2013/04/02(火)15:00
飯炊き、風呂焚きは子供の仕事だった…
このあたりでも、ようやくごみの分別収集が始まった。
よいことである。
資源ごみの再利用は勿論であるが、プラステイック・ゴミの焼却は高温のために炉を傷めやすい。
わが家では、今でも、風呂には焚口がある。
薪を燃やすことが出来る、ということである。
さすが、いまでは薪で風呂を沸かしてはいない。
小学生のころには、「こくばかき」という、炊きつけ用の秋の落葉している松葉をかき集める仕事に、学校から帰ると毎日、山に登ったものである。
こくばかきをすると、そのお駄賃だろうか、松茸も沢山収穫できたものである。
いわゆる、「むらやま」と呼ばれている共有林では、その共有林の組合員であれば誰でも、入山できるのである。
飯炊きや風呂焚きは子供の仕事であった。
こくばにマッチの火をつけて、細めのしばをくべて、火の勢いの様子を伺いながら、少しずつ太いしばをくべながら、最後に割り木をくべて、飯を炊いたり風呂を焚いたりするのだ。
正月用の餅つきや正月明けのあられやかき餅を作るために、もち米を蒸すときも同様であった。
よく、時代劇映画などで、薪割りをしている場面を見るが、田舎の薪割りはあんなアンチョクなものではない。
あれは、節の無い、正目の古木なればこそ、出来る、割り方である。
田舎の薪割りは、節くれだった木を割るので、太目の木を横に置いて、その上に割る木を斜めに寝かせて、「よき」を振り上げて思いっきり振り下ろして割るのである。
節の位置をよく確かめて、割れやすいように置いて、よきを振り下ろすようにしなければ、なかなかうまく割ることができないのだ。
節の多い木はよきの刃の跡がささくれだっしまって「しゃしゃら」になってしまう。
これでは、火力が弱くて、飯やふろなど炊き上げることは出来ない、炊きつけ用にしかならない。
下手をすると、自分の足によきの刃を振り下ろす恐れがある。
振り下ろすときは、よきの刃先を落とす位置から目を離さずに、思いっきりそしてしっかりと振り下ろすことである。
バッターが決してボールから目を離さないように・・・
で、
今でも、わが家の風呂は、冬場にはいろんなものを燃やして追い炊きをしている。
前栽の剪定ゴミを乾燥させて、冬場の風呂の追い炊きに使う。
菜園の草を乾燥させておいて、風呂の追い炊きに使う。
などなど・・・
湯船に浸ると、お尻や足の先あたりから、熱いお湯が上がってきて、寒い冬の夜でも、湯上りの身体はいつまでも暖かい。
よろしければ『ポチーッ』とお願いします。