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カテゴリ:宮崎県
読みは「つまじんじゃ」。瓊々杵命の妻神である木花開耶姫命を祀る古社。宮崎県式内社四社の一つ。社名は「都万神社」「妻万神社」とも記され、後者の表記から「さいまんさま」「おせんさま」と呼ばれ親しまれている。
御祭神は木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)。天孫こと瓊々杵命(ニニギノミコト)の妻神にあたり、「都萬」という社名も妻からきていると伝えられている。瓊々杵命と木花開耶姫命がこの地で婚礼儀式を行ったという伝えや木花開耶姫命が子宝に恵まれたことなどから、縁結び、安産、子育ての神として信仰されている。 創建の年代は不明。続日本後紀には837年(承和4年)の条に記述があり、また日本三代実録には858年(天安2年)に神階昇格の記載があることから、少なくとも平安時代初期に鎮座していることが判明している。延喜式神名帳には日向国児湯郡に都農神社と共に記載されており、式内社に列している。建久年間に伊東氏が奉賽に務め、1603年(慶長8年)に島津以久が日向佐土原藩初代藩主となり、伊東氏に引き続いて崇敬された。1873年(明治6年)の近代社格制度により県社に列し、1907年(明治40年)には神饌幣帛料供進指定を受け現在に至る。 1月1日に歳旦祭、6月30日に大祓、7月7日に更衣祭、11月19日に例大祭、旧11月2日に鎮火祭、12月31日に大祓と除夜祭が行われている。7月7日に行われる更衣祭は約500年前から続く特殊神事。瓊々杵命と木花開耶姫命がこの地で婚礼儀式を行ったという伝えに由来する祭りで、神事の前日には神職のみならず氏子や崇敬者も高鍋町まで浜下りして禊をし、当日は御神像に白衣の御衣装を着付け、白粉と口紅で化粧を施し、角隠しの帽子を被せ花嫁姿になるまでの様子を再現するものとなっている。 ![]() 銅製鳥居。東参道入り口にある。ここから社殿まで一直線に参道が伸びている。 ![]() 太鼓橋。 ![]() 石鳥居。拝殿の前に建っている。社殿は石段を上った、少し高い場所に鎮座している。 ![]() ![]() 狛犬。石造の造形が見事な年季の入った狛犬で、尻上がりの体勢を取っている。 ![]() 手水舎。 ![]() 拝殿。入母屋造の銅板葺。1968年(昭和43年)に造営されたもの。 ![]() 本殿。市指定文化財に指定されている。三間社流造で丹塗。 ![]() 社務所。 ![]() 千年楠の洞洞木。後述の妻のクスの一部で作られた木洞。入り口の前で一礼し、心の中で願い事をしながら木洞をくぐり抜け、その後もう一度一礼すると願いが叶うと言われている。 ![]() 日本清酒発祥の地。日本書紀によると、御祭神である木花開耶姫命が占いによって田を開き、そこで収穫された米で酒と飯を作り、天照大御神(アマテラスオオミカミ)にお供えになり自身も召し上がったと伝えられている。米で清酒を作ったという日本最古の伝承であり、神社の近くには酒元という地名もある。 ![]() 大山祇神社。御祭神は大山祇命(オオヤマツミノミコト)。木花開耶姫命の父神にあたり、火鎮の御利益がある。伊東氏の寄進によって建立されたものだと言われている。現在の社殿は2018年(平成30年)に建て替えられたもの。 ![]() 霧島神社、四所神社。 ![]() 八坂神社。御祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)。約130年前に地元有志によって商売繁盛や町内発展を願って創建された。衹園神社とも記される。創建後は町内の消防に携わる互親組によって衹園祭(現西都夏まつり)が行わるようになり、現在も続いている。 ![]() 稲荷神社。御祭神は宇迦之御魂命(ウカノミタマノミコト)。朱塗りの小さな祠に祀られている。 ![]() 祓所。 ![]() おしもり塚。 ![]() 生産河。境内に湧き出ている湧水。水に浸かっている大きな石に触ると子宝に恵まれると言われている。 ![]() 参集殿。 ![]() 日下部塚跡。 ![]() 西都祖霊神社。 ![]() 南参道の鳥居。 ![]() 相撲場。 ![]() 妻萬公園。神社の隣にある広々とした公園。 ![]() 妻のクス。国指定重要文化財に指定され、みやざき巨樹百選に選定されている。都萬神社の境内にあるクスノキの巨樹。詳しくは妻のクスを参照。 ↓ランキング参加中。この記事が良いと思った方はクリックしてね にほんブログ村
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最終更新日
2026.06.27 21:04:08
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