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アメリカ発 ”おやじ” のブログ

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アメリカ旅行 (1989年)

2009年12月10日
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このブログでは、アメリカ旅行の記事をメインに展開するはずが、ドーナツ屋メインになってしまってますねぇ。

 

なぜ?

当時はデジカメがなく、写真をスキャンしないといけないので、面倒なのです。

今回はバイクを購入するまでの話を書いて、写真は追って掲載することにします。

 

 

前回は、ロサンゼルス空港で、バイクを何処で買うか分からないところで終わっています。

実は、出発前に、LA近近郊のバイク屋リストを作ってあったんですが、そこまでの交通手段がなかったのです。

 

結局、白タクに乗って、アナハイム(ディズニーランド近く)にあったKawasakiのディーラーに行くことにしました。

 

英語で無事買えるのでしょうか?

道中、不安でいっぱい。

 

 

店に着いて早速中古車コーナーへ・・・

店員と目を合わせないように、うつむき加減でバイクをチェック。

すると、出発前に聞いていたより、中古車相場が高いじゃないですか。

長距離移動するので、最低750ccは欲しかったのに、金額からすると450ccが精一杯。

更に募る不安・・・

 

 

すると店の置くから ”日本人?” と声をかけてくれたのが、ラッキーなことに日本人従業員。

今までのうつむき加減な姿勢から、一気に購入モードへ。

 

結局、450LTDを購入し、短期間の保険にも加入して、約$3000。

この時で、持金の約半分を出資してしまい、残り5ヶ月と29日をどうやりくりするかで頭がいっぱいになったのでした。

 

 

バイク購入後、日本人コミュニティーのあるTorrance市まで移動したのですが、快調にフリーウェイ5号線を走行していると、突然エンスト。

 

今思うと怖いのですが、フリーウェイをバイクを押して横断。

このとき、大型トラックが脇を通り抜けて、吸い込まれそうになったのを覚えています。

怖かったぁ~~~

 

ガス欠かと思い、スタンドまで押していって給油したのですが

 

 

ここでまた問題が

 

自分で給油するのですが、システムが分からず、ポンプを握ってもガソリンは出てこないし、辺りは暗くなってくるし・・・

すると、

 

Pay First

 

と書かれたサインを発見、店内に入ってお金を払おうとすると

 

いくら分?

 

と聞かれ$10渡したところ、まだ手を引っ込めないので、更に$10。

当時のガソリンは、1ガロン(約3.8L)で$1ちょっとだったので、思いっきり払いすぎ。

給油後、払いすぎたお金を取りに行くシステムも知らず、$4分くらい入れて、そのまま出発。

 

無知はお金を損するんです。

 

結局残りの$16は、店員のチップになったことでしょう。

 

 

出発しようとしたら、まだエンジンがかからず、手持ちの工具でバラシ始めるものの、車載工具だけじゃタンクとエアクリーナーを外すくらい。

まずはスパークプラグをチェック → 火花飛ぶ。

それ以外何もできず、組み立ててホース類を全てエアーブローすることに。

 

先ほどのチップをタンマリとあげた兄ちゃんに、身振り手振りでエアーガンを貸してくれと交渉すると、ニコニコしながらショップに案内してくれました。

そりゃ$16もチップやってんだから、今となっては当たり前。

 

 

ブリーザー、フューエル、その他ホース類を全てブローすると、一本が詰まっていることが判明。

掃除後スタートすると、無事始動しました。

 

 

 

よかったぁ~~~号泣 

(既に半泣き状態)

 

 

一路、Torranceへ・・・

 

この日は精神的にやられたので、モーテルへ宿泊。

トーランス(Torrance)辺りでは、野宿するような場所はないですし。 







最終更新日  2009年12月11日 04時46分19秒
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2009年11月05日
アメリカ旅行への準備

1. パスポート手配

2. 日程表作成
  この時、すでに3ヶ月間はビザ無しでOKになっていたのですが、6ヶ月間はいたかったの 
  で、綿密な計画表作成(出発日から帰国まで、

3. ビザ取得
  アメリカ大使館に行き、ビザを申請したところ、3ヶ月で行ってくればと言われたんです
  が、予定表を見せて交渉したところ、半年くれました。
  
4. 航空券手配
  事故(事件)直後の大韓航空の格安オープンチケット購入
  足元に、カゴみたいのが置かれていて、アメリカまで足を曲げたままで、辛かった記憶あ
  り。

5. 荷造り
  リュックサック x1 (下着3組とCDプレーヤーと靴一足のみ)
  ヘルメット x1
  
かなり割愛してますが、基本的にはこんな感じでした。




1989年4月12日 成田空港へ・・・

チェックインの際、おね~さんとの会話

係員: お客様、お荷物は?

俺:  これだけですが

係員: 半年行かれるんですよね?

俺:  はい!

係員: お気をつけて・・

もっと聞いて欲しかったんですが、軽くスルーされました。 笑



人のペースに合わせるのが苦手なため、初の海外旅行にも関わらず一人旅を選択したわけですが、ロサンゼルスに着いて初めて現実に戻ったのでした。

計画の段階では、楽しいことばかり思い浮かべていて、到着後一番にすることを全くシュミレーションできていなかったのです。


俺: やべ~ バイク屋どこだ?


つづく・・・






最終更新日  2009年11月06日 03時28分01秒
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2009年10月30日

今回は、アメリカに移住するきっかけとなった出来事です。

私が小学生の頃、米海軍基地に勤めていた父が、クリスマスやら、オープンハウス等で、ベース内で行われていた色々なパーティーに連れて行ってくれたんです。

その時、初めて目にする外国人は皆背が高く、同い年くらいの子も皆かわいいし、アイスクリームも美味しかったので、大きくなったらアメリカに行こう!とその時心に決めたのです。 (確か小3でした)

小6の時、基地内の野球場で遊んでいると、子供が原チャリに乗っているではありませんか。
自分は、ミヤタの自転車を乗るのが精一杯だった頃、原チャリですよ。
完璧に負けた感じがしました。 笑

帰りに、たまたま通りかかったハーレー屋(横須賀のナックモーター)でカタログをもらい、絶対にハーレーに乗ってやると、第2の決心をしたわけです。

それがきっかけで、バイク好き人生の始まりです。

18歳のとき、ロードレースを始めることになるわけですが、これが金食い虫で、学校どころではありません。
バイトを3つ掛け持ちしながらのレース活動は、楽しさと怪我の苦痛の繰り返しでした。

で、24歳までフリーター(昔で言う、プータロー)をしてきたわけですが、大して速かったわけでもなく、将来を考えたとき、とりあえずパツキン(言い方古いですか?)と結婚して・・・と考え始めたわけです。

その時、バイク、その他の個人財産を売り払い、借金返済したら、手元に70万残りました。


その金で、アメリカに旅行に行くことにしたのです・・・


よく言えば”初志貫徹”ですが、しつこい性格なのかも知れませんね。 

つづく・・・







最終更新日  2009年11月01日 14時27分03秒
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