2006/05/26(金)22:10
ある日・・。(其の壱)
2005年3月21日(月) 山口県 美祢サーキット
全日本ロード開催を約2週間後に控えたこの日のパドックは異様な雰囲気に包まれていた。
シケイン下を潜ってパドックに上がると、ずらりと並んだトランポ群・・・
私達が到着した頃には、珍しくピットの空きが残り僅かな状態・・・
さすがに私も同乗していたU君も喚声を上げた。 否が応でも士気が
高まってくるのを抑えられない。 そもそもこの日の練習走行には、乗り気
ではなかった・・・以前にもレース前の全日本組と走ったことがある私は、あの
雰囲気の中での走行が如何に難しいか、周りとのあまりのペースの違いに
自分の居場所が見付けられず、自分の安全を確保する事すらままならない
走行枠がどれだけ辛いモノか身に沁みていたからだ。
しかしチーム員3名揃って走行出来る機会は少なく、他の2人の"ヤル気"を
見ていると・・・「行ってみるか」と中途半端な状態で出発してしまった。
「無理だと思えば、直ぐ止めれば良い。」そう自分に言い聞かせていた。
「今日の空気はおかしい・・・。」 私の中の"冷静な自分"は異変を確実に感じ
取っていた・・・転倒車が続出している・・・しかしラップタイムは上々、身体の
動きも悪くない、「今日はイケる!」久々に味わう手応えは麻薬のように
私のアタマをトバしてしまった。 中途半端な決心で臨んでいた私は完全に
この異様な雰囲気に呑み込まれてしまっていたのだ・・・。
新品を組んだタイヤが、みるみる減っていく・・・あと一本、この状況だと
タイムアタック1周が限界か・・・この日仕事で来られなかったメカのO氏に
連絡してみる・・・これまた珍しく意見が一致したネ、イケそうだ・・・。
少し気になる点もあったので、セッティングの小変更をするか・・・安パイ
取ってこのままか・・・走行開始時間を前にマシンの前で考え込んでいると
走行枠を1本ずらした同じ'05CBRに乗るチーム員のA君に見つかった。
A: 「な~にやってんですか?」
私: 「んーセッティングをナ~・・・悩み中だよ。」
A: 「えっー! それ替えたらどうなるんです?」
私: 「ベストが出るか? コケるか? どっちかやね・・・(笑)」
A: 「(笑)」
自分の言った台詞で心は決まった・・・今日は妥協したくない、やれる事は
すべてやろう・・・。
走行開始時間が迫っていた・・・装備を身に付け・・・ギアのニュートラルを確認
しエンジンを始動する・・・タイヤウォーマーを外し、スタンドを外す・・・
先程までの"気合"とは裏腹にヘルメットの奥からは笑顔が見えるほど落着い
ていた。 普段と何も変わらない・・・ギアを入れクラッチ繋ぎ、ピットを
あとにした。 時間調整もバッチリ決まり、Bパドでの待ち時間殆ど無しで
コースイン・・・長らくボヤケていた新しいステージへの扉は拓けるのか・・・
後方を確認し左手を挙げて、本コースへ・・・右手に僅かに力を込めると、
解き放たれた野性が咆哮を上げて加速してゆく・・・。
(つづく)