ブルゴーニュの熟成への疑問と困惑(RWGコラム拾遺集)
#2007年に書いた記事です。********近所のプールで、夏の初めにヤゴすくいなるイベントがあって、子供たちがヤゴをもらってきた。私の子供時代には聞かなかったイベントだが、これには都会特有の事情がある。 都会では水辺の減少とともにトンボたちが産卯する場所がなくなってしまい、数少ない水場を求めて、学校のプールなどに産卵する。しかし夏前にプールを清掃すると、そこで生まれ育ったヤゴたちは全滅してしまう。それで1匹でも多くのトンボを救うため、学校や地域のイベントとして「ヤゴすくい」が行われるという訳だ。持ち帰ったヤゴはというと、飼育事自体はさして難しいものではないのだが、共食いの犠牲になったり、「なぜか」うまく羽化出来なかったりして、十数匹いたヤゴの中で、結局トンボになって大空に飛びたっていったのは 5匹だった。その筋に詳しい方に聞いても、初めての飼育としては上出来の部類だろうと言う。私としては「なぜか」羽化に失敗してしまった個体の「なぜ」の部分を知りたいのだが、それについては自然界の厳しさなのか、「そんなもの」らしい。さて、ワインの世界にもこうした「なぜか」がよくある。造り手、ヴインテージ、畑と、条件は満たされているのになぜか美味しくない。状態には万全を期しているはずなのになぜか劣化している。飲み頃のはずなのになぜか閉じこもっていて香りも立たない。そして私がこのとろ最も困惑しているのが、主にブルゴーニュで経験している「保存は完璧なはずなのに、思ったように熟成しない」というケ一スである。現在、我が家のストックの中でかなりの割合いを占めるのが、子どもの生まれ年である2002年と2003年のワインたちである。作柄を考慮して、2002年についてはブルゴーニュを中心に、2003年についてはブルとボルドーを半々ぐらいの割合で購入した。これらの年のボトルについては、最近アルヌーやパリソやレシュノーの村名銘柄を開けたが、いずれも熟成の入口にたったばかりという感じではあったけれども、良年にふさわしい出来映えで、美味しく飲むことができた。 問題は、これらのボトルをこの先どれ位の期間寝かせておけるかだ。子供たちの生まれ年の記念に買ったボトルたちであるから、当然、成長の区切りの年に開けてゆきたい。そうなるとグランクリュなどは、15年、20年後に飲むことも想定のうちである。 購入当時は、良年と言われた02年の、それなりの作り手のグランクリュであれば、15年~20年ぐらいは難なく熟成してくれるだろうと信じて疑っていなかった。というのも、例えば2007年の今の時点で、80年代(20年もの)のブルゴーニュのボトルはざらに入手できるし、70年代(30年もの)だって78とか76といった良年であれば結構見かけるからだ。ところが、最近私のその確信が揺らぎはじめている。というのも、我が家のストックの残りの多くを占める、90年代半ば以降のブルゴーニュを今開けてみると、何か変なのである。ワインに凝り始めてからしばらくの間、スペースの問題などで、小さなセラーしか持てなかったことや、寺田倉庫の存在を知ったのが2000年になってからだったという事情のため、我が家では90年代半ばぐらいまでのボトルは早い時期にすでにほとんど飲みつくしてしまった。ようやく、寺田倉庫に保存してある90年代後半のボトルたちが飲み頃にさしかかってきたと思い、村名クラスを中心に開けてみると、どうも思ったような熟成をしてくれていないボトルが多いのである。ざっと06年以降に飲んだものを振り返っても、期待にこたえてくれなかったボトルは下に記したように、枚挙にいとまがない。もちろんこれと同等かそれ以上の数のすばらしい熟成をとげたボトルにも出会っているのだが、ハズレの確率としては結構なものだと思う。97クロ・ド・ラ・ロッシュ(デュジャク)香り全くたたず。 -2009 98クロ・サンドニ( 〃 )香り全くたたず。98モレ・サンドニ・ブラン( 〃 )飲み頃過ぎた? 01VTの同銘柄で2003-2007 95クロ・ド・ラ・ロッシュ(ユベール・リニエ)実力発揮せず 2006-2020 96マジシャンベルタン(ルソー)実力発揮せず クロ・ド・ラ・ロッシュは2001-2007 98プイイ・フュッセ・ジュリエット・ラ・グランド (コーディエ)飲み頃過ぎた? 2001-2006 98ジュブレイシャンベルタン(クロード・デュガ)香りたたず 同年の1級でも2000-2006 00ジュブレイシャンベルタン( 〃 )香りたたず 2003-2007 99ニュイ・サンジュルジュ・オーアロー(ルロワ)異臭あり98ジュブレイシャンベルタン(ベルナール・デュガピ)異臭あり 2000-2004 00シャンボールミュジニー(ルーミエ)実力発揮せず 2003-2008 99クロヴジョ(アルヌー)酒質不安定 2004-2012 02モレ・サンドニ・キュベ・グリヴ(ポンソ)異臭02ポマール(フィリップ・パカレ)飲み頃過ぎた?02ジュブレイシャンベルタン・ベレール( 〃 )飲み頃過ぎた?97エシェゾー(E・ルジェ)実力発揮せず97モレ・サンドニ・ビシェール(ルーミエ) 実力発揮せず グランクリュクラスで-05とか-06とか97シャンボールミュジニー1er(ヴォギュエ)香りたたず アムルーズで-2007 96ヴォルネイサントノ(ルロワ)異臭、酒質不安定96ヴォーヌロマネオーマジエール(アルヌー)飲み頃過ぎた? 2000-2006 ※右の年号は、WA誌の飲み頃予想(後述)97、98のデュジャックは、同じような銘柄を開けたらすばらしかったという報告をよく耳にするので、この作り手の97,98がすべてダメだということはありえない。私が購入したボトル固有の問題だろう。クロード・デュガについては、自分で購入したボトルで熟成してよくなったというボトルに出会ったことがないのだが、ワイン会などでは、すばらしい熟成状態のデュガを経験しているので、何らかの問題なのだと思う。何らかとは何か?それは後で考察するとして、ルーミエは、同じ2000年を飲んでもよかったり悪かったりで、ボトル差が大きい生産者だなあという認識。99アルヌーは、その後飲んだ99スショなどはまだ早いぐらいだったので、コンディションの問題だろう。ただ、96の村名ヴォーヌロマネは、最早枯れ果てる寸前という味わいだった。ヴォギュエは、早すぎたのか、それともコンディション不良か、ウンともスンとも言わないボトルだった。パカレについては、正直言ってわからない。私が開けたボトルは飲み頃を過ぎつつある印象だったが、当編集部で検証したボトルは健全だったとのことだし、ネット上の他の方々の報告も、良かったという感想と私と似たような感想とが交錯している。‥とまあ、こんな感じなのだが、自分なりに大きく原因と思われるものを大別すれば、以下のような要素が大きいのではないかと思われる。A 流通(コンディション)の問題によると思われるもの結局はまたここに帰結するのか、と思われるかもしれないが、やはりこの要素が相当大きいと思わざるをえない。というのも、この時期、よく購入していた特定のショップのものが、軒並み綺麗に熟成してくれていないからだ。上に挙げた中では、デュジャックや、デュガ、一部のルーミエなどが該当する。このショップのボトル、若いうちに飲む分には、それほど大きな問題を感じなかったのだが、年数を経るうちに、若いうちに受けたキズが広がってくるということなのだろうか‥。他にも、ショップは異なるが、ルロワのヴォルネイサントノ、ユベール・リニエのクロ・ド・ラ・ロッシュなどはまず間違いなくコンディションの問題だったのだろうと思う。それにしても、10年近く後生大事に保存しておいて、開けてみるとコンディション不良、というのは、ブショネと同様、相当にヘコむものだ。→対策:コンディション管理に定評のあるショップやインポーターから購入することと、購入後の管理の徹底につきる。B ボトル差によると思われるもの この良い例が、3本同時に購入した02ポンソのキュベ・グリヴ。2本は全く以てすばらしい味わいだったのに、1本だけが、なぜか異臭が出ていた。多くのサンプルで検証したわけでないのでなんともいえないが三分の一の確率でダメボトルに当たったのでは、たまったものではない(実際はこんな確率ではないだろうが‥)。まして、1本だけ購入したグランクリュが、この何分の一かの確率にあたってしまったらと思うと‥。→対策:財布との相談になるが、本当に大事なボトルは複数本買えるものなら買っておきたい。C ヴィンテージの問題これには二つのケースがある。96年などのブルゴーニュの白ワインに散見される「Pre mature-oxidization」のように、特定のビンテージのものに、問題が起こりうるケース。もうひとつは、リリース当初良年だと騒がれたものの、年々評価が落ちている96年、評価が二転三転した93年などのように、ビンテージの評価そのものが揺らぐケース。私が購入した02年については、たぶん大丈夫だとは思うが、03年については、WA誌などが高評価を連発して、リリース時は奪い合いになったが、はたして10年後にどのような評価になっているか‥。少なくとも私の周囲のマニアの間での評価は急降下している(ように思う)。→対策:ブルゴーニュのVT評価はすぐに固まるとは思う無かれ。D 作り手の問題(SO2量など) 自然派のワインは、SO2の使用量を抑えているものが多いこともあり、コンディションには細心の注意を要する。流通過程であまり丁寧に扱われなかったボトルは、その後真っ当に熟成しなかったり、急激に落ちてしまうものもあるのかもしれない。議論の多いフィリップ・パカレについても、綺麗に熟成しているボトルが存在していることを考えると、私の開けたボトルは、おそらくそうしたケースなのだろう。→対策:自然派ワインは、扱いを熟知したショップから購入する。E 開ける時期を間違えた グランクリュなどを若いうちに空けてしまうと、真価を発揮せずもったいないとはよく言われるが、少なくともその尋常ならざるポテンシャルは理解できる。悲しくなるのは、開ける時期を後ろに外してしまう(=飲み頃を過ぎてしまう)ケースだ。ボルドーの場合、一旦熟成のピークにたどり着けば、その状態を長く高原状にキープすると言われるが、ブルの場合は、このピークが短く、落ちるときにはかなり急に落ちてしまうことが多いように思う。上に挙げた中でも、もっと早く飲んでいれば美味しく飲めたかもしれない、というものが確実に何本かありそうである。→対策:ブルゴーニュの長熟能力を過信しない。F原因不明ほとんどのボトルについての『敗因』は、今まで挙げたA~Eの中に入ると思うが、それでもやはり、原因がわからないまま結局真っ当に熟成しなかった、というボトルもある。上に挙げた中では、ルソーの96マジ・シャンベルタン、ヴォギュエの97シャンボールミュジニー、ルロワの99NSGなど。→対策:なし。冒頭のヤゴの羽化のようなものだと思って諦めるしかないのか‥。■WA誌の飲み頃予想ところで、ここで、再度注目してみたいのが、かのワイン・アドヴォケイト誌の飲み頃予想である。「パーカーさんはブルゴーニュのことをわかっていない。」「WA誌のブルの点数はあてにならない。」「熟成したブル古酒のよさを理解していない」なんて話はマニアの間でもよく聞く。ここで改めて、上に挙げた銘柄のWA誌の飲み頃予想を調べてみると、たしかに、WA誌の飲み頃予想は短めだなあと思う。(ちなみにこの時期のブルゴーニュのテイスターはパーカー氏でなくロバーニ氏)たとえば、コーディエの98プイイ・フュッセ・ジュリエット・ラ・グランド。この銘柄は、98年のブル白の中で最高得点を獲得したものだが、飲み頃については、2001-2006年と意外なほど短く予想している。98年のクロード・デュガについては、プリミエクリュでも2006年までという予想だし、96のルソーについても私が飲んだマジシャンベルタンとほぼ同格のクロ・ド・ラ・ロッシュの飲み頃予想は、2007年まで。私が長熟と信じて疑わないルーミエについても97年は、リュシュット・シャンベルタン(-06年)、シャルムシャンベルタン(-05年)という予想である。そして、これらの数字を実際に私が飲んだコーディエや、デュガのジュブレイシャンベルタン、ルーミエのモレ・サンドニ・クロ・ド・ラ・ビシェールの印象と照らし合わせてみると、妙に納得させられるものがある。また、たとえば、デュジャックの97クロ・ド・ラ・ロッシュ(デュジャク)についても、WA誌は2009年までと予想しているが、これは例えば、私が飲んだボトルのように、流通時点で丁寧に扱われなかったりして、熟成が数年分進んでしまったようなボトルであれば、すでに飲み頃を過ぎてしまっていてもおかしくない、という解釈もできるわけだ。ここでポイントとなるのは、WA誌の飲み頃予想がUS市場で流通しているボトルをテイステイングしてのものであるということ。熟成した古酒の味わいを理解していないと切り捨てるのは簡単だが、現地で熟成させるのとは同等とはいえないUSでの流通事情や保存事情等を織り込んだ上でこの数字を導き出しているとすれば、一見短めに見える飲み頃予想もそれはそれで納得がいくし、我々にとっても参考になりそうである。■ボルドーの熟成能力の再確認ところで、昨年末の話になるが、食通の方の接待で、某著名フレンチに手持ちのワインを持ち込んだことがある。何を持ち込もうか悩んだ挙句、結局家のセラーにあった94のラトゥールを選んだ。このラトゥールのボトルは多少訳ありで、実はボルドー高価なりし頃、シンガポールのショップで購入してきたものだった。日本より暑さの厳しいシンガポールでワインを購入するというのは、どうみてもセオリーから外れるが、当時は94ラトゥールといえども国内では4万円ぐらいはしたので、2万円ほどの現地プライスに惹かれて土産に買ってきたのだった。そういうことなので、ある程度、熱を浴びていることは覚悟していたが、抜栓してみると、それはそれは素晴らしい味わいで、結局このラトゥールが、06年に飲んだワインの中で、私にとってベストの1本となった。こういうボトルを飲んでしまうと、やっぱり10年以上に亘って寝かせる記念の年のワインはボルドーが無難なのかなぁ、と思ってしまう。ボルドーがプリムールやオークションなどさまざまな形で流通しえるのは、やはり、長年に亘って安定的に熟成してくれる、この頼もしさゆえのことなのだろう。冒頭にも書いたように、上の子の生まれ年の02年は、ブルの当り年ということで、ブルゴーニュばかり6ケース以上購入した(下の子はブル2ケース、ボルドー2ケース程度)。そんなに買って、子供が70歳になるまで誕生日を祝う気かという突っ込みは置いておいて、この中で 10年から15年後に、本当に美味しく飲めるボトルがいったいどれだけあるのか、となると、実はそれほどないのかもしれない。02年のボルドーはあまり注目される年ではないが、それでも、娘の大学入学祝いとか、成人祝いとか、そういった先の長いお祝い用に、ボルドーを買い足しておこうかな、と思う今日この頃である。※そうはいっても、たまに目もくらむようなすばらしい熟成を遂げたボトルに出会ってし まうから、ブルゴーニュとのつきあいはやめられないのだけど‥。 ****************上記のコラムは2007年頃のものですが、コラムを読んだ先輩愛好家の方から、「shuzさんが飲むタイミングは総じて少し早いね。」と言われました。たしかに、今では私もそう感じる部分が多々あります。村名で概ね8年前後、1級なら11〜12年前後、特級なら15~20年程度は待った方が、待ったなりの結果が得られやすいように思います。また、SO2については上で触れましたが、SO2を普通に添加している生産者においても年数が経過すればボトル内のSO2は消費されて、バリアがなくなってしまうので、できるだけリリース後間もない時期に購入した方が安全です。(逆に言うと、バックビンテージのボトルはその点で状態面のリスクを伴います。)製造方法についてもうひとつ付け加えると、個人的には「無濾過無清澄」の作りのものと多少フィルタリングをしたものとでは、長期熟成における安定感がかなり違うと思っています。#ちなみに、上で買いた「よく購入していた特定のショップ」がどこを指しているのか、今となっては自分でも覚えていません(ということにしておきます。)