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タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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タコ社長1952

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タコ社長@ Re:いろいろバランスを取りながら、、、(09/24) 移転しました。 <small> <a href="http:…
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カテゴリ未分類

2013年08月11日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
母は、私が物心ついたときからずっといろいろな内職をしていた。その姿を見て、私はすくすくと平均を大きく上回って育ってしまった。父は警察官だったが、自慢したいくらいの安月給で、母が内職をして働かないと大食いの私と兄を食わせられなかったのだろう。そんな苦労をよそに、弁当のおかずに文句を言ったりして、今本当に母と父に申し訳ないと思っている。因みに父は、あの震災の一月後に88歳で他界している。母は、私が大学生のときその内職を辞めて、近くのプラスチック成型会社に「パートのオバサン」として働きに出た。

この3年後に高血圧で倒れるまで、母はここで働いていた。当時、母は身長が154センチ、73キロという体格で、「肝っ玉かあさん」とか言われていたようだ。その後、何回か病気をしたので、今は55キロ位になっている。

「八ちゃんがね、オバサンとこの息子、すごく仕事するよって言ってたよ。一番だってさ。」
私は大学の1年生のとき母が働いてるこのプラスチック成型会社で夏休み中バイトをしていた。そこに、やや知恵遅れの17歳の八ちゃんという子が働いていて、その子が母にそういったという。

1972年、7月から8月にかけて約一ヶ月間半、生まれて初めて母と一緒の職場で仕事ができた。後にも先にもこれ一回だったが、今思うと私にとっては掛け替えのない毎日だった。私は、母の手前もあり一生懸命真面目に働いた。でも、昼は一緒に食べなかった。

そんなある日、8月16日のことだった。その年の6月8日に忽然と私の前から消えた、ジーンズの似合う早苗から電話があった。昨日の日付とかは忘れるのに、こんなことだけは鮮明に覚えている。この日、父は泊まりでいなく、兄は留守で母と二人だった。「電話だよ。」
母が夕食のときにかっかってきた電話を取り次いだ。

「私、早苗。」
私は一瞬、呼吸が止まるほど驚いた。6月13日の私の誕生日に、一生の思い出を作ろうといっていた早苗が、その5日前に忽然と姿を消した。僅か一ヶ月半の交際だったが、一つ年上で、その時婚約者もいて、それでいながらすべてから逃げていた彼女と知り合った。私は、結婚まで考えた最初の人だった。

「ごめんね、あんな形でいなくなって。」
「今、どこにいるの。」
「金沢の友達のところにいるわ。探さないでね。」

母は彼女のことをほとんど知らない。というよりも、誰も彼女のことは知らない。誰にも会わす機会さえなかった。そんな関係だった。食卓に母を一人にしているのが気になったが、私は早苗と電話を続けた。

「家出の翌日にお兄さんに会ったよ。早苗の机の中から僕の住所を見つけたらしい。」
「そう。」彼女は低くそう言ったっきり何も言わなかった。気まずい沈黙が続いた。

「元気でね。じゃ、切るわ。さようなら。探さないでね。」しばらくして彼女がそういった。
初めて、死ぬほど好きになった女性、早苗と私の最後の会話は「探さないでね。」という言葉で切れた。

食卓に戻り、母には電話のことをほとんど話さずに食事を終えた。母も、何も聞かなかった。翌日も会社で何もなかったように母と一緒に仕事をした。

19歳の夏休み、私は小さな心が切りもまれるような日々だったが、笑顔で毎日プラスチックの加工の仕事をして過ごした。母とは、それ以降も一切早苗の話をしたことはない。


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Last updated  2013年08月11日 17時44分20秒
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2013年08月10日
テーマ:海外生活(7131)
カテゴリ:カテゴリ未分類
「綺麗ですね。」
というと、はい、私綺麗ですよね、と答える人が多いフィリピン。実に分かり易い。腹にもないことは言わない国なのだろう。そして、言われたら素直に受ける。

「綺麗ですね。」
というと、いえいえ、とんでもありません、と答える人が多い日本。実際はそう思っている人も多いだろうが。腹芸の国、ニッポン。

謙譲の美徳、とかはあまりない代わりに、素直に思っていることが言えるストレートな物言いができる国フィリピン。そして、見た目を大いに気にし、自意識の強い人が結構いる。

確かに、言葉の差は大きいが、そういうことより、人の考え方、物言い、立ち居振る舞いの差などをしっかりと理解しないと、心地よく過ごすことができない。

プライドが高いことは、両国民とも同じだがそれを如実に表わすかどうかといくことも問題になることがある。

私たちはフィリピンでビジネスをしているのだから、この国の流れを理解して私たちから踏み込んでいかないと壁にぶち当たる。

「タコさんは、ポギーですね。但し、ロロポギーさん。」
訊くと、ポギーとはハンサムということ。思わず頬が緩む。ロロは、というとお爺さんとのこと。ハンサム爺さん、ということらしい。嬉しいやら嬉しくないやら。

「はい、私ロロポギーです。」
とフィリピンでは答えることがいいのだろう。

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Last updated  2013年08月10日 22時20分03秒
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2013年04月07日
カテゴリ:カテゴリ未分類
「済みません、在庫がなくて取り寄せに3週間くらいかかるんです。今は、新入社員や新入生が購入されていて、、、」
池袋の以前三越のあったところにできた電気屋に行って、1時間ほどノートパソコンの説明を受けて、いざ購入しようとしたときに売り子の人にそう言われた。先に言ってほしかった。予約買いになっていて、海外に住んでいる人とは思わなかったからだろうけど。今回、日本で是非とも購入したかった物の一つだったが。どのメーカーのものも在庫切れだという。アベノミックスだか何だか知らないが、日本は景気がいいのだろうか。

二年前の三月も日本にいた。あの震災のときだった。あれから二年、まったく変わってしまった日本と変わらない日本がある。見えないところで変わってしまったことが多いのだろう。今も漏れ続ける放射能とはこれから50年も100年も一緒に付き合っていかないとならない国になってしまった。そのことは、本当に重くのしかかってきているが、人々は昔のままのように生活しているし、母と一緒にいると何もなかったようにさえ思えてしまう。

4月2日に日本入りした。目まぐるしく滞在地の変わるこの数ヶ月、父の三回忌のために日本に帰国しているが、その三回忌も昨日終わった。今回はオランダ系の連れ合いも一緒なので、親戚などからいろいろと声がかかってなかなか落ち着けない。明日からレンタカーを借りて、母と買い物をしたり温泉旅行に出たりすることになっている。変わらない日本を求めて残りの日々を過ごしていきたい。

帰る前に、また電気屋に寄ってみてノートパソコン購入に挑戦したい。連れ合いと一緒なので、毎回何時間も費やしている本屋回りができていないのが残念だけど、それは次回の頼みとして。母の田舎料理を毎日食べ過ぎて、せっかくできた減量が元に戻ってしまったし、連れ合いは益々態度と比例して大きくなってきていて頼もしい毎日だ。








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恒例の所沢早朝ウォーキング


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Last updated  2013年04月07日 10時04分41秒
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2013年03月18日
テーマ:海外生活(7131)
カテゴリ:カテゴリ未分類
私は、自慢じゃないが耳栓をして寝ることになってから久しい。自慢にゃならないな。

一つは、非常に長く連れ添っているオランダ系の連れ合いのいびき対策。もう一つは、毎晩メルボルンの家の平屋根で行われるポッサムの常軌を逸した運動会対策だ。

ところで、フィリピンに来られたかたならよく分かると思われるが、ここは鶏天国。一日中、鶏の鳴き声が聞こえる、といっても過言じゃない。食用もあるのだろうが、闘鶏の国、ちょっと歩けば鶏が見られる。更には、野犬がとても多い国だ。

ということで、朝目覚まし時計はいらない。鶏と犬の鳴く声で目が覚める。一人寝だからいびきは自分ので驚いて起きる程度で、熱帯なのでポッサムもいない。

だから私は年がら年中耳栓をして寝ている。4月は2週間、日本一時帰国予定。今度は連れ合いが8年ぶりに一緒に行くと言っているので、やはり耳栓の状況は変わらないようではある。



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Last updated  2013年03月18日 16時21分42秒
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2013年03月03日
カテゴリ:カテゴリ未分類
「オーストラリアで日本語教師をするんですか。」
副社長はそう言われて、5秒ほど何も言われなかった。9年ほど勤めた建設機械メーカーを退職時に、その挨拶に伺ったときのことだった。副社長は、インドのビジネスに精通されており、私がインド担当だったこともあり若造ではあったがお話する機会もあった。

「副社長が言うんだよね、俺があんまり苛めたからタコ君が病める様なハメになったんじゃないかってね。」
建設機械第三部の阿川部長が回りに聞こえるほど大きな声で私にそういった。
「そんなことないよね、タコ君!」

1984年の5月から、脱サラ日本語教師を目指して週末に日本語養成口座に通い始めた。誰も、私が会社を辞めるなどとは思っていなかっただろう。大きな組織でやっていくことに限界を感じていたし、人間関係でのトラブルなどもあり思い切って転職することになった。脱サラといえば格好はいいが、大きな挫折だった。世渡りが下手な性格なのかもしれない。どうせ辞めるなら、まったく別な世界に入ろうと日本語教師の勉強を始めた。

「じゃ、オニイさんね、これを餞別にしましょう。:
副社長は若い人をいつもオニイさんと呼んでいたようだ。引き出しからクロスのペンセットを取り出して差し出された。サラリーマン9年目、会社は先行投資をしている時期でこれから回収が始まろうという年代。そんな時に脱サラだった。まだ、日本はこれからバブル経済に突入しようという時代で、終身雇用が当たり前のときだった。会社は元が取れていない。

「じゃ、オニイさん、頑張ってくださいね。」
そういって、暖かくふっくらした手で握手してくださった。にっこり笑って人を切るといわれていた副社長、怖くて仕方のない存在だったが、しっかりとお辞儀をして退出した。

今、フィリピンのセブにいる。オーストラリアに行くことも、そして、こうしてセブにいることも、勝手に自分で決めて勝手に自分で来ている。勝手な人生が続いている。




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Last updated  2013年03月04日 00時32分14秒
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2013年02月08日
カテゴリ:カテゴリ未分類
「同伴喫茶には行ったことがない。」と言ったら嘘になるだろうか。なるだろうな。

若い方々には、1人とか3人とかで行っちゃいけない「同伴喫茶」、というもの自体を知らない方も多いだろう。それはちょうど私が「テレクラ」とか「キャバクラ」といったものの実態を知らないことの裏返しかも知れないが。知らないことを自慢している訳ではないので誤解のないように。私は昔から、自慢と我慢は苦手な方だ。

最初に「同伴喫茶」に行ったのは、というより行きかけたのは高校1年のとき。ませていたと言えばそう言えなくもない。大きく生んでもらった親に感謝しながら階段を上っていった。だいたい「同伴席」は喫茶店の最上階にあった。ところが、ドキドキの下心を見破られて、一緒に行った栃木出身で3つ年上のお針子さんに引き戻されてしまった。後に、この女性から肉食をしていると獰猛になるのでと「菜食主義者」の本が送られてきた。それ以来、会っていない。因みに、今は菜食主義に近くなっているが手遅れであった。

二度目に行ったのは、大学入学直後の19歳の春。一つ年上の松田早苗さんといったが、結婚も考えたほどの相手だった。2ヶ月後に彼女は蒸発してしまった。そんな訳で、「同伴喫茶」には淡い思い出は一つもない。因みに、いつごろこの喫茶店の形態はなくなったのだろうか。時間ができたら研究課題してみたいもんだ。

「カフェがなければ恋は生まれない。」
ボーヴォワールは言ったそうだ。私が、こういうキザなことを言っても歯が浮いてしまいそうになるが、ボーヴォワールが言うと、実存主義的に響いてくるので羨ましい。
「同伴喫茶」では恋は語れないだろうが、カフェという言葉に後押しされて、そこでは恋が雨後の竹の子状態で発生し続けるのだろう。

確かに、喫茶店は私にとっても、泣いたり吠えたりも含めて、恋ごっこの場の大様だった。大学時代、惚れた弱みで、池袋のガーネットの2階で2時間もある女性を待っていたことがある。交際していたが、あるときから袖にされ始めていた。
「あら、まだいたの?」
約束の時間に2時間遅れて、この言葉。「ぶってぶって」のマゾ度全開、女王様!

メルボルンには本当に素敵なカフェが多い。しかし、還暦過ぎてくると、カフェに何時間いても恋が生まれるような状況にはならい。大河の流れのような、本当に静かな時代に入ってきているのだろうか。

今日は、在宅勤務として、血液検査、風邪の治療、そして、前立腺のウルトラサウンドにいってきた。






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Last updated  2013年02月08日 13時05分24秒
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2013年01月31日
テーマ:海外生活(7131)
カテゴリ:カテゴリ未分類
風邪を引くと、梅干が欲しくなる。海外に長く単身赴任していると、親しく話せる異性が欲しくなる。

海外の単身赴任で風邪を引くとどうなるのだろう。フィリピンのホテルで風邪を引いて寝込んでいる。梅干も異性もまったく他の惑星の距離ほど望みようもない。

「塀が明日建つわ。」
引越しの決まった隣のクリスさんが、出る前に傾きかけた塀を建て直したいといってきたのでそうすることになっており、明日、それが建つそうだ。私は、明後日メルボルンにもどる。いつも、私が海外にいるときに、偶然ではあるのだがいろいろと修復が行われてきている。

もうすぐ、親しく話せる異性にメルボルンで会える。本当に勝手に海外でプロジェクトをやったりして、オランダ系の連れ合いには面倒をかけている。2月3日は、彼女の誕生日だ。




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Last updated  2013年02月01日 08時54分27秒
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2012年12月08日
カテゴリ:カテゴリ未分類
街を歩いていても本当にぶすが多い。3人に1人はぶすと言っていい。一時帰国していて本当にそう思う。

私がずっと住んでいるオーストラリアのメルボルンにはぶすがいない、などという話ではない。

朝起きて、もう既に17個くらい嫌なことがあったような顔で「ぶすー」っとして歩いている男女が多い。特に中高年。何か私、悪いことでもしましたか、と訊きたくなるほどだ。

生活も苦しい、孫はなつかない、息子は結婚しない、政治にも期待できない、いくらダイエットしても痩せない、冬は寒い、などなど「ぶすー」っとしたくなる気持ちも分からないではないが、そんなものは自分の中に納めておいて、何も全世界向けに拡散する必要はどこにもないと思うのだが。

ところが、二人以上で歩いている人は結構明るい顔をしている。例外は、長く連れ添ったと思われる夫婦で、無表情同士が多い。

ということは、誤解を恐れずに言わせてもらえるなら、夫婦以外の男女と群れているのがいい、ということになるのだろうか。そうすると、「ぶすー」はいなくなる、ということなのだろうか。

日本の冬
ヒートテックで
群れてゆく






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Last updated  2012年12月08日 11時35分35秒
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2012年10月23日
カテゴリ:カテゴリ未分類
日本の一時帰国で、私が一番頻繁に行く所は?

ジジチャリで買い物に行く「いやげや」スーパーのある清瀬も確かに良く行くが、実は所沢だ。何しろ、毎朝1時間半の早朝ウォーキングは埼玉県の所沢を目指して歩く。そして、買い物は所沢商店街。飲むのもここ。

「何だこの歌?変わった演歌だな。」
1980年代の初め、勤めていた会社の檜山課長の引越しの手伝いに行ったとき、車のラジオから流れる演歌に同僚の前川さんがそう発言した。一回聴いたら忘れられなくなるほど心が動かされた。その歌手の名前は、「さいた・まんぞう」。

それから、埼玉県出身の人にお会いすると、いつもこの歌を話題にしてきた。ところがどうだ、最近の若い方々はこの歌をまったく知らない。後世に残すべき名曲「なぜか埼玉」が風化しようとしている。

ということで、11月の帰国時の朝のウォーキング中に聴く歌の一曲は、所沢を歩きながら「なぜか埼玉」になる。ときどき口ずさんだりしながら。

http://www.youtube.com/watch?v=Kz6_CEuJFpE



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Last updated  2012年10月23日 08時36分21秒
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2012年07月31日
カテゴリ:カテゴリ未分類
ゴキブリと床屋は昔から嫌いだ。

日本の1000円床屋で4月に刈ってもらってから伸び放題だった髪を、ベトナムのダナンの床屋で刈ってもらうハメになった。

短くするなという英語を短く刈れ、と勝手に理解したようでこの床屋、バッサリと。

オランダ系の連れ合いは安けりゃなんでもいいと思うような方で、人事のように言う。
「たったの3ドルだし、2週間もすれば伸びるから大丈夫、大丈夫。」

次回は、日本の1000円床屋になる予定。

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