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カテゴリ:精神
剣道は武道であってスポーツではない。
それが剣道がオリンピック種目にならない大きな理由である。 先日、剣道の世界大会があり日本が優勝した。 しかし、あの試合内容は武道とは程遠く、 もし世界大会のせいで剣道の武道としての価値が下がることがあるなら、 世界大会はやらないほうがいい。そう思った。 いやいや、武道とかスポーツとか言われても 違いがよく分からないと言われるかもしれない。 その違いを説明するのは難しいが、 武道としての剣道は、勝ち負けがすべてではない。 たとえ試合であっても、勝つことだけが目的ではない。 目的は他にある。 剣道理念では、 「剣道は、剣の理法の修錬による人間形成の道である」とされている。 ここにあるように、剣道は競技的な強さや勝ち負けを求めるのではなく、 剣道を通していかに人間的な価値を高めるかを学ぶのである。 剣道はとても奥が深い。 今日も師匠にとてもいい指摘を頂いた。 剣道の試合は3人の審判により勝敗が決められる。 通常3本勝負で、先に2本を取ったものが勝ちである。 そして、1本というのは 審判3人中2人以上が認めることで決定される。 剣道の場合、フェンシングのように機械的に1本と判断されることはなく、 審判の主観による部分も大きい。 そのため、スポーツに良くある、 審判への不満が聞こえることもしばしばである。 しかし、審判への不満は剣道の精神に反すると師匠は言う。 それは自分の至らなさを審判のせいにすることで、 反省の機会がなくなるからだと言うのだ。 確かに審判の判断が間違いだと思われることもある。 それでも、間違われるような行動をする者にも責任があると考えるべきである。 どの審判が見ても、1本に違いないという打ちをすること。 それが出来ていれば、そもそも審判への不満の原因は生じない。 その誰が見ても1本になる打ちができない己の未熟さを反省しなければならない。 審判のせいにして、己の至らなさを悔いないのは、成長の機会を逃すことである。 スポーツならば、審判に文句を言ってもいいかもしれない。 しかし、剣道の場合は勝ち負けよりも、人間形成を目的とする武道であるから、 スポーツ的な価値観のために人間形成を怠ることがあってはならないのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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