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タコ社長の海外生活30余年ゾクゾク日記

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幼稚園から学生時代

2019年05月25日
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フィリピン、仕事の経緯で関わってから7年になる。石の上にも3年が2回転とちょっと。仕事でいちいちビザ申請も何だからということでリタイヤメントビザも取得、一生いることもできる。ただ、ペンションとか医療とかでは何の恩恵もなく、ただ居られるというだけのビザだが仕事はできる。

フィリピンとの出会いは日本ではほとんどなかった。ビンボーダナオと淡路恵子が結婚とかで聞いた国。個人的な関わりは、サラリーマン時代贔屓にしていた六本木マキシムの歌手ミルナに父親の病気仕送りと嘘をつかれ20万円詐欺にあった程度。あまりいい印象はなかった。

34年住むオーストラリアのメルボルンでは20年ちょっと留学生のお世話をする留学センターを経営、その延長線上でフィリピンのセブに英語学校を設立、そしてその経営は後陣に譲り3年前から日本食レストランを経営。フィリピンの事業は還暦を過ぎてから。日本のとんでも政党立候補者の中には60歳以上からは選挙権剥奪すべしとか言っている輩がいるそうだがその年代者。

練馬の豊島園の近くにあった(今もあるが)向南幼稚園雪組で勉学している頃は「末は博士か大臣か」などという言葉が通用していて、頭が天才か秀才だと博士か大臣を目指した時代。今は、博士は別としてバカじゃないと大臣ができない時代になっている。嘆いても仕方なく、そういう時代になっているということ。やったことは別として、吉田、岸、池田、佐藤、田中、福田、大平、宮沢、中曽根など皆天下の秀才、または庶民宰相だった。

因みにこの幼稚園では近所に住んで居た星出真理子ちゃんから、私じゃないと結婚しないと言われていた。芸名にしたいくらいの真理子ちゃん、今は行方不明。選挙権剥奪の話からちょっと話がずれてしまった。

ということで、今回色々あって2ヶ月以上いたメルボルン、色々なものを引きずりながらも明日セブ入りする。レストランの方はいてもいなくても売り上げはあまり変わっていない。もっとも初めから大した売り上げではないが。

これから古希までの石の上の3年、結果にコミットしてやっていかんと。と言っていたらこの「結果にコミット」と言って急拡大していた会社、100億以上の赤字を出したとか。てなことで、あまり先のこと、あまり大きなことは言わないで地味にこっそりとやっていくのがいいのかも。

セブの皆様、お待ちどうさまでした。あまり待ってなかったかもだが。メルボルンの皆様、行って参ります。日本の皆様、次回は10月を予定ということで。









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Last updated  2019年05月25日 10時08分13秒
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2019年05月19日
高校一年の時だった。どうしても英語が上手くなりたかった。リンガフォンの英語学習キットがどうしても欲しい。50課を勉強すれば英語が話せるようになると自分に信じ込ませて父親に言った。「最後までしっかり勉強するから、リンガフォンのレコードを買ってほしいんだけど。」

その前の年に、私たち一家は14年住んだ練馬の警察官住宅から、東村山市に移り住んだ。警察官の安月給で大借金をして家を建てた両親には、本当にお金の余裕がないことはわかっていた。私と違って、竹を鋼鉄で割ったような性格の父親は、賭け事など道楽にまったく関係のない生活だったから家も建てることができたのだろう。因みに最近若い時にこの父が浮気をしたことがあると年老いた母から聞いて仰天、7年前に88歳で他界した父の見方が変わった。

途中でやめるようなことにはならない、という条件で買ってもらうことになった。セットで1万7千円だった。昭和43年の1万7千円だ。

熱し易く冷め易い、惚れっぽくて捨てられ易い性格は一筋縄では御せない。結局、このときもその性格が影響して、半分もこなさないうちにそのレコードは押入れの奥にしまわれるハメになった。

こんなことだから英語では、いまだに苦労が続いている。しかし、あの時アメリカ英語を50課まで徹底して終えていたらオーストラリアにはいなかったかもしれないし、セブで英語学校を始めたり客が9割フィリピン人のラーメン屋も開くことはなかっただろう。とするとやっぱり中途半端でよかったなんて訳のわからない屁理屈いっている。最近では英語はおろか日本語さえもおぼつかないことさえでてきて、さすが聞き上手のタコ社長とか言われてへらへらしている。

ああ、それにしても、最初にあのレコードを聴いたときの本場の英語に震えるような違和感を感じてしまったのはどうしてだろうか。私は、教室の日本語英語が好きだったのかもしれない。第一、発音が分り易かった。









Last updated  2019年05月19日 14時47分44秒
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