除夜も蘇東坡
除夜も蘇東坡 琳派400年記念祭のドンチャカが去年で終わった今年は、心静かに?「田能村竹田の勝利」という拙論を『國華』のために書きました。来年の夏には出ると思いますので、ご笑覧くださいませ。竹田が蘇東坡を心から敬い、その生き方や考え方にならおうとしていたのではないかというのを論点の一つに設定しました。大晦日の今日は改めて『中国詩人選集』の「蘇軾」を読みながら過ごしたいと思います。その中から一つを紹介するとすれば、「除夜 常州の場外に野宿す 二首」をおいてほかにないでしょう。熙寧6年(1073)、蘇東坡38歳の詠だそうです。73歳の僕からみれば青年ですが、人生50年とすれば、もう老境ということになるのでしょうか。この年は凶作で、政府の食料を放出して飢饉を救いました。その公用のため、蘇東坡は11月に常州(江蘇州常州市)と潤州(江蘇州鎮江市)へ派遣されたそうで、その除夜の絶唱であることが詞書からわかります。例のごとく僕の戯訳で……。 道行く人の鼻歌も 荒野の追悼慟哭も 我が悲しみをそそるのさ遠くの家から漏る火影 地平に近き星の影 徐々にぼんやり滲んでく大晦日には夜明かしを する風習があるけれど 眠れないのは目病みゆえ己等のしゃべる国なまり 聞いてくれそな友もなく 帰心いよいよ募りたり蒲団をいくら重ねても 冷たい足はそのまんま 降りているだろ外にゃ霜洗ったばかりのこの頭 あまりの軽さに髪の毛の 薄くなりしを今に知るたった一艘浮かぶ舟 わびしい船路のこのひと夜 すぐに消えそなともし火よ漂泊の俺嫌がらず やさしく寄り添いいてくれる 心をこめて「ありがとう!!」 江南杭州着任後 暮れ行く歳を見送るは これで三度目早いものこうしていつも旅をして 終わるんだろか一生を それを思うとマジ悲し迎える年のカレンダー 見るのも面倒おっくうだ これもすべては年のせい職をなげうち帰郷して 新年祝って厄除けに 揮毫したいよ年画の聯花も霞ももうすでに 東の青龍運び来る 春の気配を放つのに「癪にさわるな」霜や雪 やまいに悩む旅人の ヒゲをますます白くする望むところはただ一つ 貧乏だけど気にせずに 元気で長生きすることさ 若い人から年寄りへ 順に注がれる屠蘇の盃 最後にぐっと飲み干そう