スピリチュアルと物理学

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量子論と精神世界

2011年08月17日
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カテゴリ:量子論と精神世界

こんにちは。

セラピストな物理学者の柊木匠です。

スピリチュアルやセラピー、心理学や哲学、ホリスティックな事を物理学を使って説明した本を出版します。


赤煉瓦交流館


雑誌「セラピスト」 を発行しているBABジャパンさんからの出版となります。


  『スピリチュアルと物理学』(BABジャパン) 著者 柊木 匠 8月29日発売


物理学って聞くと、何を思い起こしますか。

福山雅治のガリレオ、、、 ビン底メガネに白衣、、、 とかとか。
どちらにせよ、難しくて苦手 ・・・ という人が多いのではないでしょうか。

また、物理学はこころや精神世界、スピリチュアルなものとは程遠い、ボテボテの数式がイッパイ出て来る
トンでもない世界、と感じている方がほとんどだと思います。

確かに、難解な記号や方程式はイッパイ出て来ます。
時折、頭がウニ状態になります。。。

でも、その反面極めて哲学的で、時にはとっても詩的でもあるのですよ。
ギリシャの時代は、物理学と哲学は同じ学問でしたから。

この世の始まりや終わり、宇宙の成り立ちなどを突き詰めて行くと、哲学的な世界になっていきます。

同じ学問が、こころや想いといった見えない世界に行ったものが哲学や心理学であり、目に見える世界だ
けを取り扱ったものが物理学として分岐していったのですね。


  物理学 = ものの理

ということであって、この世界の仕組みや成り立ちを "物" から論じる学問なのですね。
でもでも、 「量子論」 からは、物の相棒・片割れは "波動" であると言います。

また、最新の 「宇宙論」 では、目に見えないものが96%を占めている世界だと言います。
見えるものと見えないもの、必ずペアになっていて、しかも見えないものが遥かに大きいんですね。

物理学とは、物だけではなくて、結果として見えないモノも論じていくシロモノなんです。

なので、スピリチュアルや精神世界の話に対して、ものの見方や角度、使う言葉が違うだけで同じ事象を
言っているものも数多くあります。

  いまを生きる、ということ

  想いは実現する、ということ

  そして、全ては繋がっている、ということ

これらは、物理学そのものだったのです。


スピリチュアルや精神世界、哲学や心理学、そして物理学を含めて、その根底にあるものは、

  この世界って何だろう、人って何だろう ・・・
  そして、私って誰だろう ・・・

という大昔から人が想いを馳せている純粋で、そして極めて素朴な疑問なのですね。
もちろん、現在でも全て解き明かされた訳ではありません。

おそらく人類が存在する限り、消えることのない "素朴な問い" として在り続けるものでしょう。
「人は考える葦」 である以上、その答えを求めるために存在しているのかもしれませんね。


全国の書店やアマゾンで購入が出来ます。
是非、読まれて下さい。

気付きや新たな発見がイッパイあるものと思います。







Last updated  2011年08月17日 21時54分47秒
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2009年06月10日
カテゴリ:量子論と精神世界
【量子論と精神世界 -フラクタル-】


物理学をはじめ科学は、事象を細かく分解し、その細分化された現象から理論化や定式化を行い、全体

像を捉えていくといったアプローチを多く行います。

例えば、量子論等のミクロな素粒子の振舞いやその作用から、ビッグバンとかマクロな宇宙を記述します。

現代医療も身体全体から一つひとつの臓器、細胞やDNA・遺伝子といったミクロの分野に進んでいます。

この様に、ミクロ的なものの解明からマクロ的なものを類推していくアプローチです。

 フラクタル1
  ※フラクタル図形


このミクロなものとマクロなもの、一見違ったように対極的に見えますが、この両者の間には「相似形」

成り立つ場合が多いのです。

例えば、原子は原子核の周りを複数の電子が取り巻いており、太陽と惑星、太陽系と銀河の関係と同じ

です。

こういった相似形を自己相似形、「フラクタル」と呼びます。

部分と全体が同じ形をしていて、部分を拡大すれば全体と同じ形を得られるといったものです。

ミクロな尺度で見ても、マクロな尺度で見ても、同じある一定の形状や規則性を保っている。

従って、部分から全体を、全体から部分を、両方向から事象を類推、検証することが出来ます。

樹木における幹や枝、葉や葉脈、海岸線、雲等々はフラクタルの一種ですが、70年代にこの自然の姿を

数学で描写するフラクタル理論が、数学者のマンデルブロによって提唱されました。


数学的には、フラクタルは秩序と無秩序(カオス)の境目に位置します。

自然界の一見秩序のない変動もグラフにプロットするとフラクタルな性質を示すそうです。

これらから、宇宙をはじめこの自然はフラクタルな構造、あるいは性質で成り立っているのではないかと、

推察することが出来ます。

ミクロな現象の中にマクロと同じ現象や性質があり、逆もまた然りということです。

 フラクタル3


また、物質以外にも、こころとからだの関係がフラクタルであったり、フラクタル図形のような平面的なもの

や立体的・空間的なもの以外にも、時間的なフラクタルもあるように思われます。

人の一生と地球の一生、天体や宇宙の一生が同じフラクタルな式で記述されるのかもしれませんし、から

だのリズムは月の満ち欠けといった月のリズムのフラクタルであり、天体の運行と人の生とか占星術で見

られる関係も一種のフラクタルではないでしょうか。

見方によっては量子論での観測問題や非局在性も、意識の在り方や考え方におけるフラクタルを意味し

ていると言えます。

また、遺伝子といったより微細な方向へ進む現代医療、こころや生命エネルギーといったより大きな方向

へと進む代替医療、相反するように見えて出会うところは、「二重螺旋を描く生命エネルギー」なのかもし

れません。

 フラクタル4


自然は多様で連続的ですが、フラクタルを基本とするならば、秩序と無秩序の境目にあり、「あらゆるもの

の中にあらゆるものが内在する」ということになります。

もしかしたら、創造主と呼ばれる存在のフラクタルが自然であり、私たち人間なのかもしれません。


  ※フラクタル図形は、 Machida‘s Fractal Galleries より




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Last updated  2009年06月10日 22時36分07秒
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2009年06月04日
カテゴリ:量子論と精神世界
【量子論と精神世界 -宇宙論-】


ボームという物理学者が「ホログラフィー宇宙モデル」なるものを提唱しました。

宇宙は、普段目に見えて感知できる世界、つまり現実と呼ぶ世界(明在系)と、普段目には見えないがあ

りとあらゆる情報がひとつにたたみ込まれている世界(暗在系)から成り立っている、とする理論です。

粒子というのは、常にこの世に存在しているわけではなく、あるゆらぎの確率に従って暗在系から明在系

に出てきて、また暗在系に戻る。

常にそれを繰り返しており、ホログラフィーのように、明在系は暗在系の投影だと考えました。

暗在系は、時間も空間も意識さえも、全てがひとつにたたみ込まれている世界だと言うのです。

つまり、私たちが感知する世界の裏側に、全てが絡み合ってひとつになったもうひとつの世界があって、そ

こでは時間や空間といった概念を超越して、ありとあらゆる情報が蓄積され、人の意識さえもそこにあると

いう非常に飛んだモデルを唱えました。

かなり奇抜なモデルですが・・・

 巨人の目 リング星雲
 ※巨人の目星雲、リング星雲


今、盛んに議論されている理論に、「超ひも理論」「M理論」等があります。

物質の根源は、開いたひもと閉じたひもの2種類のひもから出来ていて、全てはひもの振動から成ってお

り、その開いたひもは膜(M)に張り付いているといったものです。

これらの理論とリサ・ランドール並行次元世界とホログラフィーモデルを併せて考えてみた場合、

私たちの世界は、

 あるひとつの膜(現実世界、現宇宙)に張り付いたひもであり、そういった膜(並行次元世界)は幾つも

 存在している。

 張り付いているが故に、他の世界(並行次元世界)は見えないし、行けない。

 全てはひもの振動であり、閉じたひもだけが別次元を行き来出来る。

 時間や空間といった概念を越えた世界が存在し(暗在系、異次元世界)、

 その世界と私たちの世界は繋がっている(投影)。
 
 並行次元世界や時空を越えた世界は、すぐ側に存在している。

という仮説になり、非常に「とんでも系のモデル」と思われるかもしれません。


未だ実験的にも確かめられてはいないのですが、こういう宇宙論もあるのです。

量子の非局在性や量子テレポーテーションと解釈される現象も、直接的にこのリアルな世界の時空間を

移動しているわけではなくて、時空を越えた世界を介在しているのかもしれません。

全く仮説の域を出ませんが、非常に面白くて興味あるモデルだと思います。

 M104
 ※M104


人の意識は、わずかな顕在意識と大きな割合を占める潜在意識(無意識)から成るとされています。

大胆な仮説を取ると、脳は極めて分解能の良い受信機であり、表面的な顕在意識だけ脳内にあって、こ

の現実世界を見ており、潜在意識は脳を越えて時空を越えた世界に繋がっている・・・

 時空を越えた世界に私たちの潜在(無)意識が繋がっている。

この潜在(無)意識のことを、「」や「霊性」とかと表現する人もいます。


では、果たして時空を越えた世界とは、どんな世界でしょう。

現実世界に縛られている私たちには想像もつきませんが、私たちを守護している者、あるいは世界を創造

した者、そんな存在がいる世界なのかもしれません。

ユングによると人類共通の意識として、「集合無意識」というものがあります。

深いところで全てが繋がっている意識なのだそうです。

この現実世界や私たち、時空を越えた世界も繋がっていて、全てが繋がりの中のひとつであるのではな

いでしょうか。

現在の物理学は、物質を対象とした学問であり、意識やこころの話しは扱っていないのですが、想像力

が物理学をはじめ科学の原点であるならば、囚われることのない想像力がより近い真実を引寄せるもの

だと思います。


この宇宙より遥かに広大な世界があって、私たちの宇宙はイルカの見るほんの短い夢の中に存在してい

たり、誰かの流す泪の一滴の中にあって地に落ちるまでのわずかな間の出来事なのかもしれません。




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Last updated  2009年06月04日 18時05分50秒
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2009年06月02日
カテゴリ:量子論と精神世界
【量子論と精神世界 -実在-】


この世の本当の姿とは何で、真実は何処にあるのだろうか・・・

物事の本当の姿、根底にある本性、これを「実在(リアリズム)」といいますが、物理学特に量子論的に

これを追求する「量子実在論」というものがあります。

様々な解釈があるのですが、


 深い実在は存在しない;量子世界など存在しない。あるのは抽象的な数学的な量子的記述と現象的

  事実だけ。

 世界は通常物体からできている;この世界は観測されていようといまいと、それ自身固有の属性を備

  えた実体(通常物体)でできている。

といった古典的な解釈をするものもあれば、

 世界は可能性と現実性からなる世界である;深いところにはわれわれの知るような実在はなく、未観

  測の宇宙はその代わりに可能性と傾向性に満ちている。可能性と現実性の橋渡しをするのが測定で

  あり、測定によって一つの量子的可能性が選択され現実の事象として通常世界の表面に現れる。

といったものや、


 観測が実在を作り出す;誰も見ていない時には月は存在していない。どの要素的現象も観測された現

  象になるまでは実在の現象ではない。

 意識が実在を作り出す;物理的対象は、意識を持った観測者が注目しているのでなければ属性を持

  つことはできない。測定が完了する場所は機械ではなく観測者の意識である。従って物事は誰かの心

  がそれを実際に知覚するまでは存在しない。

 実在は分割できない全体である;全宇宙の不可欠の量子的相互関連性が基本的実在である。量子

  は局所的な存在ではなく、全体的なまとまりである。量子世界全体が絡み合いを通じて一まとまりに

  なっている。

 実在は絶えず数を増やしている並行宇宙からなる;多世界モデルではそれぞれの測定から全ての可

  能な状態が生じ、その状態の数だけ宇宙は分裂し増殖してそれぞれ独立して存続する。


最後の3つは、意識という概念や量子という全体性、現実(宇宙)の選択といったものが登場します。

かなり哲学的というか、精神世界の考え方に通じるものがありますね。

このように様々な解釈がされていますが、観測・測定を通してからしか実体が見えない現状であって、結

局、知覚とか認識したものを「世界の全て(リアリズム)」と捉えています。

並行世界や同時的な可能性を認識することが出来ないので、世界は「ひとつの確定した現実の系列」とし

て考えてしまいます。

物理学をはじめあらゆる科学は、目に見える世界、触れることができる世界こそがリアルであり、自分の

外に現実があり、そこからの相互作用で全てが生まれると信じています。

 バラ3


しかしながら、量子論の「観測問題」「非局在性」は、そうではないという可能性を含んでいます。

科学者でトランスパーソナル心理学の創設者のひとりであるケン・ウィルバーは、

 「証明できる世界、客観視出来る世界だけをリアルとしたことが間違いである。」

と述べていて、リアルは「私(個の内面=主観)」「私たち(集合の内面=間主観)」「それ(外面=客

観)」
と3つの側面に分類することも出来て、これらはひとつのリアルの異なる現れであり、互いに影響を

受け合いながらも、互いに独立に成長進化していくという考えを展開しています。

私たちは、目に見える世界、触れることの出来る世界をリアルと捉えがちですが、目に見えない自分の内

面の世界も、触れることのできない間主観も、目の前にある木や花と同じように、生々しくリアルだというこ

とです。

これらのリアルは、全てが集まって互いの存在と役割を理解しあって、はじめて真のリアルと呼べ、従って

目に見える客観視出来る世界のリアルは真のリアルの部分集合でしかないということになります。

観測問題からの帰結である「全ての現実は思考の結果」ということや、ケン・ウィルバーの言う3つのリア

ルから言えることは、「個や個の集まりである集合の内面が外面を作っている」ということです。

つまり、「こころが思い描いたことや思考したことが、現実という形になって顕れている」と解釈出来ます。

 ほろ橋


どういう形で現実になるかは、様々でしょう。

例えば、「苦手な人がよく目の前に現れる」といった現象がある場合、

 たまたま出逢う回数が多い、席替えが悪い、周りの環境が悪い、誰々がよくない・・・

とか外に原因を求めます。

これは、外の現実にリアルがあるという古典物理学的な発想です。

しかしながら、ある自分のこころの中の有り様を見つめて、その有り様を認識し思考をするだけで苦手な人

は現れなくなります。

「個の内面」というリアルの変容を通して、外のリアルが変化したのです。

これは、ある意味「現実とは、自らの内面が作り出す世界であって、内面の鏡である」ということです。

すなわち、外には原因はなく、「全ての物事は、自分の内側にある」ということです。


また、全ての物質が量子で出来ており、量子世界全体が絡み合いを通じて一まとまりになっているので

あれば、自分の内側も外側も非局在性を示します。

従って、目に見えて経験している現実は、意識の選択によって変化(観測問題)し、過去に選択した想い

を変容させれば変化(非局在性)するということです。

自分の想いや思考が大切なのであり、如何に望ましい現実を創るのかは自己の内面が全てということに

なります。

自分の内面の変化によって、違った現実を幾らでも作り出せるのです。

フラワーエッセンスやホメオパシー、ヒプノセラピーといった代替療法もこの考え方だと思います。


こじつけとか、内面の世界は実在しないとか、当然のことながらいろいろ反論もあると思います。

しかしながら、これらを否定し、外の現実にしかリアルがないと考えている人たちは、まるで大昔あった地

球の周りを天体が動いているという「天動説」を唱えているようにしか見えないのは私だけでしょうか・・・

外面と内面が同じように実在し、内面の変化に応じて外面が変化する。

物事の本当の姿、根底にある本性が「実在(リアリズム)」ですが、これこそがリアリズムの真実なのかも

しれませんね。


ケン・ウィルバー曰く、

 「ただこころが“ある”ことに気づけば良いだけです。目に見えない世界が、生々しく『リアル』であると

 “知る”だけでいいのです。ただ信じるときにシンプルに存在する、それが信じる世界の『リアリティ』

 の本質なのです。」




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Last updated  2009年06月02日 18時26分35秒
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2009年05月28日
カテゴリ:量子論と精神世界
【量子論と精神世界 -非局在性-】


私は物理学を学んでいたのですが、物理学的な視点で物事を見たり考えたりすると、普段の生活や思考

なんかを結構違った風に捉えるみることが多いですね。

物理学者といったら、「ビン底メガネに白い白衣を着た変な人・・・」みたいな印象を持っている人が多いの

ではないでしょうか。

まあ中にはそんな感じの人もいます、残念ながら福山雅治風な人は見たことないですが・・・

考え方とか捉え方が多角的で、あらゆる角度から様々な可能性を持って議論をします。

柔軟な頭を持っていないと、先に進めないのです。

そんなわけで(どんなわけでしょう・・・)、今日はちょっと難しい物理学の話しをします。

 庭のアマリリス
  ※庭のアマリリス


 「全ての現実は、選択という思考の結果である。」

 「全ての根源は、時間も空間も越えて繋がりあっている。」

これだけを聞いたら、精神世界やスピリチュアルな話しだと思われるかもしれませんが、物理学の量子論

から来るひとつの帰結なのです。

1920年代後半量子論が世に出てから、今でも議論が交わされている問題に観測問題非局在性

というものがあります。

私たちが目にするマクロな世界と原子や電子、素粒子といったミクロな世界では、現象というかものの振

舞いは全く違います。

普段目にしている現象は、高校の物理で習った速度や加速度、重力等を使った運動法則に従います。

いわゆるニュートンの「りんごが木から落ちる」といった世界です。

これに対してミクロな世界では、物質は「波動であり粒子である」という量子論で記述されます。

量子論で記述出来るミクロな世界では、その波動の位置は不確定であって、観測によって波が収束し、

そこに位置(状態)が確定します。

つまり、観測されるまでは何処にいるのか解らないが、観測にかかれば物質として「実体化」するといった

ものです。

これを広義に解釈すれば、客観的事実というのは存在しなくて、事象は誰かの観測や認識によって状態

がはじめて決まるものであり、観測や認識をしていないときには何も決まっていない
ということになります。

どの現象も観測された現象になるまでは実在の現象ではなくて、「誰も見ていない時には月は存在してい

ない」
という極端な話しをする学者もいます。

ある物理学者たちは、世界が幾つにも分かれていくという理論で、宇宙は多数の世界に分裂しており、そ

の中の一つの宇宙に私たちがいるという「多世界解釈」という立場をとりました。

瞬間、瞬間で世界を選択していて、選択されなかった世界は観測にかからないので、あるかどうかさえ認

識出来ないといいます。

言い方を換えれば、「思考は現実化する」というのは、思考が現実化するわけではなくて、「全ての現実

は、選択という思考の結果」
ということです。

沢山の選択肢の中から思考や想いが選び取り、それが現実となって現れているのです。

もちろん、観測や認識には関係せず、世界はただの実体として存在するのみだと主張する物理学者もい

ます。

これらを量子論の「観測問題」といいます。

長い間議論されている問題で結論は出されていませんが、非常に興味深いものです。

 庭の作物とスイカ棚
  ※庭の作物とスイカ棚


また、「量子のもつれ」「量子の非局在性」という現象があります。

簡単にいうと、量子はたとえ何万光年離れていようと、片割れが変化するとその情報が瞬時に伝わるとい

うものです。

つまり、片割れを観測したら、その状態が決定され、空間的に遠く離れた片割れの状態も同時に決定され

ます。

これが時間をも越えるとしたら、何万年前の過去の振る舞いが、現在の観測によって事後的に決定される

ということになります。

「量子は、時間も空間も越えて繋がりあっている」という考え方です。

これをもって「量子テレポーテーション」と呼ばれるような現象も考えられています。

人間の認識がニュートンのりんごのような古典物理学的な現実世界であるのに対して、量子の世界では

時間や空間の距離と方向性に束縛されず、状態の現れ方が多様なのです。


「101匹目のサル」という話しがあります。

100匹の集団でいるサルが芋を海水で洗って食べていたら、遠く離れているサルも同じことをしたという

話しですが、この非局在性のことを物語風にしたものです。

ニュートン等の古典物理学がとる、「自然の出来事には必ず明確な原因があり、その結果もまた明確であ

る」といった「因果律」が全く通用しない世界です。

私たちの考え方や生き方も、この約350年位前に出来た「物事には原因があるから結果がある」という古

典物理学の考え方に従っているように思えます。

従って量子の非局在性は、今までの考え方や生き方までも変えてしまう可能性があるものだと言えます。

ボーアシュレディンガーハイゼンベルクといったノーベル賞を取った量子論の産みの親たちは、次第に

東洋思想や古代思想に解を求め、研究をしていきました。

しかしながら、彼らは明確な理論を打ち立てることは出来ませんでした。

量子論の「観測問題」や「非局在性」、これらを巡っては様々な学者がいろんな説を唱えていますが、結論

はまだまだ出そうにありません。

 チューリップ
  ※グリーンパークのチューリップ


物事の本当の姿、根底にある本性を実験や理論によって定式化させる学問が物理学ですが、古典物理

学をはじめ、五感で捉えることが出来る現象のみを「現実(リアリティ)」として論じてきました。

幾つかあるリアリティの中で、自分たちの外で起こっている現象を唯一のリアリティとして捉えていること、

ただ一時にひとつの確定した現実の系列として認識出来るものしか扱わないこと自体が問題ではないの

でしょうか。

私たちの中には、認識や思考といった現実と同じくらい生々しいリアリティが内在しているのです。

これは、量子論の二つの問題が問いかけていることのひとつであるのだと思います。

また、私たちのからだも、もちろん原子や電子から構成されています。

物理学者であり心理学者でもあるミンデルは、からだにこの非局在性の考え方(ドリームボディ、ドリーム

ランド
)を適用して様々な研究やワークを行っています。

「自分の外に現実(リアリティ)があり、そこからの相互作用で全てが生まれる」という古典物理学的な考

え方を捨てない限り、永遠に議論が続いていくでしょう。

物事の本当の姿、現実、リアリズムとは一体何なのでしょうか・・・(続く)


 ※ガリレオで「非局在性殺人事件」の映画化は・・・・・・ないだろうな・・・




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Last updated  2009年05月29日 08時04分49秒
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2009年04月30日
カテゴリ:量子論と精神世界
【量子論と精神世界 -観測問題-】


私は大学院で物理学を学んでいたのですが、「物質の根源」「宇宙の起源」とか、いわゆる『ものの理』

を探求してきました。

その中で、現代物理学を代表する理論『量子論(量子力学)』というものが出てきます。

原子や電子といったミクロな世界では、それらは「粒子でもあり波でもある」というものです。

量子力学によれば、ミクロの粒子は、取りうる複数の状態が重なった波動(関数)として記述されます。

例えば、電子は太陽の周りを廻る地球のように、原子核の周りをある確定した軌道を廻っているのでは

なく、雲のような不確定的なものとして原子核を取り巻いています。

この不確定な重ね合わせの状態を直接観測することは出来ません。

観測しようと光を当てると、波動(関数)が収縮し、電子は一つの粒子としてその位置が確定されてしまい

ます。

「客観的に見たら不確定であるが、主観的に見たら確定的である。」ということになります。

つまり、観測する以前は何処にいるか解らないが、観測しようとすれば位置が確定されるということです。

それまでの科学や哲学は、「客観的な世界は確定的であって、不確定であるということは認識や主観の

能力不足から生じる。」
としてきました。

量子力学の登場により、全く異なる解釈がされるようになりました。

 グリーンパーク1


これを拡大して解釈すると、

「多元的な異なった世界が存在し、認識という複雑性の凝縮を通じて、絶えず分岐する複数の世界のひ

とつを選び取って、そこで生きている。」

という「多世界解釈」になります。

多くの異なった世界が多数存在しており、意識してその中のひとつを選んでいるということです。

時間というものを考えても、本来時間は不確定であるか、またはもしかしたら時間といった概念すらなく、

認識や意識をすることで確定、あるいは存在しているのではないかとも思います。

過去や未来が「いま」という瞬間に凝縮しており、意識することである瞬間の未来を選択し、認識を変える

ことで過去をも変化させられるのかもしれません。

どちらにせよ、私たちの認識出来る世界はほんのごく一部だけであり、見ている世界が小さな部分世界に

しか過ぎないのです。

また、最先端物理学では「膜宇宙論」「超ひも理論」等と組み合わせて、多次元宇宙を論じています。

私たちと似たような世界、あるいは全く違った世界が、すぐそこに並行して存在しているかもしれません。

 グリーンパーク2


精神世界やスピリチュアル系の本や話の中では、多次元宇宙や並行次元世界の考えがよく出てきます

し、引寄せの法則でも意識して選択すれば、どんな世界でも可能であると言います。

また、一番大切なことは「いま、ここ」ということがよく言われます。

「いまという瞬間に何を選択していくのか」、が大事だということです。

量子論でいう「主観的に見たら確定的である」ということと同じ意味です。

「世界は全て自分の内側にある」ということであり、「自分が世界を創っている」ということと同義なのだと思

います。



 【こころとからだの講座】 - 自身で感じて、こころで汲み取って、自身で整えていく -

  ※ホリスティック医学協会福岡事務局後援 (HPに掲載してもらいました♪♪)

 ■日 時: 5月9日(土) 12:30~16:00

 ■場 所: ウェル戸畑 31会議室 北九州市戸畑区汐井町1番6号

 ■参加費: 4千円  定員20名 ※ホリスティック医学協会員は3千5百円
 
 ■持ち物: 筆記用具、長めのタオル(1m程度)、バスタオルもしくはヨガマットなどの敷物
        リラックスウエアでお越し下さい。 

 ■内 容: 1.気になる症状マッピング  -自己分析と解説-

        2.こころとからだのお話   -こころとからだは繋がっている-

        3.自力整体による自分自身への施術 -自力整体実践-

        4.シェアリング       -感想と質問-

   ◇ファシリテーター: ~LoveBody~ スマーシャ!主宰
               自力整体ナビゲーター 白石まか◎

   ◇コーディネーター: ライフスタイルカウンシル主宰 匠

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Last updated  2009年04月30日 20時14分07秒
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2008年09月11日
カテゴリ:量子論と精神世界

【CERNのLHC稼動 -新たな扉を開く-】

遂にヨーロッパCERNでLHC(大型ハドロン衝突型加速器;Large Hadron Collider) が9月10日に稼動を開始した。
高エネルギー物理実験を目的として建設された全長27kmに渡る世界最大の衝突型円型加速器だ。
スイス・ジュネーブ郊外にフランスとの国境をまたいで設置されている。

CERN1 CERN2


陽子ビームを7TeVまで加速し、正面衝突させることによって、これまでにない高エネルギーでの素粒子反応を起こすことが出来る。
高エネルギーの陽子・陽子衝突実験によって、素粒子物理学の標準理論を検証し、またそれを超える新しい物理の発見が期待されている。
6階建てのビルの大きさに相当する検出器ATRASでは、KEK(高エネルギー研究所)等日本の研究者も多数参加している。

内容としては、
 えんぴつ標準理論の中で唯一未発見であり、素粒子に質量をもたらすとされているヒッグス粒子の
   発見とその性質の測定。
 えんぴつ標準理論を超える、大統一理論の有力候補であり暗黒物質(ダークマター)の候補でもあ
   る超対称性理論で予言される超対称性粒子の発見。
 えんぴつ原子核内の中間子の性質を調べることによって、クォーク仮説に基づく原子核構造の精密
   な検証及びグルーオンの性質の測定。
 えんぴつ超ひも理論に基づく計算により、生成可能とされる極小ブラックホールの検出と、それに
   よる余剰次元理論の検証。
 えんぴつ高エネルギーの陽子・陽子衝突実験によって、B粒子の性質を測定することにより、
   物質と反物質の非対称性を研究する。
 えんぴつ高エネルギーの重粒子加速衝突実験によって、クォーク・グルーオン・プラズマを生成し、
   その性質を測定する。

CERN3 CERN4


素粒子物理学の検証やリサ・ランドール博士による「消える粒子」の検証が果たしてどこまで出来るのか。
マイクロブラックホール、果たして出来るのか。

来月から本格運転を始め、約1年後には実験結果が出始めるとみられている。
ノーベル賞級の発見が相次ぐことは間違いない。
もしかしたら、理論の根底を覆すものが出てくるかもしれない。
でも、それには未だ加速エネルギーが足りないのだろう。

ATRAS ATRAS2


いずれにせよ、「並行次元」の考え方を基にした「時間と空間」の捉え方が必要となってくる。
ホロマトリックスな世界の解明は、まだまだ先のことなのだろう。
所詮は、「この世は神の戯言」・・・です。


<CERN>

ジュネーブ郊外のスイスとフランスの国境にある。1954年、第二次世界大戦からの復興まもない欧州の英・独・仏・伊など12ヵ国が、米国に最先端の物理学研究分野で対抗するために、共同出資して作った素粒子・原子核研究所。研究所の部屋の窓からは、緑豊かなジュラ山脈の麓まで続く広大なぶどう畑が見渡せて目を休ませてくれる。遠くにはモンブランを抱くアルプスも望め、またジュネーブ飛行場もすぐそばで研究環境としては申し分ない。現在、加盟国は欧州20カ国となり、国民総生産に比例して研究所の予算を負担している。年間予算は約800億円で職員数は2、500人を越える世界最大の高エネルギー素粒子物理学の研究所となっている。
素粒子物理学上の成果のみならず、ビーム冷却法やワイヤーチェンバーなど加速器や検出器技術でもノーベル賞を獲得している。
日本・米国・カナダ・ロシア・インド・イスラエルなど非加盟国がLHC加速器建設に貢献しており、日本もLHC加速器を使った実験に参加するだけではなく、LHC加速器の建設に積極的に貢献している。

CERN6 CERN7


葉素粒子物理学は「ノリノリのラップ」マイク

LHCの紹介文をラップに乗せたビデオを作り、ユーチューブに投稿したところ、再生回数50万回を超える人気となり、話題を呼んでいるらしい。
高エネルギー素粒子物理学とラップを結びつけたのは、米ミシガン州立大学の卒業生でCERNから撮影許可を受け、運転開始を控えて作業する職員らと一緒にヘルメット姿でビデオに登場。
軽快なリズムで陽子の衝突によって何が解明されるのかを説明している。

「ここでの発見は、君の頭をぶっ壊す~音符音符と歌っている(笑)

「ラップと物理は、文化的に数キロ以上離れた者同士。でも、これを一緒にすれば面白いんじゃないかと考えた。」と話している。
CERNの広報担当も、「正直言って、最初はやりたいということを疑っていた。でも、出来上がったビデオを見れば、科学的な歌詞にラップのリズムが調和して納得してしまった。」と言う。

ビデオを見た物理学者らも、出来上がりを評価。
「ほとんど全員の物理学者が納得している、すばらしいものだ。」と話しているそうだ。

難しいことそっちのけで、ホントに楽しそうだきらきらきらきら
超お勧めです~オーケー

 スピーカLARGE HADRON LAP :http://jp.youtube.com/watch?v=j50ZssEojtM









Last updated  2008年09月14日 10時08分02秒
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2008年08月21日
カテゴリ:量子論と精神世界

【いまという永遠 -生命場と時間-】

物理学では電気や磁気、重力等のことを「物理量」と呼んでいて、時間も含めてそれらが作用する
空間のことを「場(field)」という。

人体は一定の容積を有し、しかも、この容積の中に電気、磁気、重力等の様々な物理量を含んでいて、
それぞれに対応する「場」を形成している。
例えば電場、磁場、電力場というように。

細胞レベルでそれらの場が重なり合って人体という「生命場」を形作っている。
更に、まだ発見されない、生命により直結する物理量も存在していて、それ自身が生命場というべき
場を形成しているかもしれない。

その生命場には各物理量に応じたエネルギーが存在し、これらをひとまとめにしてポテンシャル・
エネルギーとするならば、この生命場のエネルギーこそ、人間そのものということになる。

更に、その生命場は皮膚によって閉ざされたものではなく、外界の場に繋がる、というよりは外界
の場の一部分を形成していると言える。
この地域社会や地球・宇宙といった物質世界の限られたエネルギー場の一要素を構成している。
ある一定の波長領域の中でお互いに共鳴し合い存在している。

そして、もっと高次のエネルギー・波長領域が存在し、この世界を取り巻いている。
その高次の波長を受取り人間は生存している。

人間の記憶といったものや人間の本質自体がそもそも高次領域にあり、それを受信しているに過ぎ
ない。
脳は感度の良い受信機なのである。


高次領域には時間の概念がない。
時間のない領域に本質があるのであれば、この世界において人それぞれに流れている時間も異なる
ものとなる。
また、物質世界に流れる時間は、物質の進化あるいは過程を捉えるために時間を持たされているこ
とになる。

この進化と過程には方向性があり、その方向性に沿って流れている。
この方向性には違った流れが存在し、いまこの一瞬で全てが交差しているかもしれない。
つまり違う時間軸が複数存在していて、絶えずこの一瞬で交差しているというのだ。


時間のないこころ・魂が見つめているのは、いまこの一瞬である。
過去も未来もこの一瞬という時間に凝縮(縮退)されており、一瞬の連続があるだけである。
従って、いまこの一瞬に何を考え、如何に過ごすかが一番大切なことではないかと思う。

 「いまこの瞬間が、時のない永遠との繋がり」

なのである。

時空1時空2






Last updated  2008年08月21日 17時05分32秒
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2008年07月29日
カテゴリ:量子論と精神世界

【この宇宙とは・・・創られたもの】

私たちの住む宇宙は、なぜ知的生命のいる宇宙であって、なぜ物質だけの宇宙にならなかったのか。
これについて多くの科学者は最近、宇宙は知的生命の存在しうる宇宙となるように、誕生の際からあらかじめ「プログラムされていた」と考えるようになっている。

例えば、「自然定数」というものに着目する。
※自然定数;光速、電子の質量、重力定数、プランク定数といった、ある決まった値
これが「なぜその値」なのかを考えると、それはあたかも「知的生命を存在させるべくその値をとった」としか考えられないほど、絶妙にコントロールされている。

 ⇒ 電子の質量が1%、中性子の質量が0.1%、強い核力の定数が2%
   違っただけでも生命はできない。


という研究結果が出ている。
もしそれが0.1%多ければ、宇宙の中に生命が必要とする重元素が形成されない。
反対に0.1%少なければ、宇宙の全ての星がすぐ中性子星またはブラック・ホールになって、崩れてしまう。

その他、重力定数・電磁力定数・光速等がほんの少し違っただけでも生命はできない、ということがわかっている。
また、ヘリウム・べリリウム・炭素・酸素などの核の基底状態のエネルギー・レベルも、驚くほど微調整されていることが解っている。
それがわずか4%違っただけでも、生命体に必要な炭素と酸素が生じ得ないことになるのである。

現在の宇宙は膨張しつつあることが知られている。
この膨張率も、絶妙にコントロールされている。それがもしほんのわずか・・・・ある計算によれば10の55乗分の1・・・・大きければ、銀河系も星も形成されなかったであろうという。
反対に同じ割合小さければ、太陽のような星が形成される前に宇宙が崩れ落ちてしまうシナリオとなった。

いずれにしてもそのような宇宙は、「知的生命のいる宇宙」とはならなかったであろう。

宇宙の何をとっても、それが絶妙にコントロールされ、微調整されている事実が浮かび上がってきている。
つまり宇宙は細かい個々のこと、および総合的なことの両面において、神がかり的なバランスのもとに造られている。
何か宇宙を超越した知的実在者の存在に、思いを向けざるを得ない。

ある物理学者は言っている。

「その裏に、黒幕的な何かが存在している強力な証拠が見えます…宇宙を作り上げるために、まるで誰かが自然界の定数を微調整したかのようです。…すべてがデザインされている、という印象は強烈です。」

多くの科学者は言う。

「今や科学の発達に伴い、神が宇宙を創造したと信じるよりほかにない状態に来ていると・・・」

     ⇒ 「モニサマン」に続く・・・


自然定数







Last updated  2008年07月29日 17時33分48秒
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カテゴリ:量子論と精神世界

【Warped Passeges】 リサ・ランドール

私達の宇宙は、11次元という空間にある 一つの膜である。
この11次元には、平行する無数の膜宇宙が存在し(Parallel Universe)、それぞれ全く違った物理法則を持つ。

11次元は、3次元の世界のあらゆるポイントから、1兆分の1m離れたところに存在する。
極めて近い位置にあるのだが11次元を感じ取ることはできない。
この奇妙な空間に私たちの宇宙の膜が浮かんでいる。

数学的に導き出された膜宇宙では、
・私達の宇宙と同じ、3次元の膜もある。
・エネルギーのシートに過ぎない、膜もある。
・円筒形の膜、ループ状の膜、交差している膜、ドーナツ型の膜もある。
・この11次元には、泡やシートの様な膜をはじめ、様々な形態の、ありとあらゆる膜が存在している。
・こうした膜の一つ一つが、私達の宇宙とは少しずつ違った平行宇宙である。
これらの平行宇宙は:
・私達の宇宙とは、ごく接近しているかもしれないが、私達は決して気づかない。
・異なった自然の法則が働く、完全な別世界かもしれない。
・全ての宇宙に、生命が存在する訳ではないが、生命の存在する宇宙もある
・この様な宇宙が、無限にあるなら、文明を持つ宇宙も無限にある筈である。
・私達の宇宙と、そっくりの宇宙も有るかもしれない。

時空が高次元であるならば、陽子ビームを衝突させるLHC加速器でミニ・ブラックホールが生成される可能性も指摘され、今年実験検証が開始される予定である。
また近い将来、LISAで背景重力波が観測される可能性もある。

私達の宇宙は、ほかの沢山の宇宙と共存していて、それは、泡だらけの海に浮かぶ、一個の泡の様なものである。
これが、世界の最先端にいる物理学者達の現時点における「宇宙」についての考え方です。

ワープする宇宙1

ワープする宇宙2

ワープする宇宙3







Last updated  2008年07月29日 17時09分25秒
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