夏至のころの瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m) 森夏之
夏至のころの瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m) 森夏之Mount Mizugaki around the summer solstice夏至のころの瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m)森夏之夏至のころの高原地帯は新緑が大きく広がっていて瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m)は雲の多い梅雨空にすこしけぶった姿であった。夏至のころの瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m)森夏之夏至のころの瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m) 森夏之カラマツソウが咲いていた。変哲のない白い花であり落葉松草(唐松草)の名はカラマツの木の葉の模様からきている。夏至のころの瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m) 森夏之2025年7月11日撮影。アザミにはエゾアザミとわざわざ説明の札が添えてあった。ヒョウモンチョウはアザミにこだわって蜜を吸っていた。同じ標高にある近くの山荘の二階のバルコニーで子育てをするシジュウカラは芋虫を運び、雛の糞を咥えて外に出て、また芋虫を忙しく運ぶ。夏が弾けて全ての命が輝いている。夏至のころの瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m) 森夏之2025年7月11日撮影。ヨツバヒヨドリにシジミチョウがとまる。八島湿原で。芋虫から蝶になったのか、成虫のまま冬を越えたのか。夏至のころの瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m) 森夏之信州ビーナスライン車山高原。2025年7月11日撮影。6月にはレンゲツツジ、7月からはニッコウキスゲの花が咲く。この日はニッコーキスゲの最盛期であったが花は鹿よけの電気柵の中だけで咲いていた。車山(1925m)を主峰とする車山高原は霧ヶ峰、蝶々深山、白樺湖によって囲まれた火山高原。火山活動によって緩い形状のアスピーテ型に。夏至のころの瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m) 森夏之八島湿原。2025年7月11日撮影。湖面の標高は1,630m。1939年(昭和14年)に国の天然記念物に指定。湿原のミズゴケの種類は18種。八島ヶ原湿原の約490倍の釧路湿原とほぼ同じ数。面積は43.2ヘクタール、泥炭層は8.05mの深さ。ヨシ、アゼスゲ、カサスゲなどで成立しているヨシ・スゲ泥炭。中間はオオミズゴケ、ワラミズゴケなどで成立しているヌマガヤ湿原。高層部分はイボミズゴケ、チャミズゴケ、ムラサキミズゴケ/ワタスゲ、ミカヅキグサ/ツルコケモモ、ヒメシャクナゲなどで構成されているミズゴケ湿原。八島ヶ原湿原は周辺の森林化や降雨量の減少などに伴い乾燥化が進んでいる。(タイトル)夏至のころの瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m) 森夏之(本文) 夏の緑が最盛期で枝葉には何らの疲れが見えない8月10日になって思う。夏至の日に信州峠を越えて川上村のレタス畑をみに行ったときのことを。韮崎から茅ヶ岳(標高1,704m)を右手にみて進んだ先に現れるのが瑞牆山(みずがきやま 標高2,230m)。この山の周辺を軽四駆で一日うろうろして過ごす時期があった。夏至のころの高原地帯は新緑が大きく広がっていて瑞牆山は雲の多い梅雨空にすこしけぶった姿であった。写真のようにこの付近には集落があって昔はお蚕と林業の生業があったことを物語る。黒川温泉は鉱泉で客がくると焚火して沸かしていたし、瑞牆山の麓には幾つかの宿がある。昭和30年代40年代の戦後の登山ブームは遠い昔であり宿の数も減った。周辺には全国植樹祭に因んで公園ができていて天皇がお越しとの銘が刻まれている。 盆が過ぎるとお日さまの沈むのが早いことをはっきりとして夏が好きな者は寂しさを覚える。振り返ればひと月半前のこと、瑞牆山と金峰山(標高2,599m)を右手に一緒にみて、野辺山高原から蓼科高原をへて霧ケ峰高原に抜けた日のことが懐かしい。霧ケ峰高原にはカラマツソウが咲いていた。変哲のない白い花であり落葉松草(唐松草)の名はカラマツの木の葉の模様からきている。霧ケ峰高原ではマツムシソウが薄紫色の花を付けているころになった。2025-08-10-mount-mizugaki-around-the-summer-solstice-