|
カテゴリ:エッセイ
工場実習の最終日、ラインの工員仲間が私の送別会を企画してくれました。
平田町の鍋料理の店でした。 自分のクルマを東京に持ち帰ってしまって足がなかった私は、南クンに迎えてにきてもらうことにしていました。 ところが翌日の引越しの準備やその他もろもろ手続き等に追われて、私は主賓にもかかわらず、少しばかり遅刻してしまいました。 遅れるかもしれない旨は事前に幹事に伝えてあったのですが、会場に向かうクルマの中で南クンが言うには 「班長のヤツ、なんや知らんが、エラい怒ってたで~。」 「え?なんで?少し遅れるというのは、事前に伝えてあったはずだけど…。」 「『最初から最後まで、自分勝手なヤツだ』、だと。オレはそれ聞いて、どっちが自分勝手や、って思ったけどな。」 これを聞いて私の堪忍袋の尾がプツンと切れました。 もし班長のヤツが送別会の場で何か絡んできたら、場が白けようが怒鳴りあいになろうが、徹底的に応戦してやる。今まで腹にためこんできたものを吐き出してやるぞ。 「まあまあそう怒りなさんな。ナベさんのお別れの会なんだからさぁ。班長のことなんか放っておこうよ。」 顔を真っ赤にしている(であろう)私を見て、余計なことを言ってしまったなぁと気まずそうに、南くんは会場に着くまでの間、必死に私の事をなだめてくれたのでした。 売られたケンカは買おうじゃないかと腕まくりをして乗り込んだ私でしたが、そんな意気込みは空振りに終わりました。 送別会の場では、班長は終始大人のふるまいだったからです。 明るく歯切れよく、長いあいだご苦労様、新しい職場にいってもこの工場での経験を糧に頑張って欲しいという班長の挨拶は、まことにもって教科書的で、ある意味非の打ち所のない、別の言い方をすれば至って杓子定規なものでした。送別される私向けというよりは、残った部下たちへの示威行為的なメッセージという感じでした。 直前まで班長が怒り狂っていたとあらかじめ聞いていた私からすれば、その爽やかな態度と言葉がいかにも白々しく、顔に「やっと厄介払いができるのだから、今日だけは我慢しておくか。」と書いてあるのが見て取れるようでした。 まあ班長からしてそんな感じでしたから、送別会は終始しらけた雰囲気でした。 私の事など眼中にないかのごとく、カラオケに夢中になる連中がいるかと思ったら、ふだん物静かで大人しい先輩がやたらと私に歌え歌えとしつこく迫ってきたり…。杯を注ぎに回ると、たいていの人とは、おざなりに「長いあいだお疲れ様だったね。」「新しい職場ではどんな仕事をやるの?」といったやりとりをふた言み言交わすと、すぐに隣の人たちとの会話に戻っていきました。 南クンはじめ何人か親しい友人ができたとはいえ、総じて私は自身で考えていたほどラインの仲間たちから愛されていたわけでなかったのだなあと改めて実感しました。 9ヶ月間も一緒にラインで働き、駅伝大会のメンバーにもなったりして、すっかり仲間の輪に加われた気でいたんですけどね。残された人たちにしてみれば、私のことなど年に何人も来ては去っていく期間工や研修生のうちの一人に過ぎないのですから、無理もないですけどね。 「ナベさんはええやん。終わりがあるんだからさ。オレらなんか一生この生活だぜ。」 南君がよく笑いながら言っていた言葉が身にしみました。 そういえば、先日実家に立ち寄った際に、彼らが書いてくれた寄せ書きを探したのですが、実家の母が私の本棚を綺麗さっぱり整理してしまっていて、見つけることはかないませんでした。私に親切にしてくれた隣の工程のオジさんの名前も思い出せずじまいということになりそうです。 翌日の土曜日に寮を引き払って、いったん東京の実家に帰りました。 引越し休暇が数日あったような気もしますが、その間のことはあまりよく覚えていません。 気持ちの良い晴天だったこと、実習生仲間たちも、じゃあな、そっちに出張に行ったら泊めてくれよな、などと言いながら三々五々赴任先へと散っていったこと、寮の前のガレージでレストアされていたポルシェ934がそこそこ綺麗に仕上がっていたこと。覚えているのはそんなことぐらいですね。 というわけで、やっと工場勤務が終わったという達成感と安堵感、そして新しい職場への希望に包まれて宇都宮に赴任した私でしたが、ここからがまた紆余曲折あったのです。まあそれはまたいずれ機会があれば書きたいと思います。 後日談 工場実習の班のメンバーで、その後ひとりだけ再会した人間がいます。 こともあろうに、それは因縁の「班長」その人でした。 研究所勤務になって数年後のことです。 新車の研究開発が終わり間際になると、工場の現場の連中がぞろぞろと出張でやってきます。 実際に工場で組み立てるときに不都合な箇所はないかのチェックというのが目的なのですが、滅多に研究所などに足を踏み入れることのない彼らにとっては、半分物見遊山のようなものです。そのくせ自分たちの存在感を示そうとあれこれ文句をつけるので、研究所の技術者たちからはウザがられていました。そんなメンバーの中に班長を見つけたときには、思わずのけぞりました。身を隠そうかとも思いましたが、その必要もありませんでした。班長は私に気づかないまま、いや、気づいていたのかもしれませんが知らぬ顔をしたまま、相変わらず口を尖がらせて廊下を歩いていってしまいましたので…。 工場実習の思い出。 工場実習の思い出〜その2 工場実習の思い出。~その3 工場実習の思い出~その4 工場実習の思い出~その5(実習期間が9ヶ月に延長) 工場実習の思い出~その6(亀山市でヤクザに監禁される) 工場実習の思い出~その7(亀山でヤクザに監禁されてその後) 工場実習の思い出~その8(名古屋でヤクザの車に追突) 工場実習の思い出~その9(続・名古屋でヤクザの車に追突) 工場実習の思い出~その10(名古屋でヤクザの車に追突その後) 工場実習の思い出~その11(痔で歩けなくなる) 工場実習の思い出〜その12(痔で動けなくなってその後) 工場実習の思い出~その13(駅伝の練習ってマジですか??) 工場実習の思い出~その14(駅伝ってマジ?~その後) 工場実習の思い出~その15(ジョブローテーションでさらにキツイ仕事に…) 工場実習の思い出~その16(ジョブローテーションでキツイ仕事に…) 工場実習の思い出~その17(ラインの同僚のこと) 工場実習の思い出その18(休日の過ごし方) 工場実習の思い出~その19(友人とそのフィアンセの話) 工場実習の思い出~その20(もうひとりの友人のこと。) 工場実習の思い出〜その21(実習終了間近なれど…) 工場実習の思い出~その22(実習終了) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026年07月23日 14時41分36秒
コメント(0) | コメントを書く
[エッセイ] カテゴリの最新記事
|
|