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愈々庵気まぐれ日記

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2013.05.15
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カテゴリ:都内散歩
  • 早稲田大学昔の校舎群

  • 私が早稲田のクリニックで健康診断・治療をし始めてからもう20年
  • 以上の月日が経つ。
  • その間大学の建物も大半が建て替えられたりリフォームされたりで
  • すっかりキャンパスの様子が変わったしまった。
  • 現在も建て替えが進行しておりある一角が塀で囲われている。
  • 昔と違って最近の工事現場は塀に絵が描かれていることが多い。
  • ここでも「早稲田を描く」と題して素晴らしい絵がズラリと塀に描かれ
  • ている。

  • P1060074_R.JPG

  • 日本芸術院会員で理工学部教授の薮野健さんが描いた明治・
  • 大正期の大学の建物である。各画には説明文が付いているので
  • その部分を拡大解読して下に記録しておく。

  • P1060093_R.JPG

  • まずは早稲田の象徴大隈講堂、なんでも大隈侯は125歳寿命説を
  • 唱え、自分もそれまで活動する気でいたらし。そこでこの時計塔の高さ
  • が125尺なのだそうだ。もっとも大隈は暴徒の凶弾に倒れはるかに
  • 短い人生を終えている。大学は125周年記念としてすぐ隣に新大隈
  • タワーを建てその高さを倍の250尺にしたそうだ。

  • P1060098_R.JPG

  • 現在もその姿を変えないのは下の坪内逍遥記念演劇博物館。

  • P1060099_R.JPG

  • 明治末期の正門と大講堂

  • P1060087_R.JPG

  • 理工学部機械科、工場の様な構造、わが国最古の私立大学
  • 理工学部だが当時のイメージとしては工場と同じくレンガ建て
  • 建築となるのだろう。因みに早稲田は明治時代から”工学は理学の
  • 基礎の下に” の趣旨で官立大学の様に縄張りにこだわらない
  • ”理工学部”を通している。現在多くの大学の理工学部は理学部と
  • 工学部を独立させる財力不足から単に二つの学部を合わせたもの
  • が多い。そこで縄張り根性の強い国立大学では”理工学部”が少なく
  • 理学部と工学部に分かれて運営されることが多い。
  • その意味で早稲田の”理工学部”はちょっとその理念を異にしている。

  • P1060096_R.JPG

  • 同じ理念からだろう”政経学部”もこの大学に特徴的な学部である。
  • 国立では法学部が全てを支配していた”政治学”を経済学と融合して
  • 教授すると言うのは官学や政府にとっては目の上のタンコブだった。


  • 下は左から商学部、赤レンガの恩賜館、緑の理工科、赤い図書館

  • P1060089_R.JPG

  • 明治37年設立の商学部校舎。

  • P1060085_R.JPG

  • 天皇家からの下賜金で建てた恩賜館。慶応大学の図書館と
  • 同じ設計者が対の建築として設計した。

  • P1060083_R.JPG

  • 明治時代の図書館

  • P1060082_R.JPG

  • 明治36年 高等予科、商科、早稲田実業校舎の3棟

  • P1060081_R.JPG

  • 東伏見ラグビーグランド前に移転されていたグリーンハウス
  • 今は軽井沢のセミナーハウスに復元されている。

  • P1060080_R.JPG

  • キャンパス絵地図

  • P1060079_R.JPG

  • 現存すればそれぞれ文化財であろうが、あるものは取り壊され、
  • 或るものは戦災で壊れ、或るものは再開発でと、今は殆んどその
  • 姿が無いのは残念なことである。大体レンガ建築は当然ながら赤、
  • 木造建築は青系統に統一されていたようだ

  • それにしても此の塀は工事が終わると取り除かれるのだろう。
  • 勿体ない気がしないでもない。






Last updated  2013.05.15 07:43:10
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