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嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(注目)

8月25日

久しぶりのバイト。

『あの電話』事件からこっち、貴信とは必要最低限しか会話を交わしてへん。

今日家出るときも、貴信が奏ちゃんのおむつ変えてる間にとっとと出て来たった。
ハイハイで逃げようとするから慣れてない貴信には大変やろうけどそんなん知らん。
ウチは毎日やってるし、あんたかって親やねんから。

貴信もウチが会話する気ないんはわかってるんかして
今朝は自転車の前カゴに、歴史小説の入った紙袋がメモ付きで置かれてた。

ふん、キースにあげるヤツね。

え?今日キースが店に取に来る?
なんでわざわざ・・・・、まぁええけど。

あの顔を見れるんやったらいつでもどこでも歓迎やわ。

それにしたかて。

カフェのほうは相変わらず立ってるだけで退屈。

掃除して開店準備したら、ミーティング終わったディーラーの営業さんにコーヒーを淹れて。

そっからずーっと何もすることもなくぼんやりしてる。
これやったらあんまり働きに出てる意味ないねんけどなぁ。

お盆明けやし、平日やし。

そら客足悪いんはしゃあないんやろうけど
なんでコレで商売成り立ってるんかが不思議。

アレグロ・ヴィバーチェにしたところで、こんなんで店開けてても採算とれんやろって心配になる。

駅でサンプル配るんも効果なかった。

もしショールームの中でくつろいでお茶できるスペースができたところで
そもそも中に入ってくる人がいてないねんからどうしようもない。

いつまでもこの店、続かんかもなぁ。

そんな事を考えているのが聞こえたのかどうか、店長の須賀ちゃんがひょっこり顔を出した。

「あれ。どうしたんですか?」

「お疲れ様です、タンブラーの納品とちょっと打ち合わせです。」

同時に出した声が重なる。
はは、なんかウチってえらそうやわ。

「打ち合わせ?」小声で自分を指差して『ウチとですか?』と確認する。

「いえ、高橋さんと。
 ところで・・・・退屈そうですね、やっぱり。」

「はぁ、まぁ、そうですね。」

「お客さんがいないときは座ってていいですよ。疲れるでしょう。」

「いえ、慣れてますし。なんとなく座りにくいです。」

「そんなに気を張ってなくても。
 ほら、ここの営業マンだって接客してないときは座ってるじゃないですか。」

言いながら須賀ちゃんは店のコーヒーを自分で淹れ始めた。
どうも時間はあるみたいやし、この際やから聞いてみよ。

「あの。こんなに暇で大丈夫なんですか?」

「え?」

「全然お客さん来なくって、せっかくお店出してても赤字、ですよね。
 なんか車も全然売れてなさそうで・・・撤退しろとか言われません?」

「あぁ、大丈夫だと思いますよ。
 ココの車は個人客に売る必要はないんです、法人が中心ですから。」

「だったらこんなショールームって・・・・。」

いらんやん、もったいない。

「贅沢でしょう?
 我々には理解できない感覚ですけど、この無駄極まりないショールームを一等地に置いて、
 一般人がおいそれと買えない車を誇示することでオーナー達の顧客満足感を満たすんだそうです。」

「優越感ってヤツ?」

「そうですね。」

「うわぁ、やらしー・・・・。じゃあこのカフェも。」

「まぁ実際の話、お飾りです。
 いかに注目されるかって事ですよね。」

それってなんか面白くない、ウチは働きに来てるのに。

「そんなんでアレグロの方はメリットあるんですか?」

「赤字です、当然。高橋さんは厳しいですしね。
 でもアレグロ・ヴィバーチェと言う会社で見れば、
 この店がココにあることでの宣伝効果は、売上げを上げるに劣らない価値がある。 
 目先の数字以外のメリットは大きいです。」

「そうなんですか?」

「イメージ戦略は大事ですってね、実はオーナーの受け売りですが。
 実際この店に立ってる身にはたまらないですよね、暇すぎるのも。」

「そのうち採算取れないからクビになるかもって思ってます。」

「じゃあその時は僕も一緒にクビですね・・・・さてと。打ち合わせ行ってきます。」

半分ほど残っていたコーヒーを飲み干して、須賀ちゃんはカウンターを出て行った。

確かにイベント事があったらこのカフェも人目につくやろうけど
・・・どうなんやろ?
ウィンドウの外を歩く人たち、あの人らからこの店なんて見えてるんやろか。

こんなにいい場所に、こんなに人置いていい車並べてカフェまであります。
ほらVIPでしょう?って・・・納得できん庶民で結構やわ。

貧乏性で結構、忙しく動いてる方がシアワセ。

お昼ごはんは打ち合わせの終わった須賀ちゃんがご馳走してくれた。
ってより、どうやらウチは愚痴の聞き役にされたっぽい。

タダでさえ赤字スレスレの値段で出してるのに
キャンペーンの後に残ったタンブラーは買取で販売しろ、とか
スーベニールドリンクにしたらいい、とか好き放題言われて須賀ちゃんは珍しく感情的になって怒ってる。

高橋マネージャーって、ウチから見たら人のいいオジサンやけど
仕事となったらかなり曲者みたいな感じやねんな。

この客数では買取になると在庫丸抱えになって回収の見込みが立たないからと
とりあえずソレはカンベンしてもらったらしい。

「それでスーベニールドリンクって?」

「遊園地なんかであるでしょ?中身の入った容器がお土産になるの。
 あんな感じでタンブラーに中身を入れて販売しろ、と。」

「別にそれは構わないでしょ?そんなに手間じゃないし。」

「手間よりも飲み物代はサービスにしろって言うから困ってるんですよね。」

「えー!それってアレグロが被れって事ですか?」

「まったくあの狸オヤジは!
 買取にしたら値段はオタクで決められるから、中身入りはその分上乗せしたらいい。
 ウチの在庫なら中身はサービスだ、なんて業突く張りにも程がありますよ。」

「そんなに残るんでしょうか、あれ。」

「さぁ、どれくらいバラまくのか・・・部外者には見当つかないですけどね。」

せっかく奢ってもらってる串カツが冷めそう。
アスパラのフライに油が回らないうちに食べたいなぁ。

でも須賀ちゃんがマジメに喋り続けてるのに食べにくい。

「値段が1400円って言うのもやりすぎでしょ?
 マグじゃないんですよ、たかがプラのタンブラーでそんな値段ありえないでしょう?」

「原価って・・・。」

お互い仕入れ原価を知っているので顔を見合わせると
笑いともなんとも言えない変な空気が流れていった。

「せいぜいあんなもの900円までですよ。
 ここオリジナルの付加価値って・・・まったく意味不明ですよ。」

おっと。
須賀ちゃんが椎茸をほおばった。
ウチも食べよーっと。

さらに高橋さんのケチンボぶりを話す須賀ちゃんに
「もうすぐお昼休み終わるんですが。」と断ってウチはちゃっちゃと串を口に運ぶ。

やっぱり揚げたてよねー。

もう1本豚?でもカロリー考えたらプチトマトかエリンギ。

後は適当に相槌を打ちながらお腹を満たし、ご馳走様とお先に失礼さしてもらった。

午後イチに車検のお客さんが来られて、飲み物は出た。
でもお客さんはずっと営業マンとテーブルで話してたから、ウチが退屈なのには変わりはない。

『くいだおれ』か『ペコちゃん』みたいに誰とはなしの笑顔を浮かべて立ってるだけ。

最近の車検ってオーナーがずっと立ち会うもんなんかな?
ウチの知ってる限りでは自分の車は1.2日預けといて代車借りたりするもんやけど。

いっそ帰ってくれたら座ってられるのに、なんて悪いことも考える。
だって店長のOK出てるんやもん、お客さんがいなきゃアリやんな。

と、ふいにただならない『風』を感じて視線が入り口に吸い寄せられた。
ウチだけやない、そこにいた全員がその『風』に視線を奪われてしまっている。

その空気の持ち主は完璧な笑顔を仕立てのいいスーツに包み、よく通る声でこう言った。

「毎度っ!」

キース・・・・・。

ウチの肩ははがっくり音を立てて力が抜けてしまった。

もう!また陽菜ちゃんに余計な知恵をつけられたんやな。

「ようこそ、いらっしゃいませ。」

それでもまったくズッコけることなく、営業の小田君が案内に向かう、さすが!

「今日は車じゃなくってコーヒー飲みに来ただけ、構わないんでしょ?」

「もちろん。」

ニッコリ笑いながら小田君はキースをカウンターまで案内して来てくれた。

「忙しいですか?」

挨拶代わりにそう言って、キースはスツールに腰をかけた。
あ、足が!!
足が下についてる!!

ひゃあー。もうイキモノとしての作りが違うわ、この人は。

「ご覧のとおりです。」

一応、ウチも営業用の声で返す。

キースはエスプレッソをオーダーし、できるまでショールームを見てくると席を立った。
すかさず小田君がキースの横に付きに行ったけど、どうも一人で見たいと断られたらしくフラれ顔でカウンターにやってきた。

コレで、と言う感じで飲み物がショールームのサービスになるチケットを渡しながら
小田君はため息をついた。

「なんて言うか・・・・すごいな、あの人。俳優かな・・・清水さん知ってる?」

「はい。」

「やっぱ有名人なんだ。」

「いえ、そうじゃなくて。知り合いです。」

「へー、そうなんだ。じゃあ車買ってくれるように勧めてくださいよー。
 あの人かなーり持ってるでしょ。」

と小田君は、こっそり指でお金を意味するOKマークを作ってみせた。

「さぁ、でももうすぐアメリカに帰るって言ってましたから車は買えないんじゃないでしょうか?」

「マジっすか。って言うかどう言う知り合い?聞いてもいいんですか?」

「はい、義理の兄になる人です。」

そう言うと、自分がエライわけでもないのにちょっと誇らしい気持ちになる。

ふふん、いいでしょ?

「ひえー、じゃあ清水さんのお姉さんと結婚って事ですよね。
 あんなとんでもないイケメンだったら心配でしょうねぇ、お姉さん。」

「さぁ、どうなんでしょうねぇ?」

ウチなら心配で後つけまわしかねへんけど、陽菜ちゃんって感覚ちゃうからなぁ。

「すみません、プライベートのお客様で。」

別にお茶飲みに来るだけのお客さんも利用できる店やねんから
謝る必要はないんやけど、イチオウね。

「全然構わないでしょ。ってかあんな人が店内にいたら誰か釣られて入ってくるんじゃないですか?」

そう笑って小田君はショールームの入り口近くに歩いていった。

驚いた事に、小田君の予言どおりオバサンのグループが
ショールームのウィンドウから中のキースを見て何か話し込んでる。

「どうぞ、よろしければあちらのカフェでお茶だけでも。」

「いいのかしら?」

「喫茶でのご利用も大歓迎ですよ。」

ちょっとセレブっぽいオバサンたちは促されるまま、カウンターまで来て飲み物を買い
商談用のテーブルで存分に目の保養をしたついでに、ちゃっかり小田君にアンケートを書かされていた。

抜け目ないなぁ。

あ、ウィンドウに奏くらいの赤ちゃんを抱いたママ。

指差して子供に車を見せるような様子を装っているけど、違うな。

ママの方の視線はキースを追いかけてる。

子供と車はいい『ダシ』や。

小田君が席を立ったから、あのママも呼びに行くのかと思ったら
こっちに歩いて来る。

「清水さん、コレでこのお菓子っていいですか?」

そう言って彼はドリンクのチケットを見せて
「飲み物は購入されてたし、でもなんか出さないとねー。」と小声で言う。

まぁ、損にならなきゃいいかなぁ。

「はい、じゃあ。」

ウチは人数分のお菓子を盛りつけて小田君に渡した。

ついでに「あの人は?」とウィンドウからこっちを見てるママに目を向けると

「うーん。ちょっとお客さんにならないかな。」サラリと小田君は流してしまった。

あらま。しっかり値踏みしてるのね。

若いけどこれくらいしっかりしてやな、こんな店でやって行かれんのやろな。

そんな営業マンをして『客』として目を向けられるキースって
やっぱりすごいー、とますます嬉しくて自慢したくなってしまったウチ。

どうしたかて小市民なんやわぁ。

*

「おもしろいですね、ここは。展示車も多いし。」

店内をじっくりまわってきたキースは満足げにカウンターに戻ってきた。

「でもお客様少なくて・・・大丈夫かなって思いますよ?」

「駅ビルのエントランスのうち3つがここを経由して改札につながっています。
 ショッピングモールに行くにも、よほどのへそ曲がりでなければこの前を通りますね。
 動線がいい。」

「そんなもんですか?」

「カフェ経営としては疑問ですけどね。」

いたずらっぽい笑顔でカップを口に運ぶのが・・・・はぁ、絵になるなぁ。

「それよりいいんですか、こんなところに来てて。
 お仕事に帰国の手配に結婚の準備、お忙しいでしょ?」

「ええ、バシャウマですね、ボク。」

「だったら。」

わざわざ本なんか取りに来なくても、と言いかけると

「いつでもできることを後回しにすると、いつのまにかできなくなるんです。」

「ん?」

あぁ、なるほど。
できることは目先の分からどんどん消化していくタイプなんやね。

「イラチ、だと陽菜子には言われました。だから忙しいんだと。」

「ふふ。でもほったらかしにして忘れてしまうよりいいかも。」

まぁいいじゃん、で何かって言うと面倒がる貴信とは正反対やわ。

「あ、そうや。コレ。」

貴信で思い出した。
キースは貴信からの預かりもんを取に来てるんやった。

歴史小説のつまったペーパーバッグをカウンター下から取り出すと

「こんなにたくさん?とても嬉しい。貴信に感謝していたと伝えてください。」と言い、更に

「由香子さんも、重かったでしょう?本当にありがとう。」と
ウチにもお礼を言ってくれた。

うわぁ、これこれ!!これなんよ。
こう言うちょっとした気遣いがどんだけ気持ちを癒してくれるか!

的外れな気くばりもどきしかでけへん貴信もちょっとは学習してほしいわ。

「SeeYou、またね。」と帰りかけるキースにウチは声をかけた。

ウチはこの人にどうしても聞いておきたいことがある。

「なんで陽菜ちゃんと?」

「どうして?
 陽菜子を好きにならない理由なんてないでしょう?」

そんな世間並みの日本の男が言うたらヒキツケ起こしそうな台詞と
今日一番のキレイな笑顔を残してキースは店を後にした。

「くっさーぁ。」

まさに映画俳優ばりの気障っぷりに、ちょっと開いた口がふさがらんかったけど。

よかったね。

陽菜ちゃん。

ホントのホントに愛されてるよ。

安心した。

うらやましい。

ってかムカつく。

いい男やん、見かけもすごいけど中身はもっとかも。

ほんまはな。

あんなビックリするような男前で、超大手のエリート証券マンで
しかもアメリカに帰るなんて話やったから。

ちょっとだけな。

騙されてないかって心配しててん。

だってありえへんやん、あんな人が
普通の、しかも日本の女の子とレンアイなんて。

なんてねー。
物差しの小さい妹でごめんよっ。

でも陽菜ちゃんには幸せになって欲しいから
つまらん心配でもすんねんで。

ヒマな主婦のヤジウマ根性ってとこもあるけどさ。

そんな余計な心配をよそに1ヶ月後。

大忙しのはずのキースと陽菜ちゃんは
なにをどう調整したのか、奈良県内の神社で神式の挙式をして
ちょとした旅行に行くような気安さでアメリカに旅立って行った。

せめて完全に安定期に入るまで陽菜ちゃんは日本におったら、と
ウチもおかあちゃんも引き止めたけど
結局、ツワリが来ていないウチに移動したいと言う陽菜ちゃんの意見が通る形になった。

それにしたかて!!
向こうから無事到着したって連絡が来るまでの1日がどんだけ長かったか!

うーん。

そんだけキースとは一時も離れたくないんやろなぁ。

身内の心配も届かないくらいの時期ってあるある。

新婚ほやほやラブラブ時期限定やけどな。

ウチは・・・・あかんなぁ。
帰って貴信の顔見やなあかんのがうっとうしい。

せめてちゃんと謝ってよと思う。

自分は関係ないと思ってる、あの態度が気に入らん。








 


 





 

 












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