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ゆるゆるといこう

ゆるゆるといこう

やって良い親馬鹿、駄目な親ばか

親ばかって基本的に誉め言葉だというひともいるくらいで、
自分の子どもが特別に思うのはいいことだし、
子どもは存在だけで喜ばしい嬉しい。
でも、子どもって家族としての個人のことだからね。
自慢されても迷惑な人が沢山いる。
例えば年賀状。第一子の死産した年、知ってる人でも、
子どものことだったり。
それ以前でも、そろそろ家族増えた?みたいな一言だったり、
それはないだろう。と思う。
勿論年賀状以外でも親しくしてる人の子ならまだしも、
だれこれ・・っていうのは・・・。
さほど熱心に子どもが欲しいとかも思ってなかった私でも嫌だった。
挨拶がわりにおこさんは?とか、
兄弟はとか・・・
聞かれて困る人沢山いるのにちっとも減らない挨拶がわりって
どういうことなんでしょうね・・・

「子どもの親になったら成長する」「だから是非もちなよ」
「大丈夫産んだらなんとかなるって」

等々ほんとに軽く人の人生断言する人多いけど、
欲しくても授からない、あるいは子どもが出来たことで人生狂った。等々
絶対メリットがあるとは限りません。
子どもって選べないし人生で最大のギャンブルに思う。なんせ
夫は取り替えられるけど子どもは取り替えられないし。

「親にならなきゃわからない」
そりゃそうだろうけど、
「独身で中年にならないとわからない」
「夫婦だけでいないとわからない」苦労やリスクはみんなあるわけで・・・
だからなんなんでしょうね。

子どもが居て子供中心の生活で細切れで
「いいよね。身軽で遊べて、いまのうちだよ」とか
自由効くんだから私が合わせて当然みたいな言い方から・・・

大変だろうなと思うし、実際今、大変なんだけど、

それはないよなあと言われて思ったので言わないことにしてる。
言われたら困るというか。
じゃあ私にどうしろと?ってかんじが・・・

相手がどう思うかみえなくなってそれを言いたいほど疲れているなら
自分の生活省みた方がいいです。

親ばかと趣旨がちがうけど、
世間って、流産、死産、それから小さい赤ちゃんの死を
リセットみたいに、
忘れて次の子のことでも・・等々、嘆き悲しむことに冷たい。

あるいは無理したからだめだったんだみたいなことも平気で言うし。

授かった子に期待してでも、さっさと遠くに行っちゃって
取り残された親は空の向こうにいるはずの子を一生やっぱり考えるし、
体験したことのない人とはもの凄い温度差があって、
人生風景を一変させますね。


いいたのいは、お子さんなくした人は嘆いて思い出して上げる時期が長くてもぜんぜんいいじゃんと思うし、
その後は会えないけど遠くにいる生きてる感じになってしまい。
肉親や親しい人を亡くした体験のない人にはぴんとこないかもしれないけど。
思い出話なんだから拒絶しないで否定しないできいてよ~ってのは
無理なんでしょうかね。
正し<聞いてはほしいけど、だからって根ほり葉ほり聞かれるのはだめてすけど。
そういう聞き手はたいがい無神経に自分に重ねて凹むこと言う人が多いし。

で、その嘆いてる時期もよその子はみれません。気を使いすぎるのも困るけど、
たまたま私はあんまりあわなかったけど、
知って居ての子供が産まれた報告、等々はあんまりです。ましてや、また産めばいいとかは、一生根に持つだろうと思います。

そんなんじゃないんですよね。命の生死のこと、しかも自分の子どものことなので・・










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