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カテゴリ:東紀州の情報等
熊野市から紀宝町を通り熊野川を渡ると和歌山県新宮市
※新たに開通した紀勢道の熊野川河口大橋は二階大橋という方も居られる (引退されたこわもて二階代議士のおかげ/和歌山県代議士に三重県県議会議員が陳情) 市街地から少し南下すると 大型客船やタンカーが接岸できる新宮港が整備されています 先日、巨大なチップ船が入港していました 全長200m以上あると思います ![]() 私は約35年位前にこのチップ船より小さい全長150m位のチップ船の 荷役作業のバイトを会社に内緒でしていました 3縦に仕切られた船倉に入り チップを船のクレーンがチップをツカミやすいように中央に寄せるのです ※勤務時間は7時か17時までだったかな?(土日勤務) ![]() 埃やチップ微細粉塵が舞うので元受けの社員が 管板の上から船倉のチップに散水するのですが 船倉で作業中の私達に故意に水をかけてくるように思い苛立ったものです バイトの時間給が良かったのは 4トントラックを改造したチップ運搬専用ダンプの運転でした ①船首からチップがベルトコンベアで陸揚げ ②陸側の高所ホッパーにチップが溜まる ③4トンダンプを改造したチップ運搬ダンプをホッパーの下に運転して入れる ④ホッパーからチップがダンプ荷台に落とされます(ダンプは大きく揺れる) ⑤ホッパーのオペレーターがブザーを鳴らす ⑥私はダンプを約1.5m前進させる ⑦ホッパーから再びダンプにチップが落ちてきてます ⑧ダンプはラクダのように二つのチップの山が荷台に形成され オペレーターのブザーの合図でホッパーからダンプを発進させる ⑨港内の広大チップ集積所まで運搬しダンプあげてチップを落とす ※私の勤務時間は18時~22時まで (平日会社勤務を17時に終えて新宮港まで走った) ![]() 当時は子育てと住宅ローン返済があり 田舎の会社の給与賞与と農業収入では生活不安であり、様々なバイトをした 35年位前では、新宮港の荷揚げ(チップや木材の玉掛け)のほかに 電話線敷設、電気工事、製紙工場機械メンテ、山仕事、大工、税理士事務所他 皆さん私に来てくれとお呼びがあったり 私から頼んでバイトをしていた何でも屋でした ![]() 戻って チップの荷揚げは巴川製紙新宮工場の紙パルプ用でした しかし約30年前に製紙工場が閉鎖され建屋は解体される 広大な空き地が残されました そしてその空き地にスーパーセンターオークワ南紀店がオープン 約2000台の駐車場の周りはユニクロ、オートバックス。シネマ、はるやま・・・ 大商業地に変貌 私がバイトしていた時代は 港内をダンプでチップを運搬する人海作業 最近は、船からベルトコンベアで集積所に自動的に運ばれているようです このチップ、巴川製紙工場がないのに・・・なぜ 現在は、三重県南牟婁郡紀宝町の製紙会社が使うチップのようです このチップはインドネシアやベトナムからきたのでしょうかね? 新宮市人口は熊野と同様かなり減少 新宮は約2万5千人 熊野1万5千人 それでも新宮は都会です 熊野市民や紀宝町町民のちょっとした買い物は新宮へ行きますしね なにより新宮港があります、世界遺産の熊野三山の速玉大社も 新宮市、熊野市と違い消滅はなでしょうね ただ、叔母3人(親父の姉)の家は無くなってしまいそうです ○口家、○田家、○内家ですが 子供達(私の従兄弟)は3軒で11人居ますが、 ほとんどが大阪や和歌山市に出て行って、家建てて暮らしており あと継いで新宮で暮らす従兄妹はいません 母方の従兄弟は元は熊野市ですが新宮市に嫁いだ さい子ちゃんと厚子ちゃんの2名が暮らしていますけどね こちらは、何代も続いていくことでしょう 今○家 ○岡家 私の従兄弟は、親父、母方の両方で48人居ます 「グーグルマップ」より お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2025年08月26日 09時49分05秒
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