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たばちゃん♪の いいもん見っけ!

走らせては いけない

ハシラセテハ イケナイ

突然、アタマの中に、細い声が響いた。



私は、会社員。
毎日片道1時間かけて、通勤している。


いつものように、ホームの先頭に近いところで
電車を待っているときだった。

今日は 家を出るのが遅れてしまった。
イライラしながら 電車を待っている私のアタマに、突然。



ハシラセテハ イケナイ

細い声が、響いた。



走らせては いけない?

周りを見渡すが、周囲の人々の変わった様子はない。



空耳かしら?
やっぱり、疲れているのかもしれない。

こめかみを軽く揉んだ私の脳裏に、
血みどろの大惨事の一場面が一瞬、浮かんで・・・消えた。



「1番線には、まもなく○○行きが参ります。
黄色い線の内側に下がってお待ちください」

アナウンスが 遠く、聴こえる。




コノジカンニ、コノバショデ、デンシャヲ ハシラセテハ イケナイ



全身を駆け巡る ぞっとした感覚。
鼓膜に響く、細い声。
目の前に広がる 血みどろの色、色、色だけ。




考える間もなく。

私は、ホームへと・・・





飛び降りた。






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A駅の隣、K駅のホームには、
アナウンスが 鳴り響いていました。



さきほど、A駅におきまして、線路内に人が立ち入ったとの
情報が届いております。

ただいま安全確認を行っております。
安全の確認が取れ次第、運転を再開させていただきます。

お急ぎのところ 大変ご迷惑をおかけしております。
今 しばらく お待ちください。







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「早く、早くホームに上がりなさい!」

駅員の声が、私を追いかけてくる。



マダ、ダメダ。
マダ、コノバショカラ デンシャヲ ダスワケニハ イカナイ



とても立ち止まってはいられない、ぞっとした感覚を身にまとい、
私は 駅員から 逃げる、逃げる、走る。



砂利の鋭さが ハイヒールを突き抜け、転びそうになる。




アッチダ。
アッチで、ソレがオコル。
アッチノ、SKセンヲ、トメナケレバイケナイ!





ぞっとする感覚は、消えない。
ますます強くなる。


ソレが なんのかは、わからない。
だけど、私が、ソレを止めなければいけない。



私は、必死で、SK線の線路へと走った。






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A駅の隣、K駅の駅のホームでは、
人があふれ、入場制限が行われていました。



大変お待たせをしております。

ただいま、A駅におきまして 線路内に人が立ち入った関係で
全線 運転を見合わせておりましたが、KT線・UT線に関しては
安全の確認が取れましたので、まもなく運転を再開いたします。
ご乗車になってお待ちください。

なお、SK線に関しましては、その人が SK線の線路へと
移動したため、引き続き 運転を見合わせております。
あらかじめご了承ください。







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急に。


全身を覆っていた ぞっとした感覚が、消えた。

脳裏に響く、あの細い声も、聴こえなくなっていた。

血みどろで鮮明な色の拡がりも、もう感じない。





ソレは、終わったんだ。
ううん、ソレを 防ぐことが、できたんだ・・・。




なにひとつ 状況はわからないまま、
私は ソレが未遂に終わったことを感じ取った。



安堵のあまり、その場に へたへたと 座り込む。



あの声は。
あの おどろおどろしく拡がった色の洪水は。
あの、全身を覆う、ぞっとした感覚は。

なんだったのか?





ソレを防ぐことが出来た以上、もう、なにも残っていない。

私がしたことは、ただの、いや、かなりひどい迷惑行為。

誰に、なにを、どのように、説明したらよいのだろう。
起こらなかった出来事を 見せることも、証明することも、
できはしない。




だけど。

ソレを防ぐことで、多くの命が助かったことだけは、確かなのだ。
私だけが、そのことを知っている。









「お、いたぞーーー!?」

向こうから、駅員が数名、走ってくる。







私は ゆっくりと 立ち上がり、また、走り始めた。




コンナトコロデ ツカマルノハ、マッピラゴメンダ!


アタマに響いた 最後のその声は。








たしかに、私のものだった。









【2007年9月5日】 走らせてはいけない





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