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「日本列島ぶらり旅」甲斐鐵太郎(旅行家)

2019年08月26日
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安曇野の夏、8月18日には稲が実りかけておりました 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

松本市波田のスイカの直売所です。2019年8月17日に撮影。YouTube。
松本市に合併前の波田町のスイカです。果物は昼夜の温度差が大きい方が甘く美味しくなります。また、アフリカ原

産のスイカは、日照時間が長い方が良く育ちます。波田地域はこの条件にぴったり合い、また、火山灰土の土壌が
栽培に適しています。メディアでも取り上げられて人気が全国区になりつつあります。とても甘くて美味しいです。

そのようなスイカを買って大町温泉郷のホテルで食べました。


安曇野の夏、8月18日には稲が実りかけておりました 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

松本市波田のスイカの直売所です。2019年8月17日に撮影。YouTube。

安曇野の夏、8月18日には稲が実りかけておりました 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

松本市波田のスイカの直売所です。2019年8月17日に撮影。YouTube。

安曇野の夏、8月18日には稲が実りかけておりました 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

安曇野の大町郷付近を走る。2019年8月18日に撮影。YouTube。
安曇野の大町郷付近を走る。夏のアルプスの夏の景色と気配が濃厚だ。2019年8月18日に撮影。
中房温泉から燕岳、大天井岳、常念岳を歩く表銀座コース、ただし槍ヶ岳には行かない。
中房温泉から登る。大町温泉郷からみる爺が岳は夏雲と夏の湿気でいかにも夏の雰囲気でした。
5月や10月とは違う8月の北アルプスの景色でした。


安曇野の夏、8月18日には稲が実りかけておりました 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

宿の中庭に咲く季節の高原の花がよい。YouTube。

安曇野の夏、8月18日には稲が実りかけておりました 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

大町温泉ではクマゼミが鳴いていた。YouTube。

安曇野の夏、8月18日には稲が実りかけておりました 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

安曇野の風情が庭木に醸される。YouTube。

安曇野の夏、8月18日には稲が実りかけておりました 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

 松本市波田町のスイカは日本一である。円くて大きくて実が詰まっていてサクサクとして甘く水分が適度なスイカは知る人だけが理解できる。スイカ売り場では東京近郷で暮らしていた人が番をしていた。年老いて郷里に戻ったのだろうか。地方都市では県庁の周囲に普通の民家が建つ。役所だけが偉くなった大都市にはみられないことた。 農業など第一次産業の生産規模と比率は低下する一方だが日本の根本はここにある。

 スイカは翌日に収穫した最大の大きさのものを2個東京に送ることにした。一個と二個とでは送り賃が100円しか違わなかった。高山市の旧丹生川村はトマト日本一の産地である。等外品を買って松本に送ったらトマトより送料が高くなった。スイカとトマトを食べる夏休みになった。夏休みが残っていたので大町まで足を延ばして大町温泉郷に泊まった。食事なしだが温泉ありの宿でありWi-Fiが使えた。宿の女将は架設してあってもWi-Fiの意味を知らないらしかった。高山の和風旅館でも同じであった。Wi-Fがあるとこれ幸いと夜更かしをする。大町温泉郷の宿には猿がでいりしていた。お勝手の戸を開けてニンジンを持っていくのがいた。トントンをたたいてトウモロコシをせしめて木に登って食べるのもいた。朝と晩にこれをやる。

 大町温泉郷の源泉は高瀬渓谷にある葛温泉から引かれている。春には葛温泉で長いこと猿と対面していた。土のなかから芽がでたのを無心に食べていた。葛温泉の開湯は18世紀後半であると古文書にある。享和年中(1801~1803)に大洪水で流失した。再開するために松本藩に25両を10年賦での貸与を求めた。

 葛温泉の源泉は木崎湖温泉にも引かれている。高瀬渓谷の葛温泉から大町の平地部まで引湯して、大町を湯の町にしようとする計画が構想されたのは昭和3年のことで、現在の大町温泉郷に引湯が実現したのは昭和38年のことだ。昭和30年に関西電力黒四発電所建設工事の資材輸送基地が大町に決まり、33年に大町から黒部峡谷まで最短距離で結ぶ資材輸送ルート(いわゆる大町ルート)が貫通した。大町温泉郷は昭和39年11月に最初のホテルが開業し、昭和46年のアルペンルート全面開通と前後して多くのホテル、旅館が開業し、黒部ダム(立山黒部アルペンルート)の長野県側玄関口として発展した。立山黒部アルペンルートの基地になっているとはいえ賑わいは去っている。しかしこの界隈から北アルプスに入山していた者には北アルプスの雰囲気が全体に漂っていて、夏には雲が切れない3,000メートル級の山が見えるのでうれしい。

 旅行中にトウモロコシを買い損ねた。撮るべき場所でカメラを構えなかったのは悔やまれる。民宿と安宿をつないで5泊の旅行をした後では同じくらいの期間が休養日になってしまう。何やかやと考えており時間と同じくらいの共用時間を与えなくてはならない。そのようにしないと脳が整理されない。

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最終更新日  2019年08月26日 15時24分19秒
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2019年08月19日
計量計測データバンク 動画 目次-その1-
松本市波田のスイカの直売所です。2019年8月17日に撮影。
松本市に合併前の波田町のスイカです。果物は昼夜の温度差が大きい方が甘く美味しくなります。また、アフリカ原産のスイカは、日照時間が長い方が良く育ちます。波田地域はこの条件にぴったり合い、また、火山灰土の土壌が栽培に適しています。メディアでも取り上げられて人気が全国区になりつつあります。とても甘くて美味しいです。そのようなスイカを買って大町温泉郷のホテルで食べました。

郡上市八幡町の徹夜踊り、本町、8月16日(2019年)の踊り午後11時過ぎの様子です。
郡上市八幡町の徹夜踊り、本町、8月16日(2019年)の踊り午後11時過ぎの様子です。

郡上市白鳥町の白山神社の盆おどり8月16日午後9時半過ぎ(2019年)ドッコイサとサノサの様子です。
郡上市白鳥町の白山神社の盆おどり8月16日午後9時半過ぎ(2019年)ドッコイサとサノサの様子です。

郡上市白鳥町の前谷白山神社の拝殿おどり8月16日午後8時過ぎ(2019年)の様子です。その1。
郡上市白鳥町の前谷白山神社の拝殿おどり8月16日午後8時過ぎ(2019年)の様子です。その1。

郡上市白鳥町の前谷白山神社の拝殿おどり8月16日午後8時過ぎ(2019年)の様子です。その2。
郡上市白鳥町の前谷白山神社の拝殿おどり8月16日午後8時過ぎ(2019年)の様子です。その2。

郡上市白鳥町の前谷白山神社の拝殿おどり8月16日午後8時過ぎ(2019年)の様子です。その3。
郡上市白鳥町の前谷白山神社の拝殿おどり8月16日午後8時過ぎ(2019年)の様子です。その3。

郡上市の宿、憩い(いこい)に泊まりました。8月16日(2019年)朝の食事です。
郡上市の宿、憩い(いこい)に泊まりました。8月16日(2019年)朝の食事です。

郡上市の宿、憩い(いこい)に泊まりました。8月15日(2019年)夜の食事です。
郡上市の宿、憩い(いこい)に泊まりました。8月15日(2019年)夜の食事です。

郡上市白鳥町の宝暦義民太鼓の演奏です。徹夜踊りの前に演奏されました。演奏が終わるとそのまま白鳥おどりへのなだれ込みます。2019年8月14日撮影。
郡上宝暦義民太鼓は,江戸時代に起きた郡上藩宝暦騒動を題材とした勇壮な太鼓です。郡上一揆とも呼ばれる郡上藩宝暦騒動は,郡上金森藩での年貢の税率の引き上げが発端となり引き起こされました。反対した農民たちは,連判状を作って団結し,抗議を繰り返しますが,訴えは聞き入れられませんでした。しかし,江戸評定所の目安箱に訴状を入れたことから調査が行われ,老中をはじめとする幕府指導者が免職,金森藩主はお家とりつぶしとなりました。幕府要人にまで裁きが及んだ一揆は,このほかに例はありません。郡上宝暦義民太鼓では,この一揆の様子を4つの場面に分けて演奏します。はじめに,農民の団結を表現した農民決起・傘連判状太鼓。必死の訴えを表現した直訴太鼓。一揆の最中に起きた内乱を描いた歩岐島騒動・乱闘太鼓。そして,一揆が終わって平和な時代が来たことを喜ぶ天下泰平・踊り太鼓です。郡上宝暦義民太鼓は,毎年,郡上市白鳥町で開催される「ふるさとしろとり夢祭り」で披露するほか,地元の子どもたちにも指導を行うなど,宝暦義民の功績を今も多くの人々に伝え続けています。

郡上市白鳥町の徹夜踊りの前に演奏された学校生徒による曲打ち太鼓。2019年8月14日撮影。
郡上宝暦義民太鼓は,毎年,郡上市白鳥町で開催される「ふるさとしろとり夢祭り」で披露するほか,地元の子どもたちにも指導を行うなど,宝暦義民の功績を今も多くの人々に伝え続けています。それが学校生徒による曲打ち太鼓です。

郡上市白鳥の徹夜踊り8月14日(2019年)の踊りシッチョイの様子です。その2。
郡上市白鳥の徹夜踊り8月14日(2019年)の踊りシッチョイの様子です。その2。

郡上市八幡町の徹夜踊り8月14日(2019年)の踊り「げんげんばらばら」の様子です。その2。
郡上市八幡町の徹夜踊り8月14日(2019年)の踊り「げんげんばらばら」の様子です。その2。

郡上市八幡町の徹夜踊り8月14日(2019年)の踊りヤッチクの様子です。その1。
郡上市八幡町の徹夜踊り8月14日(2019年)の踊りヤッチクの様子です。その1。

郡上市白鳥の徹夜踊り8月14日(2019年)の踊り会場の様子です。その1。
郡上市白鳥の徹夜踊り8月14日(2019年)の踊り会場の様子です。その1。

郡上八幡と、郡上市白鳥の徹夜踊りがある8月14日(2019年)の宿での夕食です。
郡上八幡と、郡上市白鳥の徹夜踊りがある8月14日(2019年)の宿での夕食です。

郡上市白鳥の徹夜踊りがある8月14日(2019年)の踊り会場の昼の様子です。その1。
郡上市白鳥の徹夜踊りがある8月14日(2019年)の踊り会場の昼の様子です。その1。

郡上市の徹夜踊りがある8月14日(2019年)の踊り会場の昼の様子です。その2。
郡上市の徹夜踊りがある8月14日(2019年)の踊り会場の昼の様子です。晴れた日で蒸し暑い昼と夜でした。

郡上市の徹夜踊りがある8月14日(2019年)の踊り会場の昼の様子です。その1。
郡上市の徹夜踊りがある8月14日(2019年)の踊り会場の昼の様子です。晴れた日で蒸し暑い昼と夜でした。

郡上市民病院で2019年8月14日に診療を受けました。
夏の疲れがあったのでしょう。旅行中に体調を崩して郡上市民病院で2019年8月14日に診療を受けました。夜の郡上祭りには参加しておりました。

高山駅近くの、いろは旅館の素晴らしい庭の景色。2019年8月14日撮影。
高山駅近くの、いろは旅館の素晴らしい庭の景色。2019年8月14日撮影。JR高山駅から徒歩3分、国分寺通り沿いの静かで落ち着いた宿、高山らしい出裕子の外観と手入れの行き届いた中庭は飛騨高山の情緒があふれ旅人の心を和ませる。

高山駅近くの、いろは旅館の素晴らしい庭の景色。2019年8月14日撮影。
JR高山駅から徒歩3分、国分寺通り沿いの静かで落ち着いた宿、高山らしい出裕子の外観と手入れの行き届いた中庭は飛騨高山の情緒があふれ旅人の心を和ませる。肌に優しい桧風呂で疲れを癒し落ち着きのある部屋で旬を彩る会席膳。高山名物の朝市散策も好評。
所在地:〒506-0009 岐阜県高山市花岡町1丁目5。電話0577-33-0224。

飛騨産業キツツキマークの家具展示場を見物する。2019年8月13日。
飛騨の家具館(岐阜県高山市名田町1丁目82-1)を2019年8月13日に訪問する。見事な家具が並ぶ。3割引の即売とアウトレットも。さすがに家具の高山である。欲しいけれど値が張る。でも似たものを持っている。

JR古川駅前の夏の景色2019-07-05-DSCF1971-1-YouTube
2019年7月5日午後、飛騨市古川町の高山線JR古川駅前の景色です。梅雨の晴れ間の蒸し暑い日でした。白壁土蔵の見物をしました。






最終更新日  2019年08月19日 07時15分10秒
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2019年08月14日
高山駅近くの、いろは旅館の素晴らしい庭の景色。2019年8月14日撮影。
JR高山駅から徒歩3分、国分寺通り沿いの静かで落ち着いた宿、高山らしい出裕子の外観と手入れの行き届いた中庭は飛騨高山の情緒があふれ旅人の心を和ませる。肌に優しい桧風呂で疲れを癒し落ち着きのある部屋で旬を彩る会席膳。高山名物の朝市散策も好評。
所在地:〒506-0009 岐阜県高山市花岡町1丁目5。電話0577-33-0224。

飛騨産業キツツキマークの家具展示場を見物する。2019年8月13日。
飛騨の家具館(岐阜県高山市名田町1丁目82-1)を2019年8月13日に訪問する。見事な家具が並ぶ。3割引の即売とアウトレットも。さすがに家具の高山である。欲しいけれど値が張る。でも似たものを持っている。






最終更新日  2019年08月14日 08時59分37秒
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2019年08月05日
高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 甲斐鉄太郎

洗いざらした色合いが枯れていてよい。

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 甲斐鉄太郎

お蕎麦屋さんの暖簾(のれん)は白であった。

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 甲斐鉄太郎

豆腐量のお店の暖簾(のれん)は藍染めであった。

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 甲斐鉄太郎

氷と甘未のお店は茶屋の名も暖簾であった。

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 甲斐鉄太郎

土曜日には高山市の古い町並みは大賑わいだ。

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 甲斐鉄太郎

渋柿色と白の二色の暖簾をだすのはコーヒー屋さん。

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 甲斐鉄太郎

上のコーヒー屋さんの隣には歯科医院の看板があった。

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い甲斐鉄太郎

古い町並み入り口の漆器やさんは藍染めの暖簾だ。

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 甲斐鉄太郎

せいろ弁当と総菜のお店には花が活けてあった。

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い

鉢植えの朴の木が7月の光に良い色の緑であった。

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

 高山市の古い町並みに近い宿に泊まることができた。食事をださない素泊まり。これはもっともなことで宿の側に事情があった。平安楽で食べて宿でもう一度飲んだ。朝飯も仕出し屋の良いのを仕入れてある。

 高山に観光に訪れる人の半数は宿泊する。中国語を耳にし白人も多い。30年前とは大きく変わった。古い町並みは保存に力がはいる。住んでいる人の思いが入り口に置かれた鉢の緑でよくわかる。朴の木が鉢に植えてあり7月になって強さをました光に良い色の緑であった。

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最終更新日  2019年08月06日 18時10分39秒
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2019年07月11日
飛騨市古川町の白壁土蔵の夏景色YouTube
飛騨市古川町の夏の景色。2019年7月5日午後2時ころの高山線JR古川駅前の景色です。梅雨空に晴れ間がときどき見える蒸し暑い日でした。

追加文章

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎


飛騨市古川町駅近くの造り酒屋。蔵出しの原酒が旨い。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

水路と白壁土蔵の景観の看板が街中にあった。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

飛騨市の古川駅を降りたらNHK 朝ドラの「さくら」がいた。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

古川町は街中に引いた水路と白壁土蔵の景観がある。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

JR高山線で富山駅から古川駅まで1時間10分。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

高山市からは車で30分だ。列車は一時間に一本走っている。

飛騨市古川町にNHK 朝ドラの「さくら」がいた。執筆 旅行家 甲斐鐵太郎

 飛騨市の市役所がある古川駅を降りたらNHK 朝ドラの「さくら」がいた。日系ハワイ人で英語補助教員役を高野志穂が演じる「さくら」である。2002年(平成14年度)前期第66作で旧古川町と高山市を舞台にした。郡上八幡の風景もあった。

 2002年のまだ緑のない季節の高山市の市街地の17年前の景色をみると古い。その後に高山市も飛騨市になった古川町も外国人観光客が増えた。増えたのはこの5年ほどの間である。高山市の外国人客は多い。情報なのであろう。

 外国で育った高野志穂の表情は日本人と違っていた。目がキラキラして表情豊かであった。1979年10月生まれの高野志穂は17年後の7月5日には39歳になっている。月日の流れを感じる。体育教師役の小澤征悦は立派な役者になった。和風料理屋の主人役のラモス瑠偉はたどたどしいセリフであった。古川町では2019年に「さくら」を思い出す企画展をする。

 古川町は2004年(平成16年)2月1日に、古川町、河合村、宮川村、神岡町の2町2村が合併し飛騨市となった。市役所は高山市の北約15km、岐阜市から約150kmに位置する。JR高山線で富山駅から古川駅までは1時間10分。古川市の人々の話し方は富山市の人々に似ている。飛騨市の人口は24,696人で市全体としては少し減っている。宮川村の減少が大きい。

 古川町は街中に引いた水路と白壁土蔵の景観がある。高山市からは車で30分だ。列車は一時間に一本走っている。

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(誤字、不適切な表現などについてはご容赦ください)

JR古川駅前の夏の景色2019-07-05-DSCF1971-1-YouTube
2019年7月5日午後、飛騨市古川町の高山線JR古川駅前の景色です。梅雨の晴れ間の蒸し暑い日でした。白壁土蔵の見物をしました。

飛騨市古川町の白壁土蔵の夏景色YouTube
飛騨市古川町の夏の景色。2019年7月5日午後2時ころの高山線JR古川駅前の景色です。梅雨空に晴れ間がときどき見える蒸し暑い日でした。






最終更新日  2019年07月11日 09時28分52秒
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2019年05月22日
5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

ポール・ラッシュ像の周り咲いている花。5月19日撮影。






最終更新日  2019年05月22日 00時00分21秒
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2019年05月21日
5月19日、山梨県清里の清泉寮にでかけました 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

牧場跡の向こうの富士山は雲に隠れてた。5月19日撮影。






最終更新日  2019年05月21日 00時00分13秒
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2019年05月14日
フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

伊勢を往き来する。伊勢丸を含め三隻で運行する。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

伊良子の港を出発する。晴れた日であった。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

伊良子はサシバの渡りの中継点として名高い。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

伊勢を往き来する。伊勢丸を含め三隻で運行する。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

フェリー代金7,500円、同乗者別途1,500円。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

青い海だ。波は白い。波は何故白いのか。泡だからだ。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

上島だ。青い海と緑の樹木、そして石灰岩の白だ。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

上空から撮影した上島だ。地元の公式観光ガイドから。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

フェリーの特等席で持ち込んだ弁当を食べる人がいた。波は何故白いのか。泡だからだ。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

鳥羽港に着いた。内海は凪(な)いでいる。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

高台のホテルから海を眺める。うれしい風景だ。

フェリーで伊勢旅行 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

釣りをする人がいた。サビキで小鯖を釣っていた。

(本文)

 5月10日、東京から伊勢市にでかけた。晴れた日でありました。連休明けで宿はどこも空いていました。現地に着いてから宿を決めてもよいのですが、伊勢市に渡るカーフェリーから鳥羽市の海が見える高台のホテルを予約しました。とにかく伊勢市に行けば良い、とう旅行であったのです。

 2019年5月10日は天皇即位の際して、名代として国の平和を祈願した「斎王」が、5泊6日の日程で京の都から伊勢神宮へ向かった日でありました。「斎王」は清子親王がつとめました。古くからつづいている行事で斎王群行というらしいのです。

 カーフェリーを利用するのは初めてです。伊勢と伊良子岬はCの字の先端の形で接近していることを知ると、混雑する名古屋経由を避けることができると考えました。カーフェリーで伊良子から伊勢に渡り、引き返すということにワクワクしました。

 持っていた弁当をゆっくり食べることができるのはうれしいことでした。三島由紀夫が小説の舞台にした大きな島が途中にありました。三重県鳥羽市の神島です。小説は『潮騒』です。古代ギリシアの散文作品『ダフニスとクロエ』を下敷きにしております。

 神島は石灰岩が風化してできたカルスト地形であり、白い岩石のカルスト地形と海の青の対比が見事です。

 「潮騒(しほさゐ)に 伊良虞(いらご)の島辺(しまへ) 漕ぐ舟に 妹(いも)乗るらむか 荒き島廻(しまみ)を」(柿本人麻呂)

 持統天皇が伊勢に旅したときに、飛鳥浄御原宮に残った柿本人麻呂が、お供をした女官を想って詠んだ一首。「伊良虞」は、伊良湖岬もしくは神島のこと。現代訳は「潮流がざわめく今ごろ、伊良虞の島のあたりを漕ぎ舟に、愛しい人も乗っているのだろうか、あの波の荒い島のまわりを」です。

(写真と文章は甲斐鐵太郞)

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最終更新日  2019年05月14日 10時54分14秒
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2019年05月13日
伊勢旅行したら草臥れ果てて椅子に座れなくなりました。
(そのためにキーボードとの位置関係のよい椅子を買って対処しました)
 執筆 甲斐鐵太郎


(本文)

 体が疲れてくるとパソコンとキーボードと椅子の位置関係が微妙になります。

 本日は、というより昨日から椅子のことをあれこれ考え、試しもしておりました。予定の椅子を買うつもりで出かけたら、別の良いものに巡り会いましたので買って帰りました。

 お値段は伏せるとして、岐阜県関市にあった家具メーカーのしっかりした椅子です。食卓椅子です。地元の家具販売店が良い家具メーカーだったという製造会社です。名前を書いて記憶にとどめます。松田産業の食卓椅子一脚です。掲載してある写真をよりどころに買った食卓椅子です。キャスターと肘掛けが付いていて、座面と背当てにクッションが入っております。布地もしっかりしております。

 高山市の柏木工には直接に訪ねたことがあります。きちんとした家具メーカーの家具はそれなりの値段がするものなのです。もっとも現代の家具はボルトを使うようになっております。巧みな木組みの家具というのは特別なものであり値段はとても高いのです。

 私はキーボードとパソコンモニターの前で12時間もそれ以上も座っておりますから、キーポジションと調和した椅子がないと腰が持ちません。

 何時から何時まで何をするという仕事の組み立てはいたしません。それでも朝起きて一番にすることは電子メールのチャックであり、つづいてその日一番に処理しておきたい文書書きなどに着手します。

 午後1時過ぎになって上に書いてあるように椅子を買いに出かけたりします。仕事が一段落したか、その日そとに出て処理しなくてはならないことをしたか、そのついででもありました。

 朝と昼は生の二八そばを茹でて天かす(揚げ玉)をのせました。コーヒーをがぶがぶ飲んで、甘夏を二個ばらして砂糖をまぶして食べました。昨夜は出来損ないのカレーライスを食べたので喉が渇いて水を沢山飲みました。

 今夜の飯は昨日から漬け込んである米国産の鶏一羽(半身にしてある)を蒸して食べます。簡易テーブルの脇に買ってきた椅子をおいて蒸し鶏を食べます。

 金曜日、土曜日と旅行にでており、日曜日は忙しくしておりましたので、月曜日の今夜はゆっくりと夕食を食べます。金曜日の宿は素泊まりでした。金曜日に買ってあった弁当を夜まで食べておりました。氷をいれた保冷箱に保存してあったのです。

 金、土、日の三日間にしていたこと。5月10日、11日、12日のことです。

1、金曜日には午後になってから伊勢市にでかけました。

 KKR鳥羽いそぶえに泊まりました。二名で8千円でした。素泊まり。

 渥美半島経由フェリーで行こうとしたら最終便が17:40でしたので間に合いませんでした。このルートは帰りの便で使いました。フェリー代金7,500円、同乗者別途1,500円でした。フェリー乗り場で伊勢うどんなど土産物を買いました。

 カーフェリーを利用したのは初めてです。伊勢と伊良子岬はCの字の先端のようでしたので途中の混雑と運転の煩わしさから逃れられます。三島由紀夫の潮騒の舞台になった大きな島が途中にありました。持っていた弁当を昼飯にしました。土曜日の午後9時に家に戻りました。

 望んでの伊勢行きではありませんでした。帰りに御殿場で用を足しました。

 伊勢神宮を見る暇もどこを見る暇もない旅行でしたが、楠の若葉が静岡から伊勢までづっとつづいていて新緑の緑に対して楠の若葉は黄色ということで、関東に暮らしている者には珍しい景色でした。

 渥美半島は信号が少なく、農業のハウスが目立ちました。今はキャベツ畑で、イチゴは終りになります。メロン畑もみえておりました。トマトも栽培するのでしょう。

 三重では甘夏が安く売っておりました。地元の甘夏です。

1、日曜日は神田祭がありましたが私は出かけませんでした。

 あれこれの雑用をしておりました。旅行の疲れがありましたから日曜は散髪して雑貨物を買うなどしておりました。

 作業机としての食卓椅子を買うことと、都内からの伊勢市への旅行がどのようにつながるのでしょう。旅行による疲労のために椅子に座っていることができなくなったことから出てきたのが椅子です。

(写真と文章は甲斐鐵太郞)

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最終更新日  2019年05月13日 22時19分33秒
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2019年03月18日
日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞


寺泊の海辺に一群をなす海産物屋

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

赤い魚にはキンキンの名がつけられていた。

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

お座敷食堂のーメニュー。舟盛り定食を食べた。

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

寺泊の海産物屋のお座敷食堂にはいって昼食

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

舟盛り定食は2160円だ。ウニとブリが美味かった。

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

アジのタタキ定食は1180円だ。ネギが味を引き立てる。

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

広い駐車場の前には「魚のアメ横」こと寺泊の海産物屋。

日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞

大河津分水工事によって寺泊の海岸線が大きく後退。

(タイトル)
日本海の幸を寺泊で味わう 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
(寺泊の海辺に一群をなす海産物屋は東京近郷に店をだして客を集めている)

(本文)

 寺泊は佐渡に一番近い場所である。旅客は新潟市からが多いので寺泊は佐渡にわたる基地ではなくなった。その寺泊は長岡市に組み込まれた。栃尾市、寺泊町、与板町、和島村が長岡市になった。2006年1月1日のことだ。寺泊町の人口は11,636人、世帯数は3,244世帯(2005年12月1日)である。

 弥彦神社から長岡市に組み入れられた寺泊の漁港に向かった。寺泊に信濃川があった。新潟市にそそぐ信濃川が寺泊の海に流れ出ているのは大河津分水路による。信濃川を半分か何分の一かを分水して寺泊の日本海に流している。この分水(大河津分水工事)によって寺泊の海岸線が大きく後退したのであった。後退の物理作用がどのようなのか、想像するとよい。分水工事によって新潟港に注ぐ信濃川の川幅が細った。これによって橋の架け替えを要したというがその関係をにわかには推察できない。

 私にとっての興味は大河津分水であり、その姿をみていろいろと考える。信濃川は私が私が好きででかける上高地、槍ヶ岳につながる扇沢、安曇野、松本、長野、八ヶ岳の降る水の半分ほどを集めているのである。軽井沢の水も湯沢の水も集めてしまう日本有数の大河である。

 富山湾のホタルイカは有名だ。寺泊には湾がない。日本海面した海岸線である。寺泊にどのようなその海産物があがるのか。富山湾には劣る。名高い寺泊の海辺に一群をなす海産物屋の品は日本中から集められたモノなのである。

 話が飛ぶが魚津にでかけて寿司屋で食べるものは時のモノに限定している。マグロやウニはどこからかきたモノである。魚津でマグロを食べなくてもよい。寺泊で何を食べるかだ。地のモノに限る。その地のモノを探すのが難儀なのだ。産地表示が義務づけられているためか律儀にそれをしている。ブリは和歌山産であった。

 名高い寺泊の海辺に一群をなす海産物屋は東京近郷に店をだして客を集めている。来る客を待つよりも、客のところにでかけていって売るということで、この商売が繁盛している。いまの物流は短時間に大量のモノを運ぶことができる。

 寺泊の海産物屋のお座敷食堂にはいって昼飯を食べた。刺身定食である。いくつかの具をみまわしたところ地物は甘エビだけのようだった。ザルに50尾ほど盛られた生の甘エビの値段は500円ほどであった。この日の宿の信州上田の別所温泉に持って行くわけにもいかないので買わなかった。

 実情を探っていくと殺風景なことになる。寺泊の海辺に一群をなす海産物屋を傍目に見ると次のようなことだ。

 広い駐車場の前には看板が色鮮やかな「魚のアメ横」こと寺泊の海産物屋が列をなしている。駐車場は無料だ。横断歩道を渡る。売り子の声が響く。「いらっしゃい美味しいよ」

 立ち並ぶ店の棚には魚、カニ、イカ、タコ、カイ、海藻が盛られている。甘エビは安い、ボタンエビも安かった。ボタンエビはお北海道だけではなかったのだ。甘エビとボタンエビを山盛りにしたエビ丼にして食べるとよい。小さなお釜をもって旅して宿で食べたい。

 彩りのよい魚を見ていると楽しい。佐渡沖でとれた紅ズワイ蟹が並んでいるがよいモノは高い。1万円の値がついている。

寺泊の海産物市場通り
新潟県長岡市寺泊下荒町
営業時間8:30から17:00、定休日なし

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最終更新日  2019年03月18日 17時36分54秒
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