読売新聞に連載されていたときから、気になっていた小説
「ミーナの行進」
私の大好きな街が舞台で、お気に入りの場所が出てきていたので、『単行本になったら買おう』と決めていました。
作者の小川洋子さんにもお会いしたことがあるので、親近感が湧くんですよね。
村上春樹が大好きで、彼の作品「風の歌を聴け」に出てくる公園を訪れたと語る小川洋子さんは、上品な雰囲気の素敵な女性でした。
1972年3月15日山陽新幹線新大阪ー岡山間が開通した。その翌日、朋子は岡山からたったひとりで芦屋にやってきた。家庭の事情で母親と離れ、芦屋の洋館に住む伯母一家のところで1年間暮らすことになったのだ。家というにはあまりにも豪奢なその洋館には、伯父さん、伯母さん、いとこのミーナ、米田さん、小林さん、それにコビトカバのポチ子が住んでいた。何もかも珍しく感じるその館で、朋子の穏やかで切ない1年間の幕が開いた。
スリリングな事件は何も起こらないが(強いて言えば、朋子の江坂行きであろうか)一生大切にしまっておきたいようないとおしい時間。誰もが、少年・少女期に胸に抱いていた思いを、作者は見事にすくいとって読者に披露してくれている。芦屋の町の情景が随所に現れ、芦屋市民や芦屋好きには堪えられない1冊に仕上がっている。
作中に出てくる芦屋市立図書館とは、現在の打出分室である。ここは1954年から1987年まで、芦屋市立図書館本館だった。
「ミーナの行進」は1972年の設定なので、作中に出てくる「芦屋市立図書館」とは全てこの分室のことを指す。
小説の中でこの分室(当時は図書館本館)の描写は、以下である。
「打出天神社の向かいにある図書館は、石造りの重厚な建物だった。立派な樹木に囲まれ、蔓草が壁面を這い、古めかしい両開きの扉には中国風の飾りがはめ込まれていた。中には石の冷たさがこもったようにひんやりとし、規則正しく並ぶ背の高い本棚が、通路の隅に薄ぼんやりとした影を作っていた。そこは私が知っている岡山の小学校の図書室とも、児童館の図書コーナーとも違っていた。もっと大人びていて、威厳があった。」
優しくて、それでいて強い・・・。そうしなやかな強さを感じさせる作品。だれも悪い人はいないのに、(たとえ泥棒でも)大人の世界にはどうしようもないことがあるもの。それを些細な哀しみとしてやり過ごそうとしているミーナの家族なのだが、朋子がその中に入ることによって、微妙に生活が変化する。そう、優しい方向に。
いかんともしがたい世の中でも、人は優しく生きていけるのではないか・・・という希望を持たせてくれる。大切にしたい1冊です。