臓器移植
近所(川崎市です)にお婆ちゃんが一人で切り盛りしている、立ち食い蕎麦のお店があります。屋号は『しまだや』、野菜の天ぷらが美味しくて種類も豊富、そして安い。僕はお蕎麦に「ゴボウ」「春菊」「ニンジン」のいずれか又は複数を入れてもらって食べています。今日はお店の紹介ではありませんので、メニューの話はこれくらいにしますが、先日お店にお婆ちゃんの娘さんがみえていて、腎臓移植の話をしていました。訊くところによると、ン十年前にお婆ちゃんから娘さんへ生体腎移植をしたとのお話でした。その後の経過は順調で、結婚・出産を経て現在に至っているとのことで、身近に移植手術をした人がいませんので、ご迷惑も省みず色々質問してしまいました。話をしていて、ふと考えたことがあります。脳死判定とか移植の話になると、必ず登場する『倫理委員会』とかいう代物。こういう人からは、臓器を提供してはならないとか、この状態の人は死ぬしかないからドナーになれる。なんて勝手なことを決める法的な根拠を何も持たない機関のことです。僕が脳死になったら、どうなるんでしょう。もし臓器提供をすることになっても、大学の『倫理委員会』なるものに決められることでは無い、と言うより絶対に決めて欲しくは無いのです。僕の生き死にの規準を彼らに求めたことはありませんし、その権利を預けた覚えも無いからです。【なんて役に立たないことを、すぐに考えてしまう性分なんです】※今日の記事に何が書きたかったのか自分でもわかりませんので、意味が分からないなんてコメントはご遠慮くださいね。ミドリ十字の話などの話題を取上げた際に断片的に書いたことはありますが、「医者(製薬会社を含む)と倫理」について、少し書いてみてもいいかなと思いました。と、例によって三日坊主だと思いますので、あまり期待しないでください(読者もいないのに見栄張っていますが)