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嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(開店)

クリスマス生まれの奏人がやっと5ヶ月を過ぎた。

いかにも赤ちゃんと言う顔から、ぷくぷくとしたちょっと子供っぽい様子になってきている。
ちょっと太り過ぎかも、と思わんではないけどともかく元気。

手を添えたったら座れるし、歯も2本生えてきている。

表情が豊かになって「うー」「あうう」と声を出すようにもなった。

ちょっと目を離すとすぐに自分の握りこぶしを口に入れてなめまわす。
顔も手もベトベトになるし汚いと思って
代わりにおしゃぶりを入れて見たけど気に入らんようや。

手の甲をしゃぶっているときはおとなしい。

離乳食も始めた。
まだ日に一回、おかゆつぶしたんとか、リンゴのおろしたんとかそれ位。
徐々にしやんと・・・とこっちはアレルギーとか便とか心配してんのに
奏人はおかまいなしに「よこせー」とアピールする。

なにかにつけて早い目の発育の子やけど
この分やったら、離乳食もあっという間にすすんでしまうかな?

何つくったらええんかわからんー。

育児雑誌の記事をファイルしてあるけど
あんな細かいの、いちいちやってられるかなぁ・・・やっぱり冷凍?

ベビーフードはイヤやしな。

こう言う話ができる友達はまだできてない。

公園に行けばそれなりに顔見知り程度のおなじみさんはおるけど
そんな話できるほどは親しくないし。

またねー、と言いつつお互いの子供の名前しか知らん関係。

次の約束とかしたいけど、メアドのメモを渡してメールちょうだいって言うんも
ちょっと変かもってためらってしまう。

でももうすぐ、あと2週間。

アレグロ・ヴィバーチェのショールーム店は順調に開店準備ができてるらしい。
この前、店長になる須賀ちゃんから写メが来てた。

オーク材を使ったこげ茶ベースのカウンター。
使い捨ての細長いカップにはショールーム限定って事でそこの車がデザインされている。
この赤を基調にした車の絵がすごいカッコイイ。

『Allegro Vivace』の頭文字を、と言う案はその場で即座にデザイナーから却下されたと言う笑い話も書いてあった。

まぁ・・・・そうだろう。

あれだけ仕事に反対って言うか、奏人と二人にされる事を怖がっていた
貴信のほうもどうにか教育できつつある。

自分もたまには奏人と二人っきりの時間の辛さを味わえ、
って言う意地悪なが気持ちがあったから
結構キビシーく、パパ修行してもらってる。

休みのたびに練習してくれてるから
だいぶん奏人の身の回りの事はできるようになってきた。

使用済みのオムツを捨てにいくほどの余裕はまだないみたいやけどな。

オーナーから宅急便で制服も届いた。

懐かしい!このソムリエ風の制服。

待ち遠しい。


(ズットアノママ。)

(ジカンガトマッテイレバヨカッタノニ。)

*

6月17日。

自動車のショールームと同時に『Allegro』はオープンした。
オープン初日の今日は、ディーラーが大々的なキャンペーンを張ってる事もあって
二人で店に立つ事になった。

この店名、オーナーはかなり不満やったらしい。

でも自動車会社の方から『爽快に、速く』って言う音楽用語『Allegro』の方が
コンセプトに合うからと押し切られたと言っていた。

「これだとあまり宣伝効果は期待できないかも知れませんね。」

紙カップもディーラーの最新モデル車をデザインしてある完全オリジナル。
もしアレグロ・ヴィバーチェを知ってる人が見ても、系列店とはちょっと気づかない。

いくら年下で後輩と言うても、今は上司の須賀ちゃんにはキチンと敬語を使う事にしてる。

「大丈夫ですよ、ほら。」

須賀ちゃんが箱から出した紙の束には
しっかり本店のロゴと所在地が印刷してあった。
簡単な地図までついている。

「このスリーブを必ずカップにつけて出してください。」

スリーブはカップでお客様が熱い思いをされないように巻く厚手の帯・・・・そうか。
これならたとえ一瞬でも目に入る。

「さすがですね。」

「苦肉の策ですよ。」

朝一番からひきつり気味だった須賀ちゃんの顔が少し緩んだ。

「清水さんこそさすがですね。
思ったより早く開店準備ができそうです。」

「そんな。テーブルセッティングはないし、カウンターだけだからですよ。」

「いえ。いちいち器具の説明をしなくていいし。
僕、実はちょっと潔癖症なんで心配だったんですけど、まったく問題なくいけそうです。」

実はって・・・・ふふ。いかにも潔癖症な感じするけど。

「もう一回、最終確認しておきましょう。」

チケット形式で、そのチケットが伝票代わりになる事。
客が個人的に現金購入する際の価格と、現金の取り扱い。
休憩のタイミング、卓上看板。
車についての話が出た時の応対・・・。

チェック項目をプリントした紙を見直してまた須賀ちゃんは聞いた。

「何か気がついた事はないですか?」

「今の段階では完璧だと思いますよ。後はその場で対応、それしかないでしょう。」

「意外に適当なところもあるんですね。」

「客商売はそれこそ水物ですから。」

それでもまだ須賀店長は心配でたまらないと言うように
豆をチェックしなおし始めた・・・3回目や。

・・・・うーん。

ちょっと落ち着いてもらわんと。

「そう言えば、店長。」

「なにかありましたか?」

「たいした事じゃないんですけど。」

「いえ、細かい事でも疑問はつぶしておきましょう。」

「あの・・・・フジョシに人気のセバス須賀ってなんですか?」

「うぐ・・・っ!」

甘すぎるカスタードと羊羹をまとめて口に押し込まれたような
言いようもない苦痛を帯びた顔で、須賀ちゃんは硬直した。

あらら。しまった。

落ち着かせるどころか、別の方向で動揺さしてもうた。

そんな調子でのスタートやったけど、店は好調アンド大好評!!

特にカップのデザインがおもしろいと、テイクアウトが思ったよりも出た。
チケット分と違い、直接販売の方は純利益がでる。

「まぁご祝儀でしょうけどね。」

そう言いつつ須賀店長はかなりゴキゲンな様子で、オーナーに報告を入れていた。

ウチはそんな店長やお客さんをみながらずっと別の事を考えてる・・・。

奏人・・・・泣いてないかな?

ぬれた薄紙みたいにペッタリ頭にそれが張り付いていたけれど
休憩時間にケータイを見てもなんの連絡も入ってない。

案外、大丈夫なんかも。

うーんっ!!
寂しいような悔しいような嬉しいような。

とにかく早く帰って奏人に会いたい。

子供と二人っきりはイヤって言って仕事に出たくせにゲンキンかな?ウチ。

6月25日

まだ2回目の出勤と言うのに『一人でも充分やれます』って言われてしまった。
今日は開店からラストまで全部一人。

不安やぁ。

奏人を夜まで見る貴信はもっと頼りない顔をしてる。

「なるべく早く帰ってこいよ?」

「大丈夫やって。先週もできてたやん。」

せっかく慌てて帰ったのに、奏人はそれが当たり前みたいにパパに抱っこされてゴキゲンにしてた。
ウチが抱っこしたろって言うても、すぐに来てくれへんかったからちょっとヤキモチや。

「ずーっと抱っこしてなきゃなんないんだぞー、疲れるよ。」

「寝やったらおろしたらええねんやん。」

「おろしたら起きるんだよ。」

「完全に寝てないうちに布団におくからやろー。」

「それがわかんないんだよなぁ。」

「うーん、頑張って。ご飯は夜の分まで全部用意してあるし。
もし待たれへんかったら先に食べててええよ。」

「おーっと、キャリアっぽい台詞。」

「今日は一国一城の主やもん。じゃあね、奏ちゃん、行って来ます。」

「早くな!」

「寄り道はやめとくわ、よろしくねぇ。」

週イチでも仕事を始めて、完全に自分の時間ができるようになった。
今日はまるっきり一人でドキドキもんやけど、それもまた楽しい。

一駅の距離やから今回の通勤は自転車にしてみた。

ペダルをこぎながらあれこれ考えるん、いいなぁ。

こっちの方って来ることなかったから、色んなお店を発見できる。
あのパン屋さんはチェック!
帰りに開いてたら寄ってみよ。

仕事が決まってからあの『夢』は見てない。

お酒を飲んでしまうようなこともなくなった。
貴信が前より話相手してくれたり、友達呼んだりしてくれるお陰もあるやろ。

健全やね!

貴信がお義母さんと連絡してるんかは知らん。
カンケイないし。

向こうから電話がかかってくる事もなくなって正直ラッキーって思ってる。

悪い嫁で結構。
嫌われついでやもーん、と居直る気持ちにもなった。

駅の預かり所に自転車を置いて、ショールームまで歩いた。
ビルの中の店はAllegroと同じようにこれからオープンと言う時間。

お昼ごはんを食べられそうなお店もチェックしておいた。

「おはようございます。」

ショールームに入ると、店内の掃除をしている年配の営業の人が挨拶を返してくれた。

「おぉ、今日は須賀さんじゃないんだ?」

「はい。須賀の休みの日だけ入ります、清水ともうします。
よろしくお願いします。」

「開店の日に来てた人?」

「そうです。あのときは半日でしたし須賀がいましたけど
・・・・もし何か不手際がありましたらおっしゃって下さい。」

「はは、そんなにかしこまらなくっていいよ。
私は高橋。ショールームの営業は私を入れて9人。
おいおい覚えてやってよ、若い独身もいるよ?」

「あ、一応コレなので・・・子供もいるんです。」

左手のリングを見せながら言うと高橋さんは、大げさに驚いてくれた。

「どう見てもママさんには見えないなぁ、22、3じゃないの?」

「そんなに若くないですよ、やっぱり営業マンの方ってお上手ですね。
・・・他の方は?」

50代やろか?
明らかに上の人って感じの高橋さんが雑巾を持っているのが気になった。

「若いのは洗車だよ。」

「あ、なるほど。」

ちゃんと見ると展示車の中を掃除機かけたりしてる。

「ついでに店の掃除もおっちゃんしたろか?」

「とんでもないです。」

がははっと大声で高橋さんは笑い、ウチもつられて冗談を言いながらコーヒー店の開店準備をした。

その高橋さん。

実はここの責任者やったらしい・・・・後で聞いてひっくり返りそうになった。

外に置いている試乗車の洗車を済ませた若い営業の人が4人、
カウンターの方へ歩いてきた。

「おー!!おねぇさんだ!!」

「キレイなおねーさんはすきですか、やな!!」

「須賀君の代わり?あいつ毎日休めばいいのに。」

「なに?何曜日出勤?」

カウンターで一斉に喋り出す。

「おーい、清水さんは納車済みらしいぞぉ。」と言いながら高橋さんもやってきた。

さっきの雑巾。
一番若そうな人に、ついでに洗っとけって押し付けてるし。

「カレシいんの?もしかして結婚してる?」

「俺、後腐れないタイプですよ?」

「こら絡むな。ごめんなぁ、コイツら若い女性に免疫ないんや。」

「そうなんですか?」

「若い女の子なんて来ないからなぁ。」

そっか、高級車ばっかりで独身の女の子は入りにくいんや。

「来たじゃん、この前即金で500万のアレ、買ったの。」

「あれはホストに貢ぐやつだろー。」

うっわー、ディープな世界。

わくわくする!

「清水さんって言うんだ。なんかオススメ淹れてよ。」

「え・・・?」一番年長の高橋さんの顔を見る。

ええんかなぁ、開店前やけど・・・。

「あぁ、私にも頼む。こいつら洗車終わったらここで朝の一杯を楽しみにしてんだと。
でもいいかい、チケットは受け取ったらいかんよ。
あれはお客様用だからね。
コイツらからはきっちり現金で回収してな。」

「げ!バレたか!」

「だったらマネージャー、おごってくださいよー。」

「いやじゃ。お前らクセになるだろ。」

「それがデフォルトって事で。」

「なんや、そのデフォルト言うんは。」

若手の4人が笑い出す。

・・・ウチも意味わからん、なんやろ?デフォルトって。

開店の時間までにあと二人、営業の人が来てみんなコーヒーを飲んで喋りだす。

ちゃんと言われてるみたいで、キチンと400円ずつ置いて行ってくれた。

営業さん用のコーヒーチケットでも作ろうかな。

普通のコーヒーもカプチーノとかマキアートと同じ400円設定にしてる。

毎朝飲んでたらコーヒーで400円て・・・バカにならんもんな。

チケット作って、ディーラーがお客さんに渡したら
お茶するついでに車眺めよっか、と思う人もでるかも。

あぁ、それは普通に店で出してるチケットでええねんや。

下手な考えってやつか・・うーん、まだまだ甘いぞ。

昨日の帰りにきっちり掃除してくれてあったから、
しゃべりながらでも準備は開店時間に充分間に合った。

さぁ!気合いれて行こう。

・・・・。

・・・・って、かなり張り切ってたのに。

午前中のお客様、たった3人。

午後になってもちらほらとしか来ない。

平日昼間ってこんなもん?

須賀ちゃんが『一人で大丈夫』って言うた意味がようわかった。

あまりにも時間持て余して、こっそりスツールに座って休憩したくらいや。

夕方になって、会社帰りっぽい人が来て少しはオーダー重なったけど
それでも忙しくて手が回らん、って言うような程じゃなかった。

初日・・・やっぱりキャンペーンしてたからか、あの盛り上がりは。

結構大変やってんけどなぁ。

あれ?
って事は、日曜とか祝日のイベントのある日は須賀ちゃんだけじゃしんどい?

そんでもこれ以上の出勤はムリやし。

やっぱり100%賛成、ってワケじゃない貴信の顔を思い出した。









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