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カテゴリ:シルクロード
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平城遷都1300年祭・大遣唐使展見学と平城宮跡を訪ねて 6月10日、奈良国立博物館で開催された大遣唐使展見学と平城宮跡に行きました。 (上の画像の説明・大遣唐使展のチラシ表面です。スキャンしました。) 平城遷都1300年祭開催中に、関西の私鉄で平城宮跡会場や奈良の寺院を巡る場合は、せんとくん平城京1日電車乗車券の利用がお勧めです。能勢電鉄・日生中央駅から乗車する私の場合、2000円の能勢版・乗車券を利用しましたが、680円得な勘定になりました。発売期間は、11月7日(日)、有効期間も11月7日(日)の好きな1日です。
(上の画像の説明・せんとくん平城京1日電車乗車券と、乗車券についているせんとくんバッチです。スキャンしました。) ◎大遣唐使展 平城遷都1300年を記念して開催された大遣唐使展は、国内の国宝約40件、重要文化財約80件をはじめ中国・アメリカの海外からの第1級の文化財など約260件を展示していました。 遣唐使の先駆となった遣隋使が派遣された607年以降、約300年間にわたって展開されたダイナッミックな日中交流の様相と、大陸文化を吸収して成長と変貌をとげたわが国の軌跡を見ることができました。
(上の画像の説明・奈良国立博物館、大遣唐使展会場の入口風景です。2010.6.10撮影) 私の一番の目的は、「吉備大臣入唐絵巻」でした。この絵巻は、吉備真備(695~775)の唐における活躍を、超人的なエピソードをまじえつつ、生き生きと描いた平安絵巻の傑作で、1932年にアメリカに渡り、幻の国宝とも称されており、27年ぶりの日本公開です。伝説の絵巻、ついに帰還!です。 吉備真備は、天平時代、地方豪族出身でありながら懸命に勉学に励み、命がけで大海の波濤を越え2度にわたって中国大陸の土を踏みました。18年の在唐生活を経て帰国した真備が伝えた大陸の文化は、古代日本の成長に大きく貢献しただけでなく、その名を唐土に広く知らしめ日中の交流に大きな貢献をしました。 遂に右大臣まで昇りつめたその政治姿勢は、常に冷静で誠実、潔白でした。政治的な抗争にくみすることなく、ただひたすら日本の安定と平和のために力を注ぎました。豊かで広い学識を持ちながら決しておごることもありませんでした。 皇族でも藤原氏でもないのに、学問の能力だけで右大臣にまで昇りつめたのは、日本歴史始まって以来のことで、これ以降も菅原道真の1人しかいません。天平時代の文化・政治史に燦然と輝く人物です。
(上の画像の説明・「吉備大臣入唐絵巻」第1巻を描いたファイルです。会場の地下回廊の売店で買ったファイルをスキャンしました。) 他にも、8世紀に唐で作られた日本初公開の「観音菩薩像」(ベンシルバニア大学博物館)と奈良・薬師寺の国宝「聖観音菩薩立像」の二つの美しき観音像の並んでの展示、これまで存在を知られることがなかった京都・安祥寺の「十一面観音像」の初公開、遣唐留学生として、足かけ17年の間、異国で勉学に励み、帰国直前に、36歳で急逝した、井真成の墓誌など見どころが満載の展示でした。 私の学んでいるカルチャーセンター・「シルクロードのロマンと仏陀の道」の2010.6.30の講座「遣唐使と海外交流」でも、井真成の墓誌について学びましたので、また取り上げたいと思っています。 京都・安祥寺の「十一面観音像」は、最近その存在が知られるようになった8世紀・天平時代の一木彫像ですが、座高2.5mの力強く、美しい仏像でした。しばらく、その圧倒的な存在感に魅了されました。
(上の画像の説明・京都・安祥寺の「十一面観音像」です。大遣唐使展・チラシ裏面の写真をスキャンしました。) この展示会を見て、必ず生きて帰れるとは限らない過酷な旅を経て、彼らが大陸からもたらした知識・情報・文物は、日本の文化水準を飛躍的に高め、その遺産は今日もなお輝きを失っていないと思いました。 ◎平城宮跡会場 大遣唐使展見学のあとは、近鉄西大寺駅で下車、無料シャトルバスで平城宮跡会場へ向いました。 会場でまず平城京歴史館の入場整理券をもらい、時間があるので、平成9年(1997)に復元された平城宮朱雀門を見学しました。この門が朱雀大路に向って開く平城宮の正門です。
(上の画像の説明・平城宮跡・朱雀門です。2010.6.10撮影) この平城宮跡は、約130ヘクタール、甲子園球場の約30倍もの広大な敷地で、朱雀門からこの度復元された第一次大極殿までは真北に、近鉄電車の踏切をはさんで約800mもあります。 大極殿は、正面約44m、側面約20m、地面より高さ約27mの堂々と聳える建物で、天皇の即位式や外国使節との面会など、平城宮における最も重要な儀式の場となっていた建物です。建物内部には、当時天皇が儀式のときに座った玉座「高御座」の実物大模型などが展示されていました。
(上の画像の説明・平城宮跡・第一次大極殿です。2010.6.10撮影) 平城京歴史館(入場料500円)には、大型スクリーンによる「平城宮VRシアター」、アニメーションなどを駆使した「遣唐使シアター」、ストーリ仕立ての「テーマ展示」、そして「遣唐使船復元展示」があり、当時の平城宮や国際交流の様子を紹介していました。
(上の画像の説明・平城京歴史館のパンフレットです。スキャンしました。) 平城宮VRシアターでは、「平城京・はじまりの都」として、在りし日の平城宮の姿を最新の映像技術を駆使して再現していました。通訳として平城京にとどまった外国使節団の一員の回想物語を通じて、都づくりの始まりから大きく発展していく平城宮の姿を紹介、眼の前一杯に広がる5面マルチスクリーンで迫力ある映像を楽しむことができました。 また、原寸大の遣唐使船復元展示もあり、平城京歴史館に入場すると実際に船上に立つことができます。この遣唐使船は、全長:30m、全幅:9.6m、排水量:300トン、積載荷重:150トンで私の思っていたより、やや大きい感じもしましたが、8世紀になると、この船におよそ150人が乗り込み、船4隻、計600人で船団を組んで出発しました。 1隻に150人も乗るとすれば、ずいぶん狭い感じでした。特に新羅との関係が悪化した、8世紀以降は、遣唐使船は、とりあえず国内最後の寄港地である五島列島までは揃って行き、そこからは東シナ海を一気に横断する危険な航路をとったのでした。
(上の画像の説明・遣唐使船復元展示です。2010.6.10撮影) 航海技術のそう発展していない時代、この大きさの船で、東シナ海の荒海にもまれるとすれば、それは正に命がけの旅だったのです。 260年間に、計20回計画されたものの、唐の都・長安に到着したのは13回にすぎなかったといいます。全員が無事に戻ってこられたのは実に1回だけ。多くの犠牲を払いながら、彼らは大陸の知識・情報・文物を日本にもたらしたのです。
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Last updated
2010.07.18 00:25:21
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