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旅行(旅と自然の日記)

2019年06月12日
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最終更新日  2019年06月12日 19時09分03秒
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2019年06月09日






最終更新日  2019年06月09日 23時49分14秒
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2019年06月04日
真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

カメラのキタムラの隣に上田城があったので見物した。

真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

城跡は公園になっていて入場無料。

真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

櫓(やぐら)が二つほどあり、一つは入場料がいる。

真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

城を取り巻く堀は新緑。向こうに菅平高原がある。

真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

真田神社は落ちないことにかこつけて受験のお守り札が人気。

真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

大きな石で組んだ城垣に真田石の名がつけられていた。

真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

井戸は逃げ道であり水はない。皆が覗(のぞ)く。

真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

上田城の前面の公園。ここにはかつて川が流れていた。

真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

上田城から上田駅方面を眺める。ときどき新幹線が通る。

真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

上田の地は薔薇の栽培が多い。6月の薔薇が咲いていた。

真田の上田城をみる 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

 信州の上田市、真田の上田城に足を運んだ。6月2日であり薔薇(ばら)の季節であった。前日に近くの温泉宿に泊まった。宿代はバイキングの朝食付き二名で六千円であった。松本市などは土曜日の宿泊料金は平日の3倍になる。この地のこのホテルは安かったのだ。

 前日の姨捨の棚田は田植えが終わったところであった。夜は冷えた。東京よりも季節が一月遅いのだ。夏のスポーツ合宿の地になっている菅平が城の北にある。城からに菅平高原がみえる。上田の地は薔薇の栽培が多い。6月の薔薇が咲いていた。

 夜に上田城のわきにあるカメラのキタムラで機材を調達する。上田城はライトアップされていた。20時の閉店の5分前に飛び込んだ。大急ぎでの買い物である。

 夜の食事のためにスーパーでお買い物。天丼弁当を買った。これは二日後の昼飯になった。イサキのお造りと鯛の刺身は愛媛産、マルタ産キハダマグロの刺身を買った。すべて半額であった。温泉の後に一人ビール大瓶一本を飲んだ。セブンイレブンのライスとワサビをこれでもかと効かせた刺身での夕食である。

 曇り空の日曜日に心は浮かない。上田城の見物をすることになった。何度か立ち寄ったことがある城である。見聞を広める程度の動機である。

 本丸脇にある井戸は空井戸で逃げ道になっていた。どこのお城もこのように細工されていたのだろう。上田城の逃げ道はテレビ映画でみている。上田城は上田駅のまじかにある。城からはどき新幹線が通るのがみえた。上田城の前面は公園になっている。ここにはかつて川が流れていた。上田の地を眺めていると断層と思われる地層があちこちにある。大きな石で組んだ城垣に真田石の名がつけられていた。大阪城の石の大きさに比べたら小さい。真田神社は落ちないことにかこつけて受験のお守り札が人気。この神社は以前は違う名であったがこの地の人々の真田への思いは深い。

 上田城といえば真田幸村と真田十勇士が連想される。真田が上田にいたのは40年ほどのことである。講談本と歴史小説に印象付けられるのが人である。

(写真と文章は旅行家 甲斐鐵太郞)

【下は関連文章です】
上田城跡と白土三平と霧隠才蔵 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

2019-06-04-look-ueda-castle-sanada-writing-tetutaro-kai-






最終更新日  2019年06月04日 21時37分56秒
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2019年05月29日






最終更新日  2019年05月29日 06時27分36秒
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2019年05月27日






最終更新日  2019年05月27日 00時00分24秒
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2019年05月20日
5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

5月19日の清泉寮。新緑が広がり始めている。

5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

清泉寮の1950年ころの旧館の写真。秋の景色です。

5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

現在のレストランのベランダに立つポールラッシュ。

5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

レストランのベランダには花が飾ってあった。5月19日撮影。

5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

ハーブ花壇の向こうに旧宿泊施設がある。5月19日撮影。

5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

ポール・ラッシュ像の周り咲いている花。5月19日撮影。

5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

牧場跡の向こうの富士山は雲に隠れてた。5月19日撮影。

(タイトル)
5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

(本文)

5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました。

 午後になっておりました。

 清泉寮は、現在ではロッジ、コテージ、レストラン、キャンプ場などを有する宿泊・研修施設であるが、建設当初の1938年(昭和13年)は、清里開拓の父と呼ばれるポール・ラッシュが指導したKEEP(Kiyosato Educational Experiment Project:清里教育実験計画)の一環としての日米協会青年活動によるキリスト教研修の中心施設であった。

 当時まだ貧しかった山梨県のこの地に大きな可能性をもたらし、キリスト教信者のみならず多くの人をひきつけた。清泉寮という名称は、1937年(昭和12年)秋に現地を視察した立教大学の高松孝治教授司祭により名付けられた。高松は、「キャンプは清里駅から上っていくが、地番は大泉村に入っている。それなら両方を取って清泉寮としたらどうか」と提案したという。

ポール・ラッシュ像の周り咲いている花に管理者の心をみました。草の生えた牧場跡の向こうに富士山があるのですが雲に隠れておりました。照る日曇る日が天気です。

 清泉寮の1950年ころの旧館の写真が宿に掛けてありました。現在の本館の三角屋根をレストランのベランダから眺めるポールラッシュの写真もありました。1950年代という時代が懐かしいです。

 日本は技術の発展と経済の大成長がありました。この先も電子機器とインターネットでめまぐるしい動きがつづきそうです。

 山と自然は人に安らぎを与えます。清泉寮で過ごした正月や夏が思い出されます。

(写真と文章は旅行家 甲斐鐵太郞)

2019-05-19-i-went-to-the-seisen-dormitory-in-kiyosato-writing-tetutaro-kai-






最終更新日  2019年05月20日 19時40分05秒
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2019年05月19日
ある一日、木曜日の典型的な行動です。執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

安曇野を二台目フィットでぐるぐる回る。犀川左岸から眺める
常念岳(2,857m)左と横通岳(2,767m)右。左は蝶ヶ岳(2,677m)。
5月6日撮影。
ある一日、木曜日の典型的な行動です。執筆 旅行家 甲斐鐵太郞


良い景色のところにでかけて自然に身体を浸すように心がけたい 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

安曇野犀川左岸から眺める常念岳(2,857m)左と横通岳(2,767m)右。
5月6日撮影。
良い景色のところにでかけて自然に身体を浸すように心がけたい 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

伊勢を往き来する。伊勢丸を含め三隻で運行する。

「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月16日号「日本計量新報週報デジタル版」

「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月9日号「日本計量新報週報デジタル版」

「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月2日号「日本計量新報週報デジタル版」

私の履歴書 安斎正一(計量士)-その1-本欄の執筆をなぜ私が?

放射線の測定に関係する資料を渉猟しておりました 執筆 日本計量新報編集部 横田俊英

伊勢旅行したら草臥れ果てて椅子に座れなくなりました。
(そのためにキーボードとの位置関係のよい椅子を買って対処しました)
 執筆 甲斐鐵太郎

輝く虹の環水平アークと日暈(ひがさ)の出現に沸いた2019年4月28日

日暈の外周に虹が輝いていた。二重の日暈であった。

湘南の海岸通りを走る 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

海岸通りを走る。風の暖かさが夏を思わせた。

球速表示160kmは確かか(球速表示160kmは信ずるに値するものなのか)






最終更新日  2019年05月19日 00時00分24秒
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2019年04月22日
富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

富士本栖湖リゾート(山梨県南都留郡富士河口湖町本栖212)

富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

テラスでソフトクリームを食べる。ビールを飲む

富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

中国人ほか外国人観光客が半分はいるかと印象づけた

富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

富士山を仰ぎ見る広場を色とりどりの芝桜で埋め尽くす

富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

富士山を形どった芝桜を前に記念撮影する人がいた

富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

食べ物屋は多い。晴れた休日には人が押し寄せる

富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

吉田うどんは700円。地元の値段の倍近いのは愛嬌

(タイトル)
富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

(本文)

 前の週には河口湖に向かう道が混雑していたので引き返した。4月21日には帰りが遅くなっても良いと決めてでかけた。富士本栖湖リゾート(山梨県南都留郡富士河口湖町本栖212)で開かれている「富士芝桜まつり」を見ようと。開催期間は2019年4月13日(土)~5月26日(日)で営業時間は8:00~17:00。主催は富士芝桜まつり実行委員会、後援団体が富士河口湖町と富士五湖観光連盟。

 富士五湖周辺で遊んでいると「富士芝桜まつり」のことを頻繁に耳目するので、しょうがない一度見ておこうと。どうであったか。富士山を仰ぎ見る広場を色とりどりの芝桜で埋め尽くして楽しませようというもの。その通りであり見事とはいえても人工物の匂いがする。現代の人々はこのようなことで良いのだ。中国人ほか外国人観光客が半分はいるかと印象づけた。この頃は韓国語が聞こえない。

 規模は首都圏最大級で80万株の芝桜が、富士山と一緒になるところがここの特徴。桜の名所と同じように芝桜の名所はゴマンとある。近くの花園を覗いてみたら良い。

 交通は電車の場合、富士急行線「河口湖駅」からバス「芝桜ライナー」(芝桜まつり期間限定運行)で約30分。車は中央自動車道「河口湖IC」から約25分(空いていれば)。
駐車料金、普通車500円。

 富士五湖で遊んでついでに「富士芝桜まつり」を見物するのが望ましい。ある年の4月21日の日曜日、河口湖インテーへの道のつもりが甲府盆地方面に迷い込んだ。ついでだからということで公営温泉につかり、諏訪南インターから帰途についた。

富士芝桜まつり事務局TEL.0555-89-3031、〒401-0337 山梨県南都留郡富士河口湖町本栖212

富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞2019-04-21fuji-shiba-sakura-festival-






最終更新日  2019年04月22日 21時10分02秒
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2019年04月08日
オラが町のサクラの名所 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

夜半の強い雨で満開の桜は花を半分落とした。4月8日。


オラが町のサクラの名所 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

強い雨は天井も地面も桜色に染めた。4月8日。

オラが町のサクラの名所 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

サクラの花が新緑の山肌と調和して清々しい。4月8日。

湘南海岸とサーファー 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

桜並木の道ばたにツツジが咲いていた。4月8日。

オラが町のサクラの名所 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

八重の枝垂れサクラが咲いていた。4月8日撮影。

オラが町のサクラの名所 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

桜の花の絨毯を歩いている人がいた。4月8日。

 富士山麓から流れ出て相模湾に注ぐ相模川のある公園の桜並木である。4月8日に撮影した。前日は夜桜を見物。満開であった。夜に強い雨が降ったため花びらが半分落ちた。花びらが絨毯のように敷き詰められた並木道は贅沢であった。相模川を遡って山梨県の道志川に行くとサクラの花はまばらであり、富士五湖の一つの山中湖のサクラは半月ほど経たないと咲かない。富士とサクラは日本を象徴する景色である。

をさかな遡って

(タイトル)
オラが町のサクラの名所 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
(日本人には花見の桜はソメイヨシノだ。隅田川の桜も上野公園の桜もソメイヨシノである。)

(本文)

 桜というと花のことである。日本人には花見の桜はソメイヨシノの花だ。隅田川の桜も上野公園の桜もお城の周りの土手などに咲く桜は多くの場合ソメイヨシノである。桜と言えばソメイヨシノの花である。

 ニュースでも何でも報道するときには分類学のように細かに桜の花を述べる。近ごろでは熱海市に1月に咲く桜をアタミザクラという。同じころに河津市に咲く桜をカワヅザクラといっている。この二つはオオシマザクラとエドヒガンザクラの交配種のようだ。エドヒガンやヤマザクラ、オオシマザクラは変性を起こしやすい種である。園芸技術の発達にがこれらを用いた品種改良が行われた。ソメイヨシノは代表的である。ソメイヨシノのソメイは江戸の染井村が名の起こりだと地元ではいう。ヨシノは桜の代名詞の吉野の桜からきている。

 サクラはスモモ属 Prunus(サクラ属)サクラ亜属 subg.Cerasus 和名サクラ(桜)英名Cherry blossom。スモモ属 Prunus は約400種からなるが、主に果実の特徴から5から7の亜属に分類される。サクラ亜属 subg.Cerasus はその一つである。これらの亜属を属とする説もあり、その場合、サクラ亜属はサクラ属 Cerasus となる。

 サクラ亜属は節に分かれ、それらは8群に分かれる。

サクラ節 sect. Cargentiella (sect. Pseudocerasus)
ヤマザクラ群 ヤマザクラ、オオヤマザクラ、カスミザクラ、オオシマザクラ など
エドヒガン群 エドヒガンなど
マメザクラ群 マメザクラなど
チョウジザクラ群 チョウジザクラなど
カンヒザクラ群 カンヒザクラ など
サトザクラグループ(雑種からなる群)
ミザクラ節 sect. Cerasus
ミザクラ群 セイヨウミザクラなど
ミヤマザクラ節 sect. Phyllomahaleb
ミヤマザクラ群 ミヤマザクラなど
ロボペタルム節 sect. Lobopetalum
カラミザクラ群 カラミザクラなど

 サクラ亜属で日本に自生するものとしては5から7種類ほどが認められており、これらの変性や交雑などから数十種類の自生種が存在する。

 桜の花を愛でているときに分類学よろしく難癖をつけられることがあるから上のことをおさえておきたい。

 桜といえば奈良県の吉野山の桜がいにしえより名高い。吉野山に桜が多いのは、桜が蔵王権現の神木であるからだ。吉野山は平安時代頃から桜が植え続けられてきた。桜が数多く集まる所は一目千本と呼ばれ、山下の北から山上の南へと順に下千本、中千本、上千本、奥千本だ。植えられているのは白山桜(シロヤマザクラ)であり約3万本ほどだ。4月初旬から末にかけて、山下の下千本から順に山上へと咲いていく。

 誰とはなしに百だの、千だの言いだす。、三とか五とか十も同じだ。

 桜の花の三は、三大巨桜ということで三春滝ザクラ(福島県田村郡三春町)、根尾谷淡墨ザクラ(岐阜県本巣市)、山高神代桜(山梨県北杜市)が挙げられている。しかしそれより大きな桜がないではない。旅行会社の宣伝の産物である。二つ追加すると五になる。石戸蒲ザクラ(埼玉県北本市)と狩宿の下馬ザクラ(静岡県富士宮市)だ。

 百の桜の名所となるとこれは嘘っぱち。勝手気ままな百だ。だからその百は自分で決めればいい。比較などできないから嘘か本当かをだれもわからない。そのようなことでオラが町のサクラの名所である。

2019-04-08-the-spot-of-cherry-blossoms-in-the-town-writing-tetutaro-kai-






最終更新日  2019年04月08日 21時47分23秒
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