184098 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(来客)

「っん・・・ちょお・・・。」

この人にしては珍しい強引なキスで、頭がくらりとする。
力の抜けたウチはあっさりとベッドに組み伏された。

「アカンて・・、朝っぱらからっ。」

ニットの裾をたくし上げて。

「もう昼っ。」

「った・・・い。」

胸を下から押し上げてくる。

「痛い?」

聞き返していても手は止まらず。

「いや・・・っ。」

恥ずかしい。

・・・ジュ。

手の圧力で染み出してくる。

「ブラがっ。・・・っぱい、が。」

イキモノとしての嫌悪感?羞恥心?

恥ずかしいて泣きたいような気持ちになった。

「コレ」は、違う。

聞こえているのか聞こえていないのか
その手は無言でジーンズの中に進路を変更し、侵入する。

「アカン・・・て、レンタルの人もう来るって。」

「いいっ。」

いともたやすく。

「アカン、ほんまに・・・っ!」

服、が。

「だめ、とまんね。」

からかうように。

ウチが焦れて求めてくんのを誘うようなキスをするオトコ。

「んん!」

それが。

今日は。

息する事すら惜しむように。

苦い舌が押し込まれてくる。

「ほ・・んっまに、ちょっとアカンて。」

「イヤだ。」

その体がアツイ熱を帯びてのしかかってきた。

「・・・かこぉ、由香ちゃん、ゆか・・・っ。」

顔にかかる息がアツイ。

「キモチいい。」

頷く代わりに目を閉じる。

「ここ?」

アツイ体。

「ん・・・あっ。」

空気がゆれる。

「・・・てイイ?」

汗が降って来る。

「あ、ん・・・っ。」

汗のかかった鎖骨をついばむクチ。

「いや、ユビっ・・・が・・・ぁ。」

アツイ。

「ねぇ、・・・てよ。」



カラダ、の、芯。

トケル・・・熔ける、トケ・・・溶ける、解ける、トケテイク。

全部を知り尽くしたかの様に指と、掌と、そのクチで
なけなしの理性を押し流す。

オトコの背中から立ち上るゆらぎに
逆らう事もできず・・・望んで、飲み込まれた。

天井のクロスの模様・・・。
ぼんやり眺める。

・・・・寝てもうた。
10分、15分?

横では太平楽な顔で貴信が熟睡してる。

・・・んー・・・。

・・・・。

「えっ!ちょっと!寝たらアカンやん!!」

はっと我に返り、自分の意識と貴信をたたき起こすように声をだした。

「もぉ!なんで寝てるんよ!いやや、昼とっくに回ってるやん。」

「素」に戻った頭で時計を確認し、
ベビーベッドのレンタル業者との約束の時間を思い返す。

「なんでって・・・あぁーっ。スッキリしたぁ。」

寝転んだまま腕を上げ、体中で伸びをしてる貴信はまったく気にしてる様子がない。

「ひっさしぶりだったもんなー。」
とか言うて、ご機嫌で頷いたりしてる。

火照りが残ってるカラダには、3月の空気は冷たい。 
あほはほっといて、引き出しから新しい下着を出し手早く服を着た。

「出産後っていいって言うけどどうだった?」

「はぁ?」

「こう、開花するとかって言うじゃん。オレ的にはユルくなってないか心配だっ・・・・うっ!!」

枕と、その辺にある貴信の服を投げつけて強制的に黙らせる。

「あほなコト言うてんと!さっさと服着ぃな。こんなんしに来たんとちゃうやろ?」

「えー、だってしたかったんだもーん、ずっとガマンしてたんだしさぁ。」

のんびりした手つきで着替えながら
「うん、なかなか思ったより、うん、よかった。」とかまだ言うてる。
ノウミソ沸いてんのんちゃうか。

オトコってあほやなぁと思う反面、
ユルくなってたり、できなくなってたりせんかって
実はウチも心配は心配やってんけど。

・・・・でも何も今そんな話せんでええやん。

言えば調子に乗ってもっとそんな話をしてきそうや、
ちゃっちゃと話題を変えよ。

「もう、エエ加減にしぃや。ちょっとレンタルのん着いてないか見て来てよ。」

「そんなの留守だと思ったら持ち帰ってるって。
 不在通知かなんかあるだろうから、もう一回配達してもらえばいいじゃん。」

「今日、来てくれるんかなぁ。 
 二人おる時やないと、運んだり置くとことかも困るやんなぁ。」

「とりあえず、連絡してみるよ。
 でも由香子はなぁ、いてもいなくてもいいんじゃない。
 どうせ運べないし。
 掃除だけして、場所指定してくれたらオレと業者でやっとくけど?」

「えー。でもなぁ、タンスまで運んでもらう訳にはいかんのんちゃうん。」

「そうかなぁ、だったら若いの呼ぶか。」

迷ったけど、ソノ後でちょっと気持ちが大きくなってるせいか、
すぐにまぁエエわと思い直した。

「モテ王子」とか言われてる神野君に興味てんこもり言うんもあるし。

「じゃあ、アンタの次の休みか早く帰れる日で調整してくれる?」

「だったら日曜かなー。
 オレは次、火曜休みだけど皆は違うし。
 日曜に早く帰ってくるわ、夕飯とか呼んでやるのはあり?」

「そらご飯くらいかまへんよ、お礼になるほど豪華なんはでけへんけど。」

「テキトーでいいよ。」

言いながらすぐに携帯でメールを打ち始めた。
ぴっぴぴと調子よく電子音を立てる。

その間にレンタル業者に電話してみた。
やっぱり来てたらしい。

ちょっと恥ずかしいような気分は自分の中で無視して
うっかり買い物に出ちゃいました、と再配達を頼んだらすぐに届けると言うてくれた。

「由香子、今日でもいいかな?2人だけど。」

「え?何、今日来てもらうん?」

「そんなに人数いらないし、逆にあんまりいたらメシ大変だろ?
 神野と吉田っての、2人が今日でも夜、都合つくっぽい。」

「早いんは助かるけど。おかあちゃんに相談せな決められへんし、電話してみるわ。」

言いながら冷蔵庫の中身を想像する・・・空気と氷とビールかチューハイ。

全滅や。
食べ物なんかあれへんやん。

「オレ、下でシャワーして何か飲んでくるわ。
 そのまま風呂掃除しとけばいい?」

OKと手で合図しながら電話に出たおかあちゃんと話しだした。

・・・ウチもシャワーしたいなぁ。
でも風邪ひくやろか?・・・とか半分ぽけぇーっと考えてる。

どうも意識ごとそっちに行ってしもたせいか思考がまとまれへん。

口が勝手にしゃべってる感じや。

「ほんなら夕方帰るわ、うん。じゃあ。」

やっぱりおかあちゃん一人では、夕方までが限界やって言う。
晩御飯の用意もせなあかんし、おとうちゃんも長い時間は見てられんよって
ちゃっちゃと掃除済ませて、奏を迎えに行く事にした。

シーツを取替え、軽くベッドメイクをして一階に降りると
貴信は廊下に缶ビールを置いてバスルームの掃除をしてた。

「何やってんのんな。」

「え、風呂掃除。」

「そこに置いてんのはなんなんよ?」

「いやー、他になんも飲むもんなくってさ。
 お茶とか買いに行くのも面倒だし・・・あ、飲む?」

「飲ーみーまーせーんっ!
 もぉ!それやったら奏ちゃん迎えに行かれへんやん。」

「え、なに?」

「今晩来てもらうんやったら、一回帰って奏連れて来やなあかんねん。
 おかあちゃんに聞いたら子守は夕方までが限界やって。
 さくっと掃除したら迎えと、ついでに買出しも連れて行ってもらお思うてんやけど。」

「だったらさ、掃除はオレがやっとくからお前が運転していけばいいじゃん。」

「えー、あの車?乗るん初めてやん。一人で行くん?」

「何で、レガシィ乗れるだろ?たいして変わりないよ。
 そもそも由香子が普段乗るために買ったんだから早く慣れとかないと、な。
ナビついてるし、奈良の家のメモリーも入れてあるよ。」

またうまい事言うわ。
でも運転してみたいなぁ、たしかに。

「ほな、洗濯かけてその間に2階掃除したら行ってくるわ。
 水周りと、一階頼むわな。
 雑巾でほこりとってぇ、あ、電気もキレイにしとってな。
 カーテンレールも窓のサンもやで。時間あったら上の窓もな。」

「う、・・・・なるべく頑張るよ。これ、キィ。」

廊下にビールや携帯なんかと一緒に置いてあったキィには
しっかりヴィトンのキィケースがついてる。

「あ、ヴィトンや。こんなんまで買うたん?」

「ばか、車のオマケだよ。もう古くなってるからってキィと一緒にくれたの。」

そう言えばもう端や角が白っぽくなってる。

「ふーん、バッグの古いんとかはあれへんかな?」

「それはあってもくれないだろ。」

廊下にヤンキー座りをしてビール片手にメールしながら話す、
183cmの貴信は変な迫力がある。

「めっちゃガラ悪いわぁ。」

「何を言う!早見優!」
「いやあぁっ!やめて、寒い寒いさむいーっ!」
「こんな温厚な好青年をつかまえて。」
「いややぁ、凍死するぅ!」

「うるさいよ、早く掃除して来いってば。」

「そないするわ。もうやっとれん。」

酒気帯びオヤジのギャグに感染したら、人として終わってまうわと
言い捨てて2階の掃除に戻った。

2階の2部屋とウォークインクローゼット。

窓は貴信に任せるとしても、効率よぉやっつけてしまわんと。
3時か3時半にはここ出たいから・・・1時間ちょい。

まず換気、
天気いいから布団は全部ベランダに出してまお。

ホンマにどんな生活しとったんやって位、モノを動かした形跡が無くて家具の上には雪みたいなほこりがたまってる。

でも片付けるもんもないから、掃除はテンポよく済んだ。

掃除機で階段を掃除しながら降りていくと、
赤い顔をしながらやけど、貴信は結構真面目に掃除してた。

なぜかレンジを磨いてある。
部分的にこだわって掃除する時とはちゃう。
奏を迎え入れるのに、全体のほこりやらを落とすんが目的やのに。

そこら辺。
ちょっとズレてんねんけど、とは思うても口には出せへん。
ありがとう言うて、機嫌よぅ動いてもろたほうがトクやし。

キレイになってたらなってるで気分はええもんね。

「ほな、ウチもう行くで。」

「おーう。後は高いところと窓やって仕上げに掃除機だよな。」

「せやね、上も頼むわ。あ、トイレは?」

「んー、やっとくー。」

ガスコンロとかにあんなにこだわれへんかったら、もっとはよぉに終わりそうなもんやけどな。

A型の人間てよぉわからん。

一応ドアに鍵をかけてガレージに行く。
もうすぐ4月や言うのに、外の風はまだ冷たい。

乗り込んだスカイラインの中も冷え切ってる。

エンジンかけて、車の中とエンジンが温ぅなるんを待ちながらナビをいじってみる。
拍子抜けするほど簡単に、奈良の家までのルートが表示された。
5パターン提案してくれてる中から、走ったことのある道を選んだ。

機械的な女性の音声が「実際の交通規制に・・・」とかアナウンスしたのに
「そんなんわかってるわ。」と意味もなくツッコんでみた。

さすがに「うるさいわ。」と言い返してきたりはせん。

ナビの音声に関西弁バージョンとかあるって聞いたことがあるけど
それってちょっとは愛想のエエ事言うたりしてくれるんやろか?

適当にいじってるとラジオ局を選ぶ画面になった。

オシャレな洋楽をメインにしてる局を選んで、画面を地図に戻す。

ほどほどに温まってきた、っぽいのでそぉっと車を出してみた。

なんや、普通やん。

もっと走る車って感じがするんかと思うたら、グロリアやレガシィと
それほど違うような感触はあれへん。

昔、だれやらに乗せてもろたスープラとかを思い返す。
2ドアのせいなんか、高速道路やったせいかもっと乗り心地は悪かったような気がすんねんけど。

シートがすっぽり身体を包んでクッションになってて、がくがく言う感じがない・・・と。

信号待ちから発進したときにちょっと他と違う感じがした。

ぐぅん、って押されるような滑り出しで加速する。
こう言う感触は家の車にはあれへんわ・・・なるほど、やな。

乗り心地とスピード感、両立さしてる言うんは最近の車ってすごいんやなって
思うけど、
でもエエ年して、若いおにいちゃんみたいにこんなん欲しがるんはやっぱりアホやろ・・・・。

そんな事を考えてたらあっと言うまに奈良に入った。
ここまで40分かかってへん。

電車やったらとても往復しよとは思えへんかったやろ。
確かに便利なんは認めざるを得んのかな。

道すがら近所のスーパーで食材とお酒を買うてから帰ると電話したら
なんやかんやとおかあちゃんの買いモンも頼まれた。

重いビニールの袋を3つ、トランクに乗せながらやっぱり便利かもと思う。

子連れで買い物に来るにしても、週末まとめ買いするにしても
歩きや自転車では限界があるし・・・。

紙おむつのパックの大きさを思い起こしてげんなりする。

ラク、や。
せやけど、なー・・・・・んかうまい事、計画通りにハメられてる気がする。

絶対、貴信には「便利やわ」とは言わんとこ、と心に決めた。

車を持つんはまぁ、エエとしよう。
スカイラインって言うんも・・・この際しゃあないと思たる。

だまし討ちにされたんは・・・・アカン、許されへん。
貸しイチや。

なんかHしたら、そんでなしくずしに何でもOKになるって思うてるし
それがアリアリと見えるんが、またムカつくねん。

キモチと体は別モンやってわかってへんとこがアホや。

・・・お金は今度、山梨行ったらまとめて叩き返したる。
これだけは絶対、貴信がなんて言おうと譲らへん。

こっちにも面目とか立場っちゅうんがあんねん。

そんな事を考えてるうちに家に着いた。

奏人はミルクをもろてちょうど眠ってしまったとこやった。
抱っこしてたおかあちゃんが、そのままチャイルドシートまで連れてきて寝かしてくれた。

荷物のやりとりをして、そのまま出発する。
なるべくそろっと走り出した、けど。

多少の音や揺れはまったく気になってない感じで奏は熟睡してくれてた。

もしかして、夜泣いたら車に乗せてそこらへん走らんなんクチかも。

戻りは行きしなよりちょっと車が多かったみたいで1時間ちょっとかかってしもたけど、
ラジオかけてても奏は寝たまんまやったし、それなりに快適やった。

「ただいまぁ。まだ来てはれへんやろ?」

「おぅ、7時にはどうにかって言ってたけど。」

「ほんなら間にあうわ、掃除は?」

「まぁまぁ、もうちょっと、おおぉ!奏くんっ!!」

と、ウチの手から奏を抱き取ろうとする。

「ちょお!汚い手ぇのままで触ったりなや。
 それより車から荷物持って来てよ。」

貴信は、ぶぅー・・・と言うような音を出し
「ママは怖いおばちゃんでしゅねぇ。パパはオシリの下でちゅー。」と
余計な事を言いながら、ガレージに向かうて行ったから
その背中にあっかんべをお見舞いしつつ、

「奏ちゃん寝るとこないからゆりかごも持って来てや。
 あ、先に手ぇ洗ぉてや。」

まだ眠ってる奏を起こしてしまわないくらいの声で言うた。

チャイルドシートのゆりかごは、子供ごと運ぶには重すぎる。
アレは旦那さんらが、持つもんやと思た。

海老のピリ辛オーロラソース。
おかあちゃんのくれた小牧のかまぼこ。
ご飯っけはいらんかな・・・一応炊いとこか。

奏の寝ている間に準備せんとあかん、と焦ってたり
掃除やら奈良の往復やらで疲れてる割には、うきうきしてる自分がおる。

早咲きの桜の枝を贈る男かぁ。

「モテ王子」

同じ男にそう言わしめる神野クンに実はものすごい興味が沸いてる。

ジャニ系か、モデル系か。

モテる男なんか、結婚してからお目にかかる機会がない。

友達の旦那さんに合うても
昔はモテたかも知れんけど、今はただのオジサンとか
せやなかったら「優しそうやん。」としかコメントでけへん人とか。

言うたら悪いけどええなぁと思うような男の人は
もうウチの生活圏内にはおらへんと思ぉてた。

夕飯の用意にも俄然、力が入る。
奏もよぉ寝ててくれてるおかげで、さくさくはかどった。

貴信はもう掃除には飽きたのか
奏のゆりかごの横にクッションを置いてごろごろしながら寝顔を見てニヤけてる。

まぁ、お客さんが来ても恥ずかしくないくらいにはなってるし。

食器並べてくれたらエエのに、とチラっと思うたけど
奏が起きやんように見とってもらうほうが賢いわ、と
自分で料理も食器もセットした。

ダイニングキッチンよりは、和室のほうがええやろ。

ちょうど並べ終わったんを見計らったかのように
インターフォンが鳴った。

聞き覚えのある明るい声で
「こんばんは、神野と吉田です・・・・。」

なぜか間が空いた。
どうぞ、と返事しかけたときに

「お入りください、ありがとう。」

インターフォンから関東弁で、吉本新喜劇の
それもかなり古いギャグが聞こえてきて、かくんと力が抜けた。

こっちのシラけた空気がドア越しにも伝わったのか
「・・・えーっと。すみません・・・。」
ごにょごにょと何か弁解してる。

それでおかしくなって、笑いながら玄関に出迎えに行った。

「こんばんはぁ、忙しいのに来てくれてぇ。散らかしてるけど上がって。」

言いながら二人の顔を見る。

・・・?

え・・・?

昔「カッコエエ子おんで!」と言われて行ったコンパの数々が
デジャブになってよみがえってくる。

そうや、あん時もたいがいこんな感じやった。

肩透かし。

悪いけどどっちもとても「モテモテ」には程遠い
いわゆるごく普通のおにいちゃん、やった。

「うっわぁ、ホントに美人ですねぇ!しょーもない事言わなきゃよかった。
 あ、神野です。突然おしかけちゃってすみません。」

「吉田と言います。異業種交流会でご主人にお世話になってまして。」

ニコニコととにかく愛想のいい神野君と、真面目そうな吉田君は好対照な取り合わせやな。

「こちらこそ。仕事帰りでお疲れやのに無理頼んでしもうてごめんなさいね。上がってください。」

二人ともキチンと靴を揃えて脱いだ。

姑根性か知らんけど、こういう所にその人の育ちって出るんよね。

「あの、これお土産なんですけどアンコ物は大丈夫ですか?」
「いやぁ、気ぃ使うてもろて。ありがとう、めっちゃ好きよ。何かなぁ。」
「「出町ふたば」の豆大福、知ってます、京都の?」
「ええ!知ってるよ。すごい並んでるんやろ。大変やったんちゃうん?」
「いやぁ、たいしたことはありません。」

「おい。」
あまり口数が多くなさそうな吉田君が神野君の軽口にストップをかける。

「それ、買ってきたのはオレ。」
「そーだっけ?」

「そうなんですかぁ、吉田さんありがとうねー。大変やったでしょ?
 京都まで行ってくれはったん?」

「いぇ、僕、会社京都なんです。
 それに伊勢丹てデパートに店があって、そこで。だから別に行列は・・・。」

「なに!?オレん家に来るのに伊勢丹で買い物しただとぉ!?」

部屋から貴信が出てきて吉田君に絡み始めた。
どうやら貴信にイジられるキャラ設定になってるらしい。

「オレの仕事はなんだっけかなぁー。オレの職場を言ってみろ、うらっ!」

神野君の方は他人事のように笑うばかりか
「気がきかないなぁ。」などとチャチャを入れ始めた。

「すんません、でも神野が買って来いって言うし、
 出町ふたばの本店は遠いし、まじカンベンしてくださいよー。」

「そうやん、せっかく買うてきてくれはったのに。
 吉田さん、はよ中に入って。赤ちゃん寝てるんでなるべく静かめで。」

そう言うと素に戻った神野君が

「だったら先にタンス運びましょうか。」と言い
「だな、その方がいいですよね?」すぐに吉田君がそう応じた。

あうんの呼吸って感じや。

貴信は
「そんなの後でいいよ、飲も。メシもあるぞ。」なんて言うてる。

「何ゆってんですか、このとっつあんは。
 飲んじゃったら危ないでしょ・・・・あ!もう飲んでるでしょ!」

「鬼だ・・・。相変わらず鬼だよ。この人・・・。」

異業種交流会で、貴信がどんな態度をしてるんか想像したら
頭、痛ぉなってきた。

「もう中年はいいですから!オレらでやっちゃいますんで指示だけ下さいよ?」

「んー、じゃあ2階あがるか。」

と、3人連れ立って廊下を抜け階段に向かった。
ぺたぺた足音を鳴らす貴信と違うて、吉田君と神野君は足音を忍ばせて歩いていく。

エエ子らやん。

モテるやら、モテへんやら失礼な事考えてたわ。

さすがに男3人・・・いや、2人での作業は手早かった。
ウチのほうが料理の最終仕上げを終える前に、階段から下りてきた。

「えらい早かったねぇ。」と感心しながら言うと

「ちゃんとベビーベッドが組んであったから移動だけでしたもん。
 楽でしたよ。」

「あの、もし具合悪かったら言ってください。移動させますから。」

「ありがとう、そしたら一回上見に行ってもええかなぁ。」

「おう、見て来い。」なぜかエラそうな貴信。

でもちゃんと一人でベッドを組み立てて待ってた辺りは褒めたれるトコやろう。

2階はちゃんとウチが頼んだとおりに配置されてた。

これからやってみて具合が悪いとこが出てくるかも知れんけど
大物のタンスさえ、動かしといてくれれば
ベビーベッドくらいは、ウチ一人でもどうにか動かせる。

降りていって、改めてお礼を言うた。

「もし、困ったらボクを呼んでくださいね!できればとっつあんのいない時に!吉田はいいですから!」

「え、お前ウサンくさいからダメだよ。」

「なんで!?こんな真面目な人間つかまえて!」

「いいから、立ってないで座れって。
 真面目かどうかはおいといて、由香子。こいつら京大って信じられる?」

「え?どっちがお兄ちゃん?」

「違いますってぇ!」

そっからギャグの応酬も交えて、散々あほ話をした。
腹筋が痛くなるほどの大笑いもした。
意外な事に2人ともホンマに京大のしかも医学部出身で吉田君は製薬会社に勤めてた。

なんで医学部から車屋さんに就職したんかって神野君に聞いてみたら
話せば長くなるともったいをつけられたけど
要するに「モテるため」と言う事らしい・・・ヘンな子!

驚いた奏がグズりだしたから、抱っこしながらの夕飯になったけど
こんなけ大笑いして、いっぱい喋る楽しいご飯は久しぶりや。

お世辞でもキレイとか料理うまいとかいっぱい褒められて
ちょっとだけビールも飲んで、テンションが上がりきった頃、
貴信の携帯が鳴った。

着メロは「渡る世間」のテーマ曲やった。
余計なシャレが効いてる。

「えっ、ちょっと山梨からちゃうん!?」

「あ?かあさんか、いいや。ほっとけ。」

酔っ払い状態の貴信は、話に夢中で電話に出る気がさらさらない。

「あかんて、ヤバいって。出てぇや。」

「んー。・・・もしもしぃ。」

不満げに携帯とタバコを持ち、ひらひらと手を振って貴信は部屋から出ていった。

「そんなに怖いんですか、とっつあんのお母さんって。」

鋭すぎるよ、神野っ!

「もしかして嫁姑どろどろとか?」

「別にそんなんちゃうよ、みんなフツーに気ぃ使うって。
 旦那さんの親元からの電話やったら。」

「いやいやいやいや、なぁ吉田。」

「なんだよ、オレに振るなよ。」

「なんやのよぉー。」

貴信が席を外した安心感で、話はまたすぐに盛り上がってくる。

「お、奏人くん移動してんじゃん?」

神野君の声で奏を見ると、確かに座布団にいたはずが下に降りてるわ!

「え、ええっ!すごーい!!進んでるやん!」

「オレらと遊びたくなったんスかねぇ。奏くん、一杯行くか!?」

寝返りは早かったけど、まさかまだ3ヶ月すぎたとこやのに?

「も一回やってみよ、奏。」

奏を寝転ばせておいた座布団に、奏の体を戻してやる。
と、器用にコロンと寝返りをして、そのまま全身を振るようにして
座布団から降りてきた。

「きゃあ、すっごいー、すごい奏!!」

「でも降りきってしまうと動けないみたいですね。」

吉田君の言うとおり、奏は座布団から出てまうと段差がなくなって進まれへんらしい。

でもまだ動こうと「うぶぶ」と不機嫌な声を出してお尻を揺らしてる。

「もう一回乗せてやりましょうか?」
「でも負担かかんね?」
「大丈夫じゃないか、自分の成長の範囲でしか動けないはずだし。」

「おおっ!医学部っぽい会話やん。ほんまに医学部やったんや?」

「挫折組ですよーん。ほら奏くん。キミは過酷な試練に挑戦だ。」

神野君が軽々と奏を座布団に移動させる。
大人3人がきゃあきゃあ言う中で、奏は何回も「座布団脱出」をしてくれた。

「・・・なぁ、吉田。奏くんって何でオマエの方にばっかり行くんだろ?」
「え、そうか。」
「そない言うたら、そうかも。」

「ほら!絶対オマエを狙って進んでるよ。いいなぁ、人気者で。」
「男の赤んぼに人気があっても・・・。」
「いや、もうこの際「そっち」で生きろ!」
「イヤだよっ!オレはまだ希望は捨ててない。」
「何も言うな、新しい世界もなれれば天国かも知れん。オレはイヤだけど。」

「ちょお、吉田くんがその世界に行くんはエエけど
 奏を巻き込むんはヤメてぇや。」

なんやヘンな笑いのツボに入ってしもて、
しょおもないことでも笑いが止まらんようになってきてる。

ウカツにも貴信が、外やなく廊下をウロウロしてたのにはまったく気がついてへんかった。

*

「今日、お休みなんでしょ?」

「なんで知ってんのさ?」と、貴信は面倒そうに返事をよこした。

「高城のお宅に電話したの、お食い初めの食器が貴信のお店から来たからその御礼にね。
 今日は大安じゃないのに届いたのは貴信が指示したの?」

「いや、別にいつ着とは。出来次第送ってって言っといたからじゃない?」

「貴信、あなたね。
 外商のお仕事してるのならもっとこういう事には気を配らなきゃダメよ。
 暦とか日にちを大事にしてる人は多いの、お祝い事は午前中とかキチンとしておかないと・・・。」

「わかってるよ、身内だから拘らなかっただけで。
 お客さんにはちゃんとやってるって・・・なに、それで電話してきたの?」

ますますうるさげに言われた。
電話の向こうで騒ぐ声がする。

「あなた今、外なの?飲み屋さんか何か?」

「違うよ、大阪のほうの家。片付けにきたついでにちょっと後輩って言うか
 仕事がらみの若いの呼んで、メシ食ってんだよ。」

「ずいぶん賑やかね、騒いでるのは由香子さん?」

「ん?そうだよ、どうも奏が這ったかなんかしたみたい。盛り上がってるよ。」

「え!あの子まだ3ヶ月でしょ。由香子さんは何をさせてるの、危ないわよ。
 それにお酒飲んでるんじゃない?そんなところに奏人を同席させるなんて・・・、もう一体何を考えてるのっ!」

「何って、奏一人ベッドに置いとく訳にもいかないじゃん。」

「お料理を出したら、由香子さんは奏人とキッチンで待ってればいいんです。
 おもてなしができれば充分なのに、どうしてあの人がでしゃばってるの。あなたのお客様なんでしょう?」

「客ったってそんなたいしたのじゃないよ、若いのが2人ほど来てるだけでさ。
 それに今時、奥さんがキッチンで待機とかしてたら客のほうがが絶対引くって。」

「なぁに?きゃあきゃあと・・・っ。
 こっちに来たら何が気に入らないのか知らないけどいっつもふくれっツラで陰気な顔をしてるくせに、
 若い男性がお相手だとホントに楽しそうね、あの人は!」

貴信に注意してると、あの嫁の嬌声が小さくなった。
・・・携帯電話だから持って移動したのね。

「で、何よ。客来てるんだけど。用件ないなら切るよ。」

「なんであなたが怒ってるの。」

「怒ってはないけど、せっかく人が来てくれてるんだし長い時間電話してんのも非常識だろ。」

「なんだかイヤミったらしいわね。・・・ええ、どうせ私は口うるさいですよ。
 用件はね、もう温かくなったことだし奏人のお宮参りと百日。
 あと千周寺の先生に御礼にも行かなきゃ行けないって言うのに
 一向にあなた方から連絡がこないから、電話させて貰ったの。
 大阪に戻ってるのなら、由香子さんも実家に気兼ねせず電話してこれたでしょうに。」

「戻ってるわけじゃないよ、今日は大掃除に来てるだけで。」

「大掃除ね、奏人のお祝いの話はほったらかしになるほど忙しい割に、
 ずいぶんと楽しそうじゃない。」

「アイツらはタンス運ぶ手伝いにオレが呼んだの。」

カチっと言う音と貴信の息の音が大きく聞こえる。
タバコを吸うことで私の話を暗に拒絶してるんだわ。

「ふぅ・・・・っ、もういいわ。
 言ってもムダね。
 あなた達はそうやって古い儀式みたいなものをバカにしているけど
 年を取って、世間がわかるようになった時に
 「あの時奏人にきちんとしておいてやるんだった」って後悔するハメになるのよ。
 だから、年寄りのおせっかいとうるさがられても行事はちゃんとしますから。」

「うるさいなんて言ってないだろ。
 別に儀式とかイベントするのに文句言ったりしてないし。」

「とにかく4月には休みを取って山梨に来なさい。
 いつになるか決めたら電話して、用件はそれだけよ。
 あ、それから由香子さんに奏人にハイハイなんてさせちゃダメって言っておきなさい。
 それじゃ、お邪魔様。」





© Rakuten Group, Inc.