3,000万人国家日本と生活の有り様の予測(100年後の世代への贈り物としての社会インフラと地域経済) 夏森龍之介
3,000万人国家日本と生活の有り様の予測 夏森龍之介(計量計測データバンク編集部) 習近平の国家的プロジェクト人口500万人の「雄安新区」は廃墟の状態中国経済は不動産投機にけん引された見せかけの反映東京に一極集中して名古屋も大阪も東京に吸収される100年後日本の人口は3,000万人 7,000万人は予測上限値100年後の世代への贈り物としての社会インフラと地域経済社会主義では消費を満たす製造がなされず、資本主義では消費に対して過剰な製造にトマス・モアのユートピアと中国の小都市写真は黒部ダム(黒部第四ダム)。黒部ダム建設には延べ1000万人の人々が動員された。当時の関西電力の年間電気収入の半分に相当する巨額の費用が投じられ、7年の歳月をかけた大事業。黒部ダム(くろべダム)は富山県東部の中新川郡立山町を流れる黒部川水系の黒部川に建設された水力発電専用のダム。1956年(昭和31年)着工、太田垣士郎指揮の下、171人の殉職者を出し7年の歳月をかけて、1961年(昭和36年)1月に送電を開始し、1963年(昭和38年)6月5日に完成した。北アルプスの立山連峰と後立山連峰に挟まれた黒部峡谷に立地し、黒部市から南東約40キロメートル、長野県大町市から西約20キロメートル、県境から約3キロメートル西に位置する。堤高は1,454メートル。(見出し)3,000万人国家日本と生活の有り様の予測 夏森龍之介(本文)習近平の国家的プロジェクト人口500万人の「雄安新区」は廃墟の状態 経済現象としての都市崩壊は中国がそれを示している。習近平が国家的プロジェクトとして建設した北京の北100㎞のところに建設した人口500万人の「雄安新区」は住居ビル建築後に住む人がいない気味悪い廃墟の状態である。気味悪いのは建物は新しいのに住む人がいないビル群が林立するからである。 このような都市計画とビル建設の失敗事例は10や20ではない。雄安新区構想と同時期に建設されたプロジェクトの多くが失敗している。日本のテレビ局の取材や日本のユーチューブ発信家の動画によって、こうした事実を確認することができる。 日本のバブル経済は銀行と投資家の失敗として処理されたが、ビルやマンションが現在の中国のように廃墟にはならなかった。日本ではリゾートマンションが中国と同じ現象を呈したがそれは住居の本体ではなかった。中国の行き過ぎた投機熱はマンション・ルームの価格を本来価格の10倍の水準まで押上、その過程の価格が底値だと判断して価格水準を限りなく押し上げた。使わない、そして貸すこともできない価格帯になったそれは投機のための借入金の支払いを滞らせた。中国の不動産産業は正常に収束させることができない状態にある。中国経済は不動産投機にけん引された見せかけの反映 東京財団の中国人経済アナリストの柯隆はこの状態であっても中国経済は崩壊しないと説明する。不動産投機は救いえる状態にはないから失敗したプロジェクトは廃墟となる。その場所で経済が回ることはなく、人が住む条件は消えているからである。 経済アナリストの柯隆は動画を毎日配信している。中国の指導部、特に習近平の身の回りのことや失政に触れると「殺される」と何度も話す。中国経済は都市建設プロジェクトに重なる不動産建設とそれへの投機で見かけの反映であった。 上海の経済不況ほかもリポートされている。中国の高速鉄道の利用率は極度に低下している。新幹線はがら空きなのだ。経済が急落しビジネスがそれに連動する。乗客の財布のひもは固く、あるいは財布には新幹線の乗車券を買うお札が入っていない。こうした事例を引いたうえで中国の経済と不動産建設と投機現象について触れるのはとりあえずはここまでとする。東京に一極集中して名古屋も大阪も東京に吸収される 中国の新幹線ががら空きであることが人口減少が進行した日本の状況を連想させる。都市化の現象は東京に一極集中して名古屋も大阪も東京に吸い寄せられる。神戸が大阪に吸い寄せられている現在の状況が、大阪と名古屋に対しても起こるのである。 仙台はこれに遅れるが、福岡はこうした影響が少ないということを経済学者の森知也が説く。東京と大阪を結ぶリニア新幹線が通ったころには人口減少と経済の東京への一極集中が一層進み。東京と大阪のビジネス客の量は増えない。新幹線とリニア新幹線の共用の条件が消えるかもしれない。 東海道新幹線と東名高速道路は静岡県由比付近では海岸線近くを通る。地震と津波によって破壊される危険度は高い。東名高速道路には山側を走る第二東名ができあがっており、第二東名は中央道に横につながっている。リニア新幹線が地震による東海道新幹線の破壊への補償を担っているのだろうか。100年後日本の人口は3,000万人 7,000万人は予測上限値 森知也京都大学経済研究所教授(東京大学空間情報科学研究センター客員教授、経済産業研究所ファカルティーフェロー)が経済学の手法によって日本の将来人口の減少、それに伴う都市と地域の状況の変化を予測する。 人口減少は100年後には明治初年の3,000万人に至る。これが一番低い予測で高い予測は700万人ほど。江戸期の人口の人口は3,000万人であった。農業人口が8割の農業経済主体の日本である。この状況の到来には100年を待たない。 首都東京への人口集積とそれに伴う東京の不動産価格の上昇はこれから10年は続くとしても、しかし現在の東京のマンション価格の水準は異常値であるが、やがては下降し、30年後には4割は下がる。タワーマンションは50年すると大規模修繕の時期になるがこの時にこれを負担して住み続けようとする人は経る。タワマンは放棄され廃墟となることがあるだろう。現在の東京都心部へのビルとマンションの集中は異常である。神を恐れぬ人間の暴走なのだ。ゼネコンは建設水準を維持させるように行動する。膨れ上がったゼネコン事業の安直な継続が現在の都市現象をもたらした。 森知也は都市から移動可能な緑のある田園に週末は異動して暮らすようになるだろうと予測する。人口は減る。その減り方は現代の人々が考えているより激しい。現在の状態から20年か30年で3割減った日本の人口、そして少し遅れて減少する東京の減少によって生じることの一つはマンション価格の下落とタワマン存続の危機である。地価が4割下がった東京では、今より平べったいマンションによる暮らしが都心部に広がる。経済と居住の都会と田舎の双方向。もしかしたら田舎が稼ぐ場になる。トマス・モアはユートピアを構想した。ユートピアには54の都市があり、各都市は1日で行き着ける距離に建設されている。都市には6千戸が所属し、計画的に町と田舎の住民の入れ替えが行われる。1日で行き着けるとは昔の交通手段による。トマス・モアが生きていたのは 1478年から1535年である。人の身体とそれに見合う活動の仕方の基本は今も昔も大きくは変らない。 北海道の根室市、釧路市、帯広市などのいわゆる小都市の人口減少とターミナル駅前の衰亡が激しい。消費は一定、店舗が倍加。倍加した店舗は郊外に立地される。駅前の衰亡の原因である。人口減少は消費の減少となる。駅前の衰亡の原因が明確になる。根室や釧路の駅前のビルは所有者が消え廃墟のまま解体ができないでいる。この現象が東京のタワマンで発生することを予感させる。 人口予測の科学は発達していてよく見通しがつくようになった。政治課題となっている人口減少への対応は、人口維持を主題としている。地方振興と人口減少対策が一対にされている。2025年に高知県は13,000人人口が減り65万人を下回った。山梨県の人口は令和2年国勢調査確定値基準で推計した令和7年4月1日現在の山梨県の推計人口は784,497人となり、前月差2,317人の減少、前年同月差5,871人の減少となった。日本の人口は毎年山梨県の人口と同じ規模で減少している。小規模県の一つが毎年消えている。100年後の世代への贈り物としての社会インフラと地域経済 AI(人工知能)がよく使われるようになると電力消費が高騰するとういのは政府系の機関の試算であるが陰謀めいている。現在の電力は現在の電力需要をまかなうように設備されている。国土交通省の河川局長だった竹村公太郎は現在のダムは10メートルの嵩上げと発電機の設置によって二倍の発電量を獲得できるという。日本の発電電力量に占める水力発電の割合は8%。1990年代には12%だった。日本は原子力発電を主電源にする発電政策を推進してきた。東京電力福島第一原子力発電所の事故後は稼働原発2024年1月現在、12基の原発が稼働している。2024年10月29日、東北電力は女川原発2号機を13年ぶりに再稼働させたがトラブルにより停止した。 原発の是非は国論を二分する。福島第一原子力発電所の事故によって周辺地域の農地は半永久に使えなくなった。事故処理の費用はとてつもない。 福島第一原子力発電所事故の処理費用は、廃炉、賠償、除染、中間貯蔵などを合わせて約23.4兆円と試算されている。このうち、廃炉に8兆円、賠償に9.2兆円、除染に4兆円、中間貯蔵に2.2兆円。この費用は、東京電力や国が負担することになっていますが、その負担方法や国民負担の可能性についても議論されている。東京電の負担分は電力料金に反映されるから負担といえるかどうか。 竹村公太郎には江戸期の幕藩体制は流域封建制度に見えた。地理学的視点である。将来の日本社会は流域封建制度に倣い経済と生活構想を打ち立てるのが良いと説く。脊梁山脈に隔てられた流域の社会の再形成あり、流域河川に貯水池をつくって水力発電をするという構想。貯水池は農業用水、飲料用水、工業用水を貯えて安定して供給し、水害対策をも担う。 100年後の世代への贈り物としての社会インフラの一つがこれであり、実質無料の電力となり、生活の基盤が築かれる。社会主義では消費を満たす製造がなされず、資本主義では消費に対して過剰な製造に 「中国は資本主義で日本は社会主義である」そして「中国人は資本主義的で日本人は社会主義的である」と 東京財団の中国人経済アナリストの柯隆が述べる。中国人は日本人に比べると遥かに投機的であり、その行動は資本主義的なのだ、と。現代の日本人学生や若者は新自由主義の競争原理を刷り込まれているために、競争的だがそれでも中国人に比べれば遥かに大人しく行動原理は社会主義的なのである。 社会主義の失敗ということで論を建てると社会主義という国家はこのようにはなかったといえる。社会主義を掲げ表面上は標榜して行動した国はあった。ソビエト連邦共和国の経済政策、経済計画を垣間見るとその内容は乱暴すぎる。第二次世界大戦後の冷戦下では軍事競争のために経済資源の軍備と宇宙分野へ集中によって民生はおろそかにされた。 その民生における生活物資の製造と流通はお粗末である。現在の日本の中央省庁と出先機関、地方公共団体がソビエト政府と行政機関となり、それぞれが生産品の見積もりをして積算して、計画をつくりあげ、実行していくということになっていた。品目が増えるほどに生産と供給計画は困難になり、多くの場合には破綻する。その結果が時どき配給される肉を受け取るための行列であり、電気製品の闇流通となった。社会主義の供給不足の経済、資本主義の供給過剰の経済として比較された。社会主義では消費を満たす製造がなされず、資本主義では消費に対して過剰な製造になる。トマス・モアのユートピアと中国の小都市 トマス・モアの理想郷としてのユートピアを実現した中国の小都市がテレビで取材されている。村か町か市の単位で理想に燃えた市長が活躍してつくりあげたものである。人は気持ちよく一日働き満足する。このユートピアに加わるのには条件があり、近隣の農村から流入して市民権を得ることは難しい。働く人は大学卒業者でも職業を選べない。市民となってから適正にあわせて仕事が与えられる。市民は収入はわずかであるが住宅や車などはべっと与えられて生活全体は豊かである。はたしてこのような市政運営と経済が何時まで続くのか。[資料-1-]森知也 - Wikipedia 森 知也(もり ともや、1967年10月7日 - )は、日本の経済学者。都市経済学、空間経済学専攻。京都大学経済研究所教授、東京大学空間情報科学研究センター客員教授、経済産業研究所ファカルティーフェロー。 人物・経歴 1990年岐阜大学工学部土木工学科卒業。1996年ペンシルヴァニア大学大学院地域科学研究科博士課程修了、Ph.D.。同年京都大学経済研究所助教授。1999年カトリック・ルーベン大学CORE客員研究員。2004年応用地域学会坂下賞受賞。2005年Regional Science and Urban Economics編集委員。2009年京都大学経済研究所教授。2010年京都大学経済研究附属複雑系経済研究センター長。2011年経済産業研究所ファカルティフェロー。2012年東京大学空間情報科学研究センター客員教授、Papers in Regional Science編集委員。2018年京都大学経済研究所附属複雑系経済研究センター長、大林財団選考委員。2021年村田学術振興財団選考委員。専門は都市経済学、空間経済学。[資料-2-]インフラ建設が経済成長に寄与した時代の経済学 夏森龍之介 竹村公太郎は100年後の日本のために今つくっておけば100年間無料で使えるといってよい水力発電所の再開発と整備を推進すべきだと説く。ダムを10メートル嵩上げすれば100メートルのダムに匹敵する水量を確保でき、また発電設備のないダムがあるのでこのダムを再整備すれが現在の二倍の水力発電量が確保できるとも。今のインフラは前世代、大きく言えば100年前の人々から贈られたものだから現代の人は100年後の人々に同じような贈り物をしなければならないと。 図は経済成長の軌跡と河川法の改正との関係を示す竹村公太郎によるもの。国の多目的ダムの建設計画が立てられ実施されたのは、昭和40年代から昭和50年代前半の高度経済成長期と重なった。インフラ整備事業投資が刺激となって大きな経済効果がもたらされたと理解される。図は日本のGDP 成長と水資源関連法の整備と改正を示す竹村公太郎作成のもの 曲線上にある赤の点線の矢印が大多数の新規ダム計画を立てた時期を示している。この時期は図でも分かるように経済成長は止めどなく上昇している時期であった。急成長する時期の基本方針は、水需要の増大に応えて開発水量を多くすることである。徳川家康の河川改修土木工事と農地面積の倍増 インフラ整備と経済発展を竹村公太郎は徳川家康の土木工事に見出す。 徳川家康の江戸地開発の土木工学的の成果を検証する。関東の領地のほとんどに簡単に行けるよう運河を整備した。関東平野の多くは湿地帯であり、この湿地帯に運河を通して通行の利便を確保した。東京湾に流れ込む利根川は頻繁に氾濫し下流に広がる水脈(水路)が湿地帯の原因になっていた。この利根川を関宿の高台を掘削して銚子に抜いた。関東平野の湿地帯は次第に乾燥して水田による稲作ができるようになった。国際灌漑排水委員会の国内委員会資料は1600年の日本の農地面積は140万haであったものが100年後の1700年には300万haに広がったことを示す。 関ヶ原の合戦のころには近畿一帯の山は薪のために伐採されていて禿山であった。関ヶ原の合戦時にこの地の山には立木はなく両陣営は互いに丸見えだったことを竹村公太郎が40万部販売の『日本史の謎は「地形」で解ける』関連三部作(PHP文庫)で指摘する。 天下を獲った徳川家康が京都を拠点とする幕藩政治を行わずに関東平野の入り口で中心である江戸の選んだのは上の事情により、また見据えた土木工事によって関東平野を大きな稲作の地に変えて富を生み出したのである。徳川家康の江戸の治世と土木工事は公共投資、インフラ整備であり、こうしたことによって300年近い徳川の世をつくりあげた。土地改良区との連携による上流取水 日本の1級河川のほとんどと主要2級河川には、江戸時代から農業共同体が存在し農業活動をしている。 農業共同体は江戸時代から堤防を築き、頭首工(とうしゅこう)と呼ばれる取水堰を建設し、流域の下流地域全体に送水する農業用水路という配水システムを構築してきた。 農業用水路システムは言うまでもなく自然流下である。古くから全国の津々浦々の各地で、面的な配水を行う農業用水路システムを持つ国など世界を見渡しても日本だけである。日本の農業用水路システムは見事という言葉以外にない。 取水堰は川が山から出たところに設置されている。送水網は旧河道を利用して自然流下で地域にくまなく配水されている。 図は石川県手取川下流の優れた事例の「七ヶ用水」である。図 手取川の河川・七ヶ用水 明治36 年7 用水が合口 出展:のってい新聞 しかし、世界に誇る日本の農業共同体も、都市化の波と過疎化により運営は決して楽ではないと聞いている。都市の水道サイドと農業サイドが連携して、取水堰を改築し、浄水場へ通ずる農業用水路を水道の他目的で使用させてもらう。もちろん当該地域の農家も同じ水道で生活している流域共同体のメンバーである。 日本各地の流域において、自分たち自身の水道を自然流下という持続可能な姿で再構築していく時期になった。流域関係者による協議と連携のみが、各地域の水道問題を解決していくこととなる。 江戸時代から地域の農業を支えてきた農業用水路、江戸に住む人々の水を運んでいった玉川用水、近代水道の幕開けをした横浜水道、これらは全て自然流下によるインフラであった。 未来の日本列島の水道は全て、エネルギーゼロの自然流下で再編されていかなければならない。未来に向かって、各々の流域において、河川管理者、水道事業者、農業事業者、内水面事業者そして都市住民の連携が必要となっていく。高度成長時期のダム計画と竹村公太郎の仕事 昭和45(1970)年、竹村公太郎は建設省に入省し、関東の川治ダム工事事務所に配属された。特定多目的ダム法のダム基本計画に基づいて建設される最初のダムの一つであった。仕事は川治ダムの本体設計とダム開発水量の算定。昼間はダム本体設計、夜はダム利水計算の繰り返した。ダム本体設計の原理原則は、安全な構造物にすること。利水計算の原理原則は、開発水量を可能な限り大きくすることである。 本体の安全性は純粋に土木技術上の課題だ。一方の開発水量を設定する利水計算は土木技術ではない。日本社会の要請を受けとめていく社会科学工学である。当時の社会要請は「一滴でも多く水を開発してくれ、水を多く配分してくれ」でということ。 日本社会は急速な経済発展の兆候を見せていた。経済発展のためには「電力」と「水」が不足していた。昭和30年代から昭和40年代前半、各都市で停電が発生していた。水不足による断水も頻繁に発生していた。 ダムの水量はダムの高さで一義的に決まる。利水計算で使用する河川流量も、過去50~100年間の流量観測データで一義的に決まる。開発水量を大きくするためにはダム開発基準点をダム地点ではなく、河川下流部にセットすることであると考えた。ダムに水をため多くの水を供給することが求められていた。竹村公太郎はこのように考えて仕事をしてきた。手取川水系のダムと治水写真は白山(標高2,702メートル)。白山に登ったときにしげしげと眺めていた。砂防工事をしないと崩れてしまうのが日本の河川だと思ったのである。岐阜県側の郡上八幡では信仰の山となっている。岐阜側からの登山ルートもあるが現代では手取川方面からの登山が多い。 後述の宮ケ瀬ダム下流域の「おゆきちゃん」で時どき味噌ラーメンを食べる男は手取川を遡行して白山(標高2,702メートル)に登ったときにしげしげと眺めていた。砂防工事をしないと崩れてしまうのが日本の河川だと思ったのである。 手取川水系の大きなダムは手取川ダムと大日川ダムの2つ。手取川ダムは、治水、利水(都市用水の供給)、発電を目的とした多目的ダムで、石川県内で最大級のロックフィルダム。大日川ダムは、洪水調節を主な目的とする治水ダム。二つのダムは、手取川の洪水調節に重要な役割を果たしている。手取川は「石の河原」が広がる扇状地を流れる河川の様相を示し、このことが石川県の名の由来となったとされる。 手取川ダムは昭和55年に完成。高さは153m、総貯水容量:2億3,100万m³。第一発電所(電源開発)、第二発電所、第三発電所(北陸電力)で発電に利用。平成10年9月の台風7号による大雨の際、上流からの洪水を全て貯留。治水効果:鶴来観測所で、過去5番目の水位を記録した際、手取川ダムの防災操作により、水位を約69cm低下させ、洪水被害の軽減に貢献した、と推定されている。 大日川ダムの目的は手取川ダムと連携しての洪水調節。基準地点(鶴来)で、1,000m³/sの洪水調節量となるように、各ダム地点での洪水調節。 上に示した手取川の河川・七ヶ用水 明治36 年7 用水が合口の図は原始の河川の様子を示す。普通の河川は扇状の平野部を形成し、そこを幾つもの流れとなって流下する。2025-07-27-prediction-of-the-state-of-life-in-japan-a-nation-of-30-million-people-├目次 官僚制度と計量の世界 執筆 夏森龍之介├├├関連論説-その3-3,000万人国家日本と生活の有り様の予測 夏森龍之介├関連論説-その2-インフラ建設が経済成長に寄与した時代の経済学 夏森龍之介├関連論説-その1-経済からみた日米戦争と国力差、ウクライナ戦争の終着点 執筆 夏森龍之介├├├官僚制度と計量の世界(24) 戦争への偽りの瀬踏み 日米の産業力比較 陸軍省戦争経済研究班「秋丸機関」の作業 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(23) 第二次大戦突入と焦土の敗戦「なぜ戦争をし敗れたのか」 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(22) 結核で除隊の幹部候補生 外務省職員 福島新吾の場合 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(21) 戦争と経済と昭和天皇裕仁 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(20) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(19) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(18) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(17) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(16) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(15) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(14) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(13) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(12) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(11) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(10) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(9) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(8) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(7) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(6) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(5) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(4) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(3) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(2) 執筆 夏森龍之介├官僚制度と計量の世界(1) 執筆 夏森龍之介