「もうこの人とは一生会えないような気がする。」

別れ際になって、そう思った。

そんな別れを何度も体験している。




たとえば、好きだった男の子の転校が決まって最後の登校日の
下校のときとか。

たとえば、昨日までご近所だったママ友が引っ越して県外へ
行ってしまう日のお見送りとか。

たとえば、勤務先のバイトの子が卒業と同時に郷里に戻る事が
きまって最後の勤務を終えたときとか。


そんな別れも、気になる人だったら手紙のやりとりがあったり
最近では携帯で連絡を取ることもあるし、
何かしら自分から完全に別れを断ち切らない方法があったりする。


でもでも、自然のなりゆきで別れたままだけど、
その後どうなっただろうか、元気でやってるだろうかと
気になる人もいる。



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「これ、マツコイワ店長からです。」



えっ？！

菓子箱が入った紙袋を提げて、スズ姫が事務所に入ってきた。

どゆこと？！



スズ姫は前店長のマツコイワさんのことを今もそう呼ぶ。
マツコイワさん、いつ来たの？？



「今、売り場でお買い物中ですよ。」




ママママ、マツコイワさんがやってきた！！（嬉）





休憩中でお昼ごはんの途中だったにもかかわらず、
当時からのメンバーは立ち上がって事務所を飛び出したさ。





最後にマツコイワさんに会ったのは送別会の夜。
人事売上からも達成率からも開放されて、その夜は上司だったのを
忘れて会話がはずんだ楽しい飲み会だった。

自転車で自宅マンションに戻るマツコイワさんを
メンバーは後ろから見送った。
マツコイワさんは振り向かずに手だけを軽く振ってバイバイをした。
ゆっくりゆっくり走って行くマツコイワさんが見えなくまるまで
メンバーは見送った。


その後も。

「マツコイワくんは、仕事決まったのかねぇ。」と
おばちゃんメンバーは息子のように心配し、
無事郷里で就職が決まったことがわかると
「よかったよかった、『ダ』で店長までやったんだもん、
今はなんだってできるでしょ。」と母親のように喜んだ。


しかし、それからも、
「マツコイワくんは、元気にしとるかねぇ。」
「彼女とは結婚したらしいねぇ。」
「彼女はこっちの人なんじゃけぇ、ついでに寄ってくれたらいいのに。」

などと、懐かしむだけでなく再会を望む声もちらほら聞くようになった。


あたしだって、在任中はあんなに会いたくなかったのに
今じゃ元気にやってるかなぁって時々思うことあるのよね。
でも、新しい生活をスタートしてもう３年半。
今の生活が充実すればするほど、過去を思い返すことはないだろう。
マツコイワさんにとってはもう色褪せているかもしれない。

今のグリャマンボ店は、マツコイワさんの教えが根付いてるといっても
いいだろう。
だって、彼はいつも自ら行動していたんだもの。
レジが忙しければすぐに閉じたレジをあける。
レジでレシート処理に時間がかかってたらレジを変わってくれる。
空き棚があれば手を着けてない荷物があるか確かめる。
空きフックがあれば隣のフックからうつして前出しする。
発注履歴を確認してできてないメンバーに喝を入れる。

そして、マツコイワさんの教えはいつも「お客さまのために」だった。


だから、グリャマンボ店のショップメンバーの接客力は
マツコイワさんの教えが土台になって退職後も新しいメンバーに
継がれているといってもいい。





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事務所を出て売り場に出てきたメンバーは３人。

あたしとＡＢ型典型ササガワさんと、
マツコイワさんに追っ払われた蚊にたらふく血を吸われた
カワナミさんの３人であった。
　　↑
（カワナミさんはその事はすっかり忘れていた）




「ごぶさたしてます！！」



空白は３年半、でもその月日を感じさせないくらい
マツコイワさんは変わっていなかった。

いや、変わっていないのは年のほうで
日報に追われて数字を気にしていたころの顔つきとか
売り場作りや発注を指示する目線、
ギスギスした表情は消えてとてもおだやかな笑顔で
迎えてくれた。
むしろ、気持ちふっくらして以前よりも若く見えるかも。



「結婚、あ、してますよ。」
「子供？そうなんですよ。生まれたんですよ。」
「２週間なんですよ。」
「今、奥さん産後で実家にいるんです。」
「写真？みたいでしょ？」




いや、まだ何も言ってないけど（見たいけど）
マツコイワさん、誰も返事をしていないのに
ポケットから携帯をだしてぱかっと開いた。


「ほら。」




そういや、以前も彼女とのツーショット写真を
待ち受け画像にしていたよなぁ。
相変わらずなんですね。

ってか、うまれたての赤ちゃん画像はとても懐かしい。
しかも、たぶん奥さん似と思われる。生まれたてとはいえ、
丸顔で目鼻立ちがはっきりしていて、それはそれはかわいい。




「・・・奥さん似なんですね。かわいいじゃん。」



カワナミさん、思ったとおりに言う。



「でへへへへへ。」



アナタに似てなくてよかったわね、という本音は全く気になってない様子で
『かわいい』にデヘデヘ反応して喜ぶマツコイワさんには
もはや在任中の緊張感はまるでない。


ところでマツコイワさんは今どこらへんに住んでいるのだろう。
こっちは離れてるけど、なんだかアイリの近くっぽいな。


「西鉄？路線沿い？？」
「えー？実家の近くですよ！」
「ヤ●ダ電機？むちゃくちゃ近い！」


やっぱりアイリとマツコイワさんの行動半径はかぶるのに気がついた。


一生会わないかもしれないと思ってから３年半、
もしかしたら今度はアイリのアパートへ行ったときに会うかもしれないと
思うとちょっと嬉しくなった。

今度会うときは、ベビーカー押してるところをすれ違うなんてもの
いいなぁ。