難治性「主語+は」症候群
難治性「主語+は」症候群 英文を日本語に翻訳するとき、無条件に「主語+は」とする人がいる。「主語+は」とできるのは、主語が強い名子である場合に限られ、さらに動子の後ろにある名子よりも強い場合に限られる。強いというのは、「安定な」と言い換えてもよい。 The measurements represent などとなっておれば、ほぼ無条件で「この測定値は」とすればよいが、不定冠詞や無冠詞の場合にはそうはいかない。 むずかしいのは無冠詞でも、何らかの概念を表し、定冠詞の既定、既出、既知に対して「不問」のものである場合である。病名などがそれに当たり、もとより不問であるから定冠詞など必要としない。 病名のほか、endoscopyのような検査法も不問に相当する。これにupperなどの形容子がつくと多少弱くなるが、それでもまだまだかなり強い。 Upper endoscopyで始まれば「上部(消化管)内視鏡検査は」とできる。ただし、「は」になるか「が」になるかは動子のうしろにある名子との力比べになるわけで、 Upper endoscopy is the diagnostic procedure of(first)choice などとあれば、「上部消化管内視鏡検査は」ではなくて「上部消化管内視鏡検査が」(選択的診断手技となる)(診断手技の第一選択となる)となる。 英語と日本語との関係は、というより、あらゆる言語の間の関係は、このように精緻な力学から成り立っているのであって、「は」と「が」の間違いはきわめて重大で致命的な誤訳であると言わざるをえない。 したがって、「は」と「が」のまちがいが散見されれば、その翻訳者は冠詞の理解ができていないとほぼ断言できることになる。 Normal esophageal function で始まる文は、Upper endoscopyで始まる文よりもはるかに判断が下しやすい。Functionそのものが絶対概念でなく、それにesophagealという形容子がつき、さらにnormalという形容子がついているのであるから、その全体が明らかに弱い名子となっている。この訳が「正常な食道機能は」で始まることは、天地開闢以来未来永劫にわたって絶対にありえない。「食道機能が正常であれば」、これしかありえない。Normal esophageal function allows for food transport to the stomach, prevents reflux of gastric contents….とあれば、「食道機能が正常であれば、食物が胃に運ばれ、胃内容物が逆流しないようになっている、、、」としかなりえない。「正常な食道機能は、食物が胃に運ばれるのを可能にし、胃内容物が逆流しないようにする」では断じてない。最初の訳だとallowの可能の意味が訳されていないと難癖をつける者がいるが、ほぼ出没情報と考えてよいものだけを針小棒大に取り上げ、本当はその何十倍も大切なnormal esophageal functionが名子として安定したものでないことにはまるで頓着しない態度は、翻訳者として許されるべきものではない。 不安定な名子は、冠詞のない言語に変換されるさいに必ず「くずれる」。くずれて、名子が景子化する。 安定な名子なら「正常な食道機能は」と訳せるが、不安定な名子は「食道機能が正常であれば」になる。訳し方とか翻訳の技巧の問題ではなく、言語の本質がそのようにできているのである。 ←ランキングに登録しています。クリック、よろしくお願いします。