ぼくは君たちを憎まないことにした アントワーヌ・レリス ポプラ社
2015年11月13日にパリで起こった恐ろしい事件。金曜日の夜、スタジアムや劇場やカフェ、それぞれの楽しい時間を過ごしていた人々130人が、テロの犠牲になった。アントワーヌの妻も犠牲になったひとりだった。17ヶ月の息子を寝かせつけ、本を読んでいた彼の耳に入ったのは電話のコール音。どうせたいしたことではないだろうと、放っておき、留守録になったが、聞こえてきたのは「大丈夫?」という声。何が起こったのか不安になりテレビをつけると、パリで同時多発に起こったテロ事件を報道していた。その現場の劇場には妻がいるはずだ。アントワーヌの耳からは一切の音が消えた。
最愛の妻をテロ事件で亡くした夫が、彼女の葬式までの二週間をどう過ごしたかを綴るドキュメント。
どんな悲惨な事が自分を痛めつけても、日々の暮らしは続く。幼い子どもがいる場合は、さらに規則正しく。その合間に妻が収容された場所に行き、彼女と最後の時間を過ごす。
数日は言葉を失い、感情を出すことができなかった著者が、急に言葉があふれ、自分の気持ちをFacebookにアップする。
「ぼくは君たちを憎まないことにした」
テロリストの思惑通りに、憎しみに憎しみで応えることはしないと。
「憎しみという贈り物を君たちにはあげない。怒りで応じてしまったら、君たちと同じ、まさに無知に屈することになるんだ」
その文章は世界中に広まり反響を呼んだ。
しかしこの本では、その反響への戸惑いも正直に吐露する。気持ちが変わる権利もあるだろうかと。
阪神大震災後、他の地域に住んでいた人は口々に言う。「大丈夫だった?頑張ってね」
「頑張る?これ以上?」
頑張ってねという言葉に含まれる残酷さを、アントワーヌも指摘する。
さまざまに揺れる心を綴り、妻の喪に服す。
人の心の強靭さと繊細さ、崇高さが心に沁みて本を閉じた。
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最終更新日
2016/08/16 04:58:46 PM
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