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測ること、計量のこと、その雑感とエッセー

2018年03月20日
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日本は「貿易立国」として成り立ってきましたが、実はそうではなくなってきていることをご存知でしょうか。日本の輸出依存度や経済状況から紐解いていきます。

 貿易立国とは、資源の乏しい国が外国から原油や鉱石などの鉱産物、また原材料などを輸入し国内で加工、製品を輸出して得た利益で国の経済を維持することです。日本は今までに「加工貿易」を得意としてきました。

 加工貿易とは、原材料や半製品を他国から輸入し、それを加工してできた製品や半製品を輸出する貿易の形態。

貿易立国と呼ばれる代表的な国は

 貿易立国と呼ばれる代表的な国はその国の輸出依存度を見ることで把握することができます。この依存度は国民ひとりあたりの国内総生産(GDP)または国民所得に対する輸出入額の比率のことを指します。

 一般的にGDPが小さい国であるほど、輸出依存度が大きいといわれています。2014年の財務省貿易統計「名目GDP-世界のネタ帳、輸出額」によると、輸出依存度上位5国は以下です。

オランダ……66%
台湾………58.8%
アイルランド…57.8%
スイス………45.7%
韓国…………43.9%

日本は貿易立国なの

 日本経済はどれくらい輸出に依存している経済状況なのでしょうか。同データによると日本の輸出依存度は15.2%。対して輸出依存度トップといわれるオランダは66.0%となり、その差は50%近くあります。「日本は貿易立国であり、内需の不足を輸出によっておぎなっている(=輸出依存型経済)」と呼ばれることがありますが、実際には内需依存型の経済です。

・輸出依存型経済……自国の市場だけですべての産業を自給自足的に成立させることが難しく、国外市場への輸出や国外供給地からの輸入に頼らざるを得ない経済状況のこと。一般的にはGDPが小さい国に多い経済パターン。

・内需依存型経済……輸出依存型経済と逆に、自国の市場の中で産業を自給自足できる経済状況のこと。日本では高度成長期時代に内需依存型経済の代表的な傾向が見られた。

日本は輸出依存型というよりも内需依存型に移行

 以前、日本は輸出依存型経済と呼ばれていましたが、あるきっかけで内需型経済へ転換したといわれています。

 それは1980年代の米国との貿易摩擦です。貿易摩擦とは、輸出と輸入のバランスが悪くなることで、経済的な問題が発生することです。

 輸出できる製品を多く持つ国は輸入する国から多くの金額を得ることができますが、輸出できる製品を少ししか持たない国はお金が出て行く一方となります。

 日本と米国の貿易摩擦はそれ以前から発生しており、当時の輸出状況では1960年代後半は繊維製品、1970年代では鉄鋼製品、1980年代では電化製品と自動車が米国から問題視をされていました。

 この貿易摩擦は1980年代にピークを迎え、米国からは「日本の内需拡大と市場開放」を強く訴えられました。そのために、牛肉やオレンジなどの輸入数量制限を撤廃したり、日本メーカーが米国に工場を設立し現地生産をする方法で、日米貿易摩擦が収束をしたのです。1980年以降の日本の輸出依存度の推移は以下です。(出典:世界のネタ帳、輸出額-財務省貿易統計)


上図は1980年以降の日本の輸出依存度の推移

 1980年代半ばから輸出依存度が低くなっていますが、1980年代前半も15%を下回っている状態でした。これは2014年よりも輸出依存度が低いということです。

 一見して日本は米国との貿易摩擦により、輸出依存型から内需依存型に以降したと思われがちですが、実際にはもともと輸出依存型ではなく、内需依存型の構造になっていたことを示します。

今後の日本の貿易状況の変化

 しばしば「貿易立国」と呼ばれる日本ですが、実際には世界的に見るところ輸出依存型ではなく、長期にわたり内需依存型の経済を維持してきました。

 しかし、1980年以降の日本人の消費性の傾向は年々変化しつつあり、国内市場のみを意識して産業を発展させていくことは難しいといえるでしょう。またこのような日本の内需依存型経済は、ある見方では鎖国や社会主義経済を意味することともいえるので、現在の国際情勢を意識したバランスの良い経済を見いだしていくことが必要といえるでしょう。

まとめ

 高度成長期以降、日本産の優れた製品は海外で高く評価されてきました。しかし1980年代の貿易摩擦以降、特に近年では電化製品など外国製の優れた製品が日本でも人気を集めていることからみても、日本の内需依存型経済が転機を迎えるときはそう遠くはないでしょう。

(上の文書出典は以下です。セカイコネクト。社名COUXU株式会社(コーク株式会社)。所在地東京都千代田区神田東松下町31-1 神田三義ビル4F。連絡先TEL:03-5298-5190。FAX:03-5298-5191。)

「日本は貿易立国ではない]輸出依存度は15.2%






最終更新日  2018年03月20日 02時20分32秒
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2017年05月25日






最終更新日  2017年05月25日 00時00分17秒
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2016年12月15日

物理学者で日本人初の国際度量衡委員の田中舘愛橘-その1-(執筆 横田俊英)

(副題)田中舘愛橘が育った江戸から明治にかけての日本の状況

(副副題)
日本物理学の草創期にその後日本の物理学を背負う多くの偉人を育てた日本物理学の祖である田中舘愛橘(たなかだて あいきつ)をさぐる。

(タイトル)
物理学者で日本人初の国際度量衡委員の田中舘愛橘-その1-(執筆 横田俊英)
【田中舘愛橘の写真とその説明】


写真は平成14年文化人郵便切手に描かれた田中舘愛橘の肖像。

切手には「田中舘愛橘の肖像とタイプライター・地球」が描かれている。
日本の物理学の祖である田中舘愛橘は東大教授として多くの物理学者を育てた。
地球の絵があるのは国際度量衡委員をはじめとして多くの国際委員を勤めていて世界中を駆け回ったことを意味してのことである。
タイプライターは日本にローマ字を普及した功績を表現する。
発行は平成14年11月5日(火)では発行枚数は900万枚。80円切手である。

平成14年文化人郵便切手では田中舘愛橘の肖像とタイプライター・地球、正岡子規の肖像と俳句、鳥居清長画「大川端夕涼み図」の三つが発行された。
田中舘愛橘は正岡子規より12年前に東京大学に入学している。

田中舘愛橘(たなかだて あいきつ)は、安政3年9月18日(1856年10月16日)の生れで、没年は1952年(昭和27年)5月21日)。南部藩の藩校で学んだ後に、一家が東京へ移住。慶應義塾、官立東京開成学校予科を経て、1878年(明治11年)に前年に発足したばかりの東京大学理学部(のち帝国大学理科大学)に入学。卒業と同時に準助教授、翌年に教授、のち英国グラスゴー大学に留学してケルビン教授に師事したのち、帰国後に教授。教授就任の翌月に理学博士。日本の物理学草創期に人を育てた功績は大きい。

正岡子規は1867年10月14日(慶応3年9月17日)生れ。没年は1902年(明治35年)9月19日)1890年(明治23年)。帝国大学哲学科に進学したものの、後に文学に興味を持ち、翌年には国文科に転科した。

物理学者で日本人初の国際度量衡委員の田中舘愛橘-その1-(執筆 横田俊英)
(副題)田中舘愛橘が育った江戸から明治にかけての日本の状況
(副副題)日本物理学の草創期にその後日本の物理学を背負う多くの偉人を育てた日本物理学の祖である田中舘愛橘(たなかだて あいきつ)をさぐる。

はじめに

 本稿は明治政府のもとで日本の物理学教育の草分けとして大きな働きをする田中舘愛橘を中心にして、この人の周囲に登場する人物にももう一つの焦点をあてて明治の人々がどのような生き方をしたのか探るために企図された。

 田中舘愛橘は日本で最初に国際度量衡委員に選出された人である。国際度量衡委員としての活動や日本におけるメートル法普及の活動がどのようであったか良くはつかめていない。その方面の事績や逸話を拾い上げることができていない段階での一文である。

第1話。
明治前夜


 明治という世の中を考えるにその前夜の日本の状況を捉えておくことにする。

 10代将軍徳川家治の時世の始まりの年である宝暦10年(1760年5月13日) はイギリスで産業革命が起きた年である。つづく11代将軍徳川家斉の時世の天明7年 (1787年4月15日) から天保8年(1837年 4月2日)、12代将軍徳川家慶の時世の天保8年(1837年4月2日) から嘉永6年(1853年6月22日) には産業革命進展のまっただなかであった。将軍職在位1年の15代将軍徳川慶喜の時世は慶応2年12月5日(1867年1月10日)から慶応3年12月9日(1868年1月3日)である。15代将軍徳川慶喜は徳川時代と明治時代をつなぐことになるが、慶喜の思いと結果の間にはどのようなことがあっただろう。

 幕末とはいつの時期であるか。嘉永6年(1853年)にペリー艦隊来航とそれに連動する幕府大老井伊直弼を安政7年3月3日(1860年3月24日)水戸浪士らが襲撃した桜田門外の変を区切りとされる。

 1760年ころに始まったイギリスの産業革命は1830年代にかけて勢いを増す。産業革命をつうじてイギリスは資本蓄積をする。また植民地支配などを通じて市場を拡大する。1840年に清を相手にアヘン戦争をおこし2年の戦いののち勝利する。つづいて第二次アヘン戦争を1856年から1860年にかけてフランスと連合して戦って勝利し、清に不平等条約を結ばせる。イギリスは九竜半島の南部九竜司地方(香港島に接する部分)を割譲させる。

 ロシアが和平を仲介する。ロシアはの仲介をした見返りとして外満洲をロシア領とする。オホーツク海沿岸全域に及ぶ沿海地方をロシア領であるとするのが帝政ロシア時代からの主張である。

 イギリスで起こった産業革命はベルギー、フランス、アメリカ、ドイツ、ロシアへと波及する。産業革命が近代とそれ以前を区切るようになった。

 阿片を清国に売り込むことを認めさせたイギリスは日本への進出を図る。フランスも同じでありロシアは南下政策によって日本に通商を求る。

第2話。
帝政ロシアの遣日通商使節の2度の来航。

 帝政ロシアは、ラクスマンを第1回遣日通商使節として寛政4年(1792)に派遣する。ラクスマンは通商を促す国書を持参して根室に入港しようとする。幕府は長崎以外に異国船の入港は認められないとして長崎入港の許可書(信牌)を与えただけで、ロシアの国書を受け取らなかった。

 寛政4年(1792)のラクスマンを第1回遣日通商使節派遣から12年後の文化元年(1804)の9月に、第2回遣日使節としてレザーノフが長崎に来航する。ラクスマンに交付した信牌の写しとロシア皇帝アレクサンドル1世の親書をたずさえたレザーノフは翌年3月まで滞在したが、幕府は親書を受けとらずに退去を求める。

 ロシアの第2回遣日使節のレザーノフが、長崎に来航したころにはイギリスは産業革命はそのまっただなかにあった。

第3話
ペリー艦隊来航から15年、桜田門外の変から8年で明治政府が成立する。

 1860年はイギリスがフランスと連合して第二次アヘン戦争を起こして清に不平等条約を押し付けた年である。ペリー艦隊の来航が嘉永6年(1853年)であり、安政の大獄を主導した幕府大老井伊直弼が桜田門外の変で暗殺されたのが安政7年3月3日(1860年3月24日)である。風雲急を告げる二つの象徴的なできごとであった。

 徳川幕府最後の15代将軍徳川慶喜が退位したのは慶応3年12月9日(1868年1月3日)である。ペリー艦隊来航から15年、桜田門外の変から8年で明治政府が成立する。

 アヘン戦争で清がイギリスとフランスに敗れたことを深刻に考える男がいた。9歳にして明倫館の兵学師範となり、11歳のときに藩主の毛利慶親への御前講義をした偉才の吉田松陰である。

 吉田松陰は15歳で山田亦介によって長沼流兵学を伝授される。これによって松陰は山鹿流、長沼流の江戸時代の兵学の双璧をおさめた。アヘン戦争で清を圧倒したイギリス軍の兵器とそれを使っての戦闘方法の威力に震かんした松陰である。山鹿流兵学では西洋列強の軍事力には太刀打ちできない。西洋兵学を学ぶために嘉永3年(1850年)に九州に行く。また江戸にでて佐久間象山と安積艮斎に師事する。嘉永4年(1851年)には、交流を深めていた肥後藩の宮部鼎蔵とともに山鹿素水にも学ぶ。松陰は佐久間象山を師と仰ぎ行動もともにする。

 松陰は宮部鼎蔵は嘉永3年(1850年)び北方視察ということで東北を旅行する。文政4年4月23日(1821年5月24日)にあった南部藩士の下斗米秀之進(しもとまいひでのしん)による南部騒動 (檜山騒動)の襲撃計画現場に足を運ぶ。下斗米秀之進の津軽藩不義をいさめ、北方警備の要を求める行動弘前藩主津軽寧親を襲撃計画がとなった。密告があったために未遂となる。俗にいわれる相馬大作事件である。

第4話
「わが国の百年の憂いをなすものは露国なり」

 帝政ロシアは、寛政4年(1792)のラクスマンを第1回遣日通商使節を送り、12年後のレザーノフによる第2回遣日使節の文化元年(1804)を派遣している。

 ロシアの南下政策が明瞭であることから下斗米秀之進は「わが国の百年の憂いをなすものは露国(なり。有事のときは志願して北海の警備にあたり、身命を国家にささげなければならない」と説くようになる。このことを実行す津ために1818年(文政元年)から郷里の南部藩福岡に開いていた私塾の兵聖閣(へいせいかく)を開く。兵聖閣には200人を超える門弟が集まった。ここに起居する者も多かった。兵聖閣は吉田松陰の松下村塾よりさきに開かれた地方における学問と武芸の私塾としての道場である。

 吉田松陰の松下村塾は1842年(天保13年)に松陰の叔父、玉木文之進が八畳一間の私塾を開いたものであり、少年だった松陰も入門した。松下村塾は町民、農民はもちろん、武士に仕えながら卒、軽輩と呼ばれた足軽や中間なども入門できた。藩校の明倫館は士分のためにつくられていた。

第5話
下斗米秀之進の兵聖閣と吉田松陰の松下村塾。

 下斗米秀之進は兵聖閣で、樺太の中ほどに防備帯を敷いてそこに屯田兵の形で駐屯して北方警備に当たるという構想で兵を鍛えた。吉田松陰の松下村塾も新しい時代の軍事行動は国民皆兵のもとでなされると考えた。下斗米秀之進の兵聖閣の開設は松下村塾より24年前のことである。下斗米秀之進と吉田松陰とは32歳差と世代が離れている。下斗米秀之進が享年34にして刑死したこともあって松陰と秀之進に面識はないが共通するところを多い。

 事件現場を訪ねたその詳細を現地の人に聞いた。そして長歌を詠じて秀之進を弔った。吉川弘文館『国史大辞典』に記載の吉田松陰の下斗米秀之進に対する評は、「武術を学ぶ一方で世界情勢にも精通した人物。単なる忠義立てではなく、真意は国防が急であることから、両家の和親について自覚を促すことにあった」とある。

第6話。
ロシアの南下政策と日本への通商使節の来訪。

 徳川幕府は、鎖国政策によってオランダ以外の西洋諸国に対して国を閉ざしていた。徳川幕府に開国と通商を最初に求めたのは、南下政策によって貿易の拡大と領土拡張を目論むロシアであった。

 帝政ロシア皇帝の国書を持ってラクスマンが寛政4年(1792)に通商を求めて根室に来航する。ロシアの第1回遣日使節である。幕府は長崎以外に異国船の入港は認められない決まりを伝える。そして長崎入港の許可書をだしただけで、ロシアの通商を求める国書はを受け取らなかった。

 ロシアの第1回遣日使節の来訪から12年後の文化元年(1804)の9月、ラクスマンに交付した許可書の写しとロシア皇帝アレクサンドル1世の親書を持ってレザーノフが、長崎に来航する。ロシアの第2回遣日使節である。レザーノフは翌年3月まで滞在して交渉を求めたが、幕府は親書を受けとらずレザーノフのロシア船に退去を命じた。

 以上のロシア船来航のことは幕府の外交資料集である『通航一覧』や『視聴草』に「異国船来航」の詳細な記事と図が収録されている。

 レザーノフの一行を乗せたクルーゼンシュテルン提督が率いるロシア船は、聖ペテルスブルグの外港から、大西洋を横断し、マゼラン海峡、ハワイ、カムチャッカを経て長崎に来航した。

 ロシアにいた漂流民津太夫(つだゆう)ほかが、レザーノフのその船に乗って日本に帰った。津太夫は、寛政5年(1793)11月に石巻港(宮城県石巻市)をでたあとで漂流する。翌年アリューシャン列島のある島に漂着する。津太夫らはロシアに8年滞留する。レザーノフの使節船に日本に出発するのに便乗して日本に帰った。日本へ帰ることができると知ってもロシア残留を希望する者が6名いた。この6名をのぞいた津太夫ら4名が長崎に来航した。『環海異聞』が以上のことやロシアの社会や風俗などを絵入りで記している。

 漂流者の見聞録『環海異聞』(文化4年(1807)成立、全16冊)をまとまたのは蘭学者の大槻茂質(おおつきしげかた、通称は玄沢(げんたく))である。

 レザーノフが乗船したのは世界周航をめざすクルーゼンシュテルン提督の艦隊であった。クルーゼンシュテルン提督の世界周航船は、聖ペテルスブルグの外港を出帆、大西洋を横断し、マゼラン海峡、ハワイ、カムチャッカを経て長崎に至る。津太夫らは世界を船で一周したことになり、『環海異聞』の書名もこれに由来する。『環海異聞』には長崎における日露間のやりとりをも記している。

第7話。
ロシア艦隊にも米艦隊にも乗船を企図した吉田松陰の海外事情への強い関心。

 イギリスの産業革命は1830年代にかけて勢いを増していて資本蓄積が進む。産業革命は武器の製造でも分野にも大きな進展をもたらす。武器が発達し大量戦争の仕方は変わる。イギリスが清を相手にアヘン戦争をおこしたのは1840年であり2年の戦いがあって圧勝する。イギリスは新しい武器とその量を用いた。これが第一次アヘン戦争である。

 第二次アヘン戦争を1856年から1860年にかけてイギリスとフランスが連合して戦いこれも圧勝する。

 吉田松陰が生まれたのは文政13年(1830年)8月4日である。吉田松陰は第一次アヘン戦争のときに10歳、第二次アヘン戦争のときに26歳。松陰の没年は安政6年10月27日(1859年11月21日)、満29歳である。安政の大獄に連座し江戸に檻送されて伝馬町牢屋敷に投獄のおりに、松陰は老中暗殺の間部要撃策を自ら進んで話したことによって伝馬町牢屋敷にて斬首刑にされた。

 イギリスと清による第一次アヘン戦争の様子は松陰に伝わっていた。9歳にして明倫館の兵学師範となり、11歳のとき藩主の毛利慶親への御前講義をした吉田松陰である。松陰は15歳で山田亦介より長沼流兵学の講義を受け、山鹿流、長沼流の江戸時代の兵学の双璧を学び取っている。江戸時代の兵学に通じていた松陰には伝え聞くイギリスの兵器と戦争の仕方と日本のそれとを突き合わせた。

 兵器が違えば戦い方が違ってくる。このことが松陰をつき動かす。

 皇帝ニコライ一世の命令でディアナ号に乗って来航したプチャーチン提督は1854年12月21日に日本との間で下田の長楽寺で日露和親条約の締結を実現する。ペリー艦隊が1854年に下田を去って4カ月後のことであった。

 ロシアのプチャーチン提督1853年8月22日(嘉永6年7月18日)、ペリーに遅れること1ヵ月半後に、旗艦パルラダ号など4隻の艦隊を率いて長崎に来航していた。長崎奉行の大沢安宅に国書を渡し、江戸から幕府の全権が到着するのを待ったが、クリミア戦争に参戦したイギリス軍が極東のロシア軍を攻撃するため艦隊を差し向けたという知らせを受けて、11月23日の長崎を離れ、一旦上海に向かった。

 吉田松陰の海外の事情への関心が特別に強いのは日本の守りや自身の兵学をつくりあげるためでもあった。そのために外国の事情を視察することが大事であると考えた。

 次のことがそれを物語る。

 嘉永6年(1853年)、ペリーが浦賀に来航すると師である佐久間象山と黒船を見に行く。蒸気船の威力とその大きさに感じたことであろう。宮部鼎蔵に書簡を送ってった書簡には「聞くところによれば、彼らは、来年、国書への回答を受け取りにくるということです。その時にこそ、我が日本刀の切れ味をみせたいものであります」と記されている。これは攘夷思想の発露である。

 佐久間象山との話し合いのなかで松陰自身が外国に渡って西洋文明の姿を見聞することを決意する。

 ペリーに遅れること1ヵ月半後の1853年8月22日(嘉永6年7月18日)に、ロシアのプチャーチン提督は旗艦パルラダ号など4隻の艦隊を率いて長崎に来航し日露和親条約の締結を求めている。プチャーチン提督の艦隊はヨーロッパで勃発したクリミア戦争にイギリスが参戦したために予定を繰り上げて長崎港を出航する。

 吉田松陰はプチャーチン艦隊に同乗して欧州に渡る決意で足軽の塾生の金子重之輔と準備をしていたが、予定を繰り上げて長崎港を出航したためにこれができなかった。

 プチャーチン艦隊に同乗して欧州に渡ることができなかった松陰は、嘉永7年(1854年)にペリーが日米和親条約締結のために再来航したときに、同じことを実行する。金子重之輔と二人で、小舟で旗艦ポーハタン号に漕ぎ寄せて乗船する。幕府からは渡航の許諾は得られず伝馬町牢屋敷に投獄される。幕府では佐久間象山と吉田松陰を死罪にする動きがあったが老中の松平忠固と老中首座の阿部正弘の配慮により松陰は国許蟄居となった。

第8話
軍艦や大砲を備え軍備を固め、蝦夷の地に諸大名を封じ、カムチャッカを奪い取る。

 松陰は密航の動機とその思想的背景を『幽囚録』に記している。

 『幽囚録』では、勢いが盛んであった皇朝の歴史に触れ、蒙古襲来など「古来三度の変動」を説き、「外国人の前に膝を屈し、首をたれて、そのなすがままに任せている」現状を歎き国勢の衰えを示す。「下田米艦密航については、机上の空論に走り、口先だけで論議する者たちと組することはできず、黙って坐視していることはできないので、やむにやまれぬことだった」とする。「日本書紀」の敏達天皇の件(くだり)を提示しながら外患の問題打開の方策を述べる。松陰は兵学校の設置、艦船の建造、参勤交代の艦船利用、蝦夷地の開拓などを説く。明治維新の「富国強兵」の考えがここに示されている。

 吉田松陰の考えは次ぎによって簡潔に示される。中公クラッシック「吉田松陰」からの抜粋である。

 「いま急いで軍備を固め、軍艦や大砲をほぼ備えたならば、蝦夷の地を開墾して諸大名を封じ、隙に乗じてはカムチャッカ、オホーツクを奪い取り、琉球をも諭して内地の諸侯同様に参勤させ、会同させなければならない。また、朝鮮をうながして昔同様貢納させ、北は満州の地を割き取り、南は台湾・ルソンの諸島をわが手に収め、漸次進取の勢いを示すべきである。しかる後に、民を愛し士を養い、辺境の守りを十分固めれば、よく国を保持するといいうるのである。そうでなくて、諸外国競合の中に坐し、なんらなすところなければ、やがていくばくもなく国は衰亡していくだろう」

第9話。
日米修好通商条約調印と安政五カ国条約。

 ペリーの浦賀来航は米国の産業革命の進行にともなって機械の潤滑油としてマッコウクジラの脂をとることが一つの目的であり、伊豆沖と北洋における操業のための水や食糧を 調達するためであった。ペリー艦隊の大きな蒸気船が走る姿をみただけでも日米の国力の差は明瞭であり。欧米に大きく立ち後れの原因が徳川幕府による幕藩体制にあるとう考える者は多くなる。

 安政5年6月19日(1858年7月29日)に日本とアメリカ合衆国の間で結ばれたのがての日米修好通商条約である。江戸幕府が日本を代表する政府として調印した条約であり、条約批准書原本には「源家茂」として当時の14代将軍徳川家茂の署名がなされている。アメリカ全権タウンゼント・ハリスの名を冠してハリス条約(Harris Treaty)ともいう。日米修好通商条約の内容は日本に不利な不平等なものであった。この解消は日清戦争に後の1899年(明治32年)7月17日まで待つことになる。

 日米修好通商条約調印のおりの幕府大老は彦根藩の藩主井伊直弼である。

 幕府は安政5年6月19日(1858年)に日米修好通商条約調印したのにつづいて、7月10日に日蘭修好通商条約、7月11日に日露修好通商条約、7月18日に日英修好通商条約、9月3日に日仏修好通商条約に調印する。安政5年(1858年)の安政五カ国条約と呼ばれる。1860年ポルトガル、1861年にとも同様の条約を結んだ。そしてこれらの国に文久遣欧使節が派遣された。

 スイスとは1864年に、ベルギーとは1866年に、イタリアとは1866年に、デンマークちは1866年に条約が結ばれる。明治になってからは1868年にスペインと、1868年にスウェーデンおよびノルウェーと、1869年にオーストリア・ハンガリーと条約を結ぶ。

第10話
安政の大獄と吉田松陰の刑死。

 安政の大獄(あんせいのたいごく)は、安政5年(1858年)から安政6年(1859年)にかけて幕府への批判勢力へ行なった大弾圧である。

 日米修好通商条約調印に際して勅許を得なかったと非難する勢力への弾圧である。また将軍世継ぎをめぐっての対立があり、大老井伊直弼や老中間部詮勝らは徳川家茂を将軍にすることに反対した一橋派の大名や公卿への政治弾圧であった。

 政治弾圧は大老の井伊直弼によって命令された。徳川慶勝、松平慶永、徳川斉昭そして一橋慶喜に対しては隠居謹慎命令、徳川慶篤には登城停止と謹慎命令であった。

 尊皇攘夷思想をうちかためた吉田松陰は無勅許で日米修好通商条約を締結した幕府に条約破棄と攘夷の実行を迫る決意を固める。老中首座間部詮勝が孝明天皇への弁明のために上洛するのをとらえて条約破棄と攘夷の実行を迫り、容れられなければ討ち取るという策である。武器弾薬の借用を長州藩に願い出るも拒絶される。松下村塾で教えたの久坂玄瑞、高杉晋作、桂小五郎らは自重をうながした。

 松陰は幕府が日本最大の障害になっていると倒幕を唱えるようになっていた。長州藩からは危険視され、てふたたび野山獄に幽囚される。松陰は伝馬町老屋敷に移された。そこで襲撃計画を自ら進んで話したために死罪になり処刑される。

第11話
兵学を修め、学問にも通じ、剣でも長じていた下斗米秀之進と吉田松陰。

 下斗米秀之進は、寛政10年(1798年)の生れである。文政4 (1821) 年に義を通すことと北方警備の要を求めることが高じて弘前藩主津軽寧親を襲撃する計画が未遂におわる南部騒動 (檜山騒動)により文政5年(1822年)8月29日、死罪により処刑される。享年34。下斗米秀之進は下斗米秀之進将真(まさざね)ともいう。世に聞こえる別名は相馬大作。

 吉田松陰は文政13年(1830年)8月4日の生まれ。その行動と生涯はさきに触れた。東北方面の視察をしたおりに松陰は檜山騒動の事件現場を訪ねて下斗米秀之進の行動は「武術を学ぶ一方で世界情勢にも精通した人物。単なる忠義立てではなく、真意は国防が急であることから、両家の和親について自覚を促すことにあった」と結論づけている。

 幕府の使者である老中首座の間部詮勝が孝明天皇に弁明のため上洛するのをとらえて条約破棄と攘夷の実行を迫り、それが容れられなければ討ち取るという襲撃を計画するが実現しなかった。この咎(ちが)によって安政6年(1859年)10月27日、伝馬町牢屋敷にて斬首刑にされる。享年30(満29歳没)。

 兵学を修め、学問にも通じ、剣でも長じていた下斗米秀之進と吉田松陰は産業革命によって国力を急激に高めている欧米と日本の差を憂えていた。義と国防を訴えるあまりの要人への果たし状を懐にして襲撃することも同じであった。あまりに似ている二人である。

 二人の歳の差は32。下斗米秀之進が刑死は享年34。吉田松陰は安政6年(1859年)10月27日、伝馬町牢屋敷にて斬首刑にされる。享年30(満29歳没)。

第12話
兵国際度量衡委員田中舘愛橘と農商務省権度課長高野瀬宗則。

 下斗米秀之進と吉田松陰の二人の縁に通じるのが明治時代において日本と世界で度量衡とメートル法の普及のために国際度量衡委員として活躍する南部藩士族の田中舘愛橘であり、彦根藩士族でり日本の度量衡制度をつくりあげる農商務省権度課長の高野瀬宗則である。

 田中舘愛橘の祖母は下斗米秀之進の姉であり、祖父はまた下斗米秀之進の私塾である兵聖閣の共同運営者であった。農商務省権度課長の高野瀬宗則の父は大老井伊直弼が桜田門に倒れたおりに国許へ急報の使者となった。

 田中舘愛橘より高野瀬宗則は少しだけ年長であるが同じころに東京大学理学部を卒業していて、ともに母校で教鞭をとっていた。高野瀬宗則は日本の度量衡制度をつくるために農商務省に喚ばれた。田中舘愛橘はイギリスに赴いてラスゴー大学教授のケルビンに師事して帰国して東大理学部教授に就任する。このころの東大理学部の卒業者は10人ほどの人数であった。東大全体としても100人ほどであった。

 田中舘愛橘は日本を代表して理学関係の国際会議に出席することが多く、そのうちに日本人最初の国際度量衡委員に選出されて、その後も長く国際会議の場で活躍する。

(つづく)

(書き殴って読み返しておりません。調べの十分でない事柄や誤字、表現の不適切さなどについてはご容赦ください。横田俊英)

【上の本文とは関係ない余録です】

 『すばる』2月号(08年)の古井由吉氏の講演文書を面白く読んだ。

 古井氏は71年に芥川賞と受けている。大学教員が文学賞を受賞するというのは何だか詐欺のように思えるのだが、その後の作家家業は決して平穏ではないと察しはにつく。古井氏は午前10時に起きて馬事公苑を散歩して、午後5時まで嫌だ嫌だと思いながら書き仕事をして、その後散歩にでて晩酌をして本を読んで午前1時か2時に寝る。大学のドイツ語の教員をしていれば大きな業績を残そうとしなければもっと楽に過ごすことができたことだろうから。

 「夜に書いたものは、書いている時はたいそう高揚して感じられるけれど、昼になって読み返すとロクなことはない。そういうことに何度かこりているわけです。だから夜はたいてい読んで過ごす。これこそ悠々自適の閑暇の時です」と述べている。

 私たちのアイディアも少し間をおいて考え直してみないと地に足が付いたものかどうか判別しがたい。

 話しが飛ぶと「作家にとって体調を保つことはスポーツ選手にとってと同じくらい大事なこと」だという。そして「同じ文学でも詩と小説とは違って、詩人がやっていることは細き手の技だけれど、小説はいわば土方仕事」だともいう。

 小説は「なにしろ手続きが多い。たちまち読んで過ごしてしわまれるようなことでも、その経緯などを踏んでおかなくてはならない。物を積んだり、地面を掘ったりするのと、同じこと、つまり肉体の力が要るのです」ということだそうだ。

 馬事公苑を散歩する古井古井由吉氏と同じその場所を犬を連れて毎日散歩する知人がいるということも興味深いことではあるものの、私の知人は氏のことは知らないことであろう。

第64回 [昭和45年下半期(1971年1月18日 受賞発表)]
古井由吉 [受賞時:33歳]作品は『杳子(ようこ)』

(執筆 横田俊英)

(書き殴って読み返しておりません。誤字、表現の不適切さなどについてはご容赦を)






最終更新日  2016年12月16日 20時05分55秒
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2016年04月27日
写真は松本市内から東の空に見える美ケ原高原。(写真と記事は直接に関係しません)
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日本計量新報に掲載のニュースの意味を持つ論説(2題)

速球投手なら江川卓、山口高志、村田兆治の誰が好きですか。大谷翔平の球は速いですが、どうでしょう。

(タイトル)
プロ野球テレビ中継における投球速度の表示の意味を問う
(本文)

 プロ野球の贔屓(ひいき)チームのテレビ中継を見るのが手軽な一番の楽しみであるという人は多い。阪神タイガース、中日ドラゴンズを応援するスポーツ新聞は敗戦の翌朝の紙面に負けたとは書かずに、誰がホームランを打った、誰がよく投げたということをトップに掲げた紙面をつくる。この地へ出かけてスポーツ紙を見るとドキッとする。雨のために贔屓チームの試合が中止になっても日本ハムファイターズの大谷翔平が試合にでているとこれを喜んで見る人は多い。投手で出て、中二日で野手として出場する。大谷翔平の一挙手一動作はプロ野球ファンを魅了する。

 大谷翔平は2014年7月19日、甲子園でおこなわれた「マツダオールスターゲーム」の第2戦で日本最速の162km/hの球速を出した。公式戦では2014年6月に記録した160km/hが自身の最速記録だ。日本プロ野球の公式戦最速記録は、読売ジャイアンツ時代のマーク・クルーンで2008年6月1日の福岡ソフトバンクホークス戦で松田宣浩に対して投じた162km/hである。次が東京ヤクルトスワローズの由規で2010年8月26日、神宮球場での横浜ベイスターズのスレッジへの投球で161km/hを出した。160km/hは東京ヤクルトスワローズの林昌勇(イム・チャンヨン)の2009年5月15日、神宮球場での阪神タイガースの新井貴浩選手に対して、読売ジャイアンツ時代のスコット・マシソンの2008年7月5日、横浜DeNAベイスターズの石川雄洋にそれぞれ投球している。

 プロ野球の球速の測定は、各地の警察関係が使っている自動車の速度取締器と同じドップラー効果の原理による。物体が運動している時はドップラー効果によって物体からの反射波の周波数が変化するので、発射波の周波数と比較して物体の運動の速さを算出する。球が手から離れた瞬間(初速)を球速の測定としているのがいまのやり方である。
 球速があること、狙った所に放ること、よい変化球であることなどが野球で役に立つ投球である。直球であっても初速が早いのに打者の手元では遅くなっていることがある。スピードガンによる球速の表示は初速の瞬間速度である場合が多い。球速には、投手の手から離れてホームベースへの到達直前の速度(終速)もある。読売巨人軍にいた江川卓の東京は後楽園球場での試合で、初速が147km/hで終速が142km/hであった。このころの江川は別の球場では149km/hを頻繁に出している。ある時は直球が149km/hでカーブのときには121km/h、そして145km/hでカーブのときには114km/hであった。これで驚くほどの三振を奪った。

 江川卓が投げる直球は浮き上がる球筋であった。浮き上がる球を放る投手の代表が阪急ブレーブスにいた身長169cmの山口高志であり、対戦した広島カープの山本浩二は「球の初速と終速の差があまりない投手」だと述べている。ビデオを元にしての山口高志の球速は距離と時間から割り出した結果、154km/hであった。初速は160km/hは超えていたことであろう。まさかり投法のロッテオリオンズの村田兆治が読売巨人軍のクロマティーに投じた球速は148km/hである。まさかり投法は球に縦の回転を与える投げ方である。縦の回転数が多い球は浮き上がる。山口高志の投球もこれと同じで球は縦方向に回転し、ときのロッテオリオンズの金田正一監督は山口高志の球は村田兆治よりもずっと速いと言い切っている。

 浮き上がる球の代表投手の阪神タイガース時代の藤川球児の球は5度の角度で秒速45回転で走った。クルーンの角度は10度で回転数は43回転。西武ライオンズ時代の松坂大輔の球は10度の角度で秒速41回転である。並み居る優秀投手の角度は30度で37回転である。普通の投手が秒速37回転の球を放ったときに対して、浮き上がる球は打者の手元を通過するときに、松坂の球は15cm、クルーンは17cm、藤川は30cm上になる。これを物理学の理論として説明したのが理化学研究所の工学博士姫野龍一郎氏である。藤川にホップスピンボールの投げ方を教えたのが阪神のコーチ時代の山口高志である。江川卓の直球は高校時代から驚異のホップボールであった。

 プロ野球のテレビ観戦は日本人の一番の娯楽である。初速のみが投球の凄さではなく、終速や変化球との速さの差、変化球の質と種類、コントロール、コンビネーション、そして打者の得意球などに対応した投球があって、投手の成績が決まる。
(日本計量新報 2015年5月3日 (3055号)初載)


(タイトル)
迂闊な計量法の変更がもたらした計量行政の実施の萎縮
(本文)

 大阪府と大阪市の計量行政組織はそのままに継続する。大阪の都構想は大阪市民の住民投票の結果、否認されたからである。提案した元大阪府知事で現大阪市長が登場したときにその物言いに選挙民は支持を与えると予測され、大阪都構想が否決されるまではこの人に勢いがあり、国会でもこの人を代表とする政治団体が勢力を大きく伸ばした時期があった。民主党の大失敗からこの政党を支持した人々はこの先、行き場を探さなくてはならない。二人代表制の二人とも大阪都構想が崩れた途端に辞任し、民主党から鞍替えした人が代表になった。

 自衛隊の軍事行動を拡大することを審議する国会の代表質問があって安倍晋三内閣総理大臣は、先の戦争は正しかったかどうかと問われて、はぐらかすばかりで答えなかった。勝てば官軍であり連合国の言い分がそのまま通るのが戦争終結の覚え書きではあっても、日本軍が中国、台湾、朝鮮ほか南方の国々を占拠してここに行政権を敷いていたことは事実である。連合軍の名の下に日本の都市を焼き尽くし、東京では木造住宅が密集する下町のぐるりと巻くように焼夷弾を投下して非戦闘員である一般の人々、婦女子、騒人を焼き殺したことは正義ではない。原爆の投下による殺傷のどこにも正義はない。この原爆投下がその後の対ソビエトのための牽制の意味を含んでいた。その米国は都市爆撃と原爆投下の不正義を認めさせなければならないが、安倍首相が日本軍のアジアへの進行を正義であると言ってはならない。間違っていたのだ。

 中国と韓国の首脳の日本への悪意の行動をどのように理解し、対応したらよいのだろう。ともに政府への不満を日本非難によってかわす意図は十分であり、中国にあっては覇権主義がこれに重なる。韓国の経済は中国への依存が大きい。とはいえ現在の韓国政府の行動は子供じみている。従軍慰安婦の問題で大阪市長は失言をし、風船が萎むようにその勢いを減じた。関係する政党も現在は国会議員数が残っていても、衆参両院の選挙があれば数は現在の半分になる。

 朝日新聞の従軍慰安婦問題のねつ造記事は日本の国益を大きく損ない、新聞への信頼を揺るがした。このねつ造と誤報を利用して日本攻撃したのが韓国であり、その片棒を担ぐのが中国である。先の戦争における日本の侵略行動は明白であり、そこにいくつかの理屈をつけ、理由があったとしても他国の主権を侵す侵略行動であり、間違った行動と戦争であった。中国と韓国には戦争の責任を認め、謝りもし償いをしてきた。だからこのことの蒸し返しには応じることなく、毅然とした態度でそのことを述べ、これからどのような協力体制を築いていくのかを協議しようと言えばよい。

 ねっちり型は政治家に向かない。大阪市長も安倍晋三総理大臣もその心理状況を表現すると軽い躁の状態にある。安倍首相が野次に対して強い言葉でこれを制し、批判には声高に反撃する。それは良いとしても聞かれたことに答えないのは困る。この二人のテンションの高さ、そして言葉の使い方は明らかに軽い躁の状態である。安倍首相は自衛隊の軍事行動の仕方を大きく変え、米軍がしていたことと同じことができるようにするのだろう。米軍はもはや世界の憲兵の役割を担うだけのお金がないと述べているから、日本の自衛隊の行動様式がこれを補うために変更されると思うのが普通である。

 気分がいつでも高まっている軽い躁の状態では自分が考えていることは正しい、そしてその思いは実現されるはずだと思う。これが安倍晋三首相と大阪市長の状態であった。現政権は小選挙区制の特性によって、2割に満たない人の投票によって実質3分の2を超える国会議員を当選させた。安倍首相は数の力に慢心して行動する。第1次安倍政権を投げ出したときの安倍首相の今にも消えてなくなりそうなその様子は、軽い鬱(うつ)の状態を超えていた。腸疾患があったためだ。鬱になると何もしたくなくなる。そして意思を貫くことも、計画を実行することもできなくなる。今の安倍首相の自衛隊の軍事行動への思いは、元気活発な軽い躁状態が繰り出すことことがその特質といってよく、何でもできるということが妄想されているのだろう。

 初めに述べたように大阪府と大阪市の計量行政の体制の変更は基本的にはなかった。計量行政が計量器の指定製造事業者制度を取り入れたために、メーカーによる自己検定方式が広く普及している。行政機関の主たる行政事務がハカリの定期検査の実施になっているために、大阪府の中に大きな部分を占める大阪市が実施するこの事務は規模が大きい。東京都の場合には、かつては300人規模の人員で計量器の検定とハカリの定期検査ほかを実施していて、この人員規模は旧計量研究所(現在は産業技術総合研究所の一部門)の人員規模に匹敵した。

 その東京都の計量検定所の人員は80名ほどであり、ハカリの定期検査の多くを東京都計量協会を指定定期検査機関に指定して、実施している。軽い躁の状態にあり、言語単純にして明瞭である場合には選挙民の支持を得て、物事を変えてしまうことができるのが、日本の選挙の状態である。その日本の計量行政は機関委任事務を自治事務に変更するという計量法の迂闊(うかつ)な変更によって、ハカリの定期検査の実施を主な内容として計量行政の実務の実行が大きく後退している。社会の基礎となり基盤となる計量行政の実施の大きな後退はそのまま社会の安定と平和をじわじわと揺るがす。
(日本計量新報 2015年6月7日 (3059号)初載)

【備考】上の記事は日本計量新報に掲載されたものです。これらの記事は日本計量新報の購読者にはWebサイトにて電子新聞の形式で過年度版を含めたすべて閲覧できます。






最終更新日  2016年04月27日 14時19分44秒
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2016年03月29日
新しい注目の話題(トッピックス)
「KAGRA」が2016年3月25日に試験運転開始。

レーザー干渉計型重力波検出器
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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レーザー干渉計型重力波検出器と重力波の影響およびその検出の原理図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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大型低温重力波望遠鏡KAGRAのイメージ図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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ブラックホール連星のイメージ図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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画像は重力波のイメージ図
(国立天文台のホームページに掲載のものを使用しました)
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(タイトル)
重力波望遠鏡「かぐら」の試験運転「KAGRA」(かぐら)が2016年3月25日午前9時に試験運転開始。

(本文)

 ガリレオ・ガリレイはコペルニクスの『天体の回転について』を読んでその地動説も深い関心を寄せていた。そしてガリレイはコペルニクスの地動説を自分でも説いていた。

 1616年 第1回異端審問所審査で、ローマ教皇庁検邪聖省から地動説を唱えないよう宣告され、またローマ教皇庁よりコペルニクスの『天体の回転について』の閲覧一時停止をされる。

 ガリレオ・ガリレイは木星の衛星をみたことによって太陽が地球の周りを回っているのではないと確信した。地動説への確信である。

 見えること、見ることによってわかることは多い。

 東京大宇宙線研究所は2016年3月25日午前9時に重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)試験運転を始めた。装置は完成しており本格運転のための予備運転をして調整をしてきていた。

 大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)はノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章東大宇宙線研究所長らが建設を進めてきていた設備である。

 重力波は宇宙から波として伝搬する時間と空間(時空)の歪(ゆが)みであり、この観測のために超精密な長さ測定装置を設備する。この設備によって観測を続けてきた米国の「LAIGO」(ライゴ)が重力波を捉えることに成功したことを2016年2月に発表ひていた。

 米国の「LAIGO」(ライゴ)、日本の「KAGRA」(かぐら)、ヨーロッパのイギリスとドイツ共同の設備ならびにフランスとイタリアの共同の設備とが連携して、重力波を観測することによって重力波天文学に道が開ける。


(タイトル その1 短い文章による重力波と観測装置)
空間が歪んだことによる長さの変化を光波干渉計でとらえる

(本文)

 L字型をした4キロメートルの同一の長さの装置をつくってその長さ比較をする。ここに20桁ほど0を連ねた差が生じるとレーザーを用いた光波干渉装置にはモアレ縞を発生させてそれを感じ取る。空間の歪みの現象をこの装置が感じ取ったその状態は重力波の検証である。そのように言われていて専門の学者・研究者は米国の重力波観測チームによる観測装置「LIGO」(ライゴ)にその現象が出現したと認めている。これが重力波の直接の観測第一号であり2016年2月11日に発表された。

質量の作用によって空間が歪むことはいくつかの形で確かめられていた。この歪みを直接に観測するために光波干渉計が設置されていて、この装置に重力波が到達して空間の歪みが観測された。日本の観測装置は近く稼働する。欧州ではいくつかの観測装置が動いている。米国のその装置は観測の精度としての感度を上げる改良をして、その装置が空間の歪みによって生じたL字型の腕の長さの差を検知した。

少し乱暴な表現であるが、宇宙の誕生は人の誕生でもある。生命をもち知能をもつ人の誕生は宇宙の誕生なくしてあり得ない。宇宙の誕生は無から有への転換であり、時間と空間の発生でもある。その宇宙の観測のためにガリレオガリレイは望遠鏡を用いた。見えたのは恒星と地球の惑星であるがこの惑星がよく見えるようになった。望遠鏡は倍率を上げた。そのあとにて赤外線やX線やマイクロ波による観測が行われるようになった。国立天文台のすばる望遠鏡は可視光から赤外線領域の観測をする仕組みだ。


 星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 赤外線で見た宇宙は、星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)を最初の赤外線望遠鏡は観測し、そののち分光撮像装置の改良によって別のようすを見るようになった。X線望遠鏡に映ったのは星々の死骸だらけの宇宙であった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。「ゆがんだ空間がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて刻々と変化していく」のがブラックホールであり、このような現象を米国、欧州、日本の重力波天体望遠鏡による共同観測によって見ることができるかも知れれない。重力波による観測によってこれまでは捉えることができなかった宇宙を姿が出現する。

ニュートリノに反応し、ニュートリノに質量があるために振動することをとらえたのが光電面の直径が約50センチメートルの光センサーの光電子増倍管である。これは11,129本取り付けられた光計測器である。レーザー利用の巨大にして精密なマイケルソン光波干渉計によって重力波による空間の歪みとしての長さの伸び縮みが観測された。計測機器と計測方法そして計測技術と科学や学術とのかかわりをニュートリノ観測、ニュートリノ震動の観測、重力波の観測にみることができる。


(タイトル その2 重力波と観測装置を説明する)
アインシュタインが予言した重力波を直接にとらえることに成功した米国「LIGO」チーム
(重力波望遠鏡はレーザー干渉計による精密な長さ測定を原理とする)

(本文)

 アインシュタインが予言した重力波は間接にはとらえられていたが、レーザー干渉計によって直接に検知された。2016年2月11日に米カリフォルニア工科大と米マサチューセッツ工科大などの研究チームが発表した重力波の直接の検知であり、2015年9月14日に米国にある観測装置「LIGO」(ライゴ)に重力波が作用したのに対してレーザー干渉計が動作したのである。

 この事実は日本で間もなく稼働する同じ仕組みの大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)チームは先を越されたことへの感情がある一方で確かな形で重力波がとらえられたことによって、重力波望遠鏡による天体観測の幕が開けたことへの喜びを表明している。今後は 岐阜県飛騨市神岡の神岡鉱山跡地に据えられた「KAGRA」が、米国の重力波望遠鏡「LIGO(ライゴ)」(レーザー干渉計重力波天文台)(Laser Interferometer Gravitational Wave Observatory)と連携して天体観測の新しい領域を切り開くことになる。

重力波(じゅうりょくは)は、時空(重力場)の曲率(ゆがみ)の時間変動が波動として光速で伝播する現象である、この現象は電磁波とは違っている。重力波は1916年に一般相対性理論に基づいてアルベルト・アインシュタインによってその存在が予言されたのち100年近くにわたって直接に検出する試みがなされてきた。

 間接に重力波は検出されてはいた。1974年にジョゼフ・テイラーとラッセル・ハルスは、連星パルサーのPSR B1913+16を発見し、自転周期とパルスの放射周期を精密に観測し軌道周期が徐々に短くなっていることをつきとめた。この現象は重力波によってエネルギーが外に持ち出されたことで起きるとされ、その周期減少率は一般相対論の予言値に誤差の範囲内で一致した。2人は「重力研究の新しい可能性を開いた新型連星パルサーの発見」としてノーベル物理学賞を1993年に受賞した。

 素粒子物理学の標準理論では重力相互作用を伝達する素粒子として重力子(graviton)が想定されている。しかし2016年の時点ではこれは検出されていない。重力波の検出は、現在の一般相対性理論研究の大きな柱の1つである。重力波検出のために巨大な設備のレーザー干渉計や共振型観測装置が世界の数拠点で稼働している。日本でも近く飛騨市神岡に建設中の「KAGRA」(かぐら)が稼働する。重力波は非常に弱いので観測装置の能力が不足すると直接の信号はノイズに埋もれて見つけにくい。このため観測データから重力波を抽出するには重力波の波形を理論的に計算して予測する研究がつづけられてきた。今回のレーザー干渉計方式の重力波望遠鏡をつかった米国「LIGO」チームは重力波を直接に明瞭にとらえている。

 重力波は物体が加速度運動をすることにより放出される。完全な球対称な運動(星の崩壊など)や円筒対称な運動(円盤状物体の回転など)からは放出されない。巨大な質量の天体が光速に近い速度で運動するときに重力波は強く発生する。ブラックホール、中性子星、白色矮星などのコンパクトで大きな質量を持つ天体が連星系を形成すると、重力波によってエネルギーを放出して合体する。

 観測装置「LIGO」で検出した重力波は、球から約13億光年の位置にある2つのブラックホールが互いに渦を巻くように回転して衝突したときに発生したものである。これによって時空の「さざ波」のような状態の重力波が直接に観測された。

 2つの鏡を4キロメートル離れたところに設置すると、重力波によって陽子の直径の1万分の1の変化が生じる。「LIGO」の検出器でこれを検出(測定)した。

 「LIGO」(ライゴ)は、L字型をした2基の同じ検出器をルイジアナ州リビングストンとワシントン州ハンフォードに設置されている。検出した信号が本物であるためには、両方の検出器で同時にキャッチされなければならない。検出器はL字型に直交するアームのそれぞれに鏡を設置している。通過する重力波は、時空を1つの方向に引き伸ばし、もう1つの方向に押し縮めて、検出器のアームの長さをごくわずかだけ変化させる。この変化をレーザーで測定する。

試行錯誤をつうじてやっとたどり着いた重力波の直接検出であるが。重力波が観測できるとアインシュタインの方程式を使うと、どのような天体現象がその重力波を発生させたかを推定できる。今回とらえることができた重力波は2つのブラックホールの衝突によって発生したものだ。2つのブラックホールは合体し、太陽の60倍以上の質量を持つ1つのブラックホールを形成した。

 巨大な恒星が死んで押しつぶされるときに形成されるブラックホールは、宇宙で最も奇妙な天体の1つである。近づいてきた物質や光を圧倒的な重力で捉えてしまう高密度のブラックホールは「ゆがんだ空間がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて刻々と変化していく」という理論が説かれている。

飛騨市神岡に建設されていて間もなく動きだす重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)が米国などのそれらと連携して重力波を観測すると、三角測量の原理によって発生源の方角や位置を特定できる。

重力波の働きで生ずる動作を観測できる重力波望遠鏡は、光学望遠鏡あるいはエックス線望遠鏡では見えなかった現象がとらえられる。これまでは見えなかった宇宙の現象にせまるのが重力波望遠鏡である。

 重力波で宇宙を見ることは、人類が初めて赤外線X線やマイクロ波の目で宇宙を見たときに匹敵する。人類は何千年も前から可視光で恒星や惑星を見て、その動きを観察してきた。初めて赤外線で見た宇宙は、星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 重力波望遠鏡は重力波をつかまえて観測する新しい手法の望遠鏡である。電磁波ではよく観測できなかった遠方の天体や天文現象をつかまえることができるようになる。ブラックホールはそれが推定されたのちにさまざまな方法で証拠をつかんできた。重力波望遠鏡は新しい形でブラックホールをみる方法となる。

 1916年にアインシュタインによって予言された重力波は、一般相対性理論のなかでもとりわけ奇妙な現象である。重力波はブラックホールの衝突、中性子星の合体、恒星の爆発など、時空を伸び縮みさせるほどの激しい高エネルギー現象によって発生する。

 人は日常では時空の伸び縮みを感じない。時間は一様に流れており風景が伸び縮みしない。カリフォルニア工科大学の「LIGO」のチームを率いるアラン・ワインスタイン氏は、「それでも重力波は、この瞬間にも私たちの体を通り過ぎています。これは確かなことなのです」と述べる。「LIGO」のチームは総勢千名をこえる人員で構成されている。

 重力波が地球を通り抜けているのは確実なのに、それを観測できなかったのは、空間の伸び縮みが極度に小さいためである。その大きさは10の21乗分の1メートルである。それは原子核を構成する陽子の直径のわずか100万分の1だ。

 学術誌『フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)』に発表された「LIGO」チームの原稿を見た米国国立電波天文台のスコット・ランサム氏は「とんでもなくすばらしいデータです」と述べる。「特段の統計的操作もせずに、検出器の生のデータに重力波を見てとることができるなんて、ほとんど誰も期待していなかったと思います」とつづける。

 「LIGO」の科学者たちは、信号は本物だと確信している。見積もりによれば、これだけ本物らしい偽(にせ)の信号は20万年に1度しか入ってこない。「LIGO」は2015年10月12日にもブラックホールの合体により発生したと思われる候補信号を少なくとも1つ検出しているが、それが偽(にせ)の信号ではないという確証はないという。

 米国の「LIGO」の重力波検出装置は1辺が4キロメートルの管をL字形に配置されている。直角に交わる部分から2方向にレーザー光を同時に放ち、4キロメートル先の鏡に反射して戻ってきた光を重ね合わせる。重力波が通過すると時空がゆがむために、重ね合わせたレーザー光にずれが生じる。このずれを計測(観察)することによって重力波が検出される。

 重力波がぶつかると二つの物体の間の距離が変化してみえる。それを検出する装置が「LIGO」のなど重力波望遠鏡という設備である。重力波による物体間距離の変化は、直交する二つの方向のうち、片方が伸びたときはもう片方が縮むという変化を繰り返す。その伸縮量は物体間距離が離れているほど大きくなる。

 同じ光を直交する二方向に向けて発射し、遠くに置いた鏡で反射させ、また戻ってきた光の到達時間を両方で比較して長さを測る。伸びた距離を走った光のほうが短い距離を走った方の光より帰ってくるのに時間がかかるため、伸縮の有無が分かる。

 光が走る腕の長さは4キロメートルほどが限界である。これは地球が丸いためその影響がでるからだ。腕の長さは4キロメートルであると一回折り返しでは8キロメートルになる。片腕に二枚の鏡をつけてその間を何度も反射して折り返すと光が70キロメートル走る。

 現在世界で最も感度のよい「LIGO」重力波望遠鏡であっても、数百年に一度の重力波イベントしか捉えることができなかったのが設備の能力を飛躍的に高めてことで重力波の直接検出することができるようになった。観察能力の向上は1年に数回の重力波イベントの観測を実現することに通じる。こうしたことによって重力波天文学の幕が開く。

日本で「KAGRA」(かぐら)計画として進められている神岡鉱山地下の設備による観測の成果が期待される。重力波望遠鏡の「KAGRA」計画では、感度向上のため他の装置にはない二つのことに挑んでいる。

 一つは神岡鉱山内という地面振動が少なく、温度・湿度の安定な環境に設置することだ。神岡鉱山内の振動は地上の100分の1である。重力波検出装置を長時間運転し、観測するための利点になる。20メートルの小規模サイズの設備であってもプロトタイプ検出器(LISM重力波プロトタイプ)では極めて簡素な制御のみで、当時の複雑な制御系を組み込んだどの大型検出器も達成できていないかった1週間以上の連続運転を実現している。

 二つ目は検出器にサファイアという光学素子を使用し、それを世界最低振動の電気冷凍器によってマイナス253℃という絶対0度のマイナス273.15℃に近くまで冷却することで、検出器の感度を制限していた熱雑音を低減している。プロトタイプとして神岡鉱山内にCLIO(Cryogenic Laser Interferometer Observatory)検出器を建設し、低温鏡を利用した検出器の実証実験が行われている。

 岐阜県飛騨市の神岡鉱山はニュートリノ観測施設「スーパーカミオカンデ」で知られるが、同じ神岡鉱山跡地に大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」が完成し、2015年11月に報道陣にプレスリリースがだされ同時に公開された。

 「KAGRA」は地下200メートル以深に掘った片腕3キロメートルのL字型トンネルを利用する巨大なレーザー干渉計で、重力波の到来による2点間の距離の変化を検出する。今年度中に試験観測を開始し、2017年には本格観測を開始する予定だ。「KAGRA」とは「神岡」のKAと重力をイメージする「Gravity」や「Gravitational wave」のGRAを組み合わせてつけられた名称で「かぐら」と読ませる。

大型低温重力波望遠鏡計画が「KAGRA」計画であり、この望遠鏡の構造は地底深くに設置されたレーザー干渉計である。だからレーザー干渉計型重力波検出器という言い方もできる。

 重力波は波動現象だが、人類が道具としてきた電磁波の仲間とは異なる特徴をもっている。重力波は重力を発生する起源である質量が運動することで生じる。質量は物理学では時空の構造を決定する要素である。数学の領域にあった目に見えないな天文現象を観測の領域に導いたのが重力波を使った宇宙の観察である。電磁波を使った観察と異なる天文観測の新領域である。

 計測と計測機器の視点に立って重力波望遠鏡を理解すると、重力波望遠鏡はレーザー干渉計による精密な長さ(距離)測定である。ある距離の間を行き来するレーザー波が重力波が到来すると歪(ゆが)むために、その行き来の時間が変化する。時間の変化は長さ(距離)の変化である。

 米国の「LIGO」(ライゴ)は重力波による空間のゆらぎを反映する動きを2015年9月14日に米国ルイジアナ州とワシントン州に設置された2の設備で検出したのである。その検出装置はレーザー干渉計であった。その観測対象の大きさは原子核を構成する陽子の直径のわずか100万分の1であり、表現を変えると10の21乗分の1メートルである。






最終更新日  2016年03月29日 09時26分51秒
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2016年03月28日
新しい注目の話題(トッピックス)
「KAGRA」が2016年3月25日に試験運転開始。

レーザー干渉計型重力波検出器
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
2016-02-15-michelsons-tennmonndai-.jpg

レーザー干渉計型重力波検出器と重力波の影響およびその検出の原理図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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大型低温重力波望遠鏡KAGRAのイメージ図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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ブラックホール連星のイメージ図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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画像は重力波のイメージ図
(国立天文台のホームページに掲載のものを使用しました)
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(タイトル)
重力波望遠鏡「かぐら」の試験運転「KAGRA」(かぐら)が2016年3月25日午前9時に試験運転開始。

(本文)
 東京大宇宙線研究所は2016年3月25日午前9時に重力波望遠鏡「かぐら」の試験運転「KAGRA」(かぐら)試験運転を始めた。装置は完成しており本格運転のための予備運転をして調整をしてきていた。

 大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)はノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章東大宇宙線研究所長らが建設を進めてきていた設備である。

 重力波は宇宙から波として伝搬する時間と空間(時空)の歪(ゆが)みであり、この観測のために超精密な長さ測定装置を設備する。この設備によって観測を続けてきた米国の「LAIGO」(ライゴ)が重力波を捉えることに成功したことを2016年2月に発表ひていた。

 米国の「LAIGO」(ライゴ)、日本の「KAGRA」(かぐら)、ヨーロッパのイギリスとドイツ共同の設備ならびにフランスとイタリアの共同の設備とが連携して、重力波を観測することによって重力波天文学に道が開ける。


(タイトル その1 短い文章による重力波と観測装置)
空間が歪んだことによる長さの変化を光波干渉計でとらえる

(本文)

 L字型をした4キロメートルの同一の長さの装置をつくってその長さ比較をする。ここに20桁ほど0を連ねた差が生じるとレーザーを用いた光波干渉装置にはモアレ縞を発生させてそれを感じ取る。空間の歪みの現象をこの装置が感じ取ったその状態は重力波の検証である。そのように言われていて専門の学者・研究者は米国の重力波観測チームによる観測装置「LIGO」(ライゴ)にその現象が出現したと認めている。これが重力波の直接の観測第一号であり2016年2月11日に発表された。

質量の作用によって空間が歪むことはいくつかの形で確かめられていた。この歪みを直接に観測するために光波干渉計が設置されていて、この装置に重力波が到達して空間の歪みが観測された。日本の観測装置は近く稼働する。欧州ではいくつかの観測装置が動いている。米国のその装置は観測の精度としての感度を上げる改良をして、その装置が空間の歪みによって生じたL字型の腕の長さの差を検知した。

少し乱暴な表現であるが、宇宙の誕生は人の誕生でもある。生命をもち知能をもつ人の誕生は宇宙の誕生なくしてあり得ない。宇宙の誕生は無から有への転換であり、時間と空間の発生でもある。その宇宙の観測のためにガリレオガリレイは望遠鏡を用いた。見えたのは恒星と地球の惑星であるがこの惑星がよく見えるようになった。望遠鏡は倍率を上げた。そのあとにて赤外線やX線やマイクロ波による観測が行われるようになった。国立天文台のすばる望遠鏡は可視光から赤外線領域の観測をする仕組みだ。


 星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 赤外線で見た宇宙は、星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)を最初の赤外線望遠鏡は観測し、そののち分光撮像装置の改良によって別のようすを見るようになった。X線望遠鏡に映ったのは星々の死骸だらけの宇宙であった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。「ゆがんだ空間がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて刻々と変化していく」のがブラックホールであり、このような現象を米国、欧州、日本の重力波天体望遠鏡による共同観測によって見ることができるかも知れれない。重力波による観測によってこれまでは捉えることができなかった宇宙を姿が出現する。

ニュートリノに反応し、ニュートリノに質量があるために振動することをとらえたのが光電面の直径が約50センチメートルの光センサーの光電子増倍管である。これは11,129本取り付けられた光計測器である。レーザー利用の巨大にして精密なマイケルソン光波干渉計によって重力波による空間の歪みとしての長さの伸び縮みが観測された。計測機器と計測方法そして計測技術と科学や学術とのかかわりをニュートリノ観測、ニュートリノ震動の観測、重力波の観測にみることができる。


(タイトル その2 重力波と観測装置を説明する)
アインシュタインが予言した重力波を直接にとらえることに成功した米国「LIGO」チーム
(重力波望遠鏡はレーザー干渉計による精密な長さ測定を原理とする)

(本文)

 アインシュタインが予言した重力波は間接にはとらえられていたが、レーザー干渉計によって直接に検知された。2016年2月11日に米カリフォルニア工科大と米マサチューセッツ工科大などの研究チームが発表した重力波の直接の検知であり、2015年9月14日に米国にある観測装置「LIGO」(ライゴ)に重力波が作用したのに対してレーザー干渉計が動作したのである。

 この事実は日本で間もなく稼働する同じ仕組みの大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)チームは先を越されたことへの感情がある一方で確かな形で重力波がとらえられたことによって、重力波望遠鏡による天体観測の幕が開けたことへの喜びを表明している。今後は 岐阜県飛騨市神岡の神岡鉱山跡地に据えられた「KAGRA」が、米国の重力波望遠鏡「LIGO(ライゴ)」(レーザー干渉計重力波天文台)(Laser Interferometer Gravitational Wave Observatory)と連携して天体観測の新しい領域を切り開くことになる。

重力波(じゅうりょくは)は、時空(重力場)の曲率(ゆがみ)の時間変動が波動として光速で伝播する現象である、この現象は電磁波とは違っている。重力波は1916年に一般相対性理論に基づいてアルベルト・アインシュタインによってその存在が予言されたのち100年近くにわたって直接に検出する試みがなされてきた。

 間接に重力波は検出されてはいた。1974年にジョゼフ・テイラーとラッセル・ハルスは、連星パルサーのPSR B1913+16を発見し、自転周期とパルスの放射周期を精密に観測し軌道周期が徐々に短くなっていることをつきとめた。この現象は重力波によってエネルギーが外に持ち出されたことで起きるとされ、その周期減少率は一般相対論の予言値に誤差の範囲内で一致した。2人は「重力研究の新しい可能性を開いた新型連星パルサーの発見」としてノーベル物理学賞を1993年に受賞した。

 素粒子物理学の標準理論では重力相互作用を伝達する素粒子として重力子(graviton)が想定されている。しかし2016年の時点ではこれは検出されていない。重力波の検出は、現在の一般相対性理論研究の大きな柱の1つである。重力波検出のために巨大な設備のレーザー干渉計や共振型観測装置が世界の数拠点で稼働している。日本でも近く飛騨市神岡に建設中の「KAGRA」(かぐら)が稼働する。重力波は非常に弱いので観測装置の能力が不足すると直接の信号はノイズに埋もれて見つけにくい。このため観測データから重力波を抽出するには重力波の波形を理論的に計算して予測する研究がつづけられてきた。今回のレーザー干渉計方式の重力波望遠鏡をつかった米国「LIGO」チームは重力波を直接に明瞭にとらえている。

 重力波は物体が加速度運動をすることにより放出される。完全な球対称な運動(星の崩壊など)や円筒対称な運動(円盤状物体の回転など)からは放出されない。巨大な質量の天体が光速に近い速度で運動するときに重力波は強く発生する。ブラックホール、中性子星、白色矮星などのコンパクトで大きな質量を持つ天体が連星系を形成すると、重力波によってエネルギーを放出して合体する。

 観測装置「LIGO」で検出した重力波は、球から約13億光年の位置にある2つのブラックホールが互いに渦を巻くように回転して衝突したときに発生したものである。これによって時空の「さざ波」のような状態の重力波が直接に観測された。

 2つの鏡を4キロメートル離れたところに設置すると、重力波によって陽子の直径の1万分の1の変化が生じる。「LIGO」の検出器でこれを検出(測定)した。

 「LIGO」(ライゴ)は、L字型をした2基の同じ検出器をルイジアナ州リビングストンとワシントン州ハンフォードに設置されている。検出した信号が本物であるためには、両方の検出器で同時にキャッチされなければならない。検出器はL字型に直交するアームのそれぞれに鏡を設置している。通過する重力波は、時空を1つの方向に引き伸ばし、もう1つの方向に押し縮めて、検出器のアームの長さをごくわずかだけ変化させる。この変化をレーザーで測定する。

試行錯誤をつうじてやっとたどり着いた重力波の直接検出であるが。重力波が観測できるとアインシュタインの方程式を使うと、どのような天体現象がその重力波を発生させたかを推定できる。今回とらえることができた重力波は2つのブラックホールの衝突によって発生したものだ。2つのブラックホールは合体し、太陽の60倍以上の質量を持つ1つのブラックホールを形成した。

 巨大な恒星が死んで押しつぶされるときに形成されるブラックホールは、宇宙で最も奇妙な天体の1つである。近づいてきた物質や光を圧倒的な重力で捉えてしまう高密度のブラックホールは「ゆがんだ空間がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて刻々と変化していく」という理論が説かれている。

飛騨市神岡に建設されていて間もなく動きだす重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)が米国などのそれらと連携して重力波を観測すると、三角測量の原理によって発生源の方角や位置を特定できる。

重力波の働きで生ずる動作を観測できる重力波望遠鏡は、光学望遠鏡あるいはエックス線望遠鏡では見えなかった現象がとらえられる。これまでは見えなかった宇宙の現象にせまるのが重力波望遠鏡である。

 重力波で宇宙を見ることは、人類が初めて赤外線X線やマイクロ波の目で宇宙を見たときに匹敵する。人類は何千年も前から可視光で恒星や惑星を見て、その動きを観察してきた。初めて赤外線で見た宇宙は、星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 重力波望遠鏡は重力波をつかまえて観測する新しい手法の望遠鏡である。電磁波ではよく観測できなかった遠方の天体や天文現象をつかまえることができるようになる。ブラックホールはそれが推定されたのちにさまざまな方法で証拠をつかんできた。重力波望遠鏡は新しい形でブラックホールをみる方法となる。

 1916年にアインシュタインによって予言された重力波は、一般相対性理論のなかでもとりわけ奇妙な現象である。重力波はブラックホールの衝突、中性子星の合体、恒星の爆発など、時空を伸び縮みさせるほどの激しい高エネルギー現象によって発生する。

 人は日常では時空の伸び縮みを感じない。時間は一様に流れており風景が伸び縮みしない。カリフォルニア工科大学の「LIGO」のチームを率いるアラン・ワインスタイン氏は、「それでも重力波は、この瞬間にも私たちの体を通り過ぎています。これは確かなことなのです」と述べる。「LIGO」のチームは総勢千名をこえる人員で構成されている。

 重力波が地球を通り抜けているのは確実なのに、それを観測できなかったのは、空間の伸び縮みが極度に小さいためである。その大きさは10の21乗分の1メートルである。それは原子核を構成する陽子の直径のわずか100万分の1だ。

 学術誌『フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)』に発表された「LIGO」チームの原稿を見た米国国立電波天文台のスコット・ランサム氏は「とんでもなくすばらしいデータです」と述べる。「特段の統計的操作もせずに、検出器の生のデータに重力波を見てとることができるなんて、ほとんど誰も期待していなかったと思います」とつづける。

 「LIGO」の科学者たちは、信号は本物だと確信している。見積もりによれば、これだけ本物らしい偽(にせ)の信号は20万年に1度しか入ってこない。「LIGO」は2015年10月12日にもブラックホールの合体により発生したと思われる候補信号を少なくとも1つ検出しているが、それが偽(にせ)の信号ではないという確証はないという。

 米国の「LIGO」の重力波検出装置は1辺が4キロメートルの管をL字形に配置されている。直角に交わる部分から2方向にレーザー光を同時に放ち、4キロメートル先の鏡に反射して戻ってきた光を重ね合わせる。重力波が通過すると時空がゆがむために、重ね合わせたレーザー光にずれが生じる。このずれを計測(観察)することによって重力波が検出される。

 重力波がぶつかると二つの物体の間の距離が変化してみえる。それを検出する装置が「LIGO」のなど重力波望遠鏡という設備である。重力波による物体間距離の変化は、直交する二つの方向のうち、片方が伸びたときはもう片方が縮むという変化を繰り返す。その伸縮量は物体間距離が離れているほど大きくなる。

 同じ光を直交する二方向に向けて発射し、遠くに置いた鏡で反射させ、また戻ってきた光の到達時間を両方で比較して長さを測る。伸びた距離を走った光のほうが短い距離を走った方の光より帰ってくるのに時間がかかるため、伸縮の有無が分かる。

 光が走る腕の長さは4キロメートルほどが限界である。これは地球が丸いためその影響がでるからだ。腕の長さは4キロメートルであると一回折り返しでは8キロメートルになる。片腕に二枚の鏡をつけてその間を何度も反射して折り返すと光が70キロメートル走る。

 現在世界で最も感度のよい「LIGO」重力波望遠鏡であっても、数百年に一度の重力波イベントしか捉えることができなかったのが設備の能力を飛躍的に高めてことで重力波の直接検出することができるようになった。観察能力の向上は1年に数回の重力波イベントの観測を実現することに通じる。こうしたことによって重力波天文学の幕が開く。

日本で「KAGRA」(かぐら)計画として進められている神岡鉱山地下の設備による観測の成果が期待される。重力波望遠鏡の「KAGRA」計画では、感度向上のため他の装置にはない二つのことに挑んでいる。

 一つは神岡鉱山内という地面振動が少なく、温度・湿度の安定な環境に設置することだ。神岡鉱山内の振動は地上の100分の1である。重力波検出装置を長時間運転し、観測するための利点になる。20メートルの小規模サイズの設備であってもプロトタイプ検出器(LISM重力波プロトタイプ)では極めて簡素な制御のみで、当時の複雑な制御系を組み込んだどの大型検出器も達成できていないかった1週間以上の連続運転を実現している。

 二つ目は検出器にサファイアという光学素子を使用し、それを世界最低振動の電気冷凍器によってマイナス253℃という絶対0度のマイナス273.15℃に近くまで冷却することで、検出器の感度を制限していた熱雑音を低減している。プロトタイプとして神岡鉱山内にCLIO(Cryogenic Laser Interferometer Observatory)検出器を建設し、低温鏡を利用した検出器の実証実験が行われている。

 岐阜県飛騨市の神岡鉱山はニュートリノ観測施設「スーパーカミオカンデ」で知られるが、同じ神岡鉱山跡地に大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」が完成し、2015年11月に報道陣にプレスリリースがだされ同時に公開された。

 「KAGRA」は地下200メートル以深に掘った片腕3キロメートルのL字型トンネルを利用する巨大なレーザー干渉計で、重力波の到来による2点間の距離の変化を検出する。今年度中に試験観測を開始し、2017年には本格観測を開始する予定だ。「KAGRA」とは「神岡」のKAと重力をイメージする「Gravity」や「Gravitational wave」のGRAを組み合わせてつけられた名称で「かぐら」と読ませる。

大型低温重力波望遠鏡計画が「KAGRA」計画であり、この望遠鏡の構造は地底深くに設置されたレーザー干渉計である。だからレーザー干渉計型重力波検出器という言い方もできる。

 重力波は波動現象だが、人類が道具としてきた電磁波の仲間とは異なる特徴をもっている。重力波は重力を発生する起源である質量が運動することで生じる。質量は物理学では時空の構造を決定する要素である。数学の領域にあった目に見えないな天文現象を観測の領域に導いたのが重力波を使った宇宙の観察である。電磁波を使った観察と異なる天文観測の新領域である。

 計測と計測機器の視点に立って重力波望遠鏡を理解すると、重力波望遠鏡はレーザー干渉計による精密な長さ(距離)測定である。ある距離の間を行き来するレーザー波が重力波が到来すると歪(ゆが)むために、その行き来の時間が変化する。時間の変化は長さ(距離)の変化である。

 米国の「LIGO」(ライゴ)は重力波による空間のゆらぎを反映する動きを2015年9月14日に米国ルイジアナ州とワシントン州に設置された2の設備で検出したのである。その検出装置はレーザー干渉計であった。その観測対象の大きさは原子核を構成する陽子の直径のわずか100万分の1であり、表現を変えると10の21乗分の1メートルである。






最終更新日  2016年03月28日 14時19分06秒
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2016年03月27日
新しい注目の話題(トッピックス)
「KAGRA」が2016年3月25日に試験運転開始。

レーザー干渉計型重力波検出器
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
2016-02-15-michelsons-tennmonndai-.jpg

レーザー干渉計型重力波検出器と重力波の影響およびその検出の原理図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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大型低温重力波望遠鏡KAGRAのイメージ図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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ブラックホール連星のイメージ図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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画像は重力波のイメージ図
(国立天文台のホームページに掲載のものを使用しました)
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(タイトル)
重力波望遠鏡「かぐら」の試験運転「KAGRA」(かぐら)が2016年3月25日午前9時に試験運転開始。

(本文)
 東京大宇宙線研究所は2016年3月25日午前9時に重力波望遠鏡「かぐら」の試験運転「KAGRA」(かぐら)試験運転を始めた。装置は完成しており本格運転のための予備運転をして調整をしてきていた。

 大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)はノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章東大宇宙線研究所長らが建設を進めてきていた設備である。

 重力波は宇宙から波として伝搬する時間と空間(時空)の歪(ゆが)みであり、この観測のために超精密な長さ測定装置を設備する。この設備によって観測を続けてきた米国の「LAIGO」(ライゴ)が重力波を捉えることに成功したことを2016年2月に発表ひていた。

 米国の「LAIGO」(ライゴ)、日本の「KAGRA」(かぐら)、ヨーロッパのイギリスとドイツ共同の設備ならびにフランスとイタリアの共同の設備とが連携して、重力波を観測することによって重力波天文学に道が開ける。


(タイトル その1 短い文章による重力波と観測装置)
空間が歪んだことによる長さの変化を光波干渉計でとらえる

(本文)

 L字型をした4キロメートルの同一の長さの装置をつくってその長さ比較をする。ここに20桁ほど0を連ねた差が生じるとレーザーを用いた光波干渉装置にはモアレ縞を発生させてそれを感じ取る。空間の歪みの現象をこの装置が感じ取ったその状態は重力波の検証である。そのように言われていて専門の学者・研究者は米国の重力波観測チームによる観測装置「LIGO」(ライゴ)にその現象が出現したと認めている。これが重力波の直接の観測第一号であり2016年2月11日に発表された。

質量の作用によって空間が歪むことはいくつかの形で確かめられていた。この歪みを直接に観測するために光波干渉計が設置されていて、この装置に重力波が到達して空間の歪みが観測された。日本の観測装置は近く稼働する。欧州ではいくつかの観測装置が動いている。米国のその装置は観測の精度としての感度を上げる改良をして、その装置が空間の歪みによって生じたL字型の腕の長さの差を検知した。

少し乱暴な表現であるが、宇宙の誕生は人の誕生でもある。生命をもち知能をもつ人の誕生は宇宙の誕生なくしてあり得ない。宇宙の誕生は無から有への転換であり、時間と空間の発生でもある。その宇宙の観測のためにガリレオガリレイは望遠鏡を用いた。見えたのは恒星と地球の惑星であるがこの惑星がよく見えるようになった。望遠鏡は倍率を上げた。そのあとにて赤外線やX線やマイクロ波による観測が行われるようになった。国立天文台のすばる望遠鏡は可視光から赤外線領域の観測をする仕組みだ。


 星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 赤外線で見た宇宙は、星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)を最初の赤外線望遠鏡は観測し、そののち分光撮像装置の改良によって別のようすを見るようになった。X線望遠鏡に映ったのは星々の死骸だらけの宇宙であった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。「ゆがんだ空間がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて刻々と変化していく」のがブラックホールであり、このような現象を米国、欧州、日本の重力波天体望遠鏡による共同観測によって見ることができるかも知れれない。重力波による観測によってこれまでは捉えることができなかった宇宙を姿が出現する。

ニュートリノに反応し、ニュートリノに質量があるために振動することをとらえたのが光電面の直径が約50センチメートルの光センサーの光電子増倍管である。これは11,129本取り付けられた光計測器である。レーザー利用の巨大にして精密なマイケルソン光波干渉計によって重力波による空間の歪みとしての長さの伸び縮みが観測された。計測機器と計測方法そして計測技術と科学や学術とのかかわりをニュートリノ観測、ニュートリノ震動の観測、重力波の観測にみることができる。


(タイトル その2 重力波と観測装置を説明する)
アインシュタインが予言した重力波を直接にとらえることに成功した米国「LIGO」チーム
(重力波望遠鏡はレーザー干渉計による精密な長さ測定を原理とする)

(本文)

 アインシュタインが予言した重力波は間接にはとらえられていたが、レーザー干渉計によって直接に検知された。2016年2月11日に米カリフォルニア工科大と米マサチューセッツ工科大などの研究チームが発表した重力波の直接の検知であり、2015年9月14日に米国にある観測装置「LIGO」(ライゴ)に重力波が作用したのに対してレーザー干渉計が動作したのである。

 この事実は日本で間もなく稼働する同じ仕組みの大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)チームは先を越されたことへの感情がある一方で確かな形で重力波がとらえられたことによって、重力波望遠鏡による天体観測の幕が開けたことへの喜びを表明している。今後は 岐阜県飛騨市神岡の神岡鉱山跡地に据えられた「KAGRA」が、米国の重力波望遠鏡「LIGO(ライゴ)」(レーザー干渉計重力波天文台)(Laser Interferometer Gravitational Wave Observatory)と連携して天体観測の新しい領域を切り開くことになる。

重力波(じゅうりょくは)は、時空(重力場)の曲率(ゆがみ)の時間変動が波動として光速で伝播する現象である、この現象は電磁波とは違っている。重力波は1916年に一般相対性理論に基づいてアルベルト・アインシュタインによってその存在が予言されたのち100年近くにわたって直接に検出する試みがなされてきた。

 間接に重力波は検出されてはいた。1974年にジョゼフ・テイラーとラッセル・ハルスは、連星パルサーのPSR B1913+16を発見し、自転周期とパルスの放射周期を精密に観測し軌道周期が徐々に短くなっていることをつきとめた。この現象は重力波によってエネルギーが外に持ち出されたことで起きるとされ、その周期減少率は一般相対論の予言値に誤差の範囲内で一致した。2人は「重力研究の新しい可能性を開いた新型連星パルサーの発見」としてノーベル物理学賞を1993年に受賞した。

 素粒子物理学の標準理論では重力相互作用を伝達する素粒子として重力子(graviton)が想定されている。しかし2016年の時点ではこれは検出されていない。重力波の検出は、現在の一般相対性理論研究の大きな柱の1つである。重力波検出のために巨大な設備のレーザー干渉計や共振型観測装置が世界の数拠点で稼働している。日本でも近く飛騨市神岡に建設中の「KAGRA」(かぐら)が稼働する。重力波は非常に弱いので観測装置の能力が不足すると直接の信号はノイズに埋もれて見つけにくい。このため観測データから重力波を抽出するには重力波の波形を理論的に計算して予測する研究がつづけられてきた。今回のレーザー干渉計方式の重力波望遠鏡をつかった米国「LIGO」チームは重力波を直接に明瞭にとらえている。

 重力波は物体が加速度運動をすることにより放出される。完全な球対称な運動(星の崩壊など)や円筒対称な運動(円盤状物体の回転など)からは放出されない。巨大な質量の天体が光速に近い速度で運動するときに重力波は強く発生する。ブラックホール、中性子星、白色矮星などのコンパクトで大きな質量を持つ天体が連星系を形成すると、重力波によってエネルギーを放出して合体する。

 観測装置「LIGO」で検出した重力波は、球から約13億光年の位置にある2つのブラックホールが互いに渦を巻くように回転して衝突したときに発生したものである。これによって時空の「さざ波」のような状態の重力波が直接に観測された。

 2つの鏡を4キロメートル離れたところに設置すると、重力波によって陽子の直径の1万分の1の変化が生じる。「LIGO」の検出器でこれを検出(測定)した。

 「LIGO」(ライゴ)は、L字型をした2基の同じ検出器をルイジアナ州リビングストンとワシントン州ハンフォードに設置されている。検出した信号が本物であるためには、両方の検出器で同時にキャッチされなければならない。検出器はL字型に直交するアームのそれぞれに鏡を設置している。通過する重力波は、時空を1つの方向に引き伸ばし、もう1つの方向に押し縮めて、検出器のアームの長さをごくわずかだけ変化させる。この変化をレーザーで測定する。

試行錯誤をつうじてやっとたどり着いた重力波の直接検出であるが。重力波が観測できるとアインシュタインの方程式を使うと、どのような天体現象がその重力波を発生させたかを推定できる。今回とらえることができた重力波は2つのブラックホールの衝突によって発生したものだ。2つのブラックホールは合体し、太陽の60倍以上の質量を持つ1つのブラックホールを形成した。

 巨大な恒星が死んで押しつぶされるときに形成されるブラックホールは、宇宙で最も奇妙な天体の1つである。近づいてきた物質や光を圧倒的な重力で捉えてしまう高密度のブラックホールは「ゆがんだ空間がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて刻々と変化していく」という理論が説かれている。

飛騨市神岡に建設されていて間もなく動きだす重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)が米国などのそれらと連携して重力波を観測すると、三角測量の原理によって発生源の方角や位置を特定できる。

重力波の働きで生ずる動作を観測できる重力波望遠鏡は、光学望遠鏡あるいはエックス線望遠鏡では見えなかった現象がとらえられる。これまでは見えなかった宇宙の現象にせまるのが重力波望遠鏡である。

 重力波で宇宙を見ることは、人類が初めて赤外線X線やマイクロ波の目で宇宙を見たときに匹敵する。人類は何千年も前から可視光で恒星や惑星を見て、その動きを観察してきた。初めて赤外線で見た宇宙は、星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 重力波望遠鏡は重力波をつかまえて観測する新しい手法の望遠鏡である。電磁波ではよく観測できなかった遠方の天体や天文現象をつかまえることができるようになる。ブラックホールはそれが推定されたのちにさまざまな方法で証拠をつかんできた。重力波望遠鏡は新しい形でブラックホールをみる方法となる。

 1916年にアインシュタインによって予言された重力波は、一般相対性理論のなかでもとりわけ奇妙な現象である。重力波はブラックホールの衝突、中性子星の合体、恒星の爆発など、時空を伸び縮みさせるほどの激しい高エネルギー現象によって発生する。

 人は日常では時空の伸び縮みを感じない。時間は一様に流れており風景が伸び縮みしない。カリフォルニア工科大学の「LIGO」のチームを率いるアラン・ワインスタイン氏は、「それでも重力波は、この瞬間にも私たちの体を通り過ぎています。これは確かなことなのです」と述べる。「LIGO」のチームは総勢千名をこえる人員で構成されている。

 重力波が地球を通り抜けているのは確実なのに、それを観測できなかったのは、空間の伸び縮みが極度に小さいためである。その大きさは10の21乗分の1メートルである。それは原子核を構成する陽子の直径のわずか100万分の1だ。

 学術誌『フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)』に発表された「LIGO」チームの原稿を見た米国国立電波天文台のスコット・ランサム氏は「とんでもなくすばらしいデータです」と述べる。「特段の統計的操作もせずに、検出器の生のデータに重力波を見てとることができるなんて、ほとんど誰も期待していなかったと思います」とつづける。

 「LIGO」の科学者たちは、信号は本物だと確信している。見積もりによれば、これだけ本物らしい偽(にせ)の信号は20万年に1度しか入ってこない。「LIGO」は2015年10月12日にもブラックホールの合体により発生したと思われる候補信号を少なくとも1つ検出しているが、それが偽(にせ)の信号ではないという確証はないという。

 米国の「LIGO」の重力波検出装置は1辺が4キロメートルの管をL字形に配置されている。直角に交わる部分から2方向にレーザー光を同時に放ち、4キロメートル先の鏡に反射して戻ってきた光を重ね合わせる。重力波が通過すると時空がゆがむために、重ね合わせたレーザー光にずれが生じる。このずれを計測(観察)することによって重力波が検出される。

 重力波がぶつかると二つの物体の間の距離が変化してみえる。それを検出する装置が「LIGO」のなど重力波望遠鏡という設備である。重力波による物体間距離の変化は、直交する二つの方向のうち、片方が伸びたときはもう片方が縮むという変化を繰り返す。その伸縮量は物体間距離が離れているほど大きくなる。

 同じ光を直交する二方向に向けて発射し、遠くに置いた鏡で反射させ、また戻ってきた光の到達時間を両方で比較して長さを測る。伸びた距離を走った光のほうが短い距離を走った方の光より帰ってくるのに時間がかかるため、伸縮の有無が分かる。

 光が走る腕の長さは4キロメートルほどが限界である。これは地球が丸いためその影響がでるからだ。腕の長さは4キロメートルであると一回折り返しでは8キロメートルになる。片腕に二枚の鏡をつけてその間を何度も反射して折り返すと光が70キロメートル走る。

 現在世界で最も感度のよい「LIGO」重力波望遠鏡であっても、数百年に一度の重力波イベントしか捉えることができなかったのが設備の能力を飛躍的に高めてことで重力波の直接検出することができるようになった。観察能力の向上は1年に数回の重力波イベントの観測を実現することに通じる。こうしたことによって重力波天文学の幕が開く。

日本で「KAGRA」(かぐら)計画として進められている神岡鉱山地下の設備による観測の成果が期待される。重力波望遠鏡の「KAGRA」計画では、感度向上のため他の装置にはない二つのことに挑んでいる。

 一つは神岡鉱山内という地面振動が少なく、温度・湿度の安定な環境に設置することだ。神岡鉱山内の振動は地上の100分の1である。重力波検出装置を長時間運転し、観測するための利点になる。20メートルの小規模サイズの設備であってもプロトタイプ検出器(LISM重力波プロトタイプ)では極めて簡素な制御のみで、当時の複雑な制御系を組み込んだどの大型検出器も達成できていないかった1週間以上の連続運転を実現している。

 二つ目は検出器にサファイアという光学素子を使用し、それを世界最低振動の電気冷凍器によってマイナス253℃という絶対0度のマイナス273.15℃に近くまで冷却することで、検出器の感度を制限していた熱雑音を低減している。プロトタイプとして神岡鉱山内にCLIO(Cryogenic Laser Interferometer Observatory)検出器を建設し、低温鏡を利用した検出器の実証実験が行われている。

 岐阜県飛騨市の神岡鉱山はニュートリノ観測施設「スーパーカミオカンデ」で知られるが、同じ神岡鉱山跡地に大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」が完成し、2015年11月に報道陣にプレスリリースがだされ同時に公開された。

 「KAGRA」は地下200メートル以深に掘った片腕3キロメートルのL字型トンネルを利用する巨大なレーザー干渉計で、重力波の到来による2点間の距離の変化を検出する。今年度中に試験観測を開始し、2017年には本格観測を開始する予定だ。「KAGRA」とは「神岡」のKAと重力をイメージする「Gravity」や「Gravitational wave」のGRAを組み合わせてつけられた名称で「かぐら」と読ませる。

大型低温重力波望遠鏡計画が「KAGRA」計画であり、この望遠鏡の構造は地底深くに設置されたレーザー干渉計である。だからレーザー干渉計型重力波検出器という言い方もできる。

 重力波は波動現象だが、人類が道具としてきた電磁波の仲間とは異なる特徴をもっている。重力波は重力を発生する起源である質量が運動することで生じる。質量は物理学では時空の構造を決定する要素である。数学の領域にあった目に見えないな天文現象を観測の領域に導いたのが重力波を使った宇宙の観察である。電磁波を使った観察と異なる天文観測の新領域である。

 計測と計測機器の視点に立って重力波望遠鏡を理解すると、重力波望遠鏡はレーザー干渉計による精密な長さ(距離)測定である。ある距離の間を行き来するレーザー波が重力波が到来すると歪(ゆが)むために、その行き来の時間が変化する。時間の変化は長さ(距離)の変化である。

 米国の「LIGO」(ライゴ)は重力波による空間のゆらぎを反映する動きを2015年9月14日に米国ルイジアナ州とワシントン州に設置された2の設備で検出したのである。その検出装置はレーザー干渉計であった。その観測対象の大きさは原子核を構成する陽子の直径のわずか100万分の1であり、表現を変えると10の21乗分の1メートルである。






最終更新日  2016年03月27日 12時39分18秒
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2016年03月24日
空間が歪んだことによる長さの変化を光波干渉計でとらえる

(タイトル その1 短い文章による重力波と観測装置)
空間が歪んだことによる長さの変化を光波干渉計でとらえる

(本文)

 L字型をした4キロメートルの同一の長さの装置をつくってその長さ比較をする。ここに20桁ほど0を連ねた差が生じるとレーザーを用いた光波干渉装置にはモアレ縞を発生させてそれを感じ取る。空間の歪みの現象をこの装置が感じ取ったその状態は重力波の検証である。そのように言われていて専門の学者・研究者は米国の重力波観測チームによる観測装置「LIGO」(ライゴ)にその現象が出現したと認めている。これが重力波の直接の観測第一号であり2016年2月11日に発表された。

質量の作用によって空間が歪むことはいくつかの形で確かめられていた。この歪みを直接に観測するために光波干渉計が設置されていて、この装置に重力波が到達して空間の歪みが観測された。日本の観測装置は近く稼働する。欧州ではいくつかの観測装置が動いている。米国のその装置は観測の精度としての感度を上げる改良をして、その装置が空間の歪みによって生じたL字型の腕の長さの差を検知した。

少し乱暴な表現であるが、宇宙の誕生は人の誕生でもある。生命をもち知能をもつ人の誕生は宇宙の誕生なくしてあり得ない。宇宙の誕生は無から有への転換であり、時間と空間の発生でもある。その宇宙の観測のためにガリレオガリレイは望遠鏡を用いた。見えたのは恒星と地球の惑星であるがこの惑星がよく見えるようになった。望遠鏡は倍率を上げた。そのあとにて赤外線やX線やマイクロ波による観測が行われるようになった。国立天文台のすばる望遠鏡は可視光から赤外線領域の観測をする仕組みだ。


 星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 赤外線で見た宇宙は、星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)を最初の赤外線望遠鏡は観測し、そののち分光撮像装置の改良によって別のようすを見るようになった。X線望遠鏡に映ったのは星々の死骸だらけの宇宙であった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。「ゆがんだ空間がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて刻々と変化していく」のがブラックホールであり、このような現象を米国、欧州、日本の重力波天体望遠鏡による共同観測によって見ることができるかも知れれない。重力波による観測によってこれまでは捉えることができなかった宇宙を姿が出現する。

ニュートリノに反応し、ニュートリノに質量があるために振動することをとらえたのが光電面の直径が約50センチメートルの光センサーの光電子増倍管である。これは11,129本取り付けられた光計測器である。レーザー利用の巨大にして精密なマイケルソン光波干渉計によって重力波による空間の歪みとしての長さの伸び縮みが観測された。計測機器と計測方法そして計測技術と科学や学術とのかかわりをニュートリノ観測、ニュートリノ震動の観測、重力波の観測にみることができる。



レーザー干渉計型重力波検出器
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
2016-02-15-michelsons-tennmonndai-.jpg

レーザー干渉計型重力波検出器と重力波の影響およびその検出の原理図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
2016--2-15-Interferometer-kagura-.jpg

大型低温重力波望遠鏡KAGRAのイメージ図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
2016-02-15-LCGT-650x624-kagura-.jpg

ブラックホール連星のイメージ図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
2016-02-15-bb_f2-tennmonndai-.jpg

画像は重力波のイメージ図
(国立天文台のホームページに掲載のものを使用しました)
2016-02-1520160212-gw-fig.jpg

(タイトル その2 重力波と観測装置を説明する)
アインシュタインが予言した重力波を直接にとらえることに成功した米国「LIGO」チーム
(重力波望遠鏡はレーザー干渉計による精密な長さ測定を原理とする)

(本文)

 アインシュタインが予言した重力波は間接にはとらえられていたが、レーザー干渉計によって直接に検知された。2016年2月11日に米カリフォルニア工科大と米マサチューセッツ工科大などの研究チームが発表した重力波の直接の検知であり、2015年9月14日に米国にある観測装置「LIGO」(ライゴ)に重力波が作用したのに対してレーザー干渉計が動作したのである。

 この事実は日本で間もなく稼働する同じ仕組みの大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)チームは先を越されたことへの感情がある一方で確かな形で重力波がとらえられたことによって、重力波望遠鏡による天体観測の幕が開けたことへの喜びを表明している。今後は 岐阜県飛騨市神岡の神岡鉱山跡地に据えられた「KAGRA」が、米国の重力波望遠鏡「LIGO(ライゴ)」(レーザー干渉計重力波天文台)(Laser Interferometer Gravitational Wave Observatory)と連携して天体観測の新しい領域を切り開くことになる。

重力波(じゅうりょくは)は、時空(重力場)の曲率(ゆがみ)の時間変動が波動として光速で伝播する現象である、この現象は電磁波とは違っている。重力波は1916年に一般相対性理論に基づいてアルベルト・アインシュタインによってその存在が予言されたのち100年近くにわたって直接に検出する試みがなされてきた。

 間接に重力波は検出されてはいた。1974年にジョゼフ・テイラーとラッセル・ハルスは、連星パルサーのPSR B1913+16を発見し、自転周期とパルスの放射周期を精密に観測し軌道周期が徐々に短くなっていることをつきとめた。この現象は重力波によってエネルギーが外に持ち出されたことで起きるとされ、その周期減少率は一般相対論の予言値に誤差の範囲内で一致した。2人は「重力研究の新しい可能性を開いた新型連星パルサーの発見」としてノーベル物理学賞を1993年に受賞した。

 素粒子物理学の標準理論では重力相互作用を伝達する素粒子として重力子(graviton)が想定されている。しかし2016年の時点ではこれは検出されていない。重力波の検出は、現在の一般相対性理論研究の大きな柱の1つである。重力波検出のために巨大な設備のレーザー干渉計や共振型観測装置が世界の数拠点で稼働している。日本でも近く飛騨市神岡に建設中の「KAGRA」(かぐら)が稼働する。重力波は非常に弱いので観測装置の能力が不足すると直接の信号はノイズに埋もれて見つけにくい。このため観測データから重力波を抽出するには重力波の波形を理論的に計算して予測する研究がつづけられてきた。今回のレーザー干渉計方式の重力波望遠鏡をつかった米国「LIGO」チームは重力波を直接に明瞭にとらえている。

 重力波は物体が加速度運動をすることにより放出される。完全な球対称な運動(星の崩壊など)や円筒対称な運動(円盤状物体の回転など)からは放出されない。巨大な質量の天体が光速に近い速度で運動するときに重力波は強く発生する。ブラックホール、中性子星、白色矮星などのコンパクトで大きな質量を持つ天体が連星系を形成すると、重力波によってエネルギーを放出して合体する。

 観測装置「LIGO」で検出した重力波は、球から約13億光年の位置にある2つのブラックホールが互いに渦を巻くように回転して衝突したときに発生したものである。これによって時空の「さざ波」のような状態の重力波が直接に観測された。

 2つの鏡を4キロメートル離れたところに設置すると、重力波によって陽子の直径の1万分の1の変化が生じる。「LIGO」の検出器でこれを検出(測定)した。

 「LIGO」(ライゴ)は、L字型をした2基の同じ検出器をルイジアナ州リビングストンとワシントン州ハンフォードに設置されている。検出した信号が本物であるためには、両方の検出器で同時にキャッチされなければならない。検出器はL字型に直交するアームのそれぞれに鏡を設置している。通過する重力波は、時空を1つの方向に引き伸ばし、もう1つの方向に押し縮めて、検出器のアームの長さをごくわずかだけ変化させる。この変化をレーザーで測定する。

試行錯誤をつうじてやっとたどり着いた重力波の直接検出であるが。重力波が観測できるとアインシュタインの方程式を使うと、どのような天体現象がその重力波を発生させたかを推定できる。今回とらえることができた重力波は2つのブラックホールの衝突によって発生したものだ。2つのブラックホールは合体し、太陽の60倍以上の質量を持つ1つのブラックホールを形成した。

 巨大な恒星が死んで押しつぶされるときに形成されるブラックホールは、宇宙で最も奇妙な天体の1つである。近づいてきた物質や光を圧倒的な重力で捉えてしまう高密度のブラックホールは「ゆがんだ空間がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて刻々と変化していく」という理論が説かれている。

飛騨市神岡に建設されていて間もなく動きだす重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)が米国などのそれらと連携して重力波を観測すると、三角測量の原理によって発生源の方角や位置を特定できる。

重力波の働きで生ずる動作を観測できる重力波望遠鏡は、光学望遠鏡あるいはエックス線望遠鏡では見えなかった現象がとらえられる。これまでは見えなかった宇宙の現象にせまるのが重力波望遠鏡である。

 重力波で宇宙を見ることは、人類が初めて赤外線X線やマイクロ波の目で宇宙を見たときに匹敵する。人類は何千年も前から可視光で恒星や惑星を見て、その動きを観察してきた。初めて赤外線で見た宇宙は、星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 重力波望遠鏡は重力波をつかまえて観測する新しい手法の望遠鏡である。電磁波ではよく観測できなかった遠方の天体や天文現象をつかまえることができるようになる。ブラックホールはそれが推定されたのちにさまざまな方法で証拠をつかんできた。重力波望遠鏡は新しい形でブラックホールをみる方法となる。

 1916年にアインシュタインによって予言された重力波は、一般相対性理論のなかでもとりわけ奇妙な現象である。重力波はブラックホールの衝突、中性子星の合体、恒星の爆発など、時空を伸び縮みさせるほどの激しい高エネルギー現象によって発生する。

 人は日常では時空の伸び縮みを感じない。時間は一様に流れており風景が伸び縮みしない。カリフォルニア工科大学の「LIGO」のチームを率いるアラン・ワインスタイン氏は、「それでも重力波は、この瞬間にも私たちの体を通り過ぎています。これは確かなことなのです」と述べる。「LIGO」のチームは総勢千名をこえる人員で構成されている。

 重力波が地球を通り抜けているのは確実なのに、それを観測できなかったのは、空間の伸び縮みが極度に小さいためである。その大きさは10の21乗分の1メートルである。それは原子核を構成する陽子の直径のわずか100万分の1だ。

 学術誌『フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)』に発表された「LIGO」チームの原稿を見た米国国立電波天文台のスコット・ランサム氏は「とんでもなくすばらしいデータです」と述べる。「特段の統計的操作もせずに、検出器の生のデータに重力波を見てとることができるなんて、ほとんど誰も期待していなかったと思います」とつづける。

 「LIGO」の科学者たちは、信号は本物だと確信している。見積もりによれば、これだけ本物らしい偽(にせ)の信号は20万年に1度しか入ってこない。「LIGO」は2015年10月12日にもブラックホールの合体により発生したと思われる候補信号を少なくとも1つ検出しているが、それが偽(にせ)の信号ではないという確証はないという。

 米国の「LIGO」の重力波検出装置は1辺が4キロメートルの管をL字形に配置されている。直角に交わる部分から2方向にレーザー光を同時に放ち、4キロメートル先の鏡に反射して戻ってきた光を重ね合わせる。重力波が通過すると時空がゆがむために、重ね合わせたレーザー光にずれが生じる。このずれを計測(観察)することによって重力波が検出される。

 重力波がぶつかると二つの物体の間の距離が変化してみえる。それを検出する装置が「LIGO」のなど重力波望遠鏡という設備である。重力波による物体間距離の変化は、直交する二つの方向のうち、片方が伸びたときはもう片方が縮むという変化を繰り返す。その伸縮量は物体間距離が離れているほど大きくなる。

 同じ光を直交する二方向に向けて発射し、遠くに置いた鏡で反射させ、また戻ってきた光の到達時間を両方で比較して長さを測る。伸びた距離を走った光のほうが短い距離を走った方の光より帰ってくるのに時間がかかるため、伸縮の有無が分かる。

 光が走る腕の長さは4キロメートルほどが限界である。これは地球が丸いためその影響がでるからだ。腕の長さは4キロメートルであると一回折り返しでは8キロメートルになる。片腕に二枚の鏡をつけてその間を何度も反射して折り返すと光が70キロメートル走る。

 現在世界で最も感度のよい「LIGO」重力波望遠鏡であっても、数百年に一度の重力波イベントしか捉えることができなかったのが設備の能力を飛躍的に高めてことで重力波の直接検出することができるようになった。観察能力の向上は1年に数回の重力波イベントの観測を実現することに通じる。こうしたことによって重力波天文学の幕が開く。

日本で「KAGRA」(かぐら)計画として進められている神岡鉱山地下の設備による観測の成果が期待される。重力波望遠鏡の「KAGRA」計画では、感度向上のため他の装置にはない二つのことに挑んでいる。

 一つは神岡鉱山内という地面振動が少なく、温度・湿度の安定な環境に設置することだ。神岡鉱山内の振動は地上の100分の1である。重力波検出装置を長時間運転し、観測するための利点になる。20メートルの小規模サイズの設備であってもプロトタイプ検出器(LISM重力波プロトタイプ)では極めて簡素な制御のみで、当時の複雑な制御系を組み込んだどの大型検出器も達成できていないかった1週間以上の連続運転を実現している。

 二つ目は検出器にサファイアという光学素子を使用し、それを世界最低振動の電気冷凍器によってマイナス253℃という絶対0度のマイナス273.15℃に近くまで冷却することで、検出器の感度を制限していた熱雑音を低減している。プロトタイプとして神岡鉱山内にCLIO(Cryogenic Laser Interferometer Observatory)検出器を建設し、低温鏡を利用した検出器の実証実験が行われている。

 岐阜県飛騨市の神岡鉱山はニュートリノ観測施設「スーパーカミオカンデ」で知られるが、同じ神岡鉱山跡地に大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」が完成し、2015年11月に報道陣にプレスリリースがだされ同時に公開された。

 「KAGRA」は地下200メートル以深に掘った片腕3キロメートルのL字型トンネルを利用する巨大なレーザー干渉計で、重力波の到来による2点間の距離の変化を検出する。今年度中に試験観測を開始し、2017年には本格観測を開始する予定だ。「KAGRA」とは「神岡」のKAと重力をイメージする「Gravity」や「Gravitational wave」のGRAを組み合わせてつけられた名称で「かぐら」と読ませる。

大型低温重力波望遠鏡計画が「KAGRA」計画であり、この望遠鏡の構造は地底深くに設置されたレーザー干渉計である。だからレーザー干渉計型重力波検出器という言い方もできる。

 重力波は波動現象だが、人類が道具としてきた電磁波の仲間とは異なる特徴をもっている。重力波は重力を発生する起源である質量が運動することで生じる。質量は物理学では時空の構造を決定する要素である。数学の領域にあった目に見えないな天文現象を観測の領域に導いたのが重力波を使った宇宙の観察である。電磁波を使った観察と異なる天文観測の新領域である。

 計測と計測機器の視点に立って重力波望遠鏡を理解すると、重力波望遠鏡はレーザー干渉計による精密な長さ(距離)測定である。ある距離の間を行き来するレーザー波が重力波が到来すると歪(ゆが)むために、その行き来の時間が変化する。時間の変化は長さ(距離)の変化である。

 米国の「LIGO」(ライゴ)は重力波による空間のゆらぎを反映する動きを2015年9月14日に米国ルイジアナ州とワシントン州に設置された2の設備で検出したのである。その検出装置はレーザー干渉計であった。その観測対象の大きさは原子核を構成する陽子の直径のわずか100万分の1であり、表現を変えると10の21乗分の1メートルである。






最終更新日  2016年03月24日 17時38分30秒
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2016年03月22日
空間が歪んだことによる長さの変化を光波干渉計でとらえる

(タイトル その1 短い文章による重力波と観測装置)
空間が歪んだことによる長さの変化を光波干渉計でとらえる

(本文)

 L字型をした4キロメートルの同一の長さの装置をつくってその長さ比較をする。ここに20桁ほど0を連ねた差が生じるとレーザーを用いた光波干渉装置にはモアレ縞を発生させてそれを感じ取る。空間の歪みの現象をこの装置が感じ取ったその状態は重力波の検証である。そのように言われていて専門の学者・研究者は米国の重力波観測チームによる観測装置「LIGO」(ライゴ)にその現象が出現したと認めている。これが重力波の直接の観測第一号であり2016年2月11日に発表された。

質量の作用によって空間が歪むことはいくつかの形で確かめられていた。この歪みを直接に観測するために光波干渉計が設置されていて、この装置に重力波が到達して空間の歪みが観測された。日本の観測装置は近く稼働する。欧州ではいくつかの観測装置が動いている。米国のその装置は観測の精度としての感度を上げる改良をして、その装置が空間の歪みによって生じたL字型の腕の長さの差を検知した。

少し乱暴な表現であるが、宇宙の誕生は人の誕生でもある。生命をもち知能をもつ人の誕生は宇宙の誕生なくしてあり得ない。宇宙の誕生は無から有への転換であり、時間と空間の発生でもある。その宇宙の観測のためにガリレオガリレイは望遠鏡を用いた。見えたのは恒星と地球の惑星であるがこの惑星がよく見えるようになった。望遠鏡は倍率を上げた。そのあとにて赤外線やX線やマイクロ波による観測が行われるようになった。国立天文台のすばる望遠鏡は可視光から赤外線領域の観測をする仕組みだ。


 星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 赤外線で見た宇宙は、星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)を最初の赤外線望遠鏡は観測し、そののち分光撮像装置の改良によって別のようすを見るようになった。X線望遠鏡に映ったのは星々の死骸だらけの宇宙であった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。「ゆがんだ空間がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて刻々と変化していく」のがブラックホールであり、このような現象を米国、欧州、日本の重力波天体望遠鏡による共同観測によって見ることができるかも知れれない。重力波による観測によってこれまでは捉えることができなかった宇宙を姿が出現する。

ニュートリノに反応し、ニュートリノに質量があるために振動することをとらえたのが光電面の直径が約50センチメートルの光センサーの光電子増倍管である。これは11,129本取り付けられた光計測器である。レーザー利用の巨大にして精密なマイケルソン光波干渉計によって重力波による空間の歪みとしての長さの伸び縮みが観測された。計測機器と計測方法そして計測技術と科学や学術とのかかわりをニュートリノ観測、ニュートリノ震動の観測、重力波の観測にみることができる。



レーザー干渉計型重力波検出器
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
2016-02-15-michelsons-tennmonndai-.jpg

レーザー干渉計型重力波検出器と重力波の影響およびその検出の原理図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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大型低温重力波望遠鏡KAGRAのイメージ図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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ブラックホール連星のイメージ図
(画像はKAGRA計画のホームページに掲載のものを使用しました)
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画像は重力波のイメージ図
(国立天文台のホームページに掲載のものを使用しました)
2016-02-1520160212-gw-fig.jpg

(タイトル その2 重力波と観測装置を説明する)
アインシュタインが予言した重力波を直接にとらえることに成功した米国「LIGO」チーム
(重力波望遠鏡はレーザー干渉計による精密な長さ測定を原理とする)

(本文)

 アインシュタインが予言した重力波は間接にはとらえられていたが、レーザー干渉計によって直接に検知された。2016年2月11日に米カリフォルニア工科大と米マサチューセッツ工科大などの研究チームが発表した重力波の直接の検知であり、2015年9月14日に米国にある観測装置「LIGO」(ライゴ)に重力波が作用したのに対してレーザー干渉計が動作したのである。

 この事実は日本で間もなく稼働する同じ仕組みの大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)チームは先を越されたことへの感情がある一方で確かな形で重力波がとらえられたことによって、重力波望遠鏡による天体観測の幕が開けたことへの喜びを表明している。今後は 岐阜県飛騨市神岡の神岡鉱山跡地に据えられた「KAGRA」が、米国の重力波望遠鏡「LIGO(ライゴ)」(レーザー干渉計重力波天文台)(Laser Interferometer Gravitational Wave Observatory)と連携して天体観測の新しい領域を切り開くことになる。

重力波(じゅうりょくは)は、時空(重力場)の曲率(ゆがみ)の時間変動が波動として光速で伝播する現象である、この現象は電磁波とは違っている。重力波は1916年に一般相対性理論に基づいてアルベルト・アインシュタインによってその存在が予言されたのち100年近くにわたって直接に検出する試みがなされてきた。

 間接に重力波は検出されてはいた。1974年にジョゼフ・テイラーとラッセル・ハルスは、連星パルサーのPSR B1913+16を発見し、自転周期とパルスの放射周期を精密に観測し軌道周期が徐々に短くなっていることをつきとめた。この現象は重力波によってエネルギーが外に持ち出されたことで起きるとされ、その周期減少率は一般相対論の予言値に誤差の範囲内で一致した。2人は「重力研究の新しい可能性を開いた新型連星パルサーの発見」としてノーベル物理学賞を1993年に受賞した。

 素粒子物理学の標準理論では重力相互作用を伝達する素粒子として重力子(graviton)が想定されている。しかし2016年の時点ではこれは検出されていない。重力波の検出は、現在の一般相対性理論研究の大きな柱の1つである。重力波検出のために巨大な設備のレーザー干渉計や共振型観測装置が世界の数拠点で稼働している。日本でも近く飛騨市神岡に建設中の「KAGRA」(かぐら)が稼働する。重力波は非常に弱いので観測装置の能力が不足すると直接の信号はノイズに埋もれて見つけにくい。このため観測データから重力波を抽出するには重力波の波形を理論的に計算して予測する研究がつづけられてきた。今回のレーザー干渉計方式の重力波望遠鏡をつかった米国「LIGO」チームは重力波を直接に明瞭にとらえている。

 重力波は物体が加速度運動をすることにより放出される。完全な球対称な運動(星の崩壊など)や円筒対称な運動(円盤状物体の回転など)からは放出されない。巨大な質量の天体が光速に近い速度で運動するときに重力波は強く発生する。ブラックホール、中性子星、白色矮星などのコンパクトで大きな質量を持つ天体が連星系を形成すると、重力波によってエネルギーを放出して合体する。

 観測装置「LIGO」で検出した重力波は、球から約13億光年の位置にある2つのブラックホールが互いに渦を巻くように回転して衝突したときに発生したものである。これによって時空の「さざ波」のような状態の重力波が直接に観測された。

 2つの鏡を4キロメートル離れたところに設置すると、重力波によって陽子の直径の1万分の1の変化が生じる。「LIGO」の検出器でこれを検出(測定)した。

 「LIGO」(ライゴ)は、L字型をした2基の同じ検出器をルイジアナ州リビングストンとワシントン州ハンフォードに設置されている。検出した信号が本物であるためには、両方の検出器で同時にキャッチされなければならない。検出器はL字型に直交するアームのそれぞれに鏡を設置している。通過する重力波は、時空を1つの方向に引き伸ばし、もう1つの方向に押し縮めて、検出器のアームの長さをごくわずかだけ変化させる。この変化をレーザーで測定する。

試行錯誤をつうじてやっとたどり着いた重力波の直接検出であるが。重力波が観測できるとアインシュタインの方程式を使うと、どのような天体現象がその重力波を発生させたかを推定できる。今回とらえることができた重力波は2つのブラックホールの衝突によって発生したものだ。2つのブラックホールは合体し、太陽の60倍以上の質量を持つ1つのブラックホールを形成した。

 巨大な恒星が死んで押しつぶされるときに形成されるブラックホールは、宇宙で最も奇妙な天体の1つである。近づいてきた物質や光を圧倒的な重力で捉えてしまう高密度のブラックホールは「ゆがんだ空間がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて刻々と変化していく」という理論が説かれている。

飛騨市神岡に建設されていて間もなく動きだす重力波望遠鏡「KAGRA」(かぐら)が米国などのそれらと連携して重力波を観測すると、三角測量の原理によって発生源の方角や位置を特定できる。

重力波の働きで生ずる動作を観測できる重力波望遠鏡は、光学望遠鏡あるいはエックス線望遠鏡では見えなかった現象がとらえられる。これまでは見えなかった宇宙の現象にせまるのが重力波望遠鏡である。

 重力波で宇宙を見ることは、人類が初めて赤外線X線やマイクロ波の目で宇宙を見たときに匹敵する。人類は何千年も前から可視光で恒星や惑星を見て、その動きを観察してきた。初めて赤外線で見た宇宙は、星々が生まれてくる高温の塵(ちり)の塊(かたまり)でいっぱいだった。X線で見た宇宙は星々の死骸だらけであった。マイクロ波で見た宇宙はビッグバンの高熱の名残に満たされていた。観測に重力波を用いることによって天文学は新たな地平をきりひらく。

 重力波望遠鏡は重力波をつかまえて観測する新しい手法の望遠鏡である。電磁波ではよく観測できなかった遠方の天体や天文現象をつかまえることができるようになる。ブラックホールはそれが推定されたのちにさまざまな方法で証拠をつかんできた。重力波望遠鏡は新しい形でブラックホールをみる方法となる。

 1916年にアインシュタインによって予言された重力波は、一般相対性理論のなかでもとりわけ奇妙な現象である。重力波はブラックホールの衝突、中性子星の合体、恒星の爆発など、時空を伸び縮みさせるほどの激しい高エネルギー現象によって発生する。

 人は日常では時空の伸び縮みを感じない。時間は一様に流れており風景が伸び縮みしない。カリフォルニア工科大学の「LIGO」のチームを率いるアラン・ワインスタイン氏は、「それでも重力波は、この瞬間にも私たちの体を通り過ぎています。これは確かなことなのです」と述べる。「LIGO」のチームは総勢千名をこえる人員で構成されている。

 重力波が地球を通り抜けているのは確実なのに、それを観測できなかったのは、空間の伸び縮みが極度に小さいためである。その大きさは10の21乗分の1メートルである。それは原子核を構成する陽子の直径のわずか100万分の1だ。

 学術誌『フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)』に発表された「LIGO」チームの原稿を見た米国国立電波天文台のスコット・ランサム氏は「とんでもなくすばらしいデータです」と述べる。「特段の統計的操作もせずに、検出器の生のデータに重力波を見てとることができるなんて、ほとんど誰も期待していなかったと思います」とつづける。

 「LIGO」の科学者たちは、信号は本物だと確信している。見積もりによれば、これだけ本物らしい偽(にせ)の信号は20万年に1度しか入ってこない。「LIGO」は2015年10月12日にもブラックホールの合体により発生したと思われる候補信号を少なくとも1つ検出しているが、それが偽(にせ)の信号ではないという確証はないという。

 米国の「LIGO」の重力波検出装置は1辺が4キロメートルの管をL字形に配置されている。直角に交わる部分から2方向にレーザー光を同時に放ち、4キロメートル先の鏡に反射して戻ってきた光を重ね合わせる。重力波が通過すると時空がゆがむために、重ね合わせたレーザー光にずれが生じる。このずれを計測(観察)することによって重力波が検出される。

 重力波がぶつかると二つの物体の間の距離が変化してみえる。それを検出する装置が「LIGO」のなど重力波望遠鏡という設備である。重力波による物体間距離の変化は、直交する二つの方向のうち、片方が伸びたときはもう片方が縮むという変化を繰り返す。その伸縮量は物体間距離が離れているほど大きくなる。

 同じ光を直交する二方向に向けて発射し、遠くに置いた鏡で反射させ、また戻ってきた光の到達時間を両方で比較して長さを測る。伸びた距離を走った光のほうが短い距離を走った方の光より帰ってくるのに時間がかかるため、伸縮の有無が分かる。

 光が走る腕の長さは4キロメートルほどが限界である。これは地球が丸いためその影響がでるからだ。腕の長さは4キロメートルであると一回折り返しでは8キロメートルになる。片腕に二枚の鏡をつけてその間を何度も反射して折り返すと光が70キロメートル走る。

 現在世界で最も感度のよい「LIGO」重力波望遠鏡であっても、数百年に一度の重力波イベントしか捉えることができなかったのが設備の能力を飛躍的に高めてことで重力波の直接検出することができるようになった。観察能力の向上は1年に数回の重力波イベントの観測を実現することに通じる。こうしたことによって重力波天文学の幕が開く。

日本で「KAGRA」(かぐら)計画として進められている神岡鉱山地下の設備による観測の成果が期待される。重力波望遠鏡の「KAGRA」計画では、感度向上のため他の装置にはない二つのことに挑んでいる。

 一つは神岡鉱山内という地面振動が少なく、温度・湿度の安定な環境に設置することだ。神岡鉱山内の振動は地上の100分の1である。重力波検出装置を長時間運転し、観測するための利点になる。20メートルの小規模サイズの設備であってもプロトタイプ検出器(LISM重力波プロトタイプ)では極めて簡素な制御のみで、当時の複雑な制御系を組み込んだどの大型検出器も達成できていないかった1週間以上の連続運転を実現している。

 二つ目は検出器にサファイアという光学素子を使用し、それを世界最低振動の電気冷凍器によってマイナス253℃という絶対0度のマイナス273.15℃に近くまで冷却することで、検出器の感度を制限していた熱雑音を低減している。プロトタイプとして神岡鉱山内にCLIO(Cryogenic Laser Interferometer Observatory)検出器を建設し、低温鏡を利用した検出器の実証実験が行われている。

 岐阜県飛騨市の神岡鉱山はニュートリノ観測施設「スーパーカミオカンデ」で知られるが、同じ神岡鉱山跡地に大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」が完成し、2015年11月に報道陣にプレスリリースがだされ同時に公開された。

 「KAGRA」は地下200メートル以深に掘った片腕3キロメートルのL字型トンネルを利用する巨大なレーザー干渉計で、重力波の到来による2点間の距離の変化を検出する。今年度中に試験観測を開始し、2017年には本格観測を開始する予定だ。「KAGRA」とは「神岡」のKAと重力をイメージする「Gravity」や「Gravitational wave」のGRAを組み合わせてつけられた名称で「かぐら」と読ませる。

大型低温重力波望遠鏡計画が「KAGRA」計画であり、この望遠鏡の構造は地底深くに設置されたレーザー干渉計である。だからレーザー干渉計型重力波検出器という言い方もできる。

 重力波は波動現象だが、人類が道具としてきた電磁波の仲間とは異なる特徴をもっている。重力波は重力を発生する起源である質量が運動することで生じる。質量は物理学では時空の構造を決定する要素である。数学の領域にあった目に見えないな天文現象を観測の領域に導いたのが重力波を使った宇宙の観察である。電磁波を使った観察と異なる天文観測の新領域である。

 計測と計測機器の視点に立って重力波望遠鏡を理解すると、重力波望遠鏡はレーザー干渉計による精密な長さ(距離)測定である。ある距離の間を行き来するレーザー波が重力波が到来すると歪(ゆが)むために、その行き来の時間が変化する。時間の変化は長さ(距離)の変化である。

 米国の「LIGO」(ライゴ)は重力波による空間のゆらぎを反映する動きを2015年9月14日に米国ルイジアナ州とワシントン州に設置された2の設備で検出したのである。その検出装置はレーザー干渉計であった。その観測対象の大きさは原子核を構成する陽子の直径のわずか100万分の1であり、表現を変えると10の21乗分の1メートルである。






最終更新日  2016年03月22日 22時53分16秒
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2015年12月28日
(写真と下欄の文章はかんけいありません)

8月18日に八島が原湿原で撮影した赤い花。なんとかセンノウといいます。
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(タイトル)
定年後に楽しく仕事ができている計量士は仕合わせだ

(本文)

資格があってそれで生きていくことができるならそれはいい。医師と弁護士だけが資格で飯が食えるといわれる。公認会計士がこれに加えられるか。医師になるためには医学部へ入学しなければならない。弁護士には難関の司法試験のがある。学校の成績が良いだけでこの二つの資格をとっても適正がなければ仕事がつまらない。それでも楽に飯が食えるからとこの職に妥協する人は多い。医者の長時間労働がやっと世に知れるようになった。悪の手先のような仕事で稼ぐ弁護士もいる。家庭の主婦をしていて乏しい手当で人権擁護のための法廷に立つ弁護士もいる。甲斐ということでは医者も弁護士も悪い仕事ではない。資格を取得するのに苦労があり望んでもなれない人が多い。

 サラリーマン映画の主役であった植木等を知らない世代が増えている。植木等は音楽ができ教養のある人だ。映画の世界では無責任男を演じる。会社に束縛される日本社会にあって無責任なスチャラカ男の立ち回りは痛快でる。何をあくせく会社員生活に身をやつすか、と述べると一生懸命に働いている人々を茶化すようでいけない。会社の決まり切った業務を昨日も今日も同じようにしていては駄目だ。そのようにしていれば周囲は異議を唱えないが時代が進むとその業務は屑籠に捨てられる。

 1970年ころには都バスの女性車掌がいなくなった。鋏(はさみ)をかカチャカチャと鳴らして粋がっていた改札員がいた。手に職を持つことが生きていくのに便利だからと仕立て職人にならされた人がいた。靴職人も同じである。その後に洋服と靴のチェーン店が増大した。洋服も靴も町の職人が一つ一つ手作りしていたものだ。旋盤工の数が少なくなった。コンピュータ制御の自動旋盤は無人で昼夜運転する。精密天秤のナイフエッジを削り研ぐ職人は体調が悪いと仕事をしなかった。身体が自然に動いてこそできる仕事であった。天秤メーカーの守谷の職人が語っていた。そうした精密ハカリは現在もわずかに使われているが整備がおぼつかない。

 高等小学校卒業の身であった松本清張は職業をいくつか経験したあとで小倉の朝日新聞社で広告版下制作の職人をしていた。傾倒した文芸によって松本清張は1953年に『或る「小倉日記」伝』で芥川賞を得る。森敦は『月山』で1974年に芥川賞を受賞した。森敦は旧制第一高校を退学したあと、22歳ころにはいくつかの新聞に小説を連載していた。その後は放浪し、さらに印刷工場で活字を拾う文選工をしていた。芥川賞がやってきたのは62歳のときにであった。文選工はいまはほとんどいない。松本清張がしていた仕事は広告図案作成として残っている。

 大事な仕事ではあるけれども要らなくなるのではないか、やめても良いのではないか、と問い返すことだ。機械などで置き換えられるか、要らなくなった仕事は多い。日常の決まり切った業務内容をルーティンという。プログラムの命令群がルーティンであり、ここからきた言葉のようだ。観念を固定して改良を想起させないルーティンという言葉は使わないことだ。

会社員には定年退職がある。その後もこれまでやってきた仕事と関係して楽しくあればこの上ない。定年後に計量士の資格によって会社勤務などをしている人は多い。得られる収入は「旅行ができる程度」と控えめにいう人がいる。22歳のフリーターの5倍もの報酬で迎えられる人もいる。収入は十分でなくても定年後に健康に恵まれて楽しく仕事ができる計量士は仕合わせだ。






最終更新日  2015年12月28日 08時44分20秒
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