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「ゴガク魔女」を目指して ~4児のママの懲りない実験~

私と語学と法律と(1)ひとりごとも堂々と

対訳日記(1)ひとりごとも堂々と Now I can practice it by
talking to myself, without hesitation

(1)日記の全文に少なくとも英語の対訳をつけようと決心して以来、
日常生活が対訳つきになりました(笑)。

Since I determined to give equivalents, at least in English,
to the whole diary text, it seems that I am leading a life
"with equivalents".

(2)つまり、何かをしながら何かを日本語で考えていると、(これって
英語で何ていうんだっけ、じゃあスペイン語では?)
などと考えるようになっております。

I mean, every time I am doing something and thinking something,
at first in Japanese, I've come to wonder how to express it in
English, then in Spanish, etc..

(3)複数の言葉が話せるようになるためにはこういうくせをつけなくては
ならないことは頭ではわかっていましたが、

I have been well aware that I have to make it a rule to do this
way so that I acquire multilingual proficiency (=if I want to
become a polyglot).

(4)私がそうなるためにはやはり、「楽天日記には全部対訳をつける」みたいな
動機付けというか、強制が必要なのだと思う次第です(汗)。

But I need a motive, somewhat a forcible one, like "keep uploading
Rakuten diary with equivalents in the whole text", in order to
make myself verbalize my thoughts or ideas in several languages
simaltaneously.

(5)これを書いていて思い出すのは、27歳で英語の資格(英検一級、TOEIC)と
日英翻訳の勉強を始めた頃のころです。

Writing this way, I recall the days I started preparing for
English language proficiency examinations as Eiken(the most
popular English proficiency certificate examination administered
in Japan) and TOEIC, as well as taking J-E translation
correspondence course when I was 27.

(6)その頃は司法試験の5月の択一試験の憲法で失敗してどろどろに落ち込んで
いたうえに、茨城県の東海村という誰も知り合いのいない場所に住んでいて
おそろしく孤独な毎日でした。

Back then I was in a predicament - after making fatal mistakes
in Japanese Constitution subject of the multiple-choice exam
of Bar Examination in May and become depressed, besides being
"miserably" lonely living in Tokaimura, Ibaraki pref., having
no acquaintances.

(7)ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、あの頃は本当に、「自分には
何もとりえがない。このまま人生が終わってしまうのか」などと、
希望をなくしていました。

It may sound exaggerated, but really I lost hope in life, obsessed
with an idea that I had nothing good at, wondering if I would end
my life being nothing.

(8)英語の勉強を始めたのは、とにかく何か自分に自信がもてるようなものを
身につけたいと思ったからです。

I started to study English intensively, because I wanted desperately
to acquire something that gives me confidence.

(9)しかし、英会話学校に通うなどというのは贅沢でしたし、周りに英語の
話し相手はいませんでした。

It was an exorbitance for me to take communicative English lessons
at a language institute, and I had no English-speaking acquaintance
whom I can contact easily as well.

(10)また、今ならインターネットで英会話の勉強を安くできるように
なりましたが、あの頃の私にはパソコンを持つことも贅沢でした。

I know these days there are myriads of English e-learning tools
or courses available in reasonable cost, but back in 1997 it was
also an exorbitance for me to just get a computer, let alone
getting internet-enabled at home.

(11)そんな中、正直卑屈になっていた私は、(だれも話し相手がいないから、
英会話力はひとりごとを英語でいうことで身につけなきゃいけないんだ)
などと思っていました。

Being in such a circumstance, I confess that I would often belittle
myself, and I was doing speaking practice, grumbling,
"I have no one to speak to and get oral communication skill by
talking to myself in English..".

(12)しかし、今では平気でひとりごとをいろんな言語で言おうと試みるように
なりましたし、

But now I try "multilingual soliloquy practice" with no hesitation,

(13)楽天日記に対訳をつけるという形で、その対訳の質を向上させていければ、
この「ひとりごと」が少しでも人の役に立てるかもしれないと思うのです。

and I believe that, by doing the "soliloquy practice" on this
diary and improve the quality of equivalents, somehow I will serve
those who study the language.

(14)前にも書きましたが、本当にこのような日記サイト作成が簡単にできる
ようになったことには感謝しています。

Here let me repeat again that I really appreciate that this kind
of "diary website" has become easily available.

☆日本語で付け足し☆

もちろん、その言語のネイティブと話す機会を持つことはその言語での会話力
をつける上で望ましいことですよね。でも、その前にとにかく頭の中で、
「作文」してみることが大事だと思います。

私の多言語日記はまだ「ひとりごとを文字にした程度」かもしれません。
しかし、日常的にアウトプットを意識しているとインプットの際の集中力・
理解力が格段に増す、というのを実感しています。例えば、NHKラジオの
ドイツ語講座なんか以前よりずいぶん聞き取れるようになってきました。。
(っと、この話は後でまとめて書くことにします)

確かにあの頃(96~97年頃)はさびしかったです(笑)。人と話すことに飢えて
いたので、たまに友達と話す機会があると鉄砲玉のように
しゃべりまくっていたのを思い出します。(もともと、自分のことを長々
話したり書いたりするのが好きだったこともあり)

でも、相手からみれば「受からない受験生」なんて面白い近況報告もできないし
うっとおしいだけだろうという気持ちから、友達とはコンタクトがとりづらかったです。当時は遠距離の電話か手紙しか通信手段がなかったしな。。

そして、たまたますごく会いたかった友人達と会う機会があったときに、
自分が単にうっとおしい受験生でしかないということをさらに実感して、
辛かったのを覚えています。

そう、この頃の「会ったり話したりするのをうっとうしがられているのでは
ないかというさびしさ」は、今の「会って喜ばれる、魅力のある人間になり
たい」という動機付けのひとつとなり、そして10ヶ国語ないしそれ以上
を操るような「面白い人」になりたいという動機付けにつながっているように
思います。。ってまたテーマが見つかっちゃった。

そして、あの頃よりはちょっとは面白い人になったかもしれない(?)今、
そしてもっと面白い人になっていたい今後も、ひとりごとを各国語で表現する
試みは続きます。

フリーページ作るの初めてで、とにかく始めようと思ったら支離滅裂になって
しまいました。実際に書いてみるといろいろ思いつくものですね。







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