でっかい独り言、内緒話に戯言三昧

2011/06/21(火)13:53

じわじわと

三女の私の思うこと(678)

27年前に亡くなった父を象徴していたのは ニコンの一眼レフカメラと刀。 カメラは父がへそくり(株でためたお金)買ったもので 晩年、よく手にしていた。 刀はもともと父の実家にあったものらしい。 祖父は神社の人だったけど、他が軍人一族だったので あっても不思議じゃない。 どちらも私は大好きで、絶対に手放したくないものだった。 ところが、カメラは母は自分の弟である叔父にやった。 数年後、カメラを目にしたとき、父がかわいがっていた形跡はなかった。 もう私の大好きな「父のカメラ」ではなかったのだ。 だから、絶対に刀は手放すまいと決めていた。 研いでいないから、刃には曇りがあるけれど、 抜いて刃を眺めていると、気持ちが凪いで落ち着ける。 気持ちがどんなに荒れていたとしても、だ。 それなのに、母が私の知らないところで約束していた。 次姉の夫であった人に「日本にきたらあげる」と。 父の十三回忌に彼は来た。 だから刀をくれ、何度も言われていたらしい。 母が発病し、入院したときに、そういう約束をしているから、 アメリカへ送ってくれ、と言われて、初めてそのことを知った。 真剣を運ぶのも簡単にはいかず、美術品扱いで送った。 あの刀を人が触るのでさえ嫌だったのに、人手に渡った。 母亡きあとは、猫が三匹残っていた。 お嬢が小さい間、まるでお嬢付のメイドのようだった。 数年置きに一匹、また一匹と見送り 今年、とうとう最後の子も見送った。 叱られてしょげるお嬢を慰めたり、叱りすぎると割り込んできたり、 お嬢が寝た後は、こっちをなだめにきたり… 家をでるとき、いまだに猫がどこにいるか、探しそうになる 帰宅して、どこにいるのか、探しそうになる。 じわじわと私を支えてくれたものがなくなった喪失感に侵食されていく。 誰も、何も埋められない。 いつか、自分が自分でなくなるんじゃないかなと思ったりもする。 でも、そう思える間は大丈夫だよなと嘲笑ってる。 新しいものが欲しいんじゃない。 自分が生きてきた足跡を確かめたくなるだけだ ないものねだり、だけどね

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