東大寺・お水取りの秘法について その1(22年2月17日、カルチャースクール「シルクロードのロマンと仏陀の道」を受講して)
東大寺・お水取りの秘法について その1 (22年2月17日、カルチャースクール「シルクロードのロマンと仏陀の道」を受講して) 2月17日、朝日新聞社主催・カルチャースクールの22年1月期講座の第4回を受講しました。(上の画像の説明・東大寺二月堂・お松明(たいまつ)の画像です。東大寺と正倉院、著者・児島健次郎他、雄山閣出版社、1997年発行、184頁の写真をスキャンしました。) 今回のテーマは、シルクロードの東の終着駅の奈良、そこに位置する東大寺・二月堂に伝わるお水取りの秘法についてです。お水取りは、天平勝宝4年(752)から、回を重ね途中も途絶えることなく、平成22年で実に1,259回を数える伝統行事です。この毎年、3月1日から14日にかけて行われる行事の中には、今もなお鮮やかにシルクロードの香りが残っているのです。 講師の児島健次郎先生は、上述の「東大寺と正倉院」の著者ですが、先生のお話を聞き、そして以前に放映されたNHKの「東大寺お水取り」の映像を見ての講座でした。◎お水取りの名称 「水取りやこもりの僧の沓(くつ)の音」 芭蕉 修二会(しゅにえ)は東大寺二月堂の本尊十一面観音に東大寺の僧侶(練(れん)行(ぎょう)衆(しゅう))が、おのが犯した罪やけがれを懺悔(ざんげ)して国家の安泰と人々の豊楽を祈る法要です。一般的に「お水取り」と呼ばれていますが、これは12日夜に本尊にお供えする霊水を汲み取る行事があるからです。また「お松明」とも言われているのは、練行衆が二月堂に上堂するとき、道あかりとして用いるところからきています。 正しくは、「修二会」と言い、むずかしくは「十一面観音悔過(けか)法」とか「二七日(にしちにち)六時(ろくじ)の行法」と呼んでいます。悔過と言うのは、御本尊に罪過を懺悔して罪障の消滅とともに天下泰平、風雨順時、五穀成熟、万民快楽を祈るものです。◎起源 修二会は、天平勝宝4年(752・大仏開眼の年)に実(じつ)忠和(ちゅうか)尚(しょう)が創始したと言われ、大同4年(809)85歳まで行法に参加しました。和尚は東大寺初代別当良(りょう)弁(べん)僧正の高弟で、インドの人とも考えられていますが、天文14年(1545)の「二月堂縁起絵巻」をもとに、起源をみてみると、天平勝宝3年10月、実忠和尚が笠置の龍穴に入っていると、都卒天(とそつてん)の内院に至りました。都卒天内院は将来仏となるべき菩薩が過ごしており、現在は弥勒菩薩が住む天上界です。実忠はここで天人たちが集まって「十一面悔過」の行法を修しているのを見て、これを人間の世界にも伝えようとして二月堂を建てたことに起源があるとされています。(上の画像の説明・東大寺初代別当良(りょう)弁(べん)僧正の坐像です。(国宝 平安時代 木造 像高92.4cm)東大寺と正倉院、著者・児島健次郎他、雄山閣出版社、1997年発行、138頁の写真をスキャンしました。)(上の画像の説明・二月堂縁起絵巻・上巻の詞書(ことばかき)です。東大寺と正倉院、著者・児島健次郎他、雄山閣出版社、1997年発行、172頁と173頁の写真をスキャンしました。)(上の画像の説明・二月堂縁起絵巻・上巻の一部、兜卒天(とそつてん)の内院です。東大寺と正倉院、著者・児島健次郎他、雄山閣出版社、1997年発行、172頁と173頁の写真をスキャンしました。)◎配役 行法に加わる修二会参籠衆を練行衆といい、四(し)職(しき)の4人と平(ひら)衆(しゅう)の7人の計11人です。◎十一面悔過 本行は二七日六時の行法と言い、一日6回の法要を2週間行います。6回それぞれ時間がちがい、内容も異なります。 行法の骨子は十一面悔過で、概要は三(さん)礼文(らいもん)・供養文・如来(にょらい)唄(ばい)・散華行道・咒(しゅ)願文・称名(しょうみょう)・発願(ほつがん)・大(おお)懺悔・小(しょう)懺悔・心経行道・廻向(えこう)文であり、その中心は称名です。 称名は悔過と宝号とに分かれており、悔過は十一面観音の御面相やお姿、お徳などを説いた玄奘(げんじょう)の漢訳による「十一面神(しん)呪(じゅ)心経」というお経の抜粋のようなものです。この声明は美しい旋律を伴った音楽です。 宝号は観音の名号を言い、南無観自在菩薩・南無観自在・南無観と三様にいろいろな節まわしで何十回となく数珠をすりながら一称一礼します。 本来は五体投地(ごたいとうち)の恭敬礼拝であり、大小の懺悔文の間、五体板に右足を持ち上げ、全身の力を込めて右膝ごと体を板に叩きつけます。◎六時の作法 十一面悔過は1日6回、毎日繰り返されます。1昼夜を昼3時(晨帳(じんちょう)・日中・日没(にちもつ))と夜3時(初夜(しょや)・半夜(はんや)・後(ご)夜(や))という6つの時間に分けていることから「六時の作法」と言われます。◎神名(じんみょう)帳と過去帳 毎日初夜には「神名帳」、5日と12日には「過去帳」が読まれます。神名帳は日本国中5畿7道60余州532郡13,032郷に鎮座します490所の明神と14,000余所の諸神の御名を読み上げます。 また過去帳は天平から現代までの東大寺の有縁者、例えば聖武天皇や光明皇后、良弁僧正といった大仏造立、二月堂建立に関係深い方々から財物の寄進者や練行衆そして時の総理大臣まで何万という人々の名前を短い時間に節をつけて読み上げます。(上の画像の説明・蘆舎那仏(るしゃなぶつ)坐像(大仏)です。別冊太陽 日本のこころ165・平城京、株式会社平凡社2010年1月15日発行、87頁の写真をスキャンしました。) ここで、先生は「過去帳」に関わる面白いお話を聞かせて頂きました。それは「青(しょう)衣(え)の女人(にょにん)」と呼ばれる、東大寺との関係がよくわからない女人が、過去帳の中に入っていることです。 あるとき、過去帳を読み上げている最中、本堂に青い衣を着た女人が現れ、「何故、我をば過去帳には読み落としたるぞ」と言いました。女人禁制の本堂に突然現れたので、よほど高貴な人で、特別の理由がある人だろうと思い、思わず「青衣の女人」と読み上げました。そのとたん、ふと女人の姿は消えました。以来、「青衣の女人」は、この人の所だけは声を少し小さくして、読み上げられているのです。ずっと東大寺の僧に伝えられているお話だそうですが、果たして、「青衣の女人」の正体は誰であったのでしょうか。 続きは、その2として次回ブログに書き込みます。