2008/03/22(土)04:23
■幸せの波紋♪
女は仕事が終わると、
駅前の喫茶店で、コーヒーを飲むことが習慣になっていた。
水曜日の夕方、いつものように喫茶店に入ると、
顔なじみのウエイトレスが、
いつものように幸せそうな微笑みで応対した。
同じテーブルで、同じウエイトレス。
そんな光景が、何年も続いていた。
殆ど店内で、会話を持った事の無い女は、
何故かその日は、そのウェイトレスに質問をしてみた。
「どうしていつも幸せそうなの?」
ウェイトレスは、
女の質問に一瞬戸惑いながら、嬉しそうな表情で、
生活は厳しいが、愛する家族がいる事を話してくれた。
彼女は子供はもちろんの事、
ご主人もずっと愛し続けてているようだ。
帰りの電車の中、
女はこれまでの自分の人生を振り返っていた。
結婚して子供も授かったが、その後離婚。
子供を引き取り、元々キャリアを持つ職場へ復帰をする。
それ以来、
他人を愛する心に蓋をし、がむしゃらに働いてきた。
給料もそこそこ貰い、子供にも、
金銭的には不自由させる事は無く、暮らしていた。
女は自分に質問を向けてみた。
「私は心から愛した人が、今までに居ただろうか?」
直ぐに答えは出てこなかったが、
電車のドアの脇にある鏡が、別の回答をサポートしてくれた。
口角の下がった口、手入れを怠った髪、
朝したきりで、直す事の無い化粧の落ちた顔が、そこに存在した。
女は一瞬落胆をしたが、直ぐに思い直す事が出来た。
「自分から愛してみよう」
そして、電車のドアが開き、改札を抜けると、
手に持ったバッグを、360度回転させながら、
走っている自分の姿があった。
次の日から、女はその喫茶店には行かなくなった。
数年前から「自分を愛する」というメッセージを伝えていた、
ウェイトレスの役目は終わったのだ。
ウェイトレスは、店内のスタッフと話をしていた。
「いつも来ていた女の人、来なくなっちゃったね・・・」
あの日、自分と電車の鏡による絶妙なコンビネーションで、
一人の女が幸せに向かいだした功績を、彼女は知る由も無い。
ウェイトレスは今日も微笑みながら、
客にコーヒーと幸せを運んでいる。