法律と漫画のブログ

2022/11/05(土)12:44

『仮面ライダーBLACK SUN』感想~賛否両論問題作

僕が初めて見た仮面ライダーは,BLACKであった。大好きだったし,変身ベルトのおもちゃを買ってもらったし,人形なんかも買ってもらった。 当時はカタカナを読めなかったので,幼児向けの雑誌についてた付録の怪人図鑑が読めず,母に手書きで振り仮名を書いてもらったもの。 大人になってからも倉田てつをのステーキショップに行くなど,本当に僕は仮面ライダーBLACKが好きである。僕のアカウント,「たかしRX」のRXも仮面ライダーBLACK RXだからね。 ​ 仮面ライダーBLACK SUN オリジナル・サウンドトラック [ 松隈ケンタ ]​ さて,自分語りはそこまでにして仮面ライダーBLACK SUNである。 説明するまでもないが,仮面ライダーBLACKの大人向けリブート作品である。リメイクとは違って,ゼロから作り直しである。 このBLACK SUNには色々と語ることがあるけれど大きく元の仮面ライダーBLACKとはずいぶん違う。以下ややこしいので,元の仮面ライダーBLACKを「旧作」,BLACK SUNを「新作」と呼んでいこう。 旧作について多く語る必要もないと思うが,新作と比較するために①怪人と,②政治情勢について簡単に触れる。 まず旧作における怪人についてであるが,特徴として怪人は5万年という不死ともいえる命を持ち,ゴルゴムに所属する一般人から見て怪人は憧れの対象である。黒松教授なんかが「私も早く怪人になりとうございます!」などいうシーンがあったし(旧作2話),「コウモリ怪人様」というように,怪人は一般メンバーから「様」づけで敬語を使われる対象であった。 また,怪人はクジラ怪人という若干の例外がいるものの,基本的に悪そのものであって倒すことに何らの問題もない。 そして,②の政治情勢についてであるが,旧作の世界観ではすでにゴルゴムは日本の政治を支配している。大物政治家にもゴルゴムのメンバーはいるし,財界にも大学教授にもゴルゴムメンバーがいる。 まあ,このゴルゴムが少なくとも日本を裏で支配しているというところは,気が付けば有耶無耶になっており,物語的には大した意味を持たなかった。 さて,新作である。 ①の怪人について,怪人は差別される対象となっている。なぜ怪人が差別されるのかについて具体的な説明はないが,少数だからなのかな…? 描写を見ていると,怪人たちはコリアンタウンみたいなところに住んでいたり,在特会(在日特権を許さない市民の会)みたいなのがヘイトスピーチをしていたりと,怪人は在日韓国・朝鮮人が仮託されているようにも見える。 ②の政治情勢についてである。新作においてはゴルゴムではないが,悪徳政治家・堂波真一総理が日本を支配している。この堂波総理は怪人を作り出す技術を管理しており,ゴルゴムの上に立っているといっても過言ではない。この堂波総理なのだが,髪型や風貌,国民を馬鹿にしたようなご飯論法など,どう見ても安倍晋三である。 差別だの,元総理を悪役として登場させるなど,このあたりは賛否が激しくなるところだろうと思う。 ここまでを前提として,いいところを3つほど上げてからダメ出しをしていきたい。 良かった点の1つ目は,バッタ怪人の扱いである。 僕もほとんど忘れかけていたが,仮面ライダーというのは要するに悪の組織の作り出した改造人間の1人にすぎない。たまたま歴代ライダーだけが異常に強いのは,改造された人間自体がIQ600の天才だった(本郷猛)や,柔道6段・空手5段だった(一文字隼人)だったり,次期創生王候補としてキングストーンを埋め込まれた(南光太郎)という事情があるにせよ,しょせんはバッタ男やバッタ怪人程度のものであって特別なものではない。 当初,南光太郎はバッタ怪人に変身して戦っていた。カッコいい変身シーンもない。 僕は,「あぁ,大人向けだからリアリティ重視で隙だらけの変身シーンもなく,カッコいい仮面ライダーでもないんだな」と大人向けの味を感じたものだ。 2つ目に,伝説の5話。変身シーンである。 ヒロインである少女,葵が怪人に誘拐されてしまったので助けるために駆け付ける光太郎であるが,間に合わず葵は怪人にされてしまう。ブチ切れた光太郎は「ゆ”る”ざん”!」と怒り,変身ポーズをとってバッタ怪人ではなく,覚醒した仮面ライダーになるのだ…。 さっきまでと矛盾するが,徐々に僕はバッタ怪人にしか返信しない光太郎に不満を覚え始めていた。新鮮味はあるが,要するに,飽きてしまったのである。 たとえるならば,馴染みの定食屋に行っていつものカツ丼を注文したら,「今日,カツは売り切れで…」と言われたので,オムライスを注文したら意外においしくて気に入ったものの,やはり次に馴染みの定食屋に行けばいつものカツ丼を食べたくなる心境だろうか。 やっぱり,光太郎には「ゆ”る”ざん”!」と叫んだあと,拳をギリギリと音を立てて握りしめて怒りと力強さを示してもらった後,派手に変身ポーズをとって変身してもらいたい。たとえ隙だらけでリアリティがなかろうとも。 そして3つめ,最後に最終10話のオープニングである。 これまでのオープニングではなく,旧作のオープニングを完全に再現した映像が流れ,旧作で光太郎を演じた倉田てつをの歌う主題歌が流れる。 ここは本当に鳥肌が立った。俺が見たかったのはこれなんだよ,と。役者としては登場できなかった倉田てつをも,歌い手として名前が画面にでただけでも良かったよ。 ここまでが良かった点。ここからが悪かった点。 振り返ってみると,俺が挙げた「良かった点」というのは,3つのうち2つは旧作でやってたものが新作でも再現されただけ,といえる。 5話目の変身シーンにあれほど興奮したのは,逆にいえばこれまでバッタ怪人への変身ばかりを不満が一気に解消されたためのものであり,恐らくは1話目で変身ポーズをやられても興奮しなかった可能性がある。 なので,総評としては新作は旧作を超えられていないと思う。 次に,新作にしかなかった政治シーンについてである。 僕は,これまでの安倍政権を全く評価しない。なので,新作に出てきた堂波総理の描写には思い切ったところがあると思うけれど,それでも良い評価はできない。 ここまで似せなくてもええやん,と。このブログで過去に『銀河英雄伝説』の感想を書いていたが,この作品に出てくるヨブ・トリューニヒトという政治家がいる。これが,国民の愛国心をあおって自分は安全圏にいたり,憂国騎士団というネット右翼みたいな集団を操っていたりと,安倍総理を思わせる描写が多い。 もちろん,『銀河英雄伝説』の執筆時は安倍政権の誕生のはるか前であり,トリューニヒトみたいな政治家はいつの時代,どこの時代にもいて,読者がたまたまそう感じたのではあるけれど。 こういうふうに,ほのめかすくらいでいいんじゃないかと思うのだ。直接的過ぎて,繊細さを欠いている。そのため,素直に僕は楽しめなかった。 旧作もゴルゴムが日本を支配しているという描写があったものの,前述のとおり,いつのまにか有耶無耶になってしまったし,悪の組織の強大さを見せつける以上の意味はなく,ゴルゴムさえ崩壊させればそれでよかったように描かれていた。 最後に差別の問題。 もちろん,差別というのは重大な問題である。基本的に,仮面ライダーが問題を解決するときには暴力を用いていた 差別と闘うヒーローを用意するのなら,それにふさわしいヒーローが必要である。たとえば,それはマハトマ・ガンジーであったりキング牧師である。そこに仮面ライダーを持ってくる,というのは果たして正解だったのか。 逆に,ガンジーやキング牧師をボクシングのリングに上げたところで,彼らはまったく活躍できないだろう。そもそも,彼らに必要なのは戦闘能力ではない。個人的なカリスマや言論こそが彼らの武器であり,政治活動の場で差別と闘ったのである。 同じことが,仮面ライダーにもいえて,反差別という目に見えない敵と戦う土俵にライダーを上げたところで手も足も出まい。差別と闘うやり方としては,やはり言論によって法律や政治システムを変えていくのが王道である。 世界最強の男であったボクサー,モハメド・アリも差別から戦うときは暴力ではなくて言論を用いた。 反差別と闘う英雄を描きたいのなら,仮面ライダーよりもっとふさわしいキャラクターを使うべきではなかったのか。 なお,新作ではヘイト扇動家や,安倍総理を思わせる政治家は怪人に殺されてしまった。だが,それでもヘイトスピーチをする団体は党首が代わっただけで相変わらず活動しているし,堂波総理が怪人ビジネスを暴かれて死んだところで政権交代自体は起こっていない。 視聴した後に俺の心に残ったのは虚無感である。 でも,とりあえずもう1回くらい見ておこうかなぁ…。 ​ ムービーモンスターシリーズ 仮面ライダーBLACK SUN

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