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進化するたくにゃーにゃ 

出産の時のこと

出産の時のこと
たくにょんは、緊急帝王切開で生まれました。
帝王切開になるだなんて全然思ってなかったからびっくりしました。
退院して出会ったホームページに、体験談として手記したものを
残しておこうと思います。。。

帝王切開の部屋




私の通っている産婦人科は、アクティブバースを推奨するので体重は8キロ増までを目標・
会陰切開を行わないためのアロマオイルによる会陰マッサージの実施出産時のフリー
スタイル分娩の事前練習等さまざまな努力を行い、安産になるよう努めていました。
その為か、出産予定日の12月6日になったとたんの2時過ぎ破水、入院となりました。
ただ、破水の量が非常に多かったので心配しました。先生・助産師さんは全て出て行かないので大丈夫というのですが普通羊水の量って500ml位なのにずっと出るのです。
感染症も心配でした。

入院して4時くらいから軽い陣痛みたいなのが5分感覚でやってくるようになりました。
8時には診察を受け、9時から一時間おきに6回、陣痛促進剤を飲みました。
順調に陣痛はくるようになり、15時付近では1,2分間隔にまでなり、逃すための木馬やクッションボールアロママッサージなどを行うようになりました。
しかし、子宮口はずっと3cm、そして心音は大分下に落ちてきているのに羊水は相変わらずじゃばじゃばでてきます。(本当なら頭が降りてくれば赤ちゃんの頭でふさがり羊水のおちてくる量は減る)結局促進剤投与は終わり、次の日にもちこしになりました。
そのうち間隔は5から8分間間隔になり、旦那がさすってくれながら朝を迎えました。

また次の日の6時から陣痛促進剤を飲み始め、8時に診察しましたが、その時上位破水であることがわかりました。その時有効な陣痛がくることを期待し、正規の部分にもうひとつ人工破膜をしたそうです。
薬では埒があかなくなったので、9時から点滴に代わりました。
30分ごとに15時までレベルを上げていきます。
そのうちに間隔は狭まっていき、また痛い場所も腰から肛門のところに変わってきました。
14時くらいからは1,2分間隔になりました。
しかしやっぱり子宮口は3cm。言われるたびにうんざりしいつまで続くのか、不謹慎ながら飛び降りてしまいたいと思いました。
そのうち、モニターの波形を助産師さんが気にするようになりました。
つけている場所を変えたり、押さえたりして波形を確認しやすいようにするので今まで
さすってくれたり押してくれてたのがなくなり、陣痛がさらに過酷になりました。
同じことを無理やり旦那に要求して肛門と腰を同時に抑えたりしてもらうようになりました。
しかし3cm・・・どうして!?
先生が16時過ぎにやってきて、調べたところ、6,7cmにまでなったことがわかりました。
あと3cm、しかしそれは一日半かかってやっとの7cmなんです。
あとの3cmがどのくらいかかるか、そして問題は赤ちゃんの心音でした。
陣痛が起こるたびに心音が激減します。苦しいんでしょう。

先生が、「あと3cmだけどそれを乗り切るのも選択肢だけど赤ちゃんが今まで元気だったのにだんだん疲れてきている。私も疲れている。賭けをするより切って出してあげた方がいいのかもしれません、どうしますか?」
赤ちゃんが疲れてる・・・その言葉を聞いて、先生にどうか切って早く出してあげてくださいと泣きながら懇願しました。
そしたら運良くその時間帯の診察がキャンセルになったとかですぐに手術となりました。
剃毛をしようとするたびに陣痛・手術台にあがってから全裸で手を縛られても陣痛、今までと違いさすることもできず叫びながら、だらだらこぼれる羊水をかばうように助産師さんが肛門を押してもらいながら腰椎麻酔、ようやく陣痛がなくなり、ぽっと赤ちゃんは出てきました。
そしてその時、「あーこんななってたから赤ちゃんは下りれなかったんだなー、子宮が開かないわけだ」という声が聞こえました。
あとで説明を受けた母によると、へその緒が子宮の一部にひっつき、それが元で廻旋が逆になっていて下りれない状態になっていたそうです。
あと3cmを賭けで陣痛を我慢しても、永久に子宮口全開にはならなかったでしょう。

術後は夜中に麻酔が切れ、痛みに襲われ眠れず4回肩に鎮痛剤を打ってもらいました。
翌日朝はLDRから部屋に車椅子で移動、それも地獄でした。その日は寝たきり、横向くのも苦痛です。
だけどがんばらないとと少しずつ左右に寝返り打つ練習をしました。
二日目はカテーテルを抜きます。そして歩行練習です。
さて座る練習をしようとした矢先、後頭部をハンマーで殴られたような痛みが!
歩くのも座るのも痛くて涙があふれてきます。トイレが苦痛でなりません。
しかしその日は横になると落ち着くのでベッドを斜めにして寝てすごしました。
翌日は寝ていても痛いようになりました。赤ちゃんを抱っこすることも出来ません。
そしてこの病院はミルクは頑として与えず、糖水のみの補充なので赤ちゃんは二日間糖水
だけです。
かわいそうで涙が出てきます。起き上がれないので寝たままで赤ちゃんを連れてきてもらい
口に含ませるように努力しました。
ただでさえ帝王切開だといいとされる分娩後30分以内に赤ちゃんにおっぱいを吸わせることができません。飲ませはじめも遅れます。出なくなったらどうしようと心配しました。
しかしその心配をよそに、加えられた直後からぱーん!と張り、どんどん出てくるように
なりました。
8分で100ccも飲むんです。マッサージも何もせずにです。それには感激仕切りでした。
看護婦さんの中でも有名になっていました。
理由としては、5ヶ月から言われたとおりに乳首のマッサージを行っていたのと、帝王切開の人の食事がおもゆ。おかゆからだったのが良かったのでは?という話でした。
帝王切開の人の方が授乳が遅れても出やすくなることが多いと言っていました。
おかゆがいいのでは?という話でした。

さて、頭痛ですが、先生は一週間すると治るんだけどなーと言っていました。
しかし、私の中では、帝王切開の人は全部こうなるんだろうか?と疑問をもっていました。
そしたら後日、緊急で使う腰椎麻酔はきついので頭痛の副作用が出ることがあると言う話を聞きました。
私は次も分娩状態を見るかぎり多分帝王切開だろうといわれました。
2回目は予定帝王切開だからチューブを入れて硬膜外麻酔なので頭痛はないよと
いわれました。また、他の日に、ここまでなる人は10人に一人くらいの確率とも言われました。

そして抜ていの日、先生から傷口は本当にきれいに治ってますよ、と言われました。
その時、結構アクティブで無理をする私に、神様は頭痛を与え動けないようにし
傷口をきれいに治るようにしてくれたのだ、と思うことにしました。
術後9日ごろから頭痛もかなりなくなりました。
今まで寝たきりだった分何も世話を出来なかったので、沐浴、オムツがえをかなりあとになってから行いました。
しかしその間にスタッフの人がマッサージ・毎日の体拭き・足浴を寝たままさせてくれたり
かなり信頼関係が築かれていました。
普通この病院では8日目に最短退院するのですが、私は12日目になりました。
しかしその間でもいっぱいスタッフの人に話が聞け、体を休めることができました。
赤ちゃんもおっとりした性格であまり泣かず泣き声も響く声ではなくよく眠るいい子です。
予定日とおりに生まれた割には2718と小さめだったのですが本当に母乳をよく飲むので
退院時には3140にまでなってました。
今度もこの病院でぜひ産みたいと思います。しかし頭痛だけは大変でした!


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