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ペルテスっ子

『奇跡の夏』

「奇跡の夏」という映画を観てきました。

お兄ちゃんが脳腫瘍になってしまって、それを見守り苦しみながらも寄り添う弟と家族のお話。
(実話だそうです。)

映画は私にとって人ごととは思えない内容でした。
思うこともあったので書き留めておくことにしました。



冒頭の場面から衝撃でした。



「頭が痛い」と言うお兄ちゃんにお母さんが
「又そんなこと言って塾を休んだの!?」という場面。

そのお母さんと自分が重なって見えた。
整形外科を受診した時に先生がtakuに「ちょっと歩いてみて」と言って
takuの歩く様子を見たのだけど


「びっこ引いてるね。ちゃんと歩けないの?」と訊かれて
「歩ける」とtakuは答えた。

「だったらちゃんと歩こう。変な歩き方してると癖になっちゃうよ。」と言われたのです。
そのことがあったから、私もtakuの様子を気を付けていたのだけど、やっぱり変な歩き方をする。

「痛いの?」と訊くと
「そんなに痛くない。」と言う。


「だったらちゃんと歩きなよ。先生だって癖になるよって
言ってたでしょ!?」
私はそうtakuを叱ったのです。

その時の
takuのショボンとした顔が今でも頭に浮かぶ。
「ペルテス」という病気だとは全く気付かなかった。

病気が判った時になって初めて私はtakuに

「あの時はごめんね。」と謝って泣いた。
「いいよ。」と言うtakuも泣いていた。

「そんなに痛くない。」と言ったのは我慢していたんだね。
ペルテスという病気のことを知らないにしても、何ともないのにびっこを引くわけないってことに

何故私は気付いてあげられなかったんだろう・・・。

母親なのに・・いつも傍にいたのに・・・。
あの時は本当に自分のことが情けなかった。

お母さんが病気の具合が悪いお兄ちゃんにばかり気を取られて弟の気持ちを
分かってあげられない場面もあった。

私も同じだった。takuがペルテスだと判った日からずっと入院してからも
かなり長い期間takuのことで頭がいっぱいだった。

もう中学生だった長男はともかくとして娘はまだ小学校5年生だった。
今のtakuと同じ歳だったんだなぁ。

takuが入院してしばらく経った頃に娘の仲良しのお母さんから
「今だから言うけど、実は家の子が

『いくら弟が病気だからってアレじゃあ ゆうちゃんが可哀そうだよ。』
と言ったことがあったんだよ。」と話してくれた。

はたから見てもそうだったんだなぁ・・・。
あの頃の私はtakuが週末家に帰って来る時は笑っていたけど、takuが日曜日病院に戻ってしまうと
無気力でぼーっとしていた気がする。

ゆうの話もちゃんと聴いてあげられなかったと思う。

きっとたくさん寂しい思いをさせてしまったのだろう。
今ならよく分かる。本当に悪いお母さんだったね。ゆう ごめんね。


映画では闘病仲間の男の子との悲しい別れがあった。
どんなに頑張っても駄目な時がある。
それはやっぱり
運命としか言いようがないのかな とても悲しいけれど・・・。


最後までお兄ちゃんはどうなってしまうの?とドキドキしながら観ていたのですが
お兄ちゃんは手術や投薬などの治療を乗り越えギリギリのところで
生還します。
後遺症は残ってしまったけど・・・でも良かった。命には代えられないもの。


ようやく退院して家族の穏やかな日々が帰ってきます。
ラストの雪の中の
仲良し兄弟の笑顔が印象的でした。

闘病生活を通して兄弟は大きく成長した。


takuも同じだなぁと思う。
そしてそれはtakuの回りにいてくれた多くの人達の支えがあったからだと思います。

この映画は最初から最後まで涙無しでは観られなかった。
映画を観ながら私は頭の中でずっと『あの頃』のことを思い出していた。

家族が一人病気になると、色々な問題が生まれてくる。
心の問題や他の様々なこと、そして経済的な問題も・・。

大変だけど・・・やっぱりどんな時も
前向きな気持ちが大切だと思う。
前を向いていれば、どんなことも良い方へ転がっていくと私は思うのです。



takuが退院してからの我が家も本当に
穏やかな日々です。

この「奇跡の夏」を観て
takuがペルテスだった時の気持ちをちゃんと覚えていよう
と、また強く思う私です。




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