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柴犬物語(執筆 横田俊英)

2018年09月22日
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紀州犬物語166 良い犬とは人に従順な犬であり、そのように仕付けられた犬だ(横田俊英)
(副題)「沈着怜悧にして大人しくあって猪猟では勇猛果敢」これが紀州犬の定義だ
(副副題)繋いで飼うことが正義であるという間違った観念が再生産される日本社会
第166章 良い犬とは人に従順な犬であり、そのように仕付けられた犬だ 執筆 横田俊英



紀州犬の子犬。生後3カ月ほど。オス。
わが人生の伴に仕付けるのは飼い主。

(本文)

1、人の暮らしと伸びやかさの感覚は夏目漱石の坊ちゃんに代表されます。

 松山の宿の大きな部屋に入って、畳に手足を大の字に伸ばして仰向けに寝ることです。
 誰もがこのような状態は気持ち良いのです。それが人間が覚える伸びやかさです。

1、犬に坊ちゃんの宿に似たような条件を与えたらどうでしょうか。

 広い広い庭を犬に与えて放して飼うことが坊ちゃんの宿の畳の部屋にたとえられるでしょうか。

 そのようにしていれば人は犬は伸びやかで自由だろうと考えます。その庭で犬はどのようにするでしょうか。紀州犬を飼った経験がある人々が共通して言います。はじめの30分は駆け回る。しかしそのうちにそれを止めてしまう。二日もすると縁の下に潜り込んで食事のときに出てくるという生活になる。そのように言います。

 人の思いとしての広い部屋とか広い庭に感じる伸びやかさとか自由というのは、犬の世界の犬たちに共通した思いになってはいないのです。

 したがって犬には庭の条件の良い場所に畳一畳ほどの犬舎を与えて、状況が許されるのであればその先に畳3畳か5畳ほどの遊び場を用意して、急なオシッコなどのときにそれを処理する場所にするとよいでしょう。遊び場は日光浴の場所にもなります。遊び場がなくても冬に陽が当たるようにしてあれば犬舎が日光浴場になります。

 畳3畳か5畳ほどの遊び場をつくるというのは人の側の伸びやかさ、自由さという欲求を満足させるためであると考えたらよいでしょう。

1、伸びやかさとか自由というのは人の感覚と犬の感覚では違います。

 犬を広い庭とそれの続きの家の周囲の門扉の内側に放して飼っていたらどうなるでしょうか。

 広い庭と塀の内側は犬が死守すべき縄張りになります。縄張りに近づくもの、縄張りに侵入するものへの警戒で神経をピリピリと張りつめているというのが広い庭に放し飼いにされている犬の状態です。庭に鉄線(鋼線)を張ってそれに輪を通して犬を飼うということがされていました。この状態は広い庭に放し飼いにされているのと同じであり、犬の神経は侵入者への警戒のためにピリピリと張りつめているのです。

 ですから広い庭を与えることも長い鋼線に輪を通して繋いでおくことも犬の安らぎにはなりません。伸びやかさとか自由というのは人の感覚と犬の感覚では違います。

1、縄張りに侵入するものを排撃するという犬の行動につながります。

 広い庭に放し飼いにすること、長い鋼線に輪を通して庭を駆け回らせるという飼い方は犬に強い緊張を強いているのです。近づくものへの警戒と侵入するものへの攻撃につながります。同じことは家の中で放し飼いにしている犬が訪問者に吠え、時に咬みつくという行動の原理は広い庭に放し飼いにするのと同じです。縄張りに侵入するものを排撃するという犬の行動につながります。

1、犬の世界の社会関係序列関係あり、犬の世界は序列社会として形成されています。

 犬の心が安らぐ状況とはどのようなことでしょうか。

 人は人を友と思い友情や愛情を交わし合います。しかし戦争をおこし大量の殺戮を行うのをみると人の行動の原理を考えさせられます。

 犬の性質は原理としてオオカミの性質とほとんど変わりません。オオカミは集団で狩りをするために群れ・組織の統合のために縦の序列社会を形成しております。犬の序列行動は子犬と母犬との間でも教育的に実施されています。子犬同士でも序列争いの真似事をして過ごします。子犬同士の序列争いがそのまま序列にはなりませんが真似事は育つ間ずっとしております。母犬は子犬に強いものに無暗に攻撃することをたしなめるために子犬に手荒な行動に出てそれを教えます。

1、犬同士で無駄な争いをしないためにコロリとひっくり返って腹を見せる賢い犬。

 大人になった犬のうちあるものは相手に降伏あるいは無抵抗の意思を示すために、コロリとひっくり返ってお腹を見せることをします。ある意味でこの行動は賢いのです。襲えば逆襲にあって命を落としたり大傷を負うことがわかっていて攻撃してはならないことを知った行動です。イノシシ武者のように向こう見ずな行動をして犬死してはならないのです。犬と犬とでは犬の世界のなかの社会関係を築きますがそれが犬の世界の序列関係です。

 人は人との間で友情を信じて行動します。友情はあるいは信義であります。信義とは人の世界での正義の実行を裏付けに成立します。犬の世界の正義は社会秩序保持のための序列の厳守です。このことを理解していることが大事です。序列なしに犬の社会は形成されません。

1、犬が人の上位にいると勝手気まま人の言うことなど聞きません。

 犬の世界の序列といっても普通の飼われ方では犬と人だけの世界です。人がつくる人間の社会としての家族と犬という関係になります。家族と犬の関係です。

 犬への慈しみは犬を飼う人なら人一倍お持ちです。おれは犬が好きで愛情も十分にかけて飼っていると人は思います。犬への深い思いのあまり家にいれば犬をソファーにあがらせて人が床にいるということがおこります。高い場所にいること、つまり犬がソファーという特別席で人が床という関係は、犬にはそのまま上位の位置におかれ、人が犬の下位にいることにつながります。

 人の上位に犬がいるという社会関係が成立しますと犬は人の言うことを聞きません。犬のしたい放題、人の側からは勝手気ままな行動を犬はします。

 犬と人との社会関係の築き方については幾つかの手段と方法があります。

1、赤い屋の家で庭には白い犬がいるというのが幸せの図式です。

結婚して子供ができてこれ以上幸せなことはないという人がおります。上京して家も持てた。次に幸せを象徴するのは白い犬だということで犬を欲しがります。犬は子供とも遊ぶし人のこの上ない仲間であり、その人は家族だと思うのです。

 親が病気になってもどれほどの医療を施すこともできない人は鬼かも知れません。そのような鬼が犬の病気には治療費を惜しみなくだすのが日本人です。犬が家族であるというのは言葉のあやかもしれません。

1、馬とともに命をかけて山仕事をする人がためらいなく言いました「馬は馬で人は人だ」

 馬は馬で人は人だ。これまで馬に名前を付けたことがないと宮城県で山仕事をする70歳過ぎの人がおりました。馬と人とは木材を斜面から降ろすときに死の危険を伴います。人も馬も命がけです。命をかけた仕事をする人と馬との関係を「馬は馬で人は人だ」と述べるのです。馬への慈しみがないわけではありません。私などがその解釈で踏み込むことは僭越です。

 「馬は馬で人は人だ」というののはテレビ番組のディレクターが馬に名前を付けないのかと聞いたときの言葉です。8代も馬を飼ってともに命をかけた仕事をしてきた人の言葉です。馬と同じほどに危険な仕事を体を張ってしてきたひとです。質問したディレクターは若造です。まともな苦労をしたことがない甘っちょろい感覚の若造の失言にも近い問いかけでした。

1、「沈着怜悧にして大人しくあって猪猟では勇猛果敢」これが紀州犬の定義だ。

 紀州犬の命を賭すことに躊躇(ちゅうちょ)はありません。有色紀州犬復活のための取り組んだ和歌山県日高郡旧美山村村長の池本功氏が述べました。「沈着怜悧にして大人しくあって猪猟では勇猛果敢」な紀州犬と。この言葉が紀州犬を定義付ていると考えます。そのような性質を維持し保存することが大事です。

 『高安犬物語』での直木賞を受賞した戸川幸夫氏は西郷隆盛が伊豆でイノシシ猟をしたときに、腹からはみ出した腸が動きの邪魔になるので食いちぎって、イノシシを追ったことを文章にしております。生ちょろい人の感覚で動物を計ってはならないのです。

1、近藤啓太郎さんと安岡章太郎さんの紀州犬への慈しみ。

 紀州犬を愛好した人として芥川賞作家の近藤啓太郎さんが有名です。近藤啓太郎さんは同じ芥川賞作家の安岡章太郎さんに紀州犬を世話して、同じ時期に紀州犬を飼っておりました。近藤さんは自分が飼う犬に安岡さんのあだ名からゴリと名付けました。安岡さんは同じように近藤さんのあだ名コンタを自分の犬の名前にしました。ともにオス犬でした。

 近藤啓太郎さんは一家をあげて犬と散歩にでる飼育をしていたことがあります。散歩させない犬は殺してしまえ、というほどに犬にとって散歩が重要であることを説きました 安岡正太郎さんの飼い犬のコンタは書斎にあげても散らばった原稿を踏むことをしませんでした。そして安岡さんが賊に襲われた素振りをするととっさに二階の窓から飛び出したのでした。多摩川の散歩中に蛇をつかまえたり、野良犬の大将をたちまちやっつける武勇もありました。コンタは「沈着怜悧にして大人しくあって猪猟では勇猛果敢」な紀州犬だったのです。

1、紀州犬を慈しみ、その証のように散歩に連れ出す。

 日本人の犬を飼う感覚を物語る光景があります。NHKの朝ドラ「半分青い」の茶の間の向こうに片側だけ穴が空いた小さな犬小屋が設置してありました。私にとっては嫌な光景です。

 多くの人がこの映像にあることを当たり前として受け入れているのが日本です。犬小屋の付近の杭に鎖でつないで飼うというのが日本人の犬を飼う感覚です。この感覚をNHKは再生産しているのです。

 犬を犬舎に入れておくことは子供を小屋に閉じ込めておくのと同じで虐待だと思っている日本人は多いのです。事実は犬は小屋の中のほうが外敵を警戒しなくてすむ安らぎの場なのです。

1、間違った観念に受け入れやすいことだけを受け入れて間違った観念を固着させる人々。

 紀州犬を飼おうとする人、犬を飼おうとする人は自分が持っている犬への感覚に適合した情報はそのまま受け入れます。自分の思い描く情報だけを集めようとするといってもよいでしょう。犬を仕付けるのにふさわしくない間違った観念のままにその観念と同じ情報を集めるてしまいます。そうすると調べても調べても間違いを増長させるのです。

 すなわち犬は小さな小屋のところに繋いで飼う。あるいは広い庭に放して飼う。庭に鋼線を長く張ってそこに輪を通して行き来させる。このような観念が再生産されます。

 答えは簡単です。犬は畳一枚ほどの扉の付いた犬舎にいれて飼う。そして一日二度ほど散歩に連れ出す。散歩する時間は30分を二回でもよいし、それが一時間になっても15分のときでもよい。扉の付いた犬舎に入れて飼い、そして散歩をする。

 つまり犬が居ればうれしい。そして犬と散歩をすることが楽しみである。そのような犬との生活をするということです。

1、犬の性質や犬の社会の掟である縦の序列が決めているのです。

 犬を家族であると考えることに積極的に異論を差しはさむつもりはありません。しかし犬と人とが平和に暮らすには犬と人との間に序列を付けておくことです。序列を意識させるための技術は難しくありません。母犬が子犬に接しているその方法を人も子犬にすることです。

 どのようなことか。徹底的に遊んでやった後で子犬をひっくり返して鼠蹊部(そけぶ)といわれるお腹の付近をなでてやることです。そして犬を跨(また)ぐようにして後ろから抱きかかえることです。もう一つは犬の吻(ふん)を手で握ることです。これは徹底的に遊んでやった後でするのが望ましいのですが、ある程度遊んだ後にということにしてもよいでしょう。この三つのことは序列を明確にするための方法です。それをしなくても序列を意識して人に服従し、なつく犬もおります。

1、良い犬とは人に従順で飼っていることが嬉しい犬です。

 いろいろとみておりますと、犬の仕付けは、その犬が持って生まれた性質の良さを飼い方で上手に伸ばしてやるということのようです。その結果として犬には良い犬と悪い犬とができあがるのです。

 良い犬とは人に従順で飼っていることが嬉しい犬です。そして一緒に散歩することが楽しい犬です。

1、その犬が居ればうれしい、その犬と散歩すると楽しい、この二つがあればよい。

 紀州犬を含めて犬を飼うことを私は次のように考えております。
 一つにその犬が居ればうれしい、二つに一緒に散歩すればうれしい。
 この二つのことです。一番目は犬への慈しみと言えましょうか。二番目は犬と暮らし散歩する楽しみです。

1、性質の良い美しい姿をした紀州犬が居たら良いと思う。

 紀州犬の愛好家は性質のよい犬、紀州犬として日本犬らしい美しい姿などを追い求めております。そして子犬を生ませるにあたっては性質の良いことの一つとして咬む要素を排除します。犬は歯があるからどのような犬種でも咬むことができます。そのような中において人と上手に暮らすことができる犬を生ませたいのです。そのように考えても思い通りに行かないのは世の常です。犬は吠えることができますが人は犬のことで大きなことを言ってはならないようです。

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(誤字、脱字、変換ミスなどを含めて表現に不十分なことがある場合はご判読ください。)






最終更新日  2018年09月22日 15時20分05秒
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紀州犬物語(61)【日本在来犬と紀州犬(その1)】(執筆横田俊英)
紀州犬物語(62)【日本在来犬と紀州犬(その2)】(執筆横田俊英)
紀州犬物語(63)【日本在来犬と紀州犬(その3)】(執筆横田俊英)
紀州犬物語(64)【紀州犬と柴犬の飼い方と子犬の育て方(その1)】(執筆横田俊英)
紀州犬物語(65)【紀州犬と柴犬の飼い方と子犬の育て方(その2)】(執筆横田俊英)
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紀州犬物語(70) 日本犬には桜の花が似合う 執筆 横田俊英
紀州犬物語(71) よい犬とは、性格が良いこと、健康であること 執筆 横田俊英
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紀州犬物語(116)紀州犬と柴犬を比べる。  執筆 横田俊英。
紀州犬物語(117) 紀州犬のシツケについての私なりの考え方と方法。  執筆 横田俊英。
紀州犬物語(118) 紀州犬の姿と形そして顔と身体のことなど。 執筆 横田俊英。
紀州犬物語(119) 紀州犬の気性と行動、犬のさまざまな癖(くせ)など。 執筆 横田俊英。
紀州犬物語(120)二つの白い犬がいる海辺の光景。波間を月が漂い満天の星が犬と人の暮らしを照らす。(横田俊英)
紀州犬物語(121) 紀州犬の頭蓋骨と耳の角度そして口吻のことを考える。(横田俊英)
紀州犬物語(122) 紀州犬は美しい(横田俊英)
紀州犬物語(123) 生後90日で駄目犬と見捨てられた紀州犬を普通の犬に戻して育てる。(横田俊英)
紀州犬物語(124) 犬歯のこと、そして完全歯のこと。(横田俊英)
紀州犬物語(125)「沈着怜悧にして大人しくあって猪猟では勇猛果敢」な紀州犬。(横田俊英)
紀州犬物語(126)生後4カ月の胡麻毛の紀州犬のメスの子犬は外にでれば喜んで駈けウンチをしてオシッコをする。(横田俊英)
紀州犬物語(127)「土用の一つ子」を産んだ10歳のメス犬。-その1-(横田俊英)
紀州犬物語(128)「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬が生後4カ月まで育った。(横田俊英)
紀州犬物語(129)「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬の生後5カ月。(横田俊英)
紀州犬物語(130)「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬の生後5カ月と大いなる戸惑い。(横田俊英)
紀州犬物語(131)「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬の生後5カ月と大いなる期待。(横田俊英)
紀州犬物語(132)「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬の生後5カ月と15日、お尻に玉が二つあった。(横田俊英)
紀州犬物語(133)「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬の生後6カ月。(横田俊英)
紀州犬物語(134)「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬の生後6カ月と15日。(横田俊英)
紀州犬物語(135)「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬の生後7カ月。(横田俊英)
紀州犬物語(136)生後8カ月になっても車酔いがひどい「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬。(横田俊英)
紀州犬物語(137)生後9カ月直前に記念撮影をした「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬。(横田俊英)
紀州犬物語(138)成長が2カ月遅れている「土用の一つ子」の紀州犬 白のオス犬「タケゾウ」(横田俊英)
紀州犬物語(139)生後10カ月になったタケゾウは毎日8キロメートルのランニングをする。(横田俊英)
紀州犬物語140 1歳を経過して大人の様子になったタケゾウ。(横田俊英)。
紀州犬物語141 犬を飼う楽しみ、そして紀州犬とサラブレッドの姿にみる美しさの共通事項。(横田俊英)
紀州犬物語142 白毛の紀州犬の由来を探る。(横田俊英)
紀州犬物語143 偶然にも血が合ってよい子が産まれる(横田俊英)
紀州犬物語144 犬は人が生きることを助けます(横田俊英)
紀州犬物語145 2頭の紀州犬の子犬を生後90日まで一緒に飼った。その様子の記録である。(横田俊英)
紀州犬物語146 人を咬むことが心配ならば人を咬む条件を排除せよ。飼い主とその家族以外の人との接触を断て。(横田俊英)
紀州犬物語147 塚原卜伝の兵法に学ぶ犬が人を咬まない方法。(横田俊英)
紀州犬物語148 紀州犬子育て物語(その1)(横田俊英)
紀州犬物語149 紀州犬子育て物語(その2)(横田俊英)
紀州犬物語150 紀州犬子育て物語(その3)(横田俊英)
紀州犬物語151 紀州犬子育て物語(その4)(横田俊英)
紀州犬物語152  犬と共に散歩ができる人は幸せである(横田俊英)
紀州犬物語153 気迫と威厳、忠実と従順、飾り気のない気品と風格、これが齋藤弘吉氏の日本犬観である。(横田俊英)
紀州犬物語154 紀州犬を飼うための犬舎のこと、ヒノキ造りの犬舎の一事例。(横田俊英)
紀州犬物語155 紀州犬を飼うための犬舎のこと、鉄製の犬舎の一事例。(横田俊英)
紀州犬物語156 テレビのCMや大衆に迎合した犬の雑誌が間違った飼育の観念をつくりあげる。(横田俊英)
紀州犬物語157 犬と歩く、犬と走る、犬は疾駆する、その姿は美しいと思う。美しい紀州犬と暮らす仕合わせを思う。(横田俊英)
紀州犬物語158 土用の一つ子のタケゾウは何時の間にか2歳になっていた。(横田俊英)
紀州犬物語159 母親は子犬と遊んでいるようにして犬の世界のしきたりを教えている。(横田俊英)






最終更新日  2018年07月01日 08時15分20秒
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2016年10月24日
写真は生後7カ月の紀州犬の白毛のオス犬。
偶然にも血が合ったのか素晴らしい犬が生まれた。

紀州犬物語143 偶然にも血が合ってよい子が産まれる(横田俊英)
(タイトル)
偶然にも血が合ってよい子が産まれる
(サブタイトル)
「ああしてもこうならない」犬の繁殖
第143章 偶然にも血が合ってよい子が産まれる 執筆 横田俊英


(本文)
 ある人が飼い始めた紀州犬の散歩を始めたときに同じ公園道路を散歩している厚化粧の年増に声を掛けられた「私の犬は展覧会の血筋の犬なよ」と。言外にあなたの犬は見かけからしてもそのような犬ではないということなので面食らった。

 展覧会に長い年月出入りしていて審査をする立場になろうと講習を受けていてその立場に立てなかった人は多い。経験談を耳にしてあれこれの生半可な知識でできあがっている人がいる。そのひとが決めつけた「ひどい犬だ」と。その言葉を聞いた途端に経験の浅いある人はその犬を捨てた。新しい犬を連れてきてはすれっからしの訳知りに「ひどい犬だ」「駄目犬だ」と言われる。そのようにして少なくとも4頭の犬を捨ててしまった人がいる。

 ある人がこの犬ならということで成犬になった犬を展覧会に連れ出した。個性豊かなその犬は評価が低かった。別の展覧会場では高評価を受けていて二番より下に位置したことがなかったその犬はここでは無視された。すると飼い主は「俺はこの犬の眼が嫌いなんだ」と言った。最高の評価を受けると「やはりこの犬は良い犬だ」と言ったことだろう。

 公園の厚化粧の大年増に「私の犬は展覧会の犬なのよ」と言われた初心者は落胆したままであった。それでも紀州犬が大好きなその人は飼い犬が四歳になるころには二度お産をさせた。一度目のお産でできたメス犬にある人は大臣賞を取れる犬だと賞賛した。二度目のお産でできたオス犬の飼い主は全国展で若犬賞を取れると豪語した。語った人は展覧会の会場に出入りしている人であり一人は15年の経験者、もう一人は40年の経験者である。

 公園で初心者に毒づいた大年増に聞かせてやりたい言葉である。その大年増の飼い犬はメスであり、初心者であった人の犬より二回りほどは大きな犬である。とても美しいと思える犬ではないということだから「ひどい犬だ」「駄目犬だ」と言い返してやりたい気持ちを抑えての公園散歩は二度のお産の結果の大臣賞だ、全国展若犬賞だという言葉によって救われる。

 「ひどい犬だ」「駄目犬だ」と平気で口にする経験の長い人が繁殖した犬が長いこと展覧会のリングに立っている。有名なオス犬の子だから私の犬は良いのだ、と決めていれば何も考えることはない。その犬を見るとどうしてそのように考えるのか不思議だ。

 その犬は展覧会の会場で尻尾を上げない。頭から口吻にかけて真っ直ぐになっていて凹凸がほとんどない。鼻鏡は肉色であり、肘(ひじ)は外転している。被毛はというと額(ひたい)に綿毛がないために皮膚が見える。目の色は薄く目縁は肉色で唇(くちびる)も同じである。

 経験が長い繁殖者は「ああすればこうなる」ということで良い犬ができると考えて子犬を生ます。それなのにとんでもない犬が生まれる。その人の繁殖犬を展覧会に出している人には直接言わないが展覧会には連れてくるなと周囲に言う。一人や二人ではない。「ああすればこうなる」と単純にはいかないのが子犬の繁殖である。

 展覧会での高評価犬に人気が集まる。その人気犬の子供が展覧会場にあふれる。あっちの犬もこっちの犬もあのオス犬の子だという風景ができあがる。そのような世間である。

 公園の散歩道で大年増に一発食らわされた人を通じて紀州犬と展覧会の世界を垣間見た。衝撃の言葉を浴びせられた人のメス犬がよい子を産んだのである。その人は何故だか飼い犬に子供を生ませることに情熱を注ぐ。飼っている犬が良い犬だと思っていて、その犬が生む子犬は良い犬であると決めている。信ずる者は救われる。この人も信ずるがために救われた。その子を連れて行った紀州犬の目利きが良い子犬だと自慢する犬になった。そして全国展の若犬賞間違いなしと宣言した。繁殖者は天にも昇る気分になった。

 良い結果に対して「血が合った」という言い方をする。公園で心ない言葉を投げ付けられた人にとんでもない良い犬が生まれたのだ。一度目の子犬の種を吟味して、二度目は別の種を用いた。そのようにして良い犬に恵まれた。展覧会の世界では三頭に一頭モノにならば良い。十頭に一頭であればそれでも上出来である。そのような世界である。

 紀州犬の世界では歯に関しては正常な噛み合わせ、欠歯のない完全歯。舌(した)に黒い斑点がないこと、背丈がオスは52cm、メスは49cmで上下にそれぞれ3cmの範囲にあること、が最低条件である。このほかに幾つもの要素があってそれをかなりの程度満足させていなければならない。これが展覧会の世界である。

 良い犬のことを平易に言うと、性質がよいこと、健康であること、如何にも紀州犬らしいことの三つである。

 望ましい日本犬そして望ましい紀州犬のことを言葉にしたのが日本犬標準である。日本犬標準のうちの紀州犬標準というものがある。その詳しいこ中身については日本犬標準を追うことになるがここでは省く。

 その日本犬標準を数行で表現した次のような言葉がある。

一に気魄(気迫・きはく)で
二に眼(まなこ)
三に毛質(もうしつ)
四に骨(ほね)
五六は深き侘(わ)びと寂(さ)び

 気魄(気迫・きはく)とは、物事に立ち向かう集中した激しい気力や気勢を意味する。そうした精神力のことである。

 眼(まなこ)は気迫が表出するところであり、それに相応しい形をしていることが求められる。どのような眼形かといえば、良い犬の眼を見ればわかる。理屈としては紀州犬標準や日本犬標準の言葉で説かれる。

 毛質(もうしつ)は日本犬にとって重要であり、綿毛と剛毛の二重被毛がおりなす毛は密であり触ると束子(たわし)のようにごわごわしている。少なくなってはいるがこのような犬がいる。その毛の硬さを針金のようといえば表現が過ぎるから、束子(たわし)のようというのが至当であろう。

 骨(ほね)は骨格あるいは体格と解釈しても良いだろう。頭骨、顎(あご)を含めた犬の骨組みは姿を現す。骨とは犬の姿のことである。

 侘(わ)びと寂(さ)びとはどういうことか。これは日本人の良い意味での美意識のことであり、素朴さといったことが当てはまる。飾らない自然で素朴な状態を日本犬に重ている。

 紀州犬と展覧会との関係の詳しいことは知らない。

 紀伊半島の奥地などに生き残っていた日本犬である紀州犬を望ましい姿と性能のもとに保存するために日本犬保存会とその展覧会がはたしてきた役割は大きい。これがあってこそ現代の紀州犬があるといってよい。そのようなことになっている。

 展覧会をめぐる風景の一端を先に引いた。評価が良ければ自分の飼い犬は素晴らしいということになり、それが低ければ捨ててしまう。そのようなことがおこる。現代の紀州犬を眺めるときにその状態を標準偏差としてとらえてみることができる。

 日本犬標準に良く適合している犬がいる。そうでない犬もいる。まずまずだという犬もいる。まずまずだという犬も世間の人は素晴らしい白い犬だと褒(ほ)める。そうした褒め方に満足することで良いではないか。現代の紀州犬はまずまずの犬になっている。標準偏差の山の高いところにいるのがまずまずの犬である。山が高くて両端が低ければ大体は良い犬であり、山が低くければまずまずの犬と良い犬との差が少ないことになる。

 山の低いほうに位置する犬は個性に満ちた犬ということになる。白い毛の色が薄茶色であることは個性であるかもしれない。日本犬標準は日本犬の個性を表現した文書であるということができる。日本犬標準の個性をよく表現している犬が山の低いほうの端に位置している犬ということになる。

標準偏差の山が低い状態にある犬の集団の比べっこではその差は小さいことになる。差が小さいのに順位が付いているとすると、その順位に強くとらわれるのは愚である。低い順位にされた途端にこの犬の眼が嫌いなんだと言った人のことが思い出される。

 日本犬標準から遠く離れた端の位置にいる犬は展覧会場では口の悪い人からは「ひどい犬だ」「駄目犬だ」と言われる。そのような犬であるのだろうが飼い主はわからないから展覧会に出している。そのようなことがある。

 多くの犬は標準偏差の山の高いところに位置するまずまずの犬である。その犬の性質がよくて、健康であれば、まずまずの紀州犬であるのだからそれを受け入れて満足することで平和がつくられる。

 飼い犬と連れだって歩くこと、その犬がいることが嬉しいということでいいではないか。それこそが平和な犬と人との関係である。

(誤字、脱字、変換ミスなどを含めて表現に不十分なことがある場合はご判読ください。)
(数字の表記が漢数字になったり、算用数字になったりしております。惑いつつ統一することをしませんでした。)






最終更新日  2016年10月24日 08時50分45秒
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2016年07月05日
白毛の紀州犬の由来を探る(横田俊英)

胡麻毛の紀州犬の雌犬です。薄い色の胡麻毛です。


【白毛の紀州犬の由来を探る(横田俊英)】

(タイトル)
「白毛の紀州犬の由来を探る」

(本文)

 紀州犬は紀伊半島に残されていた日本の犬である。

 その紀州犬の毛色は大別すると白毛と胡麻毛と斑(まだら)毛である。

 第二次大戦以前の紀州犬の毛色の7割ほどは胡麻毛であった。その資料ともいうべき名犬たちは胡麻毛であった。

 戦後になって白毛の紀州犬が増えたのは、残されていた内容の良い犬が白毛であったことが大きな要因である。

 その後に白毛を好む社会風潮があって白毛の紀州犬が増えて現在は9割は白毛の犬になっている。この9割をきっかりと9割と考えるのではなく9割以上といっておいたほうがよさそうだ。

 弘法大師・し空海が高野山入りしたときに道案内をしたというのが白と黒の犬であった。これを紀州犬と決めることはできないがそのような犬がいたことを物語ると考えることができる。

 ここで話題が飛ぶ。いままでの話は次のことを述べるための序章である。

 白毛の犬はなぜ生まれるのか。白毛の犬はなぜ発生するのか。これが本題である。

 白い犬がいればその犬の子が白い犬になることは普通におこる。

 紀州犬にも白い犬がいた。その白い紀州犬には白い犬の子供が多く生まれる。

 毛皮供出のため犬がその対象になった後で残されていた紀州犬のうち、内容の良い犬が白毛であったことが戦後に白毛の紀州犬が増えた要員である。世間もまた白毛の犬を求める風潮があったために、紀州犬は白毛増えた。

 前述のように戦前の紀伊半島に飼われていた地犬で猟性能良い犬は胡麻毛であった。伝えられている名犬が幾つかあり、これらは胡麻毛の犬であった。この地犬は後に紀州犬と呼ばれるようになった。その犬たちは熊野の犬と呼ばれてもよいのであったが、紀伊半島という名称がから紀州犬と呼ばれるようになった。紀伊半島の三重県の人々には不服なことであろう。

 胡麻毛の熊野の地犬たちも白い毛の犬であることが紀州犬と思われていることに不満を持つであろう。

 白い毛の熊野の地犬も、胡麻毛の熊野の地犬も、斑模様の熊野の地犬もみな紀州犬なのである。

 弘法大師の高野山入りを案内した白と黒の犬とはどういう犬であるか。この地、つまり紀伊半島を縦に走る熊野古道にいた白と黒の犬が現れて道案内をしたことになっている。

 白毛の犬と黒毛の犬がいた。白毛犬は真っ白であるかどうかは別にして白く見える犬であったろう。

 黒毛とは真っ黒であるか或いは黒く見える犬であったろう。胡麻毛の犬には白と灰色の混じったような毛色から殆ど黒に見える毛色のものまでがある。日本犬である四国犬には柴犬の黒毛と同じような毛色のものがいるが、熊野の犬つまり紀州犬ではこの種の黒毛の存在を知らない。そのようなことから黒に見える犬が白毛の犬と一緒に現れたのであろう。そのように解釈する。

 白い毛色をした犬は紀州犬に限ったことではない。柴犬でも白毛がおり、北海道犬や秋田犬にも白毛の犬がいる。

 白毛の西洋犬は数多くいる。ラブラドール・レトリバーでは黒毛と白毛が流行になっている。

 白毛の犬は何故いてどのような経緯や由来によって白毛になったのであろう。これを探ることが本稿での狙いである。

 このことを探ってある程度の目星をつけることは白い犬の紀州犬を飼っていて、この白い犬に子供を生ませる上において重要である。

 それは白毛の犬が突然変異によって色素が欠落して生まれたものなのか、突然変異とは無関係に白毛の犬が生まれてくるのか、とうことへの問いかけであり、その探求が本稿の目的である。

 白毛の犬が色素が欠落するアルビノによって生まれたのであれば、それを補正する対応が求められる。

 世の中の白い動物の代表は北極熊(ホッキョクグマ)である。北極狐(ホッキョクギツネ)北極兎(ホッキョクウサギ)も白い毛色の動物だ。白い鳥では雷鳥(ライチョウ)がある。雷鳥は日本にもいてニホンライチョウである。

 北極狐も雷鳥も冬毛は白いが夏毛は色が着く。

 白い毛の動物として北極熊(ホッキョクグマ)である。

 北極熊(ホッキョクグマ)も北極狐(ホッキョクギツネ)も北極兎(ホッキョクウサギ)も雷鳥(ライチョウ)も雪の世界への対応である。

 ホッキョクグマには天敵はいないようであるがそれでも白い毛がよかったのであろうか。

 北極狐と雷鳥は雪の世界で身を隠す保護色になっている。

 これに追加しなければならないのが北極狼(ホッキョクオオカミ)である。

 北極狼(ホッキョクオオカミ)は冬毛は白だが夏毛は灰色あるいは薄茶になる。

 こうした動物の冬毛は綿毛が密になり、夏毛は疎になる。上手くできている。

 白い毛の動物の様子をここまでみてきて、その中に白い毛の狼である北極狼(ホッキョクオオカミ)がいて、これらの動物の鼻鏡(びきょう、鼻のこと)が黒いことを確認すると、これらの白い毛の動物はアルビノでないことがわかる。

 アルビノでは先天的なメラニンの欠乏により体毛や皮膚が白くなる。劣性遺伝や突然変異によって発現する。

 異説もあるが犬の直接の先祖は狼(オオカミ)であることで固まっている。狼と犬との間には子が生まれ、そしたまたその子が子を生むことができる。犬とジャッカルやコヨーテの間でも同じであるが、狼と犬との間は近縁でありその他の状況からも犬の祖先は狼であるといってよい。あるいは犬と狼は同じであるということもできる。

 その昔、甲府動物園で甲斐犬と朝鮮狼から生まれた子供を育てたことがある。その子は人に馴染まずに犬の性質があまり出ていなかった。このことによって狼の血を直接に犬に入れることによる意義が否定された。

 しかし平岩米吉氏が朝鮮狼を飼い馴らして散歩に連れだしていると街の人はそれを犬と思っていたのであった。狼は人が飼い馴らすことができるのである。

 ムツゴロウさんは狼の血が9割ほどの「犬」を犬と同じように飼っていた。

 狼でも飼い馴らすことができるという事例がここにある。

 犬がなぜ人に馴染んで犬が狼との生体と性質が変化したのかを解き明かす事例がでてきた。

 ソビエト時代の1958年、神経細胞学が専門のリュドミラ・ニコラエブナ・トルット(女性)は、モスクワ大学卒業後に遺伝学者ベリャーエフベリャーエフがしていた研究に従事するため シベリヤに設立されたばかりの「細胞・遺伝学研究所」に行った。

 「野生動物が人間に順応し家畜化されたプロセス」を解明することが目的であった。

 1959年に彼女はベリャーエフのもとで研究を始めた。研究目的は「家畜化プロセスの解明」だが、その手法は「遺伝的な」というよりは「ふるまい」による選別であった。

 選んだの動物は銀狐(ぎんぎつね)であった。毛皮用キツネの飼育場から30頭の雄ギツネと100頭の雌ギツネを選び出し、これらから誕生した子ギツネのなかから「生まれつき人間に慣れている個体」を選択して交配を繰り返した。

 選別交配の6代目から、人間との接触をを求めて人の気を引くためキーキー鳴き、人の臭いをかぎ、なめたがる子狐選び出す。この条件を満足する個体は「エリート」と呼ばれる。エリートクラスのキツネは生後1カ月ころから「人間馴化」(にんげんくんか)の兆候を示した。

 エリートの発生率は次のように変化する。

 交配10代目、18%がエリート。
 交配20代目、35%がエリート。
 現在(2004年時点)、70~80%がエリート。

 このような交配の結果、「人間馴化」(にんげんくんか)が進むと同時に身体の変化が出現するようになる。

 「人間馴化」(にんげんくんか)に伴って次のようなの身体の変化が現れた。

 8代目から10代目で特定部分の毛色の変化が現れた。

 とくに顔面に色素の抜けた白色毛の部分が現れた。

 これは狼(犬)や牛や馬などでも家畜化によって生じることが知られている。

 耳がやわらかくなり垂れるようになった。

 15世代から20世代以降では尻尾と足が短くなった。

 頭蓋骨(とうがいこつ、ずがいこととも読む)に占める顔の割合が大きくなった。

 このような変化は、形質による交配でなく振る舞いによる交配の結果として現れたものである。

 メンデルの遺伝法則に従わない変化である。

 このような身体的変化は「発達遅延」によって起こると考えられている。

 「柔らかい耳」は子供の象徴だし、 白色毛はメラニン細胞が未発達で色素が合成されないことを意味する。

 ベリャーエフの実験開始から40年、4万7千頭のキツネの実験を通じて、2004 年現在、 200頭のユニークなエリートギツネが存在している。1995年には600頭いたが、その後の経済危機のため削減された。

 これらは一風変わった動物だ。

 従順で教えやすく、人を喜ばせたがり、人に馴れている。彼らの振る舞いは、 まさに犬のようで、外敵から人を守り、きゃんきゃん鳴き、名前を呼ぶと何処にいても犬のように舞い戻り、すまし顔で主人の側に座る。

 狼から犬への移行は数世紀を経て実現したが、ここのキツネのペット化は40年で実現した。

 このような経過をたどって白毛のキツネも生まれるようになった。

 人に飼われるようになると狼(犬)は顔の立て筋に白毛がでたりするようになる。やがては全身が白くなるものも出現する。動物が家畜になることであるホルモンなどの分泌が変化してそれまでとは違った状態が出現する。

 白毛の犬が突然変異によるアルビノのために色素が抜けたのではないことが確かな形で想定される。アルビノでは鼻鏡や唇の色素も抜けて肌色になっていることが多い。

 ホッキョクグマ、ホッキョクギツネ、ホッキョクオオカミでは鼻鏡も唇の黒い。したがってアルビノに起因して毛色が白くなったのではないと想定される。

 紀州犬や柴犬の白毛では鼻鏡や唇が肌色のものが少なからず生まれる。それでも薄い茶色程度にとどまるものが多い。紀州犬の白毛で鼻鏡も唇も真っ黒なのが多くいる。それでも白毛の紀州犬の鼻鏡や唇は茶色か薄茶色になりやすい。

 白毛の紀州犬はアルビノが元になって白くなったのではない。白毛と白毛の紀州犬から生まれた紀州犬の多くは鼻鏡も唇も真っ黒なのが多くいる。そのようなことだ。

 鼻鏡も唇も黒い白毛の犬同士を組み合わせて繁殖する。元がアルビノによる白毛ではないと想定されるから、子犬は親たちの似て鼻鏡も唇も黒い白毛の犬が生まれることが多い。

 白毛の犬がアルビノのために生まれたと想定すると、繁殖のためにはアルビノではない胡麻毛(有色犬)との組み合わせをしなければならない。

 このようなことだから白毛の犬、白毛の紀州犬のその白の由来を探ることが大事になる。

 白毛の紀州犬の由来をソビエト(ロシア)の犬をリャーエフベリャーエフとドミラ・ニコラエブナ・トルット(女性)の「家畜化プロセスの解明」の研究に重ねて求めることができる。

 つまり家畜になっていく過程でギンギツネは毛色が薄くなり、鼻筋から頭部にかけて白い毛が出現し、やがて白毛のものが出現するようになった。

 これと同じ現象が人に飼われるようになった狼に現れる。人に飼われるようになった狼は犬となり、その形態は狼から変化していく。

 白色毛はメラニン細胞が未発達で色素が合成されないことを意味する、という。

 白毛の紀州犬はメラニン細胞が未発達で色素が合成されないことを意味するものとして解釈することになる。

 紀州犬にメラニン細胞が発達した胡麻毛がいることの意味は大きい。

 胡麻毛の紀州犬と白毛の紀州犬を交配するとおおよそ半々で胡麻毛と白毛の子犬が生まれる。

 これまでは内容のよい胡麻毛の紀州犬は多くはなかったが以前よりもその状態は改善されているように思われる。

 ホッキョクグマ、ホッキョクギツネ、ホッキョクオオカミも冬毛の綿毛の密度は高いのである。夏毛は夏向きに、冬毛は冬向きに毛の密度を変える。紀州犬も同じである。

 白毛の紀州犬は夏毛では二重被毛のうち綿毛が減ることによって、剛毛に汚れた白毛がある場合にはその汚れの状態が目立つようになる。

 私の飼い犬の先祖にそのような犬がいた。冬は白い犬が夏になると茶色の犬のようになる。

 胡麻毛の紀州犬は白毛の紀州犬に毛質が優る、ということがよく言われる。胡麻毛の紀州犬を飼ってきてはいるがその通りだと同意できるかといえば確証はない。

 胡麻毛の犬が優れていることもあるが、胡麻毛でも白毛に劣ることもある。総じてということになれば或いは胡麻毛が優れているかも知れないが、そうだと言い切る自信はない。

 白毛の紀州犬を飼い、ときどき子供を生ませているとそこに胡麻毛の紀州犬を混ぜ合わせておかないと色素や毛質の退化現象が起こるのではないか、という強迫観念に襲われる。

 しかし白毛の犬が必ずしも突然変異によるアルビノに由来しなくても生まれてくることを知ると気持ちが楽になる。

 胡麻毛を交配に用いないと毛質と色素の退化が進行するのではないかとい強迫観念から解放される。

 それでも種の保存のための確実さを期するためには胡麻毛の紀州犬を繁殖に組み込んでおくことは良いことだ。

(誤字、脱字、変換ミスなどを含めて表現に不十分なことがある場合はご判読ください。)








最終更新日  2016年07月05日 15時02分50秒
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2016年06月13日
紀州犬物語139 生後10カ月になったタケゾウは毎日8キロメートルのランニングをする。(横田俊英)

写真は生後9カ月を数日前にした紀州犬のオス犬「タケゾウ」
2カ月成長が遅れている状態であり、このような系統である。
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写真は1歳8カ月と13日の紀州犬のオス犬「ジュウベエ」
良く走る犬であり力も強い。和歌山の系統の犬だ。
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紀州犬物語139 生後10カ月になったタケゾウは毎日8キロメートルのランニングをする。(横田俊英)
(タイトル)
後10カ月になったタケゾウは毎日8キロメートルのランニングをする。
(サブタイトル)
兄のジュウベエは2歳になった。2歳のジュウベエは発情が成熟したメス犬と交尾をした。
同じメス犬と生後10カ月のタケゾウを引き合わせたがタケゾウは交尾行動を起こさなかった。
第139章 後10カ月になったタケゾウは毎日8キロメートルのランニングをする。 執筆 横田俊英

(本文)

 紀州犬のオス犬の「タケゾウ」は生後10カ月になった。

 背丈は50センチメートルである。

 他人に計らせたら52センチメートルになるかもしれないが、私の計測では50センチメートルである。何故かと言えば簡単だ。1歳上の兄犬のジュウベエが公表値53センチメートルであり、この兄犬と比べればタケゾウの背丈が50センチメートルであると言い切ることができる。

 体格差は目で見ればわかる。タケゾウの背丈は生後10カ月にして50センチメートルである。

 ジュウベエは毎日8キロメートルのランニングをする。タケゾウも同じである。

 ともに走るのが好きな犬だ。

 タケゾウが生後10カ月になっても思うような身体の大きさにならないのはどうしたことだろう。それは飼い主の思いと現実との差によって生じるものだ。飼い主はタケゾウが思うような体格に直ぐになることを諦めた。

 大きくならないものは大きくならない。大きくしようとして朝晩に多い目の食事を与えても大して意味がない。成長が2カ月は遅れているタケゾウせあるから焦ってはならない。

 毎日8キロメートルの距離を駈けっこをして食事が半分になると犬は細身になる。タケゾウのことであり、一般にそのようになる。だからタケゾウは細くなった。

 タケゾウの父親も同じように背丈の伸びが遅かった。3歳になるころになって背丈が52センチメートルを超えた。タケゾウもそのようになるのだと決めて気長に成長をまつことにした。

 そのように決めてみてもタケゾウの背丈はやはり足りない。胴も短い。頭は随分と大きくなった。生後10カ月の紀州犬のオス犬としてはこの程度あれば良いだろうというほどの大きさになった。タケゾウの口吻は短。だからタケゾウは生後10カ月になるが幼児顔である。

 口吻が短い犬がタケゾウの先祖にいたから気がかりである。ジュウベエが生後7カ月のころに口吻が長いのでその先祖犬に似なくて良かったと思った。タケゾウではそれが気がかりなままに残されている。タケゾウの口吻は太いが短い。タケゾウとジュウベエは同じ父母を持ち1歳違いだ。

 食事を1日1回にして、8キロメートルを駈けさせているからタケゾウは細身の若いの様相である。生後6カ月の良くできた紀州犬のオス犬といった様相だ。哀しいことだがそうである。

 タケゾウの歯の噛み合わせは気がかりであった。

 下顎の歯がともすると上顎の歯の前に出る様子があった。下顎の歯を押し込んだり、パンツに使うゴムひもを下顎の犬歯に掛けて内側に引くことをした。ゴムひもは歯に力が掛からない程度に緩い。これで効果がある。ゴムひもの両端を折って糸で括(くく)っる。その輪を下顎の犬歯に掛けるのだ。

 強い力を掛けると門歯が中央に寄せられるのでこれはしない。圧力が掛からない程度に緩くゴムを掛ける。ゴムの輪が犬歯から外れるから20個ほど用意して、外れたら掛けてやる。根気のいる作業だがこれで効果がでる。

 タケゾウの歯は問題なかったかのごとく正常になった。もともと問題なかったのかも知れない。念を入れてのゴムひもを使った矯正であった。これはお呪い(おまじない)程度のことであった。

 この作業を通じて飼い犬のタケゾウが口を開け歯などを触らせるようにすることの大事さを思わされた。それで次のことをした。口吻を握るマズルコントロールであり、後から抱きかかえるスチルホールドである。忘れていたことだが、思い直してこの二つのことをした。

 タケゾウの背中は真っ直ぐには伸びていない。このことが気に掛かっていた。何とかならないものかと人に相談した。

 時期がくれば背中が真っ直ぐに伸びるのだろうか。

 そうだ、と決めて待つしかない。生後10カ月になって少しはマシになったが背中がへこんでいて腰の部分が盛り上がっている。幾分かこの状態が緩和されたようには思える。

 後肢が内側に入った状態であるタケゾウのカウホックが気に掛かっていた。この状態は気にならない程度になった。これを喜びながらも、もしかして見間違いではないかと思いながらタケゾウの後肢を眺める。

 前肢の先が外に開いているのはそのままだ。足先の握りも緩いように思える。前肢の開きは先祖犬にこのような状態になる犬がいたからその血を引いたのかと大いに気に掛かる。気にするなと言い聞かせても、足先が開いているのが毎度の散歩や運動のおりに目にはいるから気に掛かる。

 そんなに気に掛けていては草臥(くたび)れるではないか、と飼い主は自身に言う。

 兄のジュウベエは2歳になった。2歳のジュウベエは発情が成熟したメス犬と交尾をした。同じメス犬と生後10カ月のタケゾウを引き合わせても交尾行動を起こさなかった。タケゾウは友だちと遊ぶような行動をしていた。

 生後10カ月になれば紀州犬のオス犬は発情が盛りになったメス犬に積極的に交尾行動にでて交尾に及ぶ。2歳のジュウベエが交尾したのに10カ月タケゾウは交尾しなかった。やはりタケゾウは成長が2カ月遅れどころか4カ月遅れであるということだ。そのように解釈する。

 成長が早いあるいは遅いということは犬によって、また犬の系統によって決まるようだ。ジュウベエやタケゾウの系統は成長が遅い部類だ。このようなことを知っていれば成長の遅れの心配事の慰めになる。それでも背丈が足りず胴の長さが足りず、また口吻は太いが短い。

 そのようなことだから飼い主は紀州犬のオス犬のタケゾウに「大きくなれ、大きくなれ、もっと大きくなれ」と声を掛ける。

 タケゾウはそのよう気持ちなど汲むわけがなく至って暢気に寝そべって1日を過ごす。

 飼い主はタケゾウが従順であるようにするために散歩や運動の行き帰りに口吻を手で握るマズルコントロールをし、後から抱きかかえるスチルホールドをする。兄のジュウベエにも同じことをする。これは日課であり繰り返しすべきことである。手を抜くとタケゾウとジュウベエはこれをさせなくなり、フィラリア予防薬の口径投与にも手を焼くことになる。

 タケゾウとジュウベエを運動に連れだしている間中、飼い主はああでもない、こうでもないと考えている。

 そのようなことでは犬を飼っていることに草臥(くたび)れてしまうではないか。もっとゆったりと、そして深く考えずに犬と付き合っていてはどうですか。と飼い主は自分に言い聞かせる。

 タケゾウとジュウベエの飼い主が神経衰弱のようにああだこうだとこの犬たちのことを考えているのは何故なのか。

 良くできた日本犬は美しい。良くできた紀州犬は美しく、そうした紀州犬の美しさがタケゾウとジュウベエに備わることを夢見ているからである。

 美しさということでは競走馬として速く走るためにできあがったサラブレッドは美しいと思う。その姿態、その筋肉、走ることと競争への闘争心は際だっている。走ることへの精神の極地ともいえる精神美をサラブレッドは備えている。そのような要素が多く備わったサラブレッドが名馬になる。

 美しき日本犬、美しき紀州犬のことを書き記したのが日本犬標準であり紀州犬標準だ。こうありたい、こうあるべきだ、そのようにして行こうということが日本犬標準であり紀州犬である。その内容には立ち入らない。

 その代わりに数行で書かれた言葉を引いておこう。日本犬の世界で使われている言葉である。

一に気魄(気迫・きはく)で

二に眼(まなこ)

三に毛質(もうしつ)

四に骨(ほね)

五六は深き侘(わ)びと寂(さ)び

 気魄(気迫・きはく)とは、物事に立ち向かう集中した激しい気力や気勢を意味する。そうした精神力のことである。

 眼(まなこ)は気迫が表出するところであり、それに相応しい形をしていることが求められる。どのような眼形かといえば、良い犬の眼を見ればわかる。理屈としては紀州犬標準や日本犬標準の言葉で説かれる。

 毛質(もうしつ)は日本犬にとって重要であり、綿毛と剛毛の二重被毛がおりなす毛は密である触ると束子(たわし)のようにごわごわしている。少なくなってはいるがこのような犬がいる。その毛の硬さを針金のようといえば表現が過ぎるから、束子(たわし)のようというのが至当であろう。

 骨(ほね)は骨格あるいは体格と解釈しても良いでしょう。頭骨、顎を含めた犬の骨組みは姿を現す。骨とは犬の姿のことである。

 侘(わ)びと寂(さ)びとはどういうことか。これは日本人の良い意味での美意識のことであり、素朴さといったことが当てはまる。飾らない自然で素朴な状態を日本犬に重ねるとよいであろう。人が飼い犬に求めることは時代とともに変わる。そして飼い犬が人にべたべたとして愛想を振りまくことを望み、飼い主もまた犬にべたべたとするようになっている。これでは人が犬をオモチャにしているのではないかと思える。人が犬に依拠して犬を慰みにして生きている状態が広がっている。

 タケゾウとジュウベエの飼い主は犬との会話はしない。黙って8キロメートルの距離を走って、黙って犬舎に戻る。もう一度することは排泄のための短い散歩である。食事を与えるときにも待てもお手も伏せもさせない。そのようなことは要求しない。行くか、という素振りをしたときに起きあがって伸びをして黙って走り出せばそれでよい。

 飼い犬に活気があって健康な身体をしていて散歩と運動に気持ちよく出ることができればそれでよい。飼い主が犬舎に行って顔を見たら喜々とした鋭い反応をするだけで良いのだ。

 日に二度の散歩と運動での外出をするとなると飼い主と犬との関わりはその程度で良い。タケゾウとジュウベエの飼い主はそのように思っていてそのようにしている。

(誤字、脱字、変換ミスなどを含めて表現に不十分なことがある場合はご判読ください。)







最終更新日  2016年06月13日 09時25分40秒
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2015年09月17日
紀州犬物語(125)「沈着怜悧にして大人しくあって猪猟では勇猛果敢」な紀州犬。(横田俊英)

胡麻毛紀州犬のメス犬です。この状態は黒ごまです。
やがて「ぬた毛」に移行します。「ぬた毛」とは、泥場から
きており、泥場から抜けて被毛が乾くと灰色になることから、
この色にちなんで「ぬた毛」と表現します。
下の胡麻毛のメス犬は2歳前ですが、口の周りの熊五郎
のような黒いマスクは抜けたなくなります。

w2015-08-27-017-1-.jpg


(タイトル)
「沈着怜悧にして大人しくあって猪猟では勇猛果敢」な紀州犬。

和歌山県日高郡旧美山村村長の有色紀州犬復活のための取り組み。

(サブタイトル)
「姿芸両全」(しげいりょうぜん)の紀州犬を育てるために狩猟を始める。このときに鉄砲を持つようになった。狩猟に出かけるのは犬を鍛錬するためである。

第125章 「沈着怜悧にして大人しくあって猪猟では勇猛果敢」な紀州犬。 執筆 横田俊英

(本文)

 「紀州犬の特色は沈着怜悧。普段は非常におとなしいが、猪猟につれていくと勇猛果敢、絶対に後ろに引かない烈しい性質を持っている」と述べるのは和歌山県日高郡旧美山村長であった池本功氏だ。

 当時の美山村(みやまむら)の人口は2,165人。和歌山県のほぼ中央の山間部に位置する。村のほとんどが山地であり、林業や備長炭の生産が行われている。耕地は少なく、その耕地は日高川本流および各支流点在する。美山村は2005年5月1日に川辺町、中津村と合併して、日高川町となった。

 池本功氏は平成15年から三十数年前に、中津村の井原由蔵氏から「これは血統の良い犬だ。この犬を基礎として、紀州犬の原産地として血統を守ってくれ」と一頭のメス犬を託される。

 井原氏は日本犬保存会審査員、紀州犬保存会の審査部長として活躍していた。紀州犬の「作出」でも全国に名を知られた人だ。池本氏はこの言葉を大事に受けとめて「より良い紀州犬を育てようと決心する」。

 「姿芸両全」(しげいりょうぜん)の紀州犬を育てるのに必要と狩猟を始める。このために鉄砲を持つようになった。狩猟に出かけるのは犬を鍛錬するためだ。

 井原氏に託された犬は「雪姫号」(しらゆきごう)であった。このメス犬と「紀伊号」(きいごう)というオス犬を交配して誕生したのが白毛のオス犬「大力号」(だいりきごう・紀州美山荘)である。池本氏は「寒の一つ子」(かんのひとつご)であるこの犬を大事に育てる。

 「大力号」にまつわる伝説は多い。次がその中の一つだ。

 生後8カ月になった大力号は運動中に飼い主の制止を振り切って山の中に駆け込んだ。イノシシの臭いに大力号の本能が炸裂したのだ。そうした能力が動き始めるのがこのころなのだ。

 日本犬がイノシシを追うときの闘争心はすさまじい。西郷隆盛が伊豆でイノシシ狩りをしたときに連れて行った薩摩犬は腹を割かれて腸が飛び出した。その犬は走るのに邪魔だからその腸を食いちぎってイノシシを追ったのである。直木賞作家の戸川幸夫氏が小説に取り上げていた。

 自己の命を初めから考慮しない紀州犬の行動が大力号に出現したのである。もののふ(士)の命を知らない精神のつくりが紀州犬にはある。紀州犬は「沈着怜悧。普段は非常におとなしいが、猪猟につれていくと勇猛果敢、絶対に後ろに引かない烈しい性質を持つ」と池本功氏は述べる。

 すべての紀州犬がイノシシを追うのではない。その本能は血筋の確かな紀州犬には宿っており、訓練によって能力を開発し狩猟をするようになるのだ。だから池本氏は紀州犬の訓練のために鉄砲を持つようになりイノシシを追って山に入るようになった。

 本能に任せてイノシシに突撃する犬は反撃の牙に倒される。生後8カ月の大力号がそうであった。イノシシを追う訓練を積んだ犬はイノシシにちょっと噛みついては吠えてイノシシを留めては主人が駆けつけるのを待つ。これを吠え留めという。犬の牙でイノシシを倒すこともできないことではないが、それをすると犬の側の損耗が大きい。どのような追い方をさせるか考え方による。しかし犬の性質によっては咬みに行くのや、吠えて咬みつかないのやらがいる。周りの先輩犬の行動は若い犬に影響し、これが訓練になる。

 大力号はイノシシに突撃して返り牙で腹を割かれる。池本氏は大力号の治療に早く帰りたい。イノシシを追いかけて山の奥深くに走っていく大力号は待っても戻らない。

 家に戻ってきた大力号は縁の下に潜り込む。1週間そのままで過ごしすと大力号の傷は癒えていた。体力の消耗をしないで自然治癒力によって傷を治す行動を大力号の本能によってしたのだ。池本氏は「原始の犬と言われる紀州犬のたくましさに驚いた」。

 そのような武勇の伝説がある大力号はその後、日本犬保存会の本部展覧会において、最高の内閣総理大臣賞を受賞する。そして多くの優秀な子孫を残す。

 紀州犬は白毛という印象を強く持たれる。紀州犬の9割以上が白毛になっている。池本氏は有色紀州犬に優秀な犬が多くいたことから、(平成15年時点から)十数年前に「昔のような獣猟にも展覧会にもいく紀州犬の復活」に取り組む。

 先祖に有色の血を引く池本氏の飼い犬の白毛の紀州犬のメス犬を土台に繁殖を始めた。最初は白色、有色、斑(はん)の子犬が生まれた。何代かの交配を重ねるうちに平成15年には有色犬の出産に変わった。赤、赤胡麻、黒胡麻、ぬた毛などの毛色であり、池本氏の犬は昔の紀州犬の毛色であると評価される。

 池本氏は「今後、私だけでなく、紀州犬愛好家の方々に有色の血統と毛並みを守り、今少し有色紀州犬を見直していただきたいと願うところである」と述べる。そして「白色、有色を問わず、生きた文化遺産の天然記念物紀州犬の正しい血統の保存に向けて、なお一層の心配りを念じながら、山村生活に生きがいを求めている」。

 「一部猟師に使用されている有色紀州犬以外は白毛の展覧会オンリーの風潮に影響されて、白一辺倒になっている。さらに、喧騒な点も気にかかる。昔は有色の紀州犬がたくさんいた。むしろ、有色紀州犬に優秀な犬が多くいた」ことが池本氏をして有色紀州犬の「作出」に取り組ませた。

 以上は、池本功氏の「原産地紀州犬とともに」と題して全国町村会の会報に掲載した町村長随想を題材にして、本稿の紀州犬物語にした。

 紀州犬のことを一言でどのように表現するか。池本功氏の言葉は経験が裏打ちしている。

 すなわち

 「紀州犬の特色は沈着怜悧。普段は非常におとなしいが、猪猟につれていくと勇猛果敢、絶対に後ろに引かない烈しい性質を持っている」


(誤字、脱字、変換ミスなどを含めて表現に不十分なことがある場合はご判読ください。)







最終更新日  2015年09月17日 12時11分09秒
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2008年07月23日
紀州犬は古武士の風格を持ち合わせております(執筆 横田俊英)


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子犬のころにチャラチャラしていた性格もやがては枯れてきて日本の風土の一部のようになります

(副題)

紀州犬より小さな犬が良いと思うのであれば柴犬などを選べば良いのです。そして紀州犬より大きな犬が欲しいと思うのであれば秋田犬やゴールデンレトリバーやシェパードほかを選べば良いのです。


(テーマ)
紀州犬は古武士の風格を持ち合わせております(執筆 横田俊英)


(本文)


 紀州犬を飼っている人は飼えば飼うほどに紀州犬はよい犬であると思うようです。

 その人がよい紀州犬に巡り会うことができた結果であるからかも知れません。

 私の友人のある人は久しぶりに紀州犬のオスを飼うようになったのですが、やはりオスは良いとご満悦でした。

 犬にはオスとメスがあってオスもメスもほぼ同数産まれ誰かに飼われているのですから、オスが良くてメスが悪いなどと簡単には述べれられません。

 紀州犬の良さはどこにあるかということは人によって様々です。



 私の知り合いたちが語る紀州犬のことです。


(1)紀州犬は良いよ、何より性格が良い。人の気持ちが良くわかる賢い犬だ。

(2)紀州犬は中型日本犬ということで大きさがほどよい。オスはメスより大きく、たくましい。そのオスの大きさがほどよいのだ。大きさからくる見栄えも十分であり、これこそ日本男児が慈しむべき日本の犬である。

(3)女性が主として世話をするなら紀州犬のメスの体格がほどよい。メスは優しいということもあって、紀州犬のメスは性格も良くて女性には一番だ。

(4)紀州犬のオスを散歩させていると皆に格好良いといわれる。自分ではそれほどでもと思っている飼い犬だが、人が見ると自分と飼い犬とが良い関係であると写り、紀州犬も格好良いと見えるのだろう。

(5)何が何でも紀州犬はオス犬だ。だって格好の良さがメスとは違う。紀州犬は日本男児の相棒だ。白の紀州犬を飼っているのでこれに加えてオスをもう1頭飼う。それは有色・胡麻毛で頭の大きな体格の良い紀州犬だ。

(6)日本男児にはやはりメスよりオスだ。醍醐味が全然違う。大きすぎず、しかもバランスがよい。体格にどこといって隙がない。このような犬が日本に残されていたことを誇りに思う。

(7)紀州犬は血液的に純粋性が高く、いまの犬は姿・形も洗練されていて、そこに古来の野武士的な性格が加味されている。紀州犬以外に犬は飼わない。

(8)犬を飼うなら紀州犬を1頭飼うに限る。何より紀州犬は飼い主の心にしみいる犬だから。紀州犬はできればオス犬、家庭の事情などでオス犬が駄目ならメス犬でも良い。

(9)年寄りの女性には紀州犬のメス犬が一番だ。体の大きさが女性にはほどよい。性格もが良く、主人に良くなつくので生活の伴侶になって気持ちが大いに慰められる。

(10)紀州を飼うなら性格が良い犬が一番。オスでもメスでも良いがオスならなお良い。性格が良いか悪いかはその犬本来の性質に加えて飼い方で決まってくる。慈しんでも甘やかせずけじめを付けた生活をすること。犬の性格は80%ほどは後天的に飼い主の躾けと飼い方によって決められる。


 以上ですが、オス犬に対する認識、メス犬に対する認識でどちらがよいかが分かれます。その認識はほとんどの場合が根拠のない思いこみであることが多いように思われます。

 紀州犬はオス犬がいてメス犬がいてオスとメスとをあわせて紀州犬というのです。そしてオスだけを産ませることはできませんし、同じようにメスだけを産ませることもできません。

 紀州犬より小さな犬が良いと思うのであれば柴犬などを選べば良いのです。そして紀州犬より大きな犬が欲しいと思うのであれば秋田犬やゴールデンレトリバーやシェパードほかを選べば良いのです。

 紀州犬はよい犬です。そして日本を代表する美しくてたくまし犬です。そして紀州犬は武士の魂を保持しております。渋い紀州犬は古武士の風格を持ち合わせております。長く飼っていると紀州犬は飼い主に馴染んできますし、子犬のころにチャラチャラしていた性格もやがては枯れてきて日本の風土の一部のようになります。私はこのような紀州犬が好きです。



 

----
横田俊英(代表取締役社長)

(株)日本計量新報社

東京都千代田区神田錦町3-11-8

武蔵野ビル  〒101-0054

電話03-3295-7871 FAX03-3295-7874

http://www.keiryou-keisoku.co.jp/







最終更新日  2008年08月30日 23時24分19秒
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2007年03月01日
 「一隅を照らす、これ国の宝なり」とは有名な坊さんが言った言葉です。

 私たちに限らず、人が居て、人が働いていると言うことはそういうことなのです。

 私たちは計量計測情報(計量器コンテンツ)をWEBサイトほかで提供することによって社会にとって必要な働きと役割を担っていきます。






最終更新日  2007年03月01日 05時27分33秒
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リーダーへの服従という性質が人への忠誠のように見える


 そのミニーも部屋の中に入れると逃げ場がないのを知ってか、人に寄ってくる。コタツに体を入れて抱かれていると気持ちよさそうにウトウトして、娘とともに寝てしまう。人の手に触れられるのが絶対的に嫌なのではなさそうだ。

 犬と人との良い関係を築くために、人は犬を脅かさないことである。

 人は犬に危害を加えない、そして人は犬の主人であるということを教えてやるのだ。

 犬が主人を信頼し敬服するようになれば良いのだが、犬にそのような心情があるのかないのかは知らない。

 しかし、犬はオオカミから発生したものと考えられており、事実オオカミと同じ行動様式を多く持っている。群れのリーダーへの服従という性質が、人への忠誠のようにも信頼とも敬服とも見えるのだという。

 この方面のことは動物行動学に学ばねばならないが私は端切れのことしか知らない。



関係のの文章は次に掲載しております。ご覧ください。
http://www1.ocn.ne.jp/~syokota/index.html

【紀州犬 子犬 出産情報】
● 紀州犬の子犬、白、オス、生後55日(2月10日現在)直ぐ渡せます血統書込み10万円(その1)
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柴犬の子犬生まれています   日本犬保存会会員 横田俊英 
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電子メールは次にお願いします e-mail: syokota@peach.ocn.ne.jp
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お申し込みの方法

 子犬を希望の方は、電話あるいは電子メールでお申し込み下さい。その際、お名前、住所、電話番号をお知らせ下さい。その他、紀州犬、柴犬などに関しましてご質問やご相談等がございましたらお気軽にお問い合わせ下さい。

電子メールは次にお願いします
e-mail:
syokota@peach.ocn.ne.jp

氏名 横田俊英(よこたしゅんえい)
携帯 090-5580-8226
電話は携帯にお願いします
自宅 0426-85-2828
自宅は勤務と犬の世話で留守がちです
住所
229-0105 神奈川県相模原市相模湖町若柳641-6
e-mail:
syokota@peach.ocn.ne.jp

 時節柄で子犬がいるときといないときがありますが、子犬が欲しい方はお気軽に問い合わせてください。

(午前7時から午後11時の間、できれば携帯にお願いします)
(動物の販売に関する登録を神奈川県にしております。この関係の開示はお引き渡し時にさせていただきます)






最終更新日  2007年03月01日 05時07分14秒
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ミニーはクルクル回ったかと思うと腰を落としてコロンと糞をする


 ミニーは小さくて可愛いので、この家の大学4年になる娘が家に入れてミニーと遊んでやる。

 庭に放してオシッコをさせた後で家に入れて遊んでやる。遊んでいるうちミニーはクルクル回ったかと思うと腰を落としてコロンと糞をする。

 娘は慌ててその糞をビニール袋で始末し、防臭と殺菌のために「ファブリーズ」をシュッシュッと床に吹きかける。

 子犬がこのような仕草をしたらケージから出してやると、ケージの外で排泄をすることを覚える。

 愛らしさと言うことではミニーはミッキーより上である。それはミニーがミッキーよりも小さいということにも由来するのだろう。

 同時にミニーは黒柴・メスの子犬としての出来がいい。黒毛の配色が素晴らしい。警戒心が強いのは、繁殖者の所であまり手を掛けられずに育ったためだろうか。同じ繁殖者の所にいたミッキーは警戒心はあまりなく扱いやすい子犬なのに。



関係のの文章は次に掲載しております。ご覧ください。
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最終更新日  2007年03月01日 05時05分04秒
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