人はいないが、留守や定休日の雰囲気ではなかった。二人は入口のすぐ近くの席で薄暗い天井をあおいでいた。いつのまにか水、前菜が運ばれていた。
テーブル中央にフォークとレンゲが二人ぶん立ててある。ヒラメキに似た衝撃は食べ終わるころに衝撃にかわっていた。天井の暗さに目がなれてきて、むきだしの梁は太くて黒い。そこに用心深いネズミが頭を出したとしても、虫食いだらけのサラダを完食したあとならそいつもリスに思えるにちがいない。二人は視界に白みがかったものを感じた。湯気だった。長丸の白い皿には店の照明に似たスープとそれに光沢をつけられたご飯が丼を引っくり返したように半円をつくっていた。二人で顔を見合わせているうちにご飯のかたまりは濃厚なバニラアイスが溶けるように皿になじんでいった。二人はゆずりあうことなく中央のグラスに立ててあるレンゲをぬいた。鶏肉の雑炊だった。スープに見えるのはおそらく脂だろう。火傷を覚悟しなければ、すくってそのまま飲むことなどとてもできない。ご飯なら何度も吹いて口の中の唾液で冷ましながら転がせばなんとかのどを通せた。舌がなれてきたころ、ようやく旨さに気づく。脂にとろみがでてきた。固まってきたのだろう。あともう一口とい
うところでレンゲは皿だけをなでる。もう一口が恋しくて隣の皿に横目を流す。偶然にもその視線は交差していた。苦笑した。信号機そのままの青、黄、赤のゼリーが個皿三枚にそれぞれのっていた。青は水の味がした。口の中の脂がどこかへいってしまった。黄色はパインだった。味が濃く頬の内側がヒリヒリしてきた。赤を持つとその手が震えた。青と黄色と違うのは透きとおっていないことだ。血の固まりのように黒くさえ感じられる。勇気を必要とした。一口ではいけないにしてもスプーンで少しなら。二人は中央のグラスに助けを求めた。気のきいたデザートようのスプーンなどなく、グラスには円柱に丸めた紙が縁の幅一杯に広がっていた。グラスを寄せると底には小銭がいくらかあった。 紙には満足した以下の値段があった。もともと少ない中身だったが、これは支払えたはず。紙をよくみると領収書とあった。グラスの小銭と消えた財布の中身を計算するとしっくりくるのが逆に恐ろしい。突然鼻血が逆流してきたような感じに口の中に何かが溢れる。ザラザラしたような
何かが。赤いゼリーは何かで削られたみたいにえぐれている。 二人は玄関の鍵穴の向こうに外の灯りをみつけ、まばたきをするごとに減る赤いゼリーと反比例する口の中に危険を感じて荷物を持って立ち上がった。
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