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カテゴリ:静岡県
読みは「おぐしじんじゃ」。静岡駅近くの市街地、呉服町通り沿いに鎮座する神社。別名は「少将井宮」で「少将さん」とも呼ばれている。本殿と拝殿は国指定登録有形文化財に指定されている。
御祭神は建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)、奇稲田姫命(クシナダヒメノミコト)。相殿に大己貴神(オオナムチノミコト)、天照大神(アマテラスオオカミ)、金山彦命(カナヤマビコノミコト)、猿田彦命(サルタヒコノミコト)を祀る。武運長久、厄除、縁結び、恋愛成就などの御利益がある。 創建の年代は不明。かつて鎮座していた地の名前が小梳といい、それが現在も社名に引き継がれている。859年(貞観元年)の頃から全国に祇園信仰が広まっていくにつれ、少将井宮とも呼ばれるようになった。駿府城が築かれて以降は城の守護神としても信仰された。駿府城築城主の徳川家康は城を築いた後も小梳神社を残したが、寛永年中に場内から移し、1675年(延宝3年)に現在の地に遷座した。伝承によると家康の幼少期に竹千代と呼ばれていた頃、人質として駿府にいた時にこの神社に立ち寄り、武運長久を祈願した後に今川義元と対面したと伝えられている。1676年(延宝4年)に神輿渡御の神事が行われるようになり、現在も引き継がれている。明治時代以降は何度か火災の被害に遭ったがその都度造営され、地域住民から根強く信仰されている。1907年(明治40年)に県社に列し現在に至る。 7月27日に例祭が行われており、隔年に大神輿が市内を巡幸する姿は夏の風物詩として知られている。 ![]() ![]() 正面鳥居。まだ年代は経っていないであろう金属製の神額が掛けられている。 ![]() 社号碑。 ![]() 手水舎。 ![]() 拝殿。国指定登録有形文化財に指定されている。入母屋造の銅板葺。鉄筋コンクリート造。本殿まで下拝殿、上拝殿、幣殿と続いている。幣殿左右に祭器殿と神饌所が設けられている。 ![]() 本殿。国指定登録有形文化財に指定されている。一間社切妻造平入の銅板葺。鉄筋コンクリート造。全体がコンクリートでできているものの、一見木造の社殿を思わせるような丁寧な造形がされている。 ![]() 宗像神社。御祭神は多紀理姫命(タギリヒメノミコト)、市寸島姫命(イチキシマヒメノミコト)、多岐都姫命(タギツヒメノミコト)。宗像三神を祀る。神池に架かる反橋を渡った先に鎮座している。出世弁天とも呼ばれている。鎮護国家、皇室守護、航海安全、豊漁などの御神徳がある。 ![]() 稲荷神社。御祭神は宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)、豊受比売神(トヨウケヒメノカミ)、保食神(ウケモチノカミ)、御食神(ミケツカミ)。かつては境内に豊受稲荷、正木稲荷、楠稲荷の3社が奉祀されていたが、戦後に合祀して1社となった。食物、農耕、商業、漁業の神として信仰されている。 ![]() 稲荷神社奥宮。稲荷神社のすぐ裏に鎮座している。 ![]() 社務所、授与所。 ![]() 舞台。 ![]() 祭器庫。例祭で使われている大神輿が保管されているんだろうか。 ![]() 少将井。この辺りは古来湧水が豊かなところで、神社の前を流れていた川は清水尻川と呼ばれていた。小梳神社はかつて少将井社と呼ばれ、本殿下に井戸があり夫婦和合の霊水が湧くと伝えられていた。この水は境内の井戸から汲み上げているもので、病気平癒、健康増進の霊水として信仰されている。 ![]() 神池。ひょうたん型の池で反橋が掛かっている。 ![]() 新庄道雄の碑。市指定文化財に指定されている。新庄道雄は駿河国(現静岡県)に生まれた国学者。幼少期より学問に励み、後に国学の四大人に数えられる平田篤胤に師事し「駿河国新風土記」を著した。この石碑は1836年(天保7年)に新庄が没した後、追悼のために作られたもの。 ![]() 東鳥居。 ↓ランキング参加中。この記事が良いと思った方はクリックしてね にほんブログ村
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最終更新日
2026.01.21 22:00:01
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