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カテゴリ:歴史
漫画やゲームの世界には,「大好物の食べ物があるキャラ」というのが珍しくない。
古い例だと,kanonの「月宮あゆ」なら鯛焼き,月姫の「シエル先輩」ならカレーと言ったように。キャラ付けの一環だろう。 では,アキレウスやヘラクレスはどんなものを食べていたのだろう。それを考察したのが本書,『食べるギリシア人~古典文学グルメ紀行』である。 ![]() 食べるギリシア人 古典文学グルメ紀行 (岩波新書) [ 丹下和彦 ] ざっと目次を見ていくと,こんな感じ。 Ⅰ 英雄たちの宴 Ⅱ 酒の中に「真」あり Ⅲ 庶民のレシピ Ⅳ 食卓の周辺 個人的に,注目したいのはやはりⅠの「英雄たちの宴」とⅣの「食卓の周辺」である。順に見ていこう。 とにかく面白いのが,著者の着眼点である。原典に「書いてあること」から事実を見つけるのもそうだけれど,「書いてないこと」から事実を探るという視点が面白い。 たとえば,『イリアス』を読んでいると定型句として,食事描写の跡に「飲食の欲を追い払った」とあるが,味への評価がほぼない。あるとしても,いつも「結構な食事」とか「うまい料理」と言ってて,英雄たちはまさに「何を食べてもうまいと言う」,味オンチな男たちになっていて,逆に「この料理はもう少し塩っ気が欲しいな」とか,「誰それの料理は,誰々のよりうまい」など全く言わないのだ。 『イリアス』の作者であるホメロスが,さほど食に興味がなかったのかもしれないし,生活臭のする描写をいちいちしなかったせいかもしれんが,あまり英雄たちは食に関心がなさそうだ。 著者の分析によると,英雄という者たちは普通の人間よりも戦闘など非日常の世界におり,日常的な食事にはさほど感心を持たないというのだ。あくまで,英雄たちにとって,食事というのは「飲食の欲を払う」ためのものだという。 まあ,確かにネクタルとアンブロシアだけあれば生きていける,いや食べなくても死なない神々と違って,人間は食べなきゃ死ぬのだ。 だからこそ,アキレウスみたいに神々の血が入ることも多い英雄たちは,あんまり食事という日常的なものに執着しないというのもありえることだろう。 ただ,著者はここで食べることが大好きな2人の例外を出している。オデュッセウスとヘラクレスだ。 1人目のオデュッセウスは,たびたび食事の話をするのだ。たとえば,パトロクロスへの復讐心に燃え,今すぐにでも戦場に飛び出さんばかりのアキレウスに対し,「腹が減っては戦もできん。まずは兵たちに食わせてからだ」と言ったりするし,パイエスケス人たちとの宴会の席で,「山盛りのパンと肉料理と美酒。これこそ愉楽の極地と思います」とか言ったりする。 英雄というのは神と人間の中間みたいな立ち位置なのだが,神々に近いアキレウスと違い,オデュッセウスは人間より。というか,知恵が回り,勇気があるだけで身体能力も低く,あくまでも人間なのだ。 だからこそ,僕はオデュッセウスに感情移入もできるし,憧れるのだ。 さて,食べるのが好きな英雄の2人目はヘラクレスだ。 彼こそ英雄の中の英雄,人間より神々に近い。著者の理論だと食に興味がなさそうなのにこれは意外である。 といっても,ヘラクレスは美食家というより,量なのだ。肉体的な強さを示すように,牛をまるごと,酒は甕ごとである。 反証として,食に興味がなさそうなのはホメロスの描いた『イリアス』の英雄たちという可能性もあるので,意外とその他の作品を読むと飲食のシーンはあるかもしれない。また,これは著者自身も指摘しているが,『ギリシア悲劇』では極端に食事シーンがないけれど,舞台上の制約から屋外である必要があり,屋内の食事シーンを入れにくいという見方もあるのだが。 最後に気になったのが,Ⅳの「食卓の周辺」の話でやっているトイレの話。 著者は,古代ギリシアのトイレ事情を説明しつつも,ホメロスの著作に5万人の兵士たちの排泄物を処理する方法について一切の描写がないことや,「アキレウスの鬼神のごとき働きに圧倒され,ついお漏らしをしたトロイア兵士もいたに違いないが,例によってホメロスは,そんなことは一切書いていない」(本書191頁)こと残念がってる。 こうして,著者は「英雄はそもそも便などしないのかもしれぬ」(本書190頁)というが,ここでも例外的存在として僕たちのヘラクレスが登場する。 ヘラクレスはエウロブスの喜劇で,「テバイではどの家にもトイレが完備してあって,ありがたかったなぁ」と発言していたりして,いちいち笑わせてくれる。これは当時のギリシアの一般家庭にはほぼトイレがなかったことを示す話なんだが,個人的には,英雄の中の英雄で,人間よりも神々に近いヘラクレスがトイレ行くあたりに衝撃を覚える。 なんとも,ヘラクレスという人物のおおらかさを感じられて,僕は好きだよ。 ![]() 食べるギリシア人 古典文学グルメ紀行 (岩波新書) [ 丹下和彦 ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020.12.03 16:29:25
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