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「日本列島ぶらり旅」甲斐鐵太郎(旅行家)

2019年07月11日
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飛騨市古川町の白壁土蔵の夏景色YouTube
飛騨市古川町の夏の景色。2019年7月5日午後2時ころの高山線JR古川駅前の景色です。梅雨空に晴れ間がときどき見える蒸し暑い日でした。

追加文章

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎


飛騨市古川町駅近くの造り酒屋。蔵出しの原酒が旨い。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

水路と白壁土蔵の景観の看板が街中にあった。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

飛騨市の古川駅を降りたらNHK 朝ドラの「さくら」がいた。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

古川町は街中に引いた水路と白壁土蔵の景観がある。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

JR高山線で富山駅から古川駅まで1時間10分。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

高山市からは車で30分だ。列車は一時間に一本走っている。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

 飛騨市の市役所がある古川駅を降りたらNHK 朝ドラの「さくら」がいた。日系ハワイ人で英語補助教員役を高野志穂が演じる「さくら」である。2002年(平成14年度)前期第66作で旧古川町と高山市を舞台にした。郡上八幡の風景もあった。

 2002年のまだ緑のない季節の高山市の市街地の17年前の景色をみると古い。その後に高山市も飛騨市になった古川町も外国人観光客が増えた。増えたのはこの5年ほどの間である。高山市の外国人客は多い。情報なのであろう。

 外国で育った高野志穂の表情は日本人と違っていた。目がキラキラして表情豊かであった。1979年10月生まれの高野志穂は17年後の7月5日には39歳になっている。月日の流れを感じる。体育教師役の小澤征悦は立派な役者になった。和風料理屋の主人役のラモス瑠偉はたどたどしいセリフであった。古川町では2019年に「さくら」を思い出す企画展をする。

 古川町は2004年(平成16年)2月1日に、古川町、河合村、宮川村、神岡町の2町2村が合併し飛騨市となった。市役所は高山市の北約15km、岐阜市から約150kmに位置する。JR高山線で富山駅から古川駅までは1時間10分。古川市の人々の話し方は富山市の人々に似ている。飛騨市の人口は24,696人で市全体としては少し減っている。宮川村の減少が大きい。

 古川町は街中に引いた水路と白壁土蔵の景観がある。高山市からは車で30分だ。列車は一時間に一本走っている。

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(誤字、不適切な表現などについてはご容赦ください)

JR古川駅前の夏の景色2019-07-05-DSCF1971-1-YouTube
2019年7月5日午後、飛騨市古川町の高山線JR古川駅前の景色です。梅雨の晴れ間の蒸し暑い日でした。白壁土蔵の見物をしました。

飛騨市古川町の白壁土蔵の夏景色YouTube
飛騨市古川町の夏の景色。2019年7月5日午後2時ころの高山線JR古川駅前の景色です。梅雨空に晴れ間がときどき見える蒸し暑い日でした。






最終更新日  2019年07月11日 09時28分52秒
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2019年05月22日
5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

ポール・ラッシュ像の周り咲いている花。5月19日撮影。






最終更新日  2019年05月22日 00時00分21秒
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2019年05月21日
5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

牧場跡の向こうの富士山は雲に隠れてた。5月19日撮影。






最終更新日  2019年05月21日 00時00分13秒
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2019年05月14日
フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

伊勢を往き来する。伊勢丸を含め三隻で運行する。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

伊良子の港を出発する。晴れた日であった。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

伊良子はサシバの渡りの中継点として名高い。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

伊勢を往き来する。伊勢丸を含め三隻で運行する。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

フェリー代金7,500円、同乗者別途1,500円。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

青い海だ。波は白い。波は何故白いのか。泡だからだ。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

上島だ。青い海と緑の樹木、そして石灰岩の白だ。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

上空から撮影した上島だ。地元の公式観光ガイドから。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

フェリーの特等席で持ち込んだ弁当を食べる人がいた。波は何故白いのか。泡だからだ。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

鳥羽港に着いた。内海は凪(な)いでいる。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

高台のホテルから海を眺める。うれしい風景だ。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

釣りをする人がいた。サビキで小鯖を釣っていた。

(本文)

 5月10日、東京から伊勢市にでかけた。晴れた日でありました。連休明けで宿はどこも空いていました。現地に着いてから宿を決めてもよいのですが、伊勢市に渡るカーフェリーから鳥羽市の海が見える高台のホテルを予約しました。とにかく伊勢市に行けば良い、とう旅行であったのです。

 2019年5月10日は天皇即位の際して、名代として国の平和を祈願した「斎王」が、5泊6日の日程で京の都から伊勢神宮へ向かった日でありました。「斎王」は清子親王がつとめました。古くからつづいている行事で斎王群行というらしいのです。

 カーフェリーを利用するのは初めてです。伊勢と伊良子岬はCの字の先端の形で接近していることを知ると、混雑する名古屋経由を避けることができると考えました。カーフェリーで伊良子から伊勢に渡り、引き返すということにワクワクしました。

 持っていた弁当をゆっくり食べることができるのはうれしいことでした。三島由紀夫が小説の舞台にした大きな島が途中にありました。三重県鳥羽市の神島です。小説は『潮騒』です。古代ギリシアの散文作品『ダフニスとクロエ』を下敷きにしております。

 神島は石灰岩が風化してできたカルスト地形であり、白い岩石のカルスト地形と海の青の対比が見事です。

 「潮騒(しほさゐ)に 伊良虞(いらご)の島辺(しまへ) 漕ぐ舟に 妹(いも)乗るらむか 荒き島廻(しまみ)を」(柿本人麻呂)

 持統天皇が伊勢に旅したときに、飛鳥浄御原宮に残った柿本人麻呂が、お供をした女官を想って詠んだ一首。「伊良虞」は、伊良湖岬もしくは神島のこと。現代訳は「潮流がざわめく今ごろ、伊良虞の島のあたりを漕ぎ舟に、愛しい人も乗っているのだろうか、あの波の荒い島のまわりを」です。

(写真と文章は甲斐鐵太郞)

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最終更新日  2019年05月14日 10時54分14秒
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2019年05月13日
伊勢旅行したら草臥れ果てて椅子に座れなくなりました。
(そのためにキーボードとの位置関係のよい椅子を買って対処しました)
 執筆 甲斐鐵太郎


(本文)

 体が疲れてくるとパソコンとキーボードと椅子の位置関係が微妙になります。

 本日は、というより昨日から椅子のことをあれこれ考え、試しもしておりました。予定の椅子を買うつもりで出かけたら、別の良いものに巡り会いましたので買って帰りました。

 お値段は伏せるとして、岐阜県関市にあった家具メーカーのしっかりした椅子です。食卓椅子です。地元の家具販売店が良い家具メーカーだったという製造会社です。名前を書いて記憶にとどめます。松田産業の食卓椅子一脚です。掲載してある写真をよりどころに買った食卓椅子です。キャスターと肘掛けが付いていて、座面と背当てにクッションが入っております。布地もしっかりしております。

 高山市の柏木工には直接に訪ねたことがあります。きちんとした家具メーカーの家具はそれなりの値段がするものなのです。もっとも現代の家具はボルトを使うようになっております。巧みな木組みの家具というのは特別なものであり値段はとても高いのです。

 私はキーボードとパソコンモニターの前で12時間もそれ以上も座っておりますから、キーポジションと調和した椅子がないと腰が持ちません。

 何時から何時まで何をするという仕事の組み立てはいたしません。それでも朝起きて一番にすることは電子メールのチャックであり、つづいてその日一番に処理しておきたい文書書きなどに着手します。

 午後1時過ぎになって上に書いてあるように椅子を買いに出かけたりします。仕事が一段落したか、その日そとに出て処理しなくてはならないことをしたか、そのついででもありました。

 朝と昼は生の二八そばを茹でて天かす(揚げ玉)をのせました。コーヒーをがぶがぶ飲んで、甘夏を二個ばらして砂糖をまぶして食べました。昨夜は出来損ないのカレーライスを食べたので喉が渇いて水を沢山飲みました。

 今夜の飯は昨日から漬け込んである米国産の鶏一羽(半身にしてある)を蒸して食べます。簡易テーブルの脇に買ってきた椅子をおいて蒸し鶏を食べます。

 金曜日、土曜日と旅行にでており、日曜日は忙しくしておりましたので、月曜日の今夜はゆっくりと夕食を食べます。金曜日の宿は素泊まりでした。金曜日に買ってあった弁当を夜まで食べておりました。氷をいれた保冷箱に保存してあったのです。

 金、土、日の三日間にしていたこと。5月10日、11日、12日のことです。

1、金曜日には午後になってから伊勢市にでかけました。

 KKR鳥羽いそぶえに泊まりました。二名で8千円でした。素泊まり。

 渥美半島経由フェリーで行こうとしたら最終便が17:40でしたので間に合いませんでした。このルートは帰りの便で使いました。フェリー代金7,500円、同乗者別途1,500円でした。フェリー乗り場で伊勢うどんなど土産物を買いました。

 カーフェリーを利用したのは初めてです。伊勢と伊良子岬はCの字の先端のようでしたので途中の混雑と運転の煩わしさから逃れられます。三島由紀夫の潮騒の舞台になった大きな島が途中にありました。持っていた弁当を昼飯にしました。土曜日の午後9時に家に戻りました。

 望んでの伊勢行きではありませんでした。帰りに御殿場で用を足しました。

 伊勢神宮を見る暇もどこを見る暇もない旅行でしたが、楠の若葉が静岡から伊勢までづっとつづいていて新緑の緑に対して楠の若葉は黄色ということで、関東に暮らしている者には珍しい景色でした。

 渥美半島は信号が少なく、農業のハウスが目立ちました。今はキャベツ畑で、イチゴは終りになります。メロン畑もみえておりました。トマトも栽培するのでしょう。

 三重では甘夏が安く売っておりました。地元の甘夏です。

1、日曜日は神田祭がありましたが私は出かけませんでした。

 あれこれの雑用をしておりました。旅行の疲れがありましたから日曜は散髪して雑貨物を買うなどしておりました。

 作業机としての食卓椅子を買うことと、都内からの伊勢市への旅行がどのようにつながるのでしょう。旅行による疲労のために椅子に座っていることができなくなったことから出てきたのが椅子です。

(写真と文章は甲斐鐵太郞)

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最終更新日  2019年05月13日 22時19分33秒
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2019年03月18日
日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞


寺泊の海辺に一群をなす海産物屋

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

赤い魚にはキンキンの名がつけられていた。

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

お座敷食堂のーメニュー。舟盛り定食を食べた。

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

寺泊の海産物屋のお座敷食堂にはいって昼食

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

舟盛り定食は2160円だ。ウニとブリが美味かった。

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

アジのタタキ定食は1180円だ。ネギが味を引き立てる。

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

広い駐車場の前には「魚のアメ横」こと寺泊の海産物屋。

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

大河津分水工事によって寺泊の海岸線が大きく後退。

(タイトル)
日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
(寺泊の海辺に一群をなす海産物屋は東京近郷に店をだして客を集めている)

(本文)

 寺泊は佐渡に一番近い場所である。旅客は新潟市からが多いので寺泊は佐渡にわたる基地ではなくなった。その寺泊は長岡市に組み込まれた。栃尾市、寺泊町、与板町、和島村が長岡市になった。2006年1月1日のことだ。寺泊町の人口は11,636人、世帯数は3,244世帯(2005年12月1日)である。

 弥彦神社から長岡市に組み入れられた寺泊の漁港に向かった。寺泊に信濃川があった。新潟市にそそぐ信濃川が寺泊の海に流れ出ているのは大河津分水路による。信濃川を半分か何分の一かを分水して寺泊の日本海に流している。この分水(大河津分水工事)によって寺泊の海岸線が大きく後退したのであった。後退の物理作用がどのようなのか、想像するとよい。分水工事によって新潟港に注ぐ信濃川の川幅が細った。これによって橋の架け替えを要したというがその関係をにわかには推察できない。

 私にとっての興味は大河津分水であり、その姿をみていろいろと考える。信濃川は私が私が好きででかける上高地、槍ヶ岳につながる扇沢、安曇野、松本、長野、八ヶ岳の降る水の半分ほどを集めているのである。軽井沢の水も湯沢の水も集めてしまう日本有数の大河である。

 富山湾のホタルイカは有名だ。寺泊には湾がない。日本海面した海岸線である。寺泊にどのようなその海産物があがるのか。富山湾には劣る。名高い寺泊の海辺に一群をなす海産物屋の品は日本中から集められたモノなのである。

 話が飛ぶが魚津にでかけて寿司屋で食べるものは時のモノに限定している。マグロやウニはどこからかきたモノである。魚津でマグロを食べなくてもよい。寺泊で何を食べるかだ。地のモノに限る。その地のモノを探すのが難儀なのだ。産地表示が義務づけられているためか律儀にそれをしている。ブリは和歌山産であった。

 名高い寺泊の海辺に一群をなす海産物屋は東京近郷に店をだして客を集めている。来る客を待つよりも、客のところにでかけていって売るということで、この商売が繁盛している。いまの物流は短時間に大量のモノを運ぶことができる。

 寺泊の海産物屋のお座敷食堂にはいって昼飯を食べた。刺身定食である。いくつかの具をみまわしたところ地物は甘エビだけのようだった。ザルに50尾ほど盛られた生の甘エビの値段は500円ほどであった。この日の宿の信州上田の別所温泉に持って行くわけにもいかないので買わなかった。

 実情を探っていくと殺風景なことになる。寺泊の海辺に一群をなす海産物屋を傍目に見ると次のようなことだ。

 広い駐車場の前には看板が色鮮やかな「魚のアメ横」こと寺泊の海産物屋が列をなしている。駐車場は無料だ。横断歩道を渡る。売り子の声が響く。「いらっしゃい美味しいよ」

 立ち並ぶ店の棚には魚、カニ、イカ、タコ、カイ、海藻が盛られている。甘エビは安い、ボタンエビも安かった。ボタンエビはお北海道だけではなかったのだ。甘エビとボタンエビを山盛りにしたエビ丼にして食べるとよい。小さなお釜をもって旅して宿で食べたい。

 彩りのよい魚を見ていると楽しい。佐渡沖でとれた紅ズワイ蟹が並んでいるがよいモノは高い。1万円の値がついている。

寺泊の海産物市場通り
新潟県長岡市寺泊下荒町
営業時間8:30から17:00、定休日なし

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最終更新日  2019年03月18日 17時36分54秒
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2018年11月11日
カラマツは黄色と赤の中間色に燃えていた。カラマツ林の裾に民家があった。茅野市である。執筆 甲斐鐵太郎

カラマツが燃えて山の秋、里の秋、信州の秋なのだ。

カラマツは黄色と赤の中間色に燃えていた。カラマツ林の裾に民家があった。茅野市である。執筆 甲斐鐵太郎

青空が見えると嬉しくなる。旧街道は松並木であった。

カラマツは黄色と赤の中間色に燃えていた。カラマツ林の裾に民家があった。茅野市である。執筆 甲斐鐵太郎

小菊が植えてあった。お店は半ば休店だ。

カラマツは黄色と赤の中間色に燃えていた。カラマツ林の裾に民家があった。茅野市である。執筆 甲斐鐵太郎

八ヶ岳には雲があった。稲の刈り入れは終わっている。

カラマツは黄色と赤の中間色に燃えていた。カラマツ林の裾に民家があった。茅野市である。執筆 甲斐鐵太郎

茅ヶ岳は晴れていた。穏やかな秋である。

(タイトル)
カラマツは黄色と赤の中間色に燃えていた。カラマツ林の裾に民家があった。茅野市である。執筆 甲斐鐵太郎

(本文)

 11月10日、土曜日だ。予想に反して信州は秋たけなわだった。山の秋、里の秋、信州の秋、秋なのだ。

 カラマツは黄色と赤の中間色に燃えていた。朝日が当たっていると輝く。カラマツ林の裾に民家があった。茅野市である。

 ワインを安く買える酒屋の向かいは半ば休店だ。小菊が植えてあった。買い物は皆、スーパーとホームセンターでする。酒屋も休業寸前であった。

 八ヶ岳には雲があった。茅ヶ岳は晴れていた。穏やかな秋である。稲の刈り入れは終わっている。

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(写真と文は甲斐鐵太郎)






最終更新日  2018年11月11日 17時13分29秒
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晩秋の霧ヶ峰高原 霧に包まれたカラ松の高原道路を走る 執筆 甲斐鐵太郎

霧で見通しの悪い道の両脇はカラ松の林であった。

晩秋の霧ヶ峰高原 霧に包まれたカラ松の高原道路を走る 執筆 甲斐鐵太郎

山の気候は千変万化。霧が濃いと五里霧中。

晩秋の霧ヶ峰高原 霧に包まれたカラ松の高原道路を走る 執筆 甲斐鐵太郎

名を知らない木のお化けのような枝ぶりは不気味だ。

晩秋の霧ヶ峰高原 霧に包まれたカラ松の高原道路を走る 執筆 甲斐鐵太郎

前を走る車もモノトーンであった。ミストの世界だ。

晩秋の霧ヶ峰高原 霧に包まれたカラ松の高原道路を走る 執筆 甲斐鐵太郎

自分が乗る車もモノトーンであった。フォギーの世界だ。

(タイトル)
晩秋の霧ヶ峰高原 霧に包まれたカラ松の高原道路を走る 執筆 甲斐鐵太郎

(本分)

 晩秋の霧ヶ峰高原は朝から霧。晴れた日のカラ松の芽吹きの景色は東山魁夷の絵であった。秋の東山魁夷を見に行った。霧の中のカラ松の落葉がそこにはあった。

 山の気候は千変万化。晴れたら万華鏡の世界だが霧が濃いと五里霧中で光はない。

 高度を上げるにしたがって木の葉がなくなり名を知らない樹木のお化けのような枝ぶりは不気味である。

霧の中からキツネが道に飛び出してきた。尾は縞模様になっていてこのころのキツネは冬毛への換毛期なのかと想像した。冬鳥はもう来ているのだろうが標高2,000mの高原は敬遠する。ホオジロが尾を激しく振って藪に飛び込む。このホオジロの動きは鋭い。夏には梢の先で歌っていたのどかな野鳥とは思えない。

 東京に用があったから霧ヶ峰高原の滞在は午前9時までであった。

 葉を落とした樹木は押し寄せる霧にまかれたモノトーンの世界のなかにあった。前を走る車もモノトーンであり自身がのる車もそうであった。青い空がない寂しい霧ヶ峰高原であった。

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(写真と文は甲斐鐵太郎)






最終更新日  2018年11月11日 17時02分24秒
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2018年10月15日
信州の秋をめぐる 諏訪から佐久にでる 千曲川沿いを走る

佐久方面に進んで行くと浅間山がでてきた。時々曇りの秋景色。

信州の秋をめぐる 諏訪から佐久にでる 千曲川沿いを走る

諏訪ナンバーのホロを外したMGがいた。霧ヶ峰
高原と八ヶ岳の山塊を一回りするのだろう。


信州の秋をめぐる 諏訪から佐久にでる 千曲川沿いを走る


佐久方面に進んで行くと浅間山がでてきた。雲が山頂を覆う晴れ時々曇りの秋景色であった。上高地に向かうバスが停まると売り場は活況に。

信州の秋をめぐる 諏訪から佐久にでる 千曲川沿いを走る

佐久方面に進んで行くと浅間山がでてきた。時々曇りの秋景色。

信州の秋をめぐる 諏訪から佐久にでる 千曲川沿いを走る

千曲川をのぼる。黄金色の田と民家が混在していた。


信州の秋をめぐる 諏訪から佐久にでる 千曲川沿いを走る

日本の水田は専業農家としてなりたつことがない。


信州の秋をめぐる 諏訪から佐久にでる 千曲川沿いを走る

大石川が千曲川にぶつかる清水町交差点で佐久甲州街道でる。

(タイトル)

信州の秋をめぐる 諏訪から佐久にでる 千曲川沿いを走る 執筆 甲斐鐵太郎

(本文)

 中山道を諏訪から佐久に走る。国道142号線である。稲が黄金色になり刈り入れが進む秋の一日である。10月13日のことだ。

 和田峠というなはどこにでもある。和田とは緩やかなという意味であり緩やかな地形を選んで峠越えをする中山道の開削の知恵ではあったが、くねくねの山道が旧道である。2004年に新トンネルと掘って真っすぐな道にした。600円ほどの料金がいる。

 秋の景色をみるために旧道を走った。黄葉、紅葉が始まっている。色は樹木の種類による。曇り空から陽が射して緑の葉を透かすと緑が鮮やかでその様子は夏だ。向こうから車がきた。背景は紅葉であった。トンネルをくぐると佐久側にでて99ほど曲がると新道に合流して中山道の走りとなる。諏訪ナンバーのホロを外したMGがいた。霧ヶ峰高原と八ヶ岳の山塊を一回りするのだろう。上信越道に連結する中部横断自動車道が無料開放されているからこれに乗ると高速走行とくねくね道の走ると楽しむことができる。ホロを外したMGはセブンイレブンに消えた。

 和田峠を佐久側に超えるとここも刈り入れ時であった。5月にみた青田が黄金色に変っていて一年の動きがここにある。中山道は長和町の大和橋で白樺湖を抜けてきた大門街道と合流する。佐久方面に進んで行くと浅間山がでてきた。雲が山頂を覆う晴れ時々曇りの秋景色であった。

 千曲川をのぼる。黄金色の田と民家が混在していた。佐久は工業地帯でもある。日本の水田は専業農家としてなりたつことがない。どこかで働かなくてはならない。農業と工業が混在する経済を考えていた。


 中部横断自動車道が無料開放区間は国道299号に合流する地点で終わる。国道299号はメルヘン街道とも呼ばれていて北八ヶ岳を横断して茅野市に抜ける。この道が大石川沿いを下って千曲川にぶつかる清水町交差点で佐久甲州街道でる。佐久甲州街道は国道141号線だ。韮崎方面の案内がでてきてこの道は川上村と清里に通じる。

 松本を出発して佐久にでて川上村経由で増富温泉を通った旅行が終わった午後4時、東京の家に戻ると埼玉県羽生市に急用ができて出かけることになった。急用が早くに判明していれば時間の節約になったのにと悔やんでもこればかりはタイミングだから仕方がない。

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(写真と文は甲斐鐵太郎)

信州の秋をめぐる 諏訪から佐久にでる 千曲川沿いを走る 執筆 甲斐鐵太郎






最終更新日  2018年10月15日 11時37分18秒
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2018年10月05日
信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎

9月29日の土曜日だ。松本市ではリンゴが実る。

信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎

リンゴを買って帰った。部屋がリンゴの良い匂いになる。

信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎

上高地に向かうバスが停まると売り場は活況に。

信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎

手打ちの蕎麦を食べる。700円で食える。追加が400円。

信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎

夏の置きみやげの双子スイカとお化けスイカ。


信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎

松本平西麓斜面のレタス畑。この緑が消えると冬景色だ。


信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎

ソバの実がなり始めている。信州の甘い蕎麦になる。

信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎

ソバ畑だ。60日で実るソバだ。ソバとリンゴの信州の秋だ。

信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎

家にいる感覚で信州をグルグル回って夕方になった。
車山と霧ヶ峰高原が見える高台には黄金色の稲穂。


(本文)

 暑い夏には冷房の部屋で過ごしていた。9月の末になって涼しくなったので松本に宿をとった。雨の日であった大型台風が接近していたのでラウンドスピーカーの警報がやかましい。農家に刈り入れを急げと言っているようだ。

 雨の日はしょうがない。食べること買うことにして松本市の道の駅「今井 恵みの里」にでかけた。蕎麦を食べて、農産物を飼う。夏にはスイカとアスパラガスであったが、秋はリンゴであった。何度も食べている盛り蕎麦はそばツユの味が変っていたから次回はむりして食べない。

 日ごろの生活のための買い物を道の駅でしてカメラ機材の補充をしに松本市内に足を運んだ。リサイクルショップにも足を運んだ。東京に比べて電気製品は5割高であった。5月には軍全にスポーツサイクルを安く手に入れて翌日乗ろうとしたら雨になった。雨の日の野外活動は面白くない。安曇野に行きたかったが止めにした。

 茅野市の丘の上は稲穂が黄金色であった。北の方角には車山があってその先に霧ヶ峰高原がつづいていた。秋の景色がまだ潤いを残している。

2018-10-05-meet-autumn-megumi-suburbs-shinshu-matsumoto-city-writing-tetutaro-kai-

(写真と文は甲斐鐵太郎)

信州松本市郊外で秋のめぐみに出会う 執筆 甲斐鐵太郎






最終更新日  2018年10月05日 12時28分14秒
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