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カテゴリ:詩と随想
【小景 ~消え去ってしまったもの~】 彼はいつも右足を引きずりながら、物憂い目をして歩いていた。 髪もひげも伸ばしたまま、うす汚れたシャツ一枚で公園のベンチで蹲まっていた。 近所の子供たちにいつも罵声を浴びせられ、道行く人々に蔑みを受けて生きていた。 しかし、まわりの喧噪を何も気に留めず、夏も冬もただただ目的もなく歩き、あるいはベンチでぼんやりと過ごしていた。 時折、何か思い出したかのように少し窪んだ目を大きく見開いて、両手を空高く差出し微笑んでいた。 それはまるでやっと捜し当てた母親に会った子供のようでもあり、また社会的なもの全てを拒絶した者の社会に対するある種の表現であるかのようだった。 彼の生きるという意味は一体どこにあるのだろうか。 ただ本能だけで生きているのだろうか。 もう五十を超えていると思われる彼には、今まで家族というものが愛すべき者とかが果たしていたのだろうか。 幸福とか安らぎとかを過去に置き去ってしまったのだろうか。 否、彼にとって幸福とか生きる意味とかは、我々の想像を超えたところにあるのかもしれない。 時折、彼の歩く姿に何か神々しいものを感じさえした。 しかし、居心地の悪いベンチと人々の冷たい目と中傷、それが彼にとっての現実だった。 ある昼下がり、彼は自販機の前で一缶のジュースを手にして立っていた。 偶然そこを通りかかった子供らが彼を見て口々に叫んだ。 「ドロボウー。」 彼の周りを囃し立てながら騒いだ。 動揺したのか彼は、ジュースの缶を落してしまった。 それを拾った一人の子供がその栓を抜き、彼に投げつけた。 彼の汗ばんだシャツが茶色に変色した。 その瞬間、嗚咽ともつかぬ声がした。 「ああ。」 彼が初めて口を開いたのだ。 悲しそうな目がある一点を見つめていた。 その幾日か後には、もうベンチで彼の姿を見つけることは出来なかった。 優しいはずの子供のこころに失望したのかは解らないが、どこかに去ってしまったのだ。 日々の生活に苦闘し、社会的中傷に曝される者たち。 現世で成功した者より、はるかに素晴らしい小宇宙を持っているのではないだろうか。 遥か遠い彼方を見つめるが故、現世に生きていけない。 私の街から何か大切なものが消え去ってしまったような気がした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008年09月19日 23時31分58秒
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