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テーマ:楽天写真館(354352)
カテゴリ:幼少年期
子どもの時の農作業とかの話ではない。農作業といえば、母は秋田の農家を16歳の時に出て東京に移り住んだという。貧しい事もあったのだろうが、農作業があまり好きではなかったともいう。私もその血筋、前の帰国の時に買って密輸した「ごぼうのタネ」をまだ植えていない。
「先に出たら、トラックのインコースぎりぎりを走るんだよ!」 小学校1年生の時、教育実習に来ていた大柄で学生服姿の大貫先生が、緊張しきっている私にそう耳打ちした。練馬区立第二小学校の運動会の当日のことだった。この時、すでに私たちは新設分校の向山小学校に移転していたが、運動会は元の学校で行われた。 運動会の前の晩は寝られない。興奮して寝られない。遠足の前の晩もそうだったが。文房具屋さんで買ったばかりの運動用地下足袋を枕元にそっと置いて寝る。 私たちが小学校の時、運動会ではこの地下足袋を履いて一日を過ごした。以前、この話をしたときに、ある人が自分は裸足だったと言われていた。因みに、あまり関係はないと思うがローマオリンピックマラソンの優勝者エチオピアのアベベ・ビキラも裸足だった。 私は、小学校の時、身長と徒競走では誰にも負けたことがなかった。ところが、僅かな差で追いかけてくる学友がいた。留野と言った。足の方では将来抜かれる事になる。 親指で割れている地下足袋は実に走り易かった。機動性が高く、足にしっかりとフィットする。しかも安かった。難点は、ほころび易かったこと。踏まれたりすると痛かったことなど。 枕元に置いて、一日一緒に寝た地下足袋は、運動会の唯一日のためにあり、その日が終わるともう履けなくなり無残にも捨てられた。 毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。 タコ社長の本業・オーストラリア留学 タコのツイッター Twitterブログパーツ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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