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「今日の計量計測情報ニュース」

2019年08月21日
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「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年8月22日号「日本計量新報週報デジタル版」
2019年5月16日以後の気になるニュースです。(計量計測データバンク デイリーニュース)

郡上市八幡町の徹夜踊り、本町、8月16日(2019年)の踊り午後11時過ぎのの様子です。

2019年8月16日郡上八幡の郡上おどり最終日のもよう。
8月13日からつづいていた郡上踊りの最終日である。空が明るくなるまで踊る。
8月15日は台風の雨の中午前1時までおどりがつづいた。雨足が強い日だった。
2019年8月16日は人手が多かった映像は動画から取っている。動画をアップした。
(写真をクリックすると動画を再生することができます)

旅行や自然や風景の動画 目次-その3-

松本市波田のスイカの直売所です。2019年8月17日に撮影。
松本市に合併前の波田町のスイカです。果物は昼夜の温度差が大きい方が甘く美味しくなります。
アフリカ原産のスイカは、日照時間が長い方が良く育ちます。波田地域はこの条件にぴったり合い、
火山灰土の土壌が栽培に適しています。メディアでも取り上げられて人気が全国区になりつつあり
ます。とても甘くて美味しいです。そのようなスイカを買って大町温泉郷のホテルで食べました。

(タイトルをクリックすると動画を再生することができます)

北アルプス 廃道寸前の伊東新道を湯俣温泉に下った1979年夏
高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 甲斐鉄太郎
東北の夏祭り2019年
原子力発電所、放射線被曝、地震、津波、山崩れ、ほか
八ヶ岳連峰 硫黄岳へ夏休み登山 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
【八ヶ岳連峰 硫黄岳への夏山登山 動画】硫黄岳の山頂です。

全国計量器販売事業者連合会大森規雄会長(共栄衡器社長)就任のビデオメッセージ
クリックするとメッセージ動画を再生できます

原子力発電と福島第一原発事故がもたらしている被害の現実
(遅ればせながらに知る原発と放射線被害

湘南の海岸通りを走る 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
八ヶ岳と野辺山高原そして川上村の景色 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
オラが町のサクラの名所 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
湘南海岸とサーファー 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
出雲崎町「良寛記念館」を訪ねる 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
良寛記念館を訪ねて良寬を考える。清貧の思想がある。
東日本大震災・三陸沿岸の地震と津波被害と原発の姿(執筆 論説員橫田俊英)
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2019年08月18日号(3252号)、2019年08月25日号(3253号)
2019年07月21日号(3248号)、07月28日号(3249号)1面
日本計量新報社 編集部 hiroyuki-takamatsu@keiryou-keisoku.co.jp
東京都江東区亀戸7丁目62-16-803
電話番号03-5628-7070 FAX03-5628-7071
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最終更新日  2019年08月21日 17時58分36秒
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2019年08月08日
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年8月8日号「日本計量新報週報デジタル版」
2019年5月16日以後の気になるニュースです。(計量計測データバンク デイリーニュース)

高山市の古い町並みの暖簾(のれん)が良い 甲斐鉄太郎

せいろ弁当と総菜のお店には花が活けてあった。

東北の夏祭り2019年

写真は青森のねぶた祭2019年写真をクリックすると東北の夏祭りを開くことができます。

セントへレンズの噴火による大崩壊の模様 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=bgRnVhbfIKQ&feature=youtu.be

セントへレンズの火山爆発による山体崩壊の動画。

原子力発電所、放射線被曝、地震、津波、山崩れ、ほか

北アルプス雲ノ平付近の景色。陥没したのではないか。

原子力発電所、放射線被曝、地震、津波、山崩れ、ほか

八ヶ岳は火山噴火で山体崩壊した。その後が現在の姿だ。

原子力発電所、放射線被曝、地震、津波、山崩れ、ほか

八ケ岳が崩壊して甲府盆地に流れ込んだ。この痕跡の七里岩。

八ヶ岳連峰 硫黄岳へ夏休み登山 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎
【八ヶ岳連峰 硫黄岳への夏山登山 動画】硫黄岳の山頂です。

全国計量器販売事業者連合会大森規雄会長(共栄衡器社長)就任のビデオメッセージ
クリックするとメッセージ動画を再生できます

「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年8月8日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年8月1日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年7月25日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年7月18日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年7月11日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年7月4日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年6月27日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年6月20日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年6月13日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年6月6日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月30日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月23日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月16日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月9日号「日本計量新報週報デジタル版」

原子力発電と福島第一原発事故がもたらしている被害の現実
(遅ればせながらに知る原発と放射線被害

湘南の海岸通りを走る 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
八ヶ岳と野辺山高原そして川上村の景色 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
オラが町のサクラの名所 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
湘南海岸とサーファー 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
出雲崎町「良寛記念館」を訪ねる 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
良寛記念館を訪ねて良寬を考える。清貧の思想がある。

東日本大震災・三陸沿岸の地震と津波被害と原発の姿(執筆 論説員橫田俊英)

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最終更新日  2019年08月08日 13時55分29秒
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2019年08月02日
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年8月1日号「日本計量新報週報デジタル版」
2019年5月16日以後の気になるニュースです。(計量計測データバンク デイリーニュース)

八ヶ岳連峰 硫黄岳へ夏休み登山 執筆 旅行家 甲斐鉄太郎

【八ヶ岳連峰 硫黄岳への夏山登山 動画】硫黄岳の山頂です。

全国計量器販売事業者連合会大森規雄会長(共栄衡器社長)就任のビデオメッセージ

(写真をクリックするとメッセージ動画を再生できます)

「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年8月1日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年7月25日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年7月18日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年7月11日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年7月4日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年6月27日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年6月20日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年6月13日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年6月6日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月30日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月23日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月16日号「日本計量新報週報デジタル版」
「日本計量新報」今週の話題と重要ニュース(速報版)2019年5月9日号「日本計量新報週報デジタル版」

原子力発電と福島第一原発事故がもたらしている被害の現実
(遅ればせながらに知る原発と放射線被害

湘南の海岸通りを走る 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
富士芝桜まつり 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
八ヶ岳と野辺山高原そして川上村の景色 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
オラが町のサクラの名所 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
湘南海岸とサーファー 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
出雲崎町「良寛記念館」を訪ねる 執筆 旅行家 甲斐鐵太郞
良寛記念館を訪ねて良寬を考える。清貧の思想がある。

東日本大震災・三陸沿岸の地震と津波被害と原発の姿(執筆 論説員橫田俊英)

日本計量新報 電子版の全紙面のID&PW
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日本計量新報社 編集部 hiroyuki-takamatsu@keiryou-keisoku.co.jp
東京都江東区亀戸7丁目62-16-803
電話番号03-5628-7070 FAX03-5628-7071
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最終更新日  2019年08月02日 19時19分40秒
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2019年07月28日
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その12-思い出に残る出来事 人命救助…お手柄少年安斎正一君

思い出に残る出来事 その1

人命救助…お手柄少年安斎正一君(昭和28年福島民報掲載)

 私が福島県安達郡上川崎中学一年生のときのこと、当時農村の中学生は農繁休業といって、農業の繁忙期の六月の田植え・麦刈り時期に一週間、十月の稲刈り時期に一週間、それぞれ学校が休みになって自分の家の手伝いをしたのです。ただし夏休みは7月25日から8月20日までと短かくなりました。

 昭和28年6月15日午後4時過ぎの出来事、私は家から500mほど離れた麦畑で麦刈りの手伝いをしていたのですが、農具不足のため家へ農具取りに戻ったそのとき当時三歳の男の子がヨチヨチと私に駆け寄って来て、「お友だちが荒井戸に落ちた」というので家から30mほどの荒井戸に走って行ってみると、白く濁った2m四方の真ん中に衣服の裾がかすかに見えて動きません。

 私はとっさに向こう岸にある1・5mほどの丸太に気づき、その先で水中を探ったら溺れている子供の身体に触れ、そして向こう岸へグイッと押しやりました。急いで子供を引き上げて土手の草むらに仰向けに置いたら、紫色というか青白い顔をして、私は死んでると直感したのです。溺れたのは近所の二歳の男の子でした。私は大声で「子供が井戸に落ちた」と近所中に聞こえるように叫び続けながらその男の子の家へ全速力で走って母親に知らせたところ、母親は気が狂ったように何かを叫びながら右往左往したのを忘れられません。

 近所の人達が大勢集まり、そこへ井戸に落ちた男の子の父親が駆けつけ、いきなり男の子の両足を一本ずつ両肩にのせてグルグルと遠心分離するように回転すること十回ほど、そして男の子を地面に置いて胸に両手を当ててゆっくりと繰り返して押していました。この手法を約十五分間何度か繰り返しました。

 父親は「もう駄目か」と呟きながら諦めきれないように続けていたその時、男の子の口からアーアーという声と同時にガバーと大量の水を吐き出したので「助かる」と誰もが叫びました。近所の二十歳のお兄さんが自転車で五キロメートルも走って医者を呼びに行きました。

 翌日晴天の朝、男の子は、父親に連れられて「ありがとう」と私に元気なお礼の挨拶にきたのです。

 父親に聞いてみると、兵隊で「人工呼吸」の訓練を受けたことがあり、それを実行してみたとのこと、私はこのとき初めて人工呼吸ということを知ったのです。

 その父親は、「私を自分の子供の命の恩人」と中学校、警察署それに新聞社へと知らせたため、私は子供を救い上げたときの状況を何度もやり、写真まで撮られたりして、当時の福島民報だったと思いますが、「お手柄少年安斎正一君溺死寸前の子供を救う」という見出しで掲載され、二本松警察署長から人命救助で表彰され、当時は村中の模範少年として有名になったのです。

(つづく)

私の履歴書 安斎正一 目次
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その1-本欄の執筆をなぜ私が?
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その2-私の職場
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その3-私が生まれた日と父母兄弟について
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その4-夜間高校生と計量士との出会い
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その5-大学進学と空腹の日々
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その6-妻との出会い
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その7-寺岡精工へ入社
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その8-計量教習所と計量士資格取得
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その9-計量士資格取得
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その10-計量士会入会から役員35年間続く
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その11-寺岡精工CIは「新しい常識を創造する」
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その12-思い出に残る出来事 人命救助…お手柄少年安斎正一君






最終更新日  2019年07月28日 11時16分47秒
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2019年07月27日
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その13-思い出に残る出来事 中学校の校長は「君は大きくなったら、偉い人になる」

思い出に残る出来事 その2

中学校の校長は「君は大きくなったら、偉い人になる」

 中学生になった春、校長は竹村武先生であり、歴史を教える先生でもありました。初めての歴史の授業時間のとき、一人ずつ名前を呼ぶから顔を見せろと言って、生徒一人ひとりにコメントしながら私の番になったとき、校長先生は私の顔をじっと見て「君は大きくなったら偉い人になる」と言ったのです。

 そしてそれから数カ月後に学校の廊下で校長先生に出会って軽く会釈して通過しようとしたその時、校長先生は「君っ」と私を呼び止め「君は大きくなったら偉い人になる」と以前の授業のときと全く同じことを言われたのです。

 私は計量士になった現在、偉い人になったとは思っておりませんが、君は偉い人になるというあのときの校長先生の言葉は、普通の人以上に努力するようにと言われたような気がして今も忘れずに覚えており、私に頑張れと偉大な力を与えてくださったように思うのです。

築地市場へ三回目の就職……私は強い星を持って生まれてきたのか?

 先述したのですが、現在私は築地市場へは三回目の就職、前職場の寺岡精工は六十二歳で退職することになり、退職後どうするかを思案中に築地市場の前計量士から交代要請の連絡が入り、勿論即答で「喜んでお受けします」と答えました。なんて私は強い星を持って生まれてきたのかと不思議なことがあるものだと今でも思い続けているところです。

(つづく)

私の履歴書 安斎正一 目次
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その1-本欄の執筆をなぜ私が?
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その2-私の職場
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その3-私が生まれた日と父母兄弟について
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その4-夜間高校生と計量士との出会い
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その5-大学進学と空腹の日々
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その6-妻との出会い
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その7-寺岡精工へ入社
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その8-計量教習所と計量士資格取得
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その9-計量士資格取得
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その10-計量士会入会から役員35年間続く
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その11-寺岡精工CIは「新しい常識を創造する」
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その12-思い出に残る出来事 人命救助…お手柄少年安斎正一君
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その13-思い出に残る出来事 中学校の校長は「君は大きくなったら、偉い人になる」






最終更新日  2019年07月27日 08時34分12秒
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2019年07月26日
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その14-私の内外の友 セブン銀行社長安斎隆氏は私と同郷、同級、同姓の仲

私の内外の友 その1

セブン銀行社長安斎隆氏は私と同郷、同級、同姓の仲

 イトーヨーカ堂とセブンイレブンの店舗内にATMを置いて顧客の便利さになっていることは、多くの皆様がご存知のことですが、このセブン銀行(旧アイワイバンク銀行)の創設に尽力し見事な経営を続けている安斎隆社長は私と福島県安達郡上川崎村立上川崎中学校の同級生なのです。

 安斎隆社長は中学生当時、上川崎村長の孫で村でも格式ある家柄の出で同級生105名の中でも断然一番の優等生でした。一方私は物静かで目立たない生徒で成績は中くらいだったのです。

 中学卒業後、安斎隆社長は地元の高校から東北大へ進み、日本銀行へ入行したのです。私は、二年間故郷で父母と長兄の農業手伝いをした後、17歳で東京へ旅立ったのです。

 月日は過ぎて、私達も38歳になり子育ても一段落したとき、中学卒業後初めてのクラス会開催の通知が届き、懐かしく故郷近くの福島県岳温泉のホテル会場に着きました。「安斎隆君は東北大から日銀に入り、今は日銀新潟支店長になっており、今日出席しますよ…」と聞かされたとき東京方面から会場入りした同級生は一同に驚いてしまったのです。

 私は、このクラス会のとき自分も苦労して高校と大学を夜学で卒業したんだと心の中で呟きましたが、高校進学率が15%のそのときは大卒は安斎隆君一人しかいないことになっていたので、このクラス会の場で私が何も改めて大卒を宣言する必要もないため、今現在でも中学同級生の大部分は私を皆と同じく中卒と思っているのです。

 しかし、安斎隆社長を日本計量士会の計量ジャーナルに紹介したとき、東京駅近くの当時のアイワイバンク銀行本社に安斎隆社長を訪ね、私が計量士になるまでの話をしたところ、「正一君は私より遥かに素晴らしい仕事をしてきた」と中学時代の同級生から初めて私の努力を称えられたのです。

 そして、私の歌「計量士の心」を安斎隆社長に紹介したところ、昔の小さい村の同級生が良くやってくれたと心から拍手してくれて、もう少し若かったら歌手の後援会会長を引き受けたのにと冗談を言い合ったりしているところです。

(つづく)

私の履歴書 安斎正一 目次
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その1-本欄の執筆をなぜ私が?
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その2-私の職場
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その3-私が生まれた日と父母兄弟について
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その4-夜間高校生と計量士との出会い
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その5-大学進学と空腹の日々
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その6-妻との出会い
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その7-寺岡精工へ入社
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その8-計量教習所と計量士資格取得
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その9-計量士資格取得
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その10-計量士会入会から役員35年間続く
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その11-寺岡精工CIは「新しい常識を創造する」
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その12-思い出に残る出来事 人命救助…お手柄少年安斎正一君
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その13-思い出に残る出来事 中学校の校長は「君は大きくなったら、偉い人になる」
私の履歴書 安斎正一(計量士)-その14-私の内外の友 セブン銀行社長安斎隆氏は私と同郷、同級、同姓の仲






最終更新日  2019年07月26日 16時21分42秒
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福島原子力発電所事故と放射性物質そして放射線測定

 福島第一原子力発電所の事故によって環境に放出されたセシウム137の放射能量は、1.5×10の16乗ベクレルである。質量で示すと4.7kgである。大半の放射線物質は偏西風に流されて太平洋に飛散した。750gが日本の国土に落下した。原子炉の内部とその下にはもっと多くの放射性物質が残っていて同じ現象を引き起こす危険がある。セシウム137は毒性が強い放射性物質である。750グラム(0.75キログラム)のセシウム137が飛び散ったことで広大な地域を放射線管理区域にしなければならなかった。これほどにセシウム137は毒性が強い放射能なのだ。そしてその毒性が長い間つづいて人体を汚染し健康被害につながる。


2011年3月14日午前11時、福島第一原子力発電所3号機の爆発。


福島第一原子力発電所爆発後の3号機原子炉建屋のようす。

【福島第一原子力発電所3号機爆発を東京電力は次のように説明】
2011年3月14日午前11時、福島第一原子力発電所3号機がの爆発したことを東京電力は次のように説明する。
 地震発生時、3号機は直ちに制御棒が挿入され、設計通り自動で原子炉が停止しました。3号機は地震により外部電源をすべて失い、復水器などは使用できない状況でしたが、非常用ディーゼル発電機が自動起動し、原子炉隔離時冷却系も運転することができました。その後津波の襲来とこれに伴う浸水によって交流電源を全て失ったものの、直流電源設備は1号機、2号機と異なり、少し高い位置にあったことから浸水を免れました。このため、原子炉隔離時冷却系や高圧注水系の運転・制御を継続できただけでなく、計器類による原子炉の状態監視も続けることができました。1日半程度注水を続けた後、低圧(ディーゼル駆動消火ポンプ)での注水に切り替えるために高圧注水系を停止しましたが、この後の減圧に時間がかかり、水位が低下、水素が発生するとともに炉心損傷に至りました。減圧を確認した後、消防車による注水を開始しましたが、格納容器から漏れ出した水素によって、3月14日午前11時1分に水素爆発が発生しました。


年間被曝量20ミリシーベルトと一般食品の基準値100ベクレル/kgの意味

 放射線は見えない。五感で受け止めることができない放射性物質をどのように理解するか。人の健康に及ぼす影響は被曝量として理解する。放射線量を測定して健康被害とを相関してとらえる。健康被害は人によってでかたが違う。それを10万人単位、100万人単位でみると一定の比率で被害が表出する。10万人のうちの一人に被害がでて他にでなかったからといって、99,999人が安堵するというのではない。被害がでていることをよく知るべきなのだ。

放射性物質を赤い粒粒で描く柚木ミサトさんのイラスト。


放射性物質を赤い粒粒で描く柚木ミサトさんのイラスト。
放射線量の測定の原理がイラストに示されている。


 放射性物質を赤いつぶつぶで描いたのがイラストレーターの柚木ミサトさんである。見えないけれども毒性をもつ物質として人に降り注いでいる。柚木ミサトさんの知識と人道感覚と慧眼がイラストに現れている。柚木ミサトさんは岐阜県土岐市に生まれた。岐阜県立多治見工業高校デザイン科を経て東京デザイナー学院名古屋校(現名古屋デザイナー学院)グラフィックデザイン科で学んだ。卒業業制作は名古屋校優秀賞受賞だった。漫画家の事務所に勤務するヒロインを描いたNHK の朝ドラ「半分青い」が想起される。

 福島第一原子力発電所の事故によって原発事故周辺のある町では避難指示が解除されたのち小学校と中学校の運営が再開された。NHKは中学校のようすをテレビカメラで撮影した。除染された鉄筋コンクリート建ての校舎である。中学生は当番制で登校すると放射線量計で測定して記録帳に書き込む。規定値以下であることを確認する。規定値を安全な線量域としてそのまま受け取ることはできない。中学校という除染された鉄筋コンクリートの建物のなかに出現している放射線量の低い場所での規定値との相関である。

建屋の外の環境は別である。原子炉から吐き出された放射性物質は土や草などに付着している。それを袋に詰めて地域内にまとめある。放射性物質は地域にそのまま置かれている。土からは草が生え、草には放射性物質がついている。表面を剥いだ土には雨や風によって放射性物質が流れてきて付着する。NHKは学校での生活を報道した。学校が再会した避難区域が放射性物質から安全になったようにみえた。

 同じ事態に対して二つのことが示される。規定値以下である中学校の校舎のなかでの測定値、そして人体への影響を及ぼす値を示す屋外のさまざまな場所での放射線量である。

 測定して数値をつかむことはできる。測定の場所によって数値が違う。総合して汚染地域の放射線量がどのようになっているかだ。人の生活は学校のなかだでなされるのではない。学校への行き来の道路と家の周辺がどうであるか。飲み水と食べ物が微量であるとは放射線で汚れていないか。そうした環境に長く生活することは危険を含む。健康への危険のことである。

 国は年間被曝量20ミリシーベルトを安全領域にきめた。学校では20ミリシーベルト以下であることを生徒が測定して記録簿につける。間被曝量20ミリシーベルトは元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏たち原子炉施設における作業者たちに特別に設けられた限界値であったた。これが福島など日本のあらゆる場所で「許諾」される値になった。基準を変えてそれを「許諾値」にすると安全の領域が広がる。実際には年間被曝量2ミリシーベルトでもガンになる危険度は大きい。小出裕章氏たち原子炉施設における作業者には年間被曝量20ミリシーベルトは厳格に管理されていた。

 作業者は測定領域から退出する際にもある値の放射線量が確認されると衣服を脱ぎ、さらには皮膚の表面を削り落として、規定の値以下にならないと外部に出ることができない、仕組みで管理されていた。

 年間被曝量20ミリシーベルトを安全領域にしないと、安全区域を確保できないために、原子炉実験所の作業者の特別な被曝量である20ミリシーベルトを一般の環境領域に広げる措置を国はした。20ミリシーベルト許容の危険を医者でもある東京大学アイソトープセンター長の国会で訴えた。ある委員会でセンター長は危険を泣き叫んで言葉にした。専門家の心底から表現だったのだ。

 普通の人々の被曝は1年間に1ミリシーベルトであった。事故が起きると日本の政府はそれまでの基準をあっさりと撤回する。緊急時なのだから1年間に20ミリシーベルトにするとした。危険な領域を許容値にしたのが年間被爆許容が20ミリシーベルトであり、原発事故直近の町村にもどってこの基準のもとで人々は生活している。

 食品中の放射性物質の量を平成24年3月15日付けで食品中の放射性物質の新たな基準値(食品衛生法第11条第1項の規格基準)を公布、平成24年4月1日に施行した。それ以前の暫定基準値から下げた。食品中の放射性セシウムの基準値(H24年4月1日~)の内容は次のとおり。飲料水は10ベクレル/kg、牛乳は50ベクレル/kg、乳児用食品は50ベクレル/kg、一般食品は100ベクレル/kg。放射性ヨウ素については、半減期が短く既に検出が認められないため、基準値は設定されていない。

一般食品の基準値すなわち許容値の100ベクレル/kgはどういう意味をもつのか。福島原発事故前の日本の米の放射線量は0.1ベクレル/kgであった1キログラムあたり0.1ベクレルのよごれであった。その1,000倍の値が許容値になった。医学面からの健康への影響のことはここでは触れない。放射線への感受性つまり、放射線の影響を子供は大人の数倍受ける。

基準値に定められた線量以下であればよい。事故があった原子力発電所近くの食品が基準値以下であっても敬遠されることは風評被害によるものだと現地ではたわく。再録するが次のことを確認しておかなくてはならない。 一般食品の放射線量の許容値を国は1キログラムあたり100マイクロベクレルに決めている。原発事故前の日本の土壌のそれは0.1マイクロベクレルであったのだ。食品に自然に付着する放射線量の1,000倍にして許容値にした。

 放射線と健康影響のことである。

 年間被曝線量はそれまでは1ミリシーベルトであった。この基準値以下なら健康に影響はないかというとそうではない。基準値は規制値であり許容値になってしまう。それは同時に社会の協定値であり我慢値になる。我慢値を我慢料とするとそれを誰が負担するのか。品物を買う人なのだ。

 放射線はその線量に応じて健康に影響する。1ミリシーベルトは20ミリシーベルトに比べると確率は下がるけれども健康に影響する。規制値以下だから大丈夫だとか安全だという性質ではないのが放射能である。

京都大学原子炉実験所に勤務している今中哲二氏が福島産の農産物の残留放射線量を測定した。線量は想定よりもはるかに低かった。測定は文書で発表されている。

 人に特別に有害なある放射線の減衰としての半減期30年と長い。もっと長く100年以上もつづき、それ以上のものもある。福島第一原子力発電所から放出された放射線の多くが太平洋に飛散した。回遊し海産物にどのように蓄積するか現在はわからない。水俣病のように人の健康被害の発生によって気付くのは愚かだ。放射性物質のみえない放射線である。みるために計測器を巧みに用いることになる。以上、以下の区切りで基準値、規制値を単純に捉えてはならない。

毎時650シーベルトをあびると人は数十秒で死ぬ 第一原発二号機の炉心付近の線量だ

 2017年3月にANNが福島第一原子力発電所の二号機の炉心のようすなどを取材し、報道した。二号機は放射能汚染物質を際立って大量に環境に放出している。核燃料は溶融し炉心を溶かした。水蒸気爆発をおこして上空高く白い煙状のものを吹き上げた。廃炉作業がつづく二号機の炉心の直近の放射線量は毎時650シーベルトであった。炉心ではなく炉心の外の放射線量である。毎時650シーベルトの放射線を浴びると人は数十秒で死ぬ。放射線被曝をしているという感覚は人にはない。感覚もなしに人は死んでしまう。放射線とはそのようなものなのだ。

 ANNのテレビカメラは福島第一原発のある。大熊町の幹線道路を走行した。車のはるか上に架設された線量表示器は毎時2.95マイクロシーベルトを表示している。高くはないが低い値でもない。この地域の空中は2.95マイクロシーベルトで汚染されており、時と場合によってはもっと高い値を示す。地面ではどうか。このような数値ではない。はるかに高いのだ。そこで子供が呼吸をして歩いていて生活をする。水が流れて放射能汚染物質が溜まる場所がある。人にはこのことは見えないし肌で感じることもない。何十年ものあいだ放射線にさらされ続ける。毒性の高い放射性物質は何百年経っても大して値が変わらない。

 毎時2.95マイクロシーベルトという放射線量は日本の国土の環境にもともとあったのではない。福島第一原子力発電所の事故によって生じている。この事実をもってしても原子力発電所の事故が人の生活と健康に危害を加えている罪をしらねばならない。

 数十秒で死んでしまうという毎時650シーベルトの環境下で人が廃炉作業に従事する。ときにはそれ以上の放射線量であることもある。放射線を浴び続けると作業現場から退去しなければならない。作業を自走式のロボットで代わらせようとしている。自走ロボットの電子基板あるいは電気系統は放射線で破壊される。ロボットは放射線に弱い。すぐ壊れる。ロボットをつくる人の放射線への知識が低いことにもよる。機械仕掛けの機械のリンクによる装置のほうがよほど良いが摺動部には油があるからこれもどうか。廃炉は困難な作業になり、廃炉の工事は同時に放射線を環境にまたしてもまき散らす。そうした地域に学校生徒が戻って生活を始めている。戻る人の数は以前にいた人の3割にも満たない。汚染された国土としての福島第一原子力発電所周辺が人が暮らすためには危険地帯であることを住民は知っている。ことに小さな子供を育てる人には大変な危険地帯なのだ。放射線への感受性といわれる放射線による健康被害は赤ちゃんほど甚大である。

 日本の国土は東京電力福島第一原子力発電所の事故によって東日本の国土が1キログラムあたり0.1ベクレルのよごれであったものが、その1,000倍を許容値とすような放射線汚染地帯になった。原発事故近くにいた人々は放射線汚染が人に及ぼす影響を生身のこととして知っているから赤子を連れて戻ることをしない。そのような現象が顕著でる。

 飲料水は10ベクレル/kg、牛乳は50ベクレル/kg、乳児用食品は50ベクレル/kg、一般食品は100ベクレル/kgの基準値を安全領域として疑わないのが地方公共団体である。年間被爆許容が20ミリシーベルトについても、それまでの基準値がであり、1ミリシーベルトであったことを意識しない。汚れてしまった国土で汚染された食品の規定値を安全なものとして受け入れる。我慢させられている。基準値以下だから受け入れるということをしない人は水道水は飲まないし食料品も西日本の産物に限定している。このことの是非を突き詰めてはならない。

【資料】
福島原子力発電所事故と放射性物質そして放射線測定
東京電力が福島第二原子力発電所の廃炉を決定
日本の原子力発電所の現状-その1-
放射線と健康被害 原発被害が及ぼす社会影響とどのように向き合うか
放射線の単位であるシーベルトとベクレルとグレイの関係
原子力発電と福島第一原発事故がもたらしている被害の現実
原子力発電と福島第一原発事故がもたらしている被害の現実-その2-

2019-07-23-nuclear-power-plant-accident-and-radiation-and-radiation-measurement-






最終更新日  2019年07月26日 16時16分48秒
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2019年07月25日
福島原子力発電所事故と放射性物質そして放射線測定

 福島第一原子力発電所の事故によって環境に放出されたセシウム137の放射能量は、1.5×10の16乗ベクレルである。質量で示すと4.7kgである。大半の放射線物質は偏西風に流されて太平洋に飛散した。750gが日本の国土に落下した。原子炉の内部とその下にはもっと多くの放射性物質が残っていて同じ現象を引き起こす危険がある。セシウム137は毒性が強い放射性物質である。750グラム(0.75キログラム)のセシウム137が飛び散ったことで広大な地域を放射線管理区域にしなければならなかった。これほどにセシウム137は毒性が強い放射能なのだ。そしてその毒性が長い間つづいて人体を汚染し健康被害につながる。


2011年3月14日午前11時、福島第一原子力発電所3号機の爆発。


福島第一原子力発電所爆発後の3号機原子炉建屋のようす。

【福島第一原子力発電所3号機爆発を東京電力は次のように説明】
2011年3月14日午前11時、福島第一原子力発電所3号機がの爆発したことを東京電力は次のように説明する。
 地震発生時、3号機は直ちに制御棒が挿入され、設計通り自動で原子炉が停止しました。3号機は地震により外部電源をすべて失い、復水器などは使用できない状況でしたが、非常用ディーゼル発電機が自動起動し、原子炉隔離時冷却系も運転することができました。その後津波の襲来とこれに伴う浸水によって交流電源を全て失ったものの、直流電源設備は1号機、2号機と異なり、少し高い位置にあったことから浸水を免れました。このため、原子炉隔離時冷却系や高圧注水系の運転・制御を継続できただけでなく、計器類による原子炉の状態監視も続けることができました。1日半程度注水を続けた後、低圧(ディーゼル駆動消火ポンプ)での注水に切り替えるために高圧注水系を停止しましたが、この後の減圧に時間がかかり、水位が低下、水素が発生するとともに炉心損傷に至りました。減圧を確認した後、消防車による注水を開始しましたが、格納容器から漏れ出した水素によって、3月14日午前11時1分に水素爆発が発生しました。


年間被曝量20ミリシーベルトと一般食品の基準値100ベクレル/kgの意味

 放射線は見えない。五感で受け止めることができない放射性物質をどのように理解するか。人の健康に及ぼす影響は被曝量として理解する。放射線量を測定して健康被害とを相関してとらえる。健康被害は人によってでかたが違う。それを10万人単位、100万人単位でみると一定の比率で被害が表出する。10万人のうちの一人に被害がでて他にでなかったからといって、99,999人が安堵するというのではない。被害がでていることをよく知るべきなのだ。

放射性物質を赤い粒粒で描く柚木ミサトさんのイラスト。


放射性物質を赤い粒粒で描く柚木ミサトさんのイラスト。
放射線量の測定の原理がイラストに示されている。


 放射性物質を赤いつぶつぶで描いたのがイラストレーターの柚木ミサトさんである。見えないけれども毒性をもつ物質として人に降り注いでいる。柚木ミサトさんの知識と人道感覚と慧眼がイラストに現れている。柚木ミサトさんは岐阜県土岐市に生まれた。岐阜県立多治見工業高校デザイン科を経て東京デザイナー学院名古屋校(現名古屋デザイナー学院)グラフィックデザイン科で学んだ。卒業業制作は名古屋校優秀賞受賞だった。漫画家の事務所に勤務するヒロインを描いたNHK の朝ドラ「半分青い」が想起される。

 福島第一原子力発電所の事故によって原発事故周辺のある町では避難指示が解除されたのち小学校と中学校の運営が再開された。NHKは中学校のようすをテレビカメラで撮影した。除染された鉄筋コンクリート建ての校舎である。中学生は当番制で登校すると放射線量計で測定して記録帳に書き込む。規定値以下であることを確認する。規定値を安全な線量域としてそのまま受け取ることはできない。中学校という除染された鉄筋コンクリートの建物のなかに出現している放射線量の低い場所での規定値との相関である。

建屋の外の環境は別である。原子炉から吐き出された放射性物質は土や草などに付着している。それを袋に詰めて地域内にまとめある。放射性物質は地域にそのまま置かれている。土からは草が生え、草には放射性物質がついている。表面を剥いだ土には雨や風によって放射性物質が流れてきて付着する。NHKは学校での生活を報道した。学校が再会した避難区域が放射性物質から安全になったようにみえた。

 同じ事態に対して二つのことが示される。規定値以下である中学校の校舎のなかでの測定値、そして人体への影響を及ぼす値を示す屋外のさまざまな場所での放射線量である。

 測定して数値をつかむことはできる。測定の場所によって数値が違う。総合して汚染地域の放射線量がどのようになっているかだ。人の生活は学校のなかだでなされるのではない。学校への行き来の道路と家の周辺がどうであるか。飲み水と食べ物が微量であるとは放射線で汚れていないか。そうした環境に長く生活することは危険を含む。健康への危険のことである。

 国は年間被曝量20ミリシーベルトを安全領域にきめた。学校では20ミリシーベルト以下であることを生徒が測定して記録簿につける。間被曝量20ミリシーベルトは元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏たち原子炉施設における作業者たちに特別に設けられた限界値であったた。これが福島など日本のあらゆる場所で「許諾」される値になった。基準を変えてそれを「許諾値」にすると安全の領域が広がる。実際には年間被曝量2ミリシーベルトでもガンになる危険度は大きい。小出裕章氏たち原子炉施設における作業者には年間被曝量20ミリシーベルトは厳格に管理されていた。

 作業者は測定領域から退出する際にもある値の放射線量が確認されると衣服を脱ぎ、さらには皮膚の表面を削り落として、規定の値以下にならないと外部に出ることができない、仕組みで管理されていた。

 年間被曝量20ミリシーベルトを安全領域にしないと、安全区域を確保できないために、原子炉実験所の作業者の特別な被曝量である20ミリシーベルトを一般の環境領域に広げる措置を国はした。20ミリシーベルト許容の危険を医者でもある東京大学アイソトープセンター長の国会で訴えた。ある委員会でセンター長は危険を泣き叫んで言葉にした。専門家の心底から表現だったのだ。

 普通の人々の被曝は1年間に1ミリシーベルトであった。事故が起きると日本の政府はそれまでの基準をあっさりと撤回する。緊急時なのだから1年間に20ミリシーベルトにするとした。危険な領域を許容値にしたのが年間被爆許容が20ミリシーベルトであり、原発事故直近の町村にもどってこの基準のもとで人々は生活している。

 食品中の放射性物質の量を平成24年3月15日付けで食品中の放射性物質の新たな基準値(食品衛生法第11条第1項の規格基準)を公布、平成24年4月1日に施行した。それ以前の暫定基準値から下げた。食品中の放射性セシウムの基準値(H24年4月1日~)の内容は次のとおり。飲料水は10ベクレル/kg、牛乳は50ベクレル/kg、乳児用食品は50ベクレル/kg、一般食品は100ベクレル/kg。放射性ヨウ素については、半減期が短く既に検出が認められないため、基準値は設定されていない。

一般食品の基準値すなわち許容値の100ベクレル/kgはどういう意味をもつのか。福島原発事故前の日本の米の放射線量は0.1ベクレル/kgであった1キログラムあたり0.1ベクレルのよごれであった。その1,000倍の値が許容値になった。医学面からの健康への影響のことはここでは触れない。放射線への感受性つまり、放射線の影響を子供は大人の数倍受ける。

基準値に定められた線量以下であればよい。事故があった原子力発電所近くの食品が基準値以下であっても敬遠されることは風評被害によるものだと現地ではたわく。再録するが次のことを確認しておかなくてはならない。 一般食品の放射線量の許容値を国は1キログラムあたり100マイクロベクレルに決めている。原発事故前の日本の土壌のそれは0.1マイクロベクレルであったのだ。食品に自然に付着する放射線量の1,000倍にして許容値にした。

 放射線と健康影響のことである。

 年間被曝線量はそれまでは1ミリシーベルトであった。この基準値以下なら健康に影響はないかというとそうではない。基準値は規制値であり許容値になってしまう。それは同時に社会の協定値であり我慢値になる。我慢値を我慢料とするとそれを誰が負担するのか。品物を買う人なのだ。

 放射線はその線量に応じて健康に影響する。1ミリシーベルトは20ミリシーベルトに比べると確率は下がるけれども健康に影響する。規制値以下だから大丈夫だとか安全だという性質ではないのが放射能である。

京都大学原子炉実験所に勤務している今中哲二氏が福島産の農産物の残留放射線量を測定した。線量は想定よりもはるかに低かった。測定は文書で発表されている。

 人に特別に有害なある放射線の減衰としての半減期30年と長い。もっと長く100年以上もつづき、それ以上のものもある。福島第一原子力発電所から放出された放射線の多くが太平洋に飛散した。回遊し海産物にどのように蓄積するか現在はわからない。水俣病のように人の健康被害の発生によって気付くのは愚かだ。放射性物質のみえない放射線である。みるために計測器を巧みに用いることになる。以上、以下の区切りで基準値、規制値を単純に捉えてはならない。

毎時650シーベルトをあびると人は数十秒で死ぬ 第一原発二号機の炉心付近の線量だ

 2017年3月にANNが福島第一原子力発電所の二号機の炉心のようすなどを取材し、報道した。二号機は放射能汚染物質を際立って大量に環境に放出している。核燃料は溶融し炉心を溶かした。水蒸気爆発をおこして上空高く白い煙状のものを吹き上げた。廃炉作業がつづく二号機の炉心の直近の放射線量は毎時650シーベルトであった。炉心ではなく炉心の外の放射線量である。毎時650シーベルトの放射線を浴びると人は数十秒で死ぬ。放射線被曝をしているという感覚は人にはない。感覚もなしに人は死んでしまう。放射線とはそのようなものなのだ。

 ANNのテレビカメラは福島第一原発のある。大熊町の幹線道路を走行した。車のはるか上に架設された線量表示器は毎時2.95マイクロシーベルトを表示している。高くはないが低い値でもない。この地域の空中は2.95マイクロシーベルトで汚染されており、時と場合によってはもっと高い値を示す。地面ではどうか。このような数値ではない。はるかに高いのだ。そこで子供が呼吸をして歩いていて生活をする。水が流れて放射能汚染物質が溜まる場所がある。人にはこのことは見えないし肌で感じることもない。何十年ものあいだ放射線にさらされ続ける。毒性の高い放射性物質は何百年経っても大して値が変わらない。

 毎時2.95マイクロシーベルトという放射線量は日本の国土の環境にもともとあったのではない。福島第一原子力発電所の事故によって生じている。この事実をもってしても原子力発電所の事故が人の生活と健康に危害を加えている罪をしらねばならない。

 数十秒で死んでしまうという毎時650シーベルトの環境下で人が廃炉作業に従事する。ときにはそれ以上の放射線量であることもある。放射線を浴び続けると作業現場から退去しなければならない。作業を自走式のロボットで代わらせようとしている。自走ロボットの電子基板あるいは電気系統は放射線で破壊される。ロボットは放射線に弱い。すぐ壊れる。ロボットをつくる人の放射線への知識が低いことにもよる。機械仕掛けの機械のリンクによる装置のほうがよほど良いが摺動部には油があるからこれもどうか。廃炉は困難な作業になり、廃炉の工事は同時に放射線を環境にまたしてもまき散らす。そうした地域に学校生徒が戻って生活を始めている。戻る人の数は以前にいた人の3割にも満たない。汚染された国土としての福島第一原子力発電所周辺が人が暮らすためには危険地帯であることを住民は知っている。ことに小さな子供を育てる人には大変な危険地帯なのだ。放射線への感受性といわれる放射線による健康被害は赤ちゃんほど甚大である。

 日本の国土は東京電力福島第一原子力発電所の事故によって東日本の国土が1キログラムあたり0.1ベクレルのよごれであったものが、その1,000倍を許容値とすような放射線汚染地帯になった。原発事故近くにいた人々は放射線汚染が人に及ぼす影響を生身のこととして知っているから赤子を連れて戻ることをしない。そのような現象が顕著でる。

 飲料水は10ベクレル/kg、牛乳は50ベクレル/kg、乳児用食品は50ベクレル/kg、一般食品は100ベクレル/kgの基準値を安全領域として疑わないのが地方公共団体である。年間被爆許容が20ミリシーベルトについても、それまでの基準値がであり、1ミリシーベルトであったことを意識しない。汚れてしまった国土で汚染された食品の規定値を安全なものとして受け入れる。我慢させられている。基準値以下だから受け入れるということをしない人は水道水は飲まないし食料品も西日本の産物に限定している。このことの是非を突き詰めてはならない。

【資料】
福島原子力発電所事故と放射性物質そして放射線測定
東京電力が福島第二原子力発電所の廃炉を決定
日本の原子力発電所の現状-その1-
放射線と健康被害 原発被害が及ぼす社会影響とどのように向き合うか
放射線の単位であるシーベルトとベクレルとグレイの関係
原子力発電と福島第一原発事故がもたらしている被害の現実
原子力発電と福島第一原発事故がもたらしている被害の現実-その2-

2019-07-23-nuclear-power-plant-accident-and-radiation-and-radiation-measurement-






最終更新日  2019年07月25日 10時34分20秒
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2019年07月24日
福島原子力発電所事故と放射性物質そして放射線測定

 福島第一原子力発電所の事故によって環境に放出されたセシウム137の放射能量は、1.5×10の16乗ベクレルである。質量で示すと4.7kgである。大半の放射線物質は偏西風に流されて太平洋に飛散した。750gが日本の国土に落下した。原子炉の内部とその下にはもっと多くの放射性物質が残っていて同じ現象を引き起こす危険がある。セシウム137は毒性が強い放射性物質である。750グラム(0.75キログラム)のセシウム137が飛び散ったことで広大な地域を放射線管理区域にしなければならなかった。これほどにセシウム137は毒性が強い放射能なのだ。そしてその毒性が長い間つづいて人体を汚染し健康被害につながる。


2011年3月14日午前11時、福島第一原子力発電所3号機の爆発。


福島第一原子力発電所爆発後の3号機原子炉建屋のようす。

【福島第一原子力発電所3号機爆発を東京電力は次のように説明】
2011年3月14日午前11時、福島第一原子力発電所3号機がの爆発したことを東京電力は次のように説明する。
 地震発生時、3号機は直ちに制御棒が挿入され、設計通り自動で原子炉が停止しました。3号機は地震により外部電源をすべて失い、復水器などは使用できない状況でしたが、非常用ディーゼル発電機が自動起動し、原子炉隔離時冷却系も運転することができました。その後津波の襲来とこれに伴う浸水によって交流電源を全て失ったものの、直流電源設備は1号機、2号機と異なり、少し高い位置にあったことから浸水を免れました。このため、原子炉隔離時冷却系や高圧注水系の運転・制御を継続できただけでなく、計器類による原子炉の状態監視も続けることができました。1日半程度注水を続けた後、低圧(ディーゼル駆動消火ポンプ)での注水に切り替えるために高圧注水系を停止しましたが、この後の減圧に時間がかかり、水位が低下、水素が発生するとともに炉心損傷に至りました。減圧を確認した後、消防車による注水を開始しましたが、格納容器から漏れ出した水素によって、3月14日午前11時1分に水素爆発が発生しました。


(タイトル-1-)
年間被曝量20ミリシーベルトと一般食品の基準値100ベクレル/kgの意味

(本文)

 放射線は見えない。五感で受け止めることができない放射性物質をどのように理解するか。人の健康に及ぼす影響は被曝量として理解する。放射線量を測定して健康被害とを相関してとらえる。健康被害は人によってでかたが違う。それを10万人単位、100万人単位でみると一定の比率で被害が表出する。10万人のうちの一人に被害がでて他にでなかったからといって、99,999人が安堵するというのではない。被害がでていることをよく知るべきなのだ。

放射性物質を赤い粒粒で描く柚木ミサトさんのイラスト。


放射性物質を赤い粒粒で描く柚木ミサトさんのイラスト。
放射線量の測定の原理がイラストに示されている。


 放射性物質を赤いつぶつぶで描いたのがイラストレーターの柚木ミサトさんである。見えないけれども毒性をもつ物質として人に降り注いでいる。柚木ミサトさんの知識と人道感覚と慧眼がイラストに現れている。柚木ミサトさんは岐阜県土岐市に生まれた。岐阜県立多治見工業高校デザイン科を経て東京デザイナー学院名古屋校(現名古屋デザイナー学院)グラフィックデザイン科で学んだ。卒業業制作は名古屋校優秀賞受賞だった。漫画家の事務所に勤務するヒロインを描いたNHK の朝ドラ「半分青い」が想起される。

 福島第一原子力発電所の事故によって原発事故周辺のある町では避難指示が解除されたのち小学校と中学校の運営が再開された。NHKは中学校のようすをテレビカメラで撮影した。除染された鉄筋コンクリート建ての校舎である。中学生は当番制で登校すると放射線量計で測定して記録帳に書き込む。規定値以下であることを確認する。規定値を安全な線量域としてそのまま受け取ることはできない。中学校という除染された鉄筋コンクリートの建物のなかに出現している放射線量の低い場所での規定値との相関である。

建屋の外の環境は別である。原子炉から吐き出された放射性物質は土や草などに付着している。それを袋に詰めて地域内にまとめある。放射性物質は地域にそのまま置かれている。土からは草が生え、草には放射性物質がついている。表面を剥いだ土には雨や風によって放射性物質が流れてきて付着する。NHKは学校での生活を報道した。学校が再会した避難区域が放射性物質から安全になったようにみえた。

 同じ事態に対して二つのことが示される。規定値以下である中学校の校舎のなかでの測定値、そして人体への影響を及ぼす値を示す屋外のさまざまな場所での放射線量である。

 測定して数値をつかむことはできる。測定の場所によって数値が違う。総合して汚染地域の放射線量がどのようになっているかだ。人の生活は学校のなかだでなされるのではない。学校への行き来の道路と家の周辺がどうであるか。飲み水と食べ物が微量であるとは放射線で汚れていないか。そうした環境に長く生活することは危険を含む。健康への危険のことである。

 国は年間被曝量20ミリシーベルトを安全領域にきめた。学校では20ミリシーベルト以下であることを生徒が測定して記録簿につける。間被曝量20ミリシーベルトは元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏たち原子炉施設における作業者たちに特別に設けられた限界値であったた。これが福島など日本のあらゆる場所で「許諾」される値になった。基準を変えてそれを「許諾値」にすると安全の領域が広がる。実際には年間被曝量2ミリシーベルトでもガンになる危険度は大きい。小出裕章氏たち原子炉施設における作業者には年間被曝量20ミリシーベルトは厳格に管理されていた。

 作業者は測定領域から退出する際にもある値の放射線量が確認されると衣服を脱ぎ、さらには皮膚の表面を削り落として、規定の値以下にならないと外部に出ることができない、仕組みで管理されていた。

 年間被曝量20ミリシーベルトを安全領域にしないと、安全区域を確保できないために、原子炉実験所の作業者の特別な被曝量である20ミリシーベルトを一般の環境領域に広げる措置を国はした。20ミリシーベルト許容の危険を医者でもある東京大学アイソトープセンター長の国会で訴えた。ある委員会でセンター長は危険を泣き叫んで言葉にした。専門家の心底から表現だったのだ。

 普通の人々の被曝は1年間に1ミリシーベルトであった。事故が起きると日本の政府はそれまでの基準をあっさりと撤回する。緊急時なのだから1年間に20ミリシーベルトにするとした。危険な領域を許容値にしたのが年間被爆許容値のが20ミリシーベルトであり、原発事故直近の町村にもどってこの基準のもとで人々は生活している。

 食品中の放射性物質の量を平成24年3月15日付けで食品中の放射性物質の新たな基準値(食品衛生法第11条第1項の規格基準)を公布、平成24年4月1日に施行した。それ以前の暫定基準値から下げた。食品中の放射性セシウムの基準値(H24年4月1日~)の内容は次のとおり。飲料水は10ベクレル/kg、牛乳は50ベクレル/kg、乳児用食品は50ベクレル/kg、一般食品は100ベクレル/kg。放射性ヨウ素については、半減期が短く既に検出が認められないため、基準値は設定されていない。

一般食品の基準値すなわち許容値の100ベクレル/kgはどういう意味をもつのか。福島原発事故前の日本の米の放射線量は0.1ベクレル/kgであった1キログラムあたり0.1ベクレルのよごれであった。その1,000倍の値が許容値になった。医学面からの健康への影響のことはここでは触れない。放射線への感受性つまり、放射線の影響を子供は大人の数倍受ける。

基準値に定められた線量以下であればよい。事故があった原子力発電所近くの食品が基準値以下であっても敬遠されることは風評被害によるものだと現地ではたわく。再録するが次のことを確認しておかなくてはならない。 一般食品の放射線量の許容値を国は1キログラムあたり100マイクロベクレルに決めている。原発事故前の日本の土壌のそれは0.1マイクロベクレルであったのだ。食品に自然に付着する放射線量の1,000倍にして許容値にした。

 放射線と健康影響のことである。

 年間被曝線量はそれまでは1ミリシーベルトであった。この基準値以下なら健康に影響はないかというとそうではない。基準値は規制値であり許容値になってしまう。それは同時に社会の協定値であり我慢値になる。我慢値を我慢料とするとそれを誰が負担するのか。品物を買う人なのだ。

 放射線はその線量に応じて健康に影響する。1ミリシーベルトは20ミリシーベルトに比べると確率は下がるけれども健康に影響する。規制値以下だから大丈夫だとか安全だという性質ではないのが放射能である。

京都大学原子炉実験所に勤務している今中哲二氏が福島産の農産物の残留放射線量を測定した。線量は想定よりもはるかに低かった。測定は文書で発表されている。

 人に特別に有害なある放射線の減衰としての半減期30年と長い。もっと長く100年以上もつづき、それ以上のものもある。福島第一原子力発電所から放出された放射線の多くが太平洋に飛散した。回遊し海産物にどのように蓄積するか現在はわからない。水俣病のように人の健康被害の発生によって気付くのは愚かだ。放射性物質のみえない放射線である。みるために計測器を巧みに用いることになる。以上、以下の区切りで基準値、規制値を単純に捉えてはならない。

(タイトル-2-)
毎時650シーベルトをあびると人は数十秒で死ぬ 第一原発二号機の炉心付近の線量だ

(本文)

 2017年3月にANNが福島第一原子力発電所の二号機の炉心のようすなどを取材し、報道した。二号機は放射能汚染物質を際立って大量に環境に放出している。核燃料は溶融し炉心を溶かした。水蒸気爆発をおこして上空高く白い煙状のものを吹き上げた。廃炉作業がつづく二号機の炉心の直近の放射線量は毎時650シーベルトであった。炉心ではなく炉心の外の放射線量である。毎時650シーベルトの放射線を浴びると人は数十秒で死ぬ。放射線被曝をしているという感覚は人にはない。感覚もなしに人は死んでしまう。放射線とはそのようなものなのだ。

 ANNのテレビカメラは福島第一原発のある。大熊町の幹線道路を走行した。車のはるか上に架設された線量表示器は毎時2.95マイクロシーベルトを表示している。高くはないが低い値でもない。この地域の空中は2.95マイクロシーベルトで汚染されており、時と場合によってはもっと高い値を示す。地面ではどうか。このような数値ではない。はるかに高いのだ。そこで子供が呼吸をして歩いていて生活をする。水が流れて放射能汚染物質が溜まる場所がある。人にはこのことは見えないし肌で感じることもない。何十年ものあいだ放射線にさらされ続ける。毒性の高い放射性物質は何百年経っても大して値が変わらない。

 毎時2.95マイクロシーベルトという放射線量は日本の国土の環境にもともとあったのではない。福島第一原子力発電所の事故によって生じている。この事実をもってしても原子力発電所の事故が人の生活と健康に危害を加えている罪をしらねばならない。

 数十秒で死んでしまうという毎時650シーベルトの環境下で人が廃炉作業に従事する。ときにはそれ以上の放射線量であることもある。放射線を浴び続けると作業現場から退去しなければならない。作業を自走式のロボットで代わらせようとしている。自走ロボットの電子基板あるいは電気系統は放射線で破壊される。ロボットは放射線に弱い。すぐ壊れる。ロボットをつくる人の放射線への知識が低いことにもよる。機械仕掛けの機械のリンクによる装置のほうがよほど良いが摺動部には油があるからこれもどうか。廃炉は困難な作業になり、廃炉の工事は同時に放射線を環境にまたしてもまき散らす。そうした地域に学校生徒が戻って生活を始めている。戻る人の数は以前にいた人の3割にも満たない。汚染された国土としての福島第一原子力発電所周辺が人が暮らすためには危険地帯であることを住民は知っている。ことに小さな子供を育てる人には大変な危険地帯なのだ。放射線への感受性といわれる放射線被害は赤ちゃんほど甚大である。

【資料】
福島原子力発電所事故と放射性物質そして放射線測定
東京電力が福島第二原子力発電所の廃炉を決定
日本の原子力発電所の現状-その1-
放射線と健康被害 原発被害が及ぼす社会影響とどのように向き合うか
放射線の単位であるシーベルトとベクレルとグレイの関係
原子力発電と福島第一原発事故がもたらしている被害の現実
原子力発電と福島第一原発事故がもたらしている被害の現実-その2-

2019-07-23-nuclear-power-plant-accident-and-radiation-and-radiation-measurement-






最終更新日  2019年07月24日 14時29分51秒
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2019年07月23日
東京電力が福島第二原子力発電所の廃炉を決定

写真は廃炉が正式に決まった東京電力福島第二原子力発電所(海側からのようす)


写真は廃炉が正式に決まった東京電力福島第二原子力発電所(陸側からのようす)

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東京電力が福島第二原子力発電所の廃炉を決定

(本文)

 東京電力は2018年6月から東京電力福島第二原子力発電所を廃炉にすることで詰めを行ってきていたが決定していたが、2019年7月末の取締役会で正式に決定する。

 福島第二原子力発電所は地震と津波によって放射能事故を起こす寸前まで事態にあったがた偶然にもそれを免れることができた。地震と津波によって壊れた発電施設を復旧させて再発電することに地元住民と福島県の理解が得られないことなどもあって廃炉を決めた。

 福島第一原発からおよそ12㎞南に位置する福島第二原発は、震災以降4基すべて運転停止状態にあった。4基すべて廃炉にする。東京電力は原発事故を起こした福島第一原発につづいて福島第二原発を廃炉にする。震災前には10基あった福島県内の原発はすべて廃炉にする。福島第二原発をめぐっては地元の福島県の内堀知事らが再三、廃炉にするよう求めていた。

 東京電力は廃炉に伴って2800億円の費用を見積もっている。2,100億円はすでに積み立てている。不足は廃炉のための会計制度を利用する。東京電力は事故にともなう福島第一原発の廃炉作業に加えて福島第二原発の廃炉も進める作業計画を立てる。福島県の地元からは廃炉を決定しなければ避難地の人々が戻ることの妨げになり復興が先延ばしにもなるので廃炉の決定を急がされていた。

 東京電力は東日本大震災で建設を中断している青森県の東通原発の地質調査を始めることを発表している。被災者への賠償をつづける東京電力が青森県の東通原発の建設計画は予定通りに推進する。

 新潟県にある柏崎刈羽原発については再稼働をする方針である。東京電力柏崎刈羽原子力発電所がある新潟県では、再稼働に慎重だった知事が女性問題で辞職したあとで、新知事には原発を推進する与党の支援を受けた元副知事の花角英世氏が選ばれている。しかし花角氏は前知事の路線を継承し、原発の安全性の検証を続けることを明言している。安全を検証したうえで再稼働に動くときには民意を聞くためにい知事選挙を出直しの形で実施する意向を示している。

 日本の電力各社は原子力発電を電力供給の基礎電力にする考え方を変えていない。関西電力大飯4号機(福井県)、九州電力玄海4号機(佐賀県)がすでに再稼働している。玄海原発は石油ストーブでガソリンを燃やすのと同じだと危険を指摘されている濃縮ウランにプルトニュウムを混ぜ込んだモックス燃料を使い始めた。結局は高速増力炉の開発を投げ捨てたことによってプルトニウムの再処理ができなくなったための対応である。つまり「もんじゅ」、「ふげん」、東海再処理施設等の取り壊しが決まったことによる。

 福島第二原子力発電所は爆発事故をおこして放射線を大気中に放出した第一原子力発電所と同じ動作線にあった。非常用電源のためのモーターは水につかって動かない。外部電源が一つ残っていたのでここからポンプを交換した冷却水循環に電源を送ることができた。一カ月を要する工事を一日でなしとげて爆発を免れた。原子炉建屋は津波が運んだ瓦礫によって鉄扉が破れて浸水した。津波と地震への対応がダメなまま運転をつづけていたのだ。第一原子力発電所と同じになるところだった。偶然によってそこまでには至らなかった。

 テレビ会議で第一原子力発電所の吉田昌郎(よしだまさお)所長が叫んでいる「流量計もおかしい、水位計も信じられない」。当たり前だ津波に耐えるような仕様で求められたものではない。暴走する原子炉は東日本を人が住めない状態にする寸前までいっていた。

 廃炉が澄んでいない第一と第二の原子力発電所の施設は同じような地震と津波が襲うと放射線をまき散らす状態にある。地元住民は距離にして12㎞の二つの原子力発電所の廃炉を求める。事故を引き起こした状態から何も変わっていないからだ。

 福島第一原子力発電所の事故によって環境に放出された放射性物質は4.7kgである。大半の放射線物質は偏西風に流されて太平洋に飛散した。750gが日本の国土に落下した。原子炉の内部とその下にはもっと多くの放射性物質が残っていて同じ現象を引き起こす危険がある。750gの放射性物質のうちあるあるものは毒性が長いあいだ消えない。人がこれに汚染される。

放射性物質を赤い粒粒で描く柚木ミサトさんのイラスト。

 眼には見えない、ほかの感覚にも感じない、つまり人の五感でとらえることができない放射線は測ることによって見えるようにする。放射線と放射能に関係する単位などは別に取り上げてある。

放射性物質を赤い粒粒で描く柚木ミサトさんのイラスト。
放射線量の測定の原理がイラストに示されている。


 放射線の子供への影響を避けることを力説する元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏が見えない放射能を見せるために描いた柚木ミサトさんのイラストを講演のときに示す。750gの質量でしかない放射性物質が人にどのように降り注いで危害を加えるのかを柚木ミサトさんは見せる。地上近い子供と大人への放射線の注ぎ方、そして空中高い場所と地面との放射線量の違いを赤い粒粒の点で描く。柚木ミサトさんのイラストを掲載した。

(タイトル-1-)
福島第二原発の廃炉への国の姿勢






最終更新日  2019年07月23日 13時27分40秒
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