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法律と漫画のブログ

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神話伝説

2019.07.07
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テーマ:神話創造(430)
カテゴリ:神話伝説
ギリシア・ローマ神話の集大成とでもいうべき、オウィディウスの『変身物語』読んだ。感想など書いていく。



変身物語(上) (岩波文庫) [ プブリウス・オウィディウス・ナソ ]

ギリシア神話関係の書籍を読んでいると、『変身物語』の名はたまに目にする。ギリシア神話では、変身という現象が比較的によくみられていて、代表的なところでは太陽神アポロンから逃げるために月桂樹になったタプネだったり、女神アテナと機織の技能を争また結果、負けて蜘蛛になったアラクネなんかだ。
前情報とタイトルから『変身物語』はこの手の変身をテーマにしたオムニバスだと思ってた。だもんで、「あんま心惹かれないから、別に読まなくてもいいか…。」と思い、この20年ほどの長きにわたり読んでこなかったが、これが間違いだった。暇のあった中学生とか高校生時代に、遅くても大学生くらいのときに読んでおけば良かったと。

まず、この『変身物語』だけどタイトル詐欺である。内容に則してタイトルをつけるならば、『ギリシア・ローマ神話大全集』とか、『ギリシア・ローマ神話集』とでもする方が適切だろう。
内容を見ても、冒頭から天地創造の話になる。あの、カオス(混沌)からガイア(大地)とウラヌス(天空)が生まれて、さらに神々が生まれるというアレだ。このあたり、変身というか、モノが変化して別のモノになってるよね…と思えなくもないが、普通に変身がさほどテーマになってない物語なんかも語られていくようになる。
つまり、本書は「変身」をテーマにしているが、変身は不可欠なテーマではなく、また個々の物語に変身を入れなきゃならないという縛りすらないのだ。確かに、変身を扱った物語は多いし、僕が数えたわけではないが、この作品内だけで200を超える変身の物語が収録されているらしい。ただ、『変身物語』というタイトルからギリシア・ローマ神話を連想することは難しそうだし、マーケティング的にもあんま良くないんじゃないかな、と思わないでもない。

ここから、内容に関する感想なのだけど、個人的には神々の話を中心としていた上巻より、ヘラクレスやアキレウスといった英雄たちが活躍してくる下巻の方が面白いと感じた。
このへん、完全に好みの問題で、中学生時代の僕は英雄たちの物語より、神々の物語を楽しんでいた。心境の変化は、僕が大人になって、血の通った英雄たちの苦悩や挑戦にこそ、自分や周りの人を重ねて読めるようになったからだと思うのだが。
その中で、特に良いな、と思ったのを見どころを3点ほど上げたい。

見どころの1つが、アキレウスの武具をめぐる、オデュッセウスもアイアスの話。
トロイア戦争自体はイリアスを読めということか、オデュッセウスとアイアスは自分の功績をそれぞれ演説し、自分こそがアキレウスの武具を受け継ぐべきだと論戦をするのだ。
僕はこの20年ほどオデュッセウスのファンをしているのだが、アイアスの演説を聞くと確かに、人間社会でよく見る、ずるいやり方で出世をする奴を連想し、初めてオデュッセウスのやり方に疑問を持った。
一方で、弁舌巧みなオデュッセウスは、演説の最中に涙ぐんで見せたり、効果的に間を作ったりしながら演説をするわけだ。直截的なアイアスに比べると、見事と言わざるを得ない。
ま、オデュッセウスが後から演説するわけで、先に演説したアイアスより有利なんだけどね。正直、オデュッセウスの、というかここは著者のオウィディウスの弁論術に感じ入る。自然科学と違い、この手の弁論術は現代でも充分に使えるだろう。もし、オデュッセウスが政治家やら弁護士やらせると、どうなったかな、と想像すると楽しい。

見どころの2つがピュタゴラスによる菜食主義のすすめ。
なんでも、万物は流転してるらしく、人の体は死後に土になったり、その土が草になって別の生き物になったりする。別の生き物を殺して食べるというのは、なんか魂を汚しちゃうから、食べちゃダメだという。
ただ、禁止の理由は食べることで自分の魂を汚さないためだから、畑を荒らすイノシシなんかを殺すのは良い、とのこと。今流行りのヴィーガンったやつか。
万物流転の考えは、東洋の輪廻転生にもつながるのかな、と思った。ただ、害獣を食べずに殺すだけなら可としているところは大きく異なるのかもしれない。

そして、見どころの3つにギリシア神話と離れた、ローマ固有の神話が収録されているところ。当然ではあるが、ローマ建国の父、ロムルスの話なんかはギリシア神話とは別の話になるから、あんまこの手の話を解説した書籍はない。
そして、神格化されたカエサルやアウグゥストゥスなんかも『変身物語』に収録されてる。
なんでも、カエサルが殺されたのは、アウグゥストゥスが人の子であってはまずいので、カエサルを死なせて神にしなきゃならなかったからだ、とか。
あと、アウグゥストゥスへのゴマすりが露骨で、「カエサルの最も偉大な功績は、アウグゥストゥスを子にしたことだ」と述べてみたり、「カエサルも偉大であることは間違いないが、子のアウグゥストゥスには及ばない。父のペレウスより子のアキレウスが、父のクロノスより子のゼウスが優れているように。」と。
ちなみに、史実を見ると、オウィディウスはこれほどまでにアウグゥストゥスに媚びているものの、追放刑にされているという。なんだか、悲しいものだ。



転身物語(上)【電子書籍】[ オウィディウス ]






最終更新日  2019.07.07 14:28:52
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2019.03.30
テーマ:神話創造(430)
カテゴリ:神話伝説
『アレクサンドロス大王東征記』を読んでいたら,ギリシア神話最強の英雄ヘラクレスがインドに来てどうだのとファンタジーの世界めいたこと書かれている。これについて調べてみようと思ったが,全く文献が見つからない。聖闘士星矢の時代からのギリシア神話好きとして聞いたこともない話だったので,独自研究を自分用のメモ的な意味も含め,簡単にまとめてみる。
以下,引用はすべて岩波文庫『アレクサンドロス大王東征記』。


アレクサンドロス大王東征記 付・インド誌 下 岩波文庫 / アッリアノス 【文庫】


まずインドに行く前に,『東征記』の順に従って,アラビアの話をする。
『東征記』では,テュロスでのヘラクレス伝説が語られているのだ。このテュロスは現在のレバノン。地図を見れば分かるが,ギリシアからかなり遠い。ギリシア人がこんなところまで来ていたのかは分からんが,ヘラクレスの神殿がここにもある,とされている(2巻16)。
ただ,著者のアッリアノスも「これはアルゴス(ギリシア)のヘラクレスではない」と断言してしまっている。
これについて,解説もこれを「ギリシア的解釈」として,ヘラクレスと同一視されているのはセム系のメルカルトだろうと言ってる。
さらに,アッリアノスは「ヘロドトスが伝えるところによると,エジプト人は12神のなかの1柱に数え入れている」と学説を紹介していたりもする。どういうことだと解説を見ても,この部分について,ヘラクレスに対応するエジプト神は特定不能と書かれている。

こういうのを見ていくと分かるんだけど,アレクサンドロス大王の行く先々にヘラクレスがいる。
いや,解説も「ギリシア的解釈」としているが,現地の英雄のことをヘラクレスと言っているのかもしれない。実際,ヘラクレス伝説というのは時間の経過で各地の英雄伝説が寄せ集められる形で大きくなっていったという話もあるらしい。
だいたい,アレクサンドロス大王はテュロスとかペルシアで何語を話していたんだろう。まさか,言葉が通じたとは思えない。現地人が「ここで弁慶がどうこう」とか言ったのを,通訳が「弁慶」に対応する言葉として英雄ヘラクレスを当てたりする感じでねじれていっているのではないかと思うところもある。

さて,ここまで前置きでようやくインドである。
アレクサンドロス大王は,オルノス地方にやってきたところ,ヘラクレスでも攻略できなかったという都市にやってくる(4巻28)。アレクサンドロス大王はこの話を聞き,どうしてもここを攻略したいと思うわけだ。
いまさら地図を出すまでもなく,ギリシアとインドは距離がありすぎるし,こんなの嘘だろうと思う。
著者であるアッリアノスも,「テバイ(ギリシア)のヘラクレスあるいはテュロスの,あるいはエジプトのヘラクレスにせよ,ともかくヘラクレスがインドまで実際にやってきたものかどうか,私としては来たとも来なかったとも断言はできないのだが,どちらかというと来たように思われない」と微妙な言い回しをしている。
そのうえで,功績を誇張するため,「あのヘラクレスにさえできなかった程だという作り話をしたのではないか」と懐疑的である。

その他,ヘラクレスが来た証拠として『東征記』は,マケドニア軍は,ヘラクレスの象徴である棍棒印の焼き印が押された牛を見て,「ヘラクレスがインドまで来た証拠だ」と言ったりしたことも伝えている(5巻3)。
証拠としては推認力は弱いし,アッリアノスも「他の歴史家は信憑性を認めていない。私としては,この問題についてはあずかりということにしよう」と投げやりである。

さらに『東征記』を読み進めていくと,ヘラクレスだけではなくて,インドにはギリシア神話ゆかりの土地だとか事跡がうじゃうじゃあるということになっている。
たとえば,5巻に行くと,今度はギリシア神の1人,ディオニュソスが建設したというニュサという町が出てくる。この点も,著者はうさん臭さを感じつつ,「あまり立ち入った詮索はすべきではない。」ともはや思考を放棄したかのような書きぶりをしている。
ただ,このニュサについては戦わずして投降し,「ディオニュソスに免じて,この町は自由自治の民としてください」とアレクサンドロスに懇願したということで,そのようにされている。
これについて岩波文庫の解説を見ても,ギリシアのあれではないのではないか,インドの神話伝承をギリシア的に解釈したものなのではないか,と書かれている。
僕としては,本当にディオニュソスが来たかどうかのうさんくささはある。
さらに,マケドニア軍はインドを「世界の果て」と考えたようである。神話ではプロメテウスは世界の果てで磔刑に処せられねばならないので,その磔刑に処された場所を「発見」するとか,のんきなこともしていたようだ。

さて,「インドのヘラクレス」についてこれ以上となると,アッリアノスの『インド誌』にも多少の記述がある。この『インド誌』は『東征記』のおまけみたいなものであるが,著者のインドについてよく分かっていない感があふれていて面白い。

そんな『インド誌』の説明によると,たとえばディオニュソスが建国したということになっているニュサについて,住民はインド人ではなく,ディオニュソスがインドに引き連れて来たギリシア人のうち,戦闘に耐えなくなった者だろう,と記述している。
このディオニュソスについては,アレクサンドロスよりも先にインドに攻め入って,インド人を打ち従えたということになっていて,胡散臭いながらも証拠があるとしているが,ヘラクレスについては,「記念になるものがとぼしい」(5)というのだ。
前述したように,ヘラクレスが攻略できなかったというアオルノスの岩砦について,アッリアノスはほら話だろうと断じ,あとはせいぜい棍棒の焼き印がある牛くらいしかないのだ。
この点についてアッリアノスは『東征記』の執筆時とは見解が変わったのか,「このヘラクレスはおそらく別のヘラクレス,つまりテバイ(ギリシア)のヘラクレスではなく,テュロスなのかエジプトのヘラクレス,あるいはインドからほど遠からぬ北の地方に居をかまえたどこかの大王のことなのだろう」(5)と論じている。

まぁ,実際そうだろうとは思うし,答えが出てしまった感じはするが,さらに『インド誌』からインドのヘラクレスについての記述を見ていく。
インド族のスラセノイ族はヘラクレスを格別尊敬しているのだが,ここの部族のいうヘラクレスは,ギリシアのヘラクレスと似たような衣服をしているのだ。
また,ヘラクレスはこのメトラとかクレイソボラで大勢の女たちと結婚し,大勢の子を作ったが,女の子は1人だけしか生まれなかった。この娘,パンダイアの名前にちなんで「パンダイア」と呼ばれた地方については,ヘラクレスが統治を娘に委ねたという(8)。

また,ヘラクレスは自分の死期が近づいたことを悟ると,娘を嫁がせるにふさわしい男がいないので自ら7歳になる娘と交わり,この娘との間にできた子がインドの王になったという(9)。
アッリアノスは,「7歳で結婚という慣習については,パンダイア地方の寿命が男性で40歳という話だし,7歳で結婚というのも理屈にかなうかもしれない」としつつも,「別に娘が成人するのを待って交わればいいのでは?」としているが,僕としてはそもそも息子に後を継がせれば,と色々思うこともある。
なお,ディオニュソスはヘラクレスより15代前だとか説明されているが何分と神話の時代だからな…。

さて,おおよそこんな感じ。
結論としては,アッリアノスが『インド誌』5節で論じているように,インドのヘラクレスはギリシアのヘラクレスと別人なのだろう。
ただ,そこにロマンがあるとは思う。僕としては,こういった話から,ギリシア・ローマでのヘラクレスの強い人気を感じるのだ。
アッリアノスの『東征記』を読んでみても,「ヘラクレスの末裔」と何度か記述していて,そこ自体は疑っていないようだ。また,たとえばローマ皇帝コンモドゥスなんかも,ヘラクレスのコスプレをして闘技場で戦っているわけだ。

また,最大のカブトムシの名前がヘラクレスオオカブトだったりするのは,その力強さには「ヘラクレス」がふさわしいからだろう。
僕がやってるスマホゲー,FGOでも絆ヘラクレスはまさに最強の一言。強いという言葉はヘラクレスのためにあるという感じで,まさにヘラクレスの強さに対する信頼はアレクサンドロスの時代から2000年以上たった今でも衰えることはない。
なんというか,ヘラクレスについてはギリシア神話の本を読めば,その経歴なんかは分かるんだが,後世でヘラクレスがどういう扱いだったのか,そこをうかがい知ることができて,僕としては非常に面白かった。


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最終更新日  2019.03.30 12:38:57
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2019.03.24
カテゴリ:神話伝説
僕は海外文学作品だとたまに複数の翻訳を読み比べて見たりするんだけど,『ラーマーヤナ』のレグルス文庫版を読んでみたら,以前読んだグーテンベルク21版と大きく違った。自分用のメモも含め,ちょっと書き残していきたい。

まず,『ラーマーヤナ』ってなんだという話なんだけど,古代インドの叙事詩である。
内容的には,古代インド版のスーパーマリオブラザーズだ。主人公ラーマ王子の嫁であるシータが羅刹の王に誘拐されたので,ラーマは弟のラクシュマナと猿軍(ヴァナラ)とともに羅刹と戦うという話だ。
この手の物語の古さというか,オーソドックスさを感じる。

見どころは数えきれないほどなんだけど,ラーマが昨今のなろう系かと思うほど強すぎて楽しい。
羅刹カラがカチコミをかけて来たときなど,たった1人で1万4000の羅刹を打ち取っている。また,ラーマの矢はミサイルなのかと思うほどの威力で,山のような巨人クンバカルナの頭を切り落としてる。
また,面白いのが,ラスボスである羅刹の王,ラーヴァナだ。こいつ,苦行の成果で「神々には絶対に殺されない」という体になっている。人間であるラーマが倒さないといけないというわけだな。

さて,読み比べなのだが,まずグーテンベルク21版。河出書房版の電子化したもの。訳者は阿部知二。


ラーマーヤナ(上)【電子書籍】[ ヴァールミーキ ]

この阿部知二は,本業が英文学者であるから,決してインド文学の専門家ではない。しかも,英語版からの重訳なので,もしかしたら不正確なところや,大きく省略したところがあるのだろう。
解説で阿部知二は,7巻の羅刹との戦いの後日談は大幅にカットした点について,「7巻は不必要であるばかりではなく,あえていうならば,むしろ感興を害なうものですらある」とまで言っている。

なんというか,時代とともに道徳が変化するのだが,ラーマはせっかく羅刹軍と戦い,妻であるシーターを取り返したのにもかからず,長期間さらわれていたということでシーターを離婚してしまうのだ。
現代でというか,スーパーマリオでこれをやった大問題である。ちなみに,ラーヴァナは羅刹の王のくせにその辺は妙に律儀で,超絶紳士なので,誘拐したシーターに1年以上も手を出していない。人間よりよほどできた男じゃないのかな,とこの辺は不自然なのではあるけど…。
たまに,ネット上の記事で,インドだとかアラブだとかで,性的犯罪にあった女性が迫害されるというニュースを見るたび,こういうものか,と思わないでもない。
また,阿部知二が簡単に紹介しているエピソードなのだけど,ラーマはシュードラ(奴隷階級)の者が苦行をしているところに遭遇すると,ただちに殺してしまっている。このあたり,ラーマの行動はカースト制度の保護という観点から,当時の人々には賞賛されたのだろうが,現代人の目から見ると奇異に映る。
ただ,古典の魅力というのは物語の面白さも当然だが,こういう,当時の文化を知ることができるところにもあると思う。7巻について不必要とまで論じながら,簡単に紹介されている著者の姿勢は感心する。

一方,レグルス文庫版である。訳者は河田清史。翻訳家である。


ラーマーヤナ(上)【電子書籍】[ 河田清史 ]

こちらは年齢層が低いのか,文体時代が「です・ます調」になっている。また,分かりやすさ重視だろうか,敵方は羅刹ではなく,「悪魔」と訳されている。いままで断りなく,羅刹という言葉を使っていたが,原典だとラークシャサになっていて,それを忠実に訳すと羅刹とすべきなんだろうが,分かりにくいからな。悪魔でええやん,ということだな。
グーテンベルク21版であった残虐描写だとか,猿軍がラーマとの約束を忘れて遊びほうけていたためにラクシュマナが激怒するとか,そういう話はカットされている。一方で,ラーマを助けるハヌマーンの活躍に焦点を当ててみたり,鷹の王ジャターユが戦死する場面を感動的に描いていたりと,どうも訳者は動物好きだったのかな,と思える描写がちらほらある。
そして,あのラーマとシーターの後日談であるが,やっぱり離婚エピソードはカットされている。
それどころか,ラーマがシーターの貞節を疑う場面もかなり好意的に書き直されている感じがあって,ギスギスしていないのである。

2つの『ラーマーヤナ』を簡単に紹介してみたけど,さっくりと短時間で読みたいのならレグルス文庫版がいいかなと思う。kindleunlimitedが使えるなら,上下巻まとめて読めるし。
ただ,僕はグーテンベルク21版をお勧めしたい。レグルス文庫版よりボリュームが増えているし,残虐描写というか,戦闘描写もかなり丁寧。また,レグルス文庫版だと,ラーマたちを現代人から見ても理想の人間として描く傾向にあるんだけど,グーテンベルク版はあまりそういうところがなく,ラーマが猿軍のヴァーリンを背後から不意打ちで殺した場面なんかをしっかりと取り上げていたりする。大人向け,という感じなのかな。






最終更新日  2019.03.24 21:03:51
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2019.03.19
カテゴリ:神話伝説
Twitterで噂になってた『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか』を読んだ。
ちょっと面白いのが、内容は同じだけど表紙が違うアーサー王版、ランスロット版、ガウェイン版の3パターンが出てる。僕はガウェイン版を買ったけど、わりとガウェインが人気なんじゃないかな。



いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか〈アーサー版〉 変容する中世騎士道物語 [ 岡本 広毅 ]



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いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか〈ガウェイン版〉 変容する中世騎士道物語 [ 岡本 広毅 ]

対象としては、ある程度アーサー王伝説を知ってる人向け。初心者が手を出すようなものではないかな。
また、色々言いたいことがあるが、まずはタイトル。「アーサー王って日本のサブカルに君臨してるか?」ということだ。
海外文学で言えば、三国志やギリシア神話といった超強豪がいる。三国志はゲームにも漫画にも大人気だし、ギリシア神話は素材をそのままではなく、『聖闘士星矢』を筆頭にモチーフに使った作品が多いのかな。
そもそも、アーサー王伝説自体、西洋で人気が出たのは近年のことらしい。たとえば、ルネサンス期の芸術作品を見ても、聖書やギリシア神話を使ったものはよく見るが、アーサー王関連なんか見ないし…。

さて、内容以前のところへのイチャモンはここまでにして内容に入る。1人が執筆しているわけではなく、10人以上の論客がいる論文集みたいな形になっている。まずは、おおまかな目次と著者を見てみよう。

第1部 受容の黎明期
山田攻(私大管理職。慶応大文学部)
不破有理(慶應義塾大経済学部教授。北ウェールズ大アーサー王課程修士号)
小谷真理(SF&ファンタジー評論家。元明治大学情報コミュニケーション学部客員教授)
高宮利行(慶應義塾大名誉教授。国際アーサー王学会日本支部会長)

第2部 サブカルチャーへの浸透
塩田信之(フリーライター)
森瀬繚(ライター、翻訳家。早稲田大学第一文学部卒)
小路邦子(近畿大文学部准教授)
滝口秀人(自由ヶ丘高校教諭。立命館大スポット講師)
小宮真樹子(近畿大文学部准教授)

第3部 君臨とさらなる拡大
斎藤洋(亜細亜大経営学部教授。児童文学作者)
岡本広毅(立命館大准教授)
アラン・ルパック(ロチェスター大名誉教授。国際アーサー王学会北米支部元会長)

意外にも、あんま専門家でない方々も執筆しているということに気がつく。そのため、超絶にレベルが高い論文から、「なんか論理の流れおかしくない?」みたいなのも色々とある。

まずは、第1部「受容の黎明期」だ。
執筆者の肩書を見ても明らかなとおり、この部はガチの専門家ばかり。テーマとしては、明治あたりの話になるのだが、夏目漱石の『薤露行』の話が多くなる。
この『薤露行』、ランスロットとアストラットの乙女のロマンスを夏目漱石が描いた短編小説なんだ。高校生のときに読んだけど、文章が古すぎてまともに読めなかったんだよね…。
面白さで言えば、山田攻の『明治大正アーサー王浪漫 ー挿絵に見る騎士イメージの完成課程』がかなり良かったかな。明らかに、日本人の挿絵画家が時代考証ができておらず、17世紀フランスの格好をしてたり、なんとなく漢服っぽいのを着ているのもあったりする。当時の日本の資料のなさっぷりがうかがえて面白い。こういうのを、僕は求めていた。

さて、第2章『サブカルチャーへの浸透』だ。
この章は、けっこう好き嫌いが大きいかも。アニメ『燃えろアーサー』だとか、宝塚、『Fate』、『ドラクエ』なんかをテーマに各作品を見て行く感じ。
僕としては、「燃えろアーサーは分かるとして、なぜライジングインパクトをもっと大きく使わない? ドラクエよりFFだろう? あと、円卓生徒会とコードギアスもだ!」と色々言いたいことがある。
宝塚もドラクエも僕はよく知らんが、『Fate』における「女性アーサー王受容試論』はちょっと言いたいことがないでもない。日本の『リボンの騎士』なんかの戦う少女の伝統から論じているが、日本における英雄女体化の歴史の古さは、水滸伝の英雄たちを女体化した滝沢馬琴の『傾城水滸伝』だとか、昭和年間でも夏目雅子のドラマ版西遊記なんかにも見られるものだ。その辺から論じて欲しかったのかな…。

最後の第3部『君臨とさらなる拡大』。
ここも専門家が多いが、日本以外の話が多いがする。ノーベル賞作家、カズオ・イシグロがアーサー王伝説を使って描いた『忘れられた巨人』は微妙なとこだよね。面白そだから読むかもしれないけど。
で、気になったのが、斎藤洋氏の論考だ。
氏は、アーサー王の父・ユーサー王が、魔法でイグレーヌの夫に変装して、詐欺的にイグレーヌと同衾した話を理解しがたいとして色々と検討しているが、僕的にはこれ、過去の英雄誕生譚のリライトなんじゃないかと思うんだ。パッと思いつくだけで、ゼウスがこのやり方でヘラクレスを産ませている。そういう観点からすれば、アーサーに異常な産まれをさせるとこに意味があり、その母親がそれ以降、ほぼ出てこないというのは前例通りという気もするんだよね…。
ただ、この斎藤洋氏は西遊記とアーサー王とを比較して論じてるあたりに好感は持てる。他の文学作品なんかと比較をすることで深く分かるということもあるだろう。上の方でも書いたけど、たとえば日本のサブカルに君臨してる三国志だとかギリシア神話との比較論なんか、面白そうだよ。

あと、先日の日記でも書いたけど、コラムで『金色のマビノギオン』がけっこう大きく扱われ、設定資料や著者のインタビューも載ってる。ここは文句なしに楽しめた。






最終更新日  2019.03.20 10:52:18
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