁護士だって 大使館だって何とかするよ!」 この時僕は北朝鮮の大使館など存在しないことすら知らなかった。国交が無いことさえも、だ。 ただそのとき僕は彼女をなんとか元気付けたかったのだ。 僕は叫び声になっていた。何人かの通行人が振り返った。 「とにかく一人で悩むのはやめてくれないか?いいね?」 電話からは泣きじゃくる嗚咽のような声だけが聞こえていた。 1時間くらいだろうか。僕はその声を聞いていた。時々「大丈夫だよ」と声を掛けながら。 そのあと彼女は「また連絡するから。」と言って電話を切った。 この事件は彼女と付き合い始めて、1月と2週間がすぎた日だった。 僕は当時オープン間近のコンビニエンスストアの店長をしていてかなり忙しかった。 スタッフの募集と面接。シフト組み。保健所への書類の提出。衛生管理者の講習。店の開店準備。 そんなことに追われていた。彼女からの連絡は1週間たっても無かった。僕も忙しすぎて寝る暇を削る状態だったから 電話もメールさえもできずにいた。なんとか店をオープンさせ、それでも1日16時間近く店に居て 仕事に追われていたある日。一度に5通のメールが携帯に入った。深夜1時のことだった。

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