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テーマ:恋愛について(2567)
カテゴリ:タコ生徒・学生期
「吸いなよ!」国立南口のロータリーを越えて右側の狭い路地を入った所にあった「邪宗門」という喫茶店で、Mがショートホープを私に勧めた。高校3年の春、前年の学園紛争の結果、制服が廃止になり、Mは細長く白い足がしっかり見えるミニスカート姿だった。私は、勧められたままタバコに火をつけた。皆で「ジャモン」と読んでいたこの喫茶店は、中が狭く入り組んでいてアンバー色の光が鈍く漂う隠れ屋のような空間を与えてくれていた。
Mは、「洗濯板に干しブドウ」と揶揄されていたほど痩せていたが背が高く目立つ学生だった。一見、清楚。高校1年のとき、バレー部の松本合宿で、テニス部で合宿に来ていたMに惚れてしまった。腰まであるくらいのお下げで顔は小さく目が愛くるしい。デッカイ顔の私と対照的だった。1年の学園祭で髪を思いっきりボーイッシュにカットしてギターを抱え、「いいじゃないの幸せならば」を歌っていた。私も幸せにあやかりたくなった。2年のクラス替えの発表があり、その中にMの名前があったときは、思わず一人で微笑んでしまった。 国立の並木道は有名だ。春は桜並木が見事だ。駅から高校に向かって右側はカップルが、そして左側は団体で歩くように自然になっていた。私は左側が専門だった。2年の2学期頃からMは右側を歩くようになっていた。相手は反体制活動を始めていた前田という同学年の学生だった。長髪でやや猫背気味に歩く、翳のあるニキビ顔の男だった。そして、Mが学園紛争を引っ張るような集団の一人になっていった。私は細いガラスの花瓶のような彼女が、その内脆く壊れてしまうのではないかと心配した。 「私ね、昔は東大に行きたかったのよ。」「それで?」 「馬鹿ね、ヘルメットかぶって昼間からこんな所でタバコ吸ってたりして行ける訳ないじゃん。」 Mと二人っきりになったのは、この邪宗門の時が初めてだった。彼氏とは続いていた。 「タコ君、高橋和巳、読んでる?」 「えっ、巨人の高橋和巳、本書いたの?」 「相変わらず馬鹿言ってるね。『悲の器』『わがこころは石にあらず』いいよ。読んでみて。」 私はおどけて見せたが、高橋の作品を読んでみようと思った。 「どんどん、逃げて逃げて、逃げまくってね、そこできっと何か見つかるんだよ。きっと。」 Mは、私の目を見ずに自分に言い聞かすように言って鼻からタバコの煙を吐いた。 12月のある日、Mは自分で抱えている「レッドツェペリン」のアルバムをどうしても聴きたいと私を誘って、国分寺北口のロック喫茶で無理を言ってかけてもらった。二人で何時間も一緒に過ごしても、私の気持ちは荒んでいくだけあった。コークハイを飲んで彼女は眼を細めて薄く笑っているだけだ。 結局私は、強烈に彼女に2年間片思いをしいているだけで彼女との関係は終わった。学生運動にのめり込んでいったMは、それでも現役で学芸大学に入り大学生活を初めていた。私は、予備校生活の中でもMのことが心から離れなかった。 これじゃいけないと、7月のある日、思い切って会えないかとMを誘って会うことになった。国分寺の薄汚いそば屋で会った。私は、うどんのカレー南蛮を食べながら、久しぶりに彼女を見つめていた。ところが、学生運動は続けていると言っていたが、紺の半袖のTシャツを着て底抜けに明るく話続けるMを見て、それまで募っていた思いがスーッと霧散していってしまったのだ。あの薄暗い邪宗門で、涙を見せながら独り言を言っていたMは、私の心の中にしか残っていないのを知った。会ってよかったと思った。大学で新しい彼氏ができたとも言っていたが、気にならなかった。Mは大学卒業後、都内の小学校の教師になった。風の便りで、数年前、三多摩地区の小学校の校長になったと聞いた。 毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。 タコ社長の本業・オーストラリア留学 タコのツイッター Twitterブログパーツ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013年07月15日 15時36分07秒
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