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テーマ:ドラマ30【ヤクソク】(308)
カテゴリ:韓流ドラマ&映画
どこをどう歩いて来たのか、さっぱり思い出せない。気がつくとソンジェは、葉子との思い出の公園に来ていた。
体中がずきずき痛む。いやそれ以上に心の傷の方が深かった。大きな傷口をぱっくりとあけて、今もドクドクと血を流し続けている。 ・・・佳織が恭一にレイプされた。 それもショックだったが、それよりもソンジェが衝撃を受けたのは、恭一の言葉によって初めて気がついた自分の気持ちだった。 『あいつ、喜んでたぜ』 むろんそういうことは決してない。しかし恭一の言葉を聞くまで、ソンジェは佳織の女の部分に思い至ることがなかった。 宗太はとてもかわいい。その宗太の母である佳織に対する自分の気持ちも、愛なのだと思い込んでいた。いや、思い込もうとしていたのか。 『僕は心から佳織を愛してはいなかった』 そんな大切なことを、佳織の犠牲のあとで気がつくとは・・・。 佳織はきっと自分の気持ちを知っている。 だからあんな風に、結婚に対しての不安を口にしていたのだ。 そんな佳織の本当の気持ちに気付くことなく、自分は何をしたのだ。 結婚届にサインをしただけだ。 それが何になる?ただの紙切れではないか。 佳織を本当に愛していて、彼女を愛しいと感じていたのなら、自分は彼女を抱いていただろう。 5年前、葉子にしたように。 しかし自分は佳織と暮らした1年間、とうとう彼女を抱かなかった。 なぜだ? 彼女がソンウの恋人だったから? 結婚するまで大切にしたかったから? 否、違う。 自分が本当に愛しているのは、葉子なのだ。 その事実を隠したまま、佳織と結婚するところだった。 思い出のベンチに倒れこむ。激しい自己嫌悪がソンジェの心の中を蝕んでいく。 『葉子さん・・・』 今の自分を葉子が見たらなんと言うだろう。 「ソンジェ・・・?」 葉子のことを考えていたから幻影を見ているのか。愛しい葉子が立っている。 『お願いだ、葉子さん。こんな僕を見ないで・・・』 口から血を流してベンチにぐったりと座り込んでいるソンジェの姿を見て驚いたのだろう、葉子が駆け寄ってきた。 「ソンジェ!どうしたの?病院に行きましょ」 葉子の細い腕がソンジェの肩を抱く。 ソンジェは涙がこぼれそうになり、急いで葉子の手を振りほどく。 「だめよ、血が出ているでしょ」 葉子はなおもソンジェの腕を取り、立たせようとした。 再びソンジェは葉子の手を押しやった。 「ソンジェ・・・」 葉子の顔がまともに見られない。激しい自己嫌悪の中で、ソンジェは葉子から身を隠したいと切実に思った。 ゆらりと立ち上がり、歩き出す。一歩一歩足を運ぶたびに、痛みが体中を走る。 「ねえ、何があったの?待って。ソンジェ」 葉子の声に1度も振りかえらず、ソンジェは歩いていった。 自宅のドアを開ける。ただ謝りたかった。ソンウにも、佳織にも。 自分が中途半端な覚悟でいたばかりに、佳織の心と体に一生消すことの出来ない痛みを与えてしまった。 「佳織・・・」 部屋の中は真っ暗だ。寝室がわりの和室に行く。誰もいない。 「宗太?」 あわてて佳織と宗太の衣類を探す。タンスの中は空っぽだった。 佳織は宗太を連れて出て行ってしまったのか?こんな夜更けに・・・。 ソンジェはタンスの上に置いてあるソンウの遺影に目を走らせた。 『ソンウ、僕はいったい何をしてきたんだろう。お前の代わりに佳織と宗太を守ると約束したはずなのに・・・。それがこんなことになってしまって・・・。すまない、ソンウ。僕は本当に情けない兄だよ』 ソンウの遺影に頭を下げて、ソンジェは家を飛び出した。 『佳織・・・宗太・・・どこにいるの?このままお前たちと離れてしまったら、僕は一生後悔するよ。どうか謝らせて欲しい。そしてこれからのことを一緒に考えよう・・・』 体の痛みはもうどこかへいってしまった。ソンジェは佳織と宗太の行方を捜すため、力の限り走り続けた。 大通りに出る。なにやら騒がしい。事故があったのか、人だかりがあり救急車が止まっている。 ソンジェが近づくと同時に、救急車は走り去ってしまった。 「かわいそうね、男の子と母親が車に轢かれたんでしょ」 t野次馬の会話にソンジェはぎくりとした。 『男の子と母親・・・』 人だかりをかき分けて車道に出る。事故現場に散乱した被害者の所持品の中に、見覚えのあるものがあった。宗太のお気に入りの赤いボールだった。 「まさか・・・」 ソンジェは現場にいた警察官に尋ねた。 「事故にあった者の名前はわかりますか?」 「君は?」 「もしかしたら家族が事故にあったかもしれないので・・・」 「家族の名前は?」 「水木佳織と宗太です」 ソンジェの言葉に警察官は表情を曇らせながら言った。 「落ちていた母子手帳に書かれていた名前と同じだ・・・。君の奥さんと子どもさんかもしれない・・・」 ソンジェは目の前が真っ暗になった。 自分のせいだ・・・そう思った。自分が佳織を追い詰めてしまったから・・・。 ソンジェは警察官に聞いた病院に走った。どうか2人とも無事でいて欲しい、それだけを願いながら病院に向かった。 救急指定病院に到着する。夜間受付で佳織と宗太が運ばれたことを確認した。 人違いであればとかすかに思っていたが、その思いも打ち砕かれた。 手術室の前で、なすすべもなくソンジェはうなだれていた。 こんなとき、傍にいて欲しいのは葉子しかいない。 『葉子さん、助けて・・・。僕は、僕はどうしたらいいの・・・?』 震える指で公衆電話のダイヤルを押す。 「もしもし」 葉子の声を聞くと、ただ涙があふれてきた。 「もしもし?・・・ソンジェ?」 「葉子さん・・・」 言葉が続かない。 「どうしたの?何かあったの?」 葉子は変わらない優しい声でソンジェにささやく。 「佳織と宗太が・・・」 そう言って受話器を持ったままソンジェは立ち尽くしていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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