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2013年01月27日
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カテゴリ:’13ドラマ

「テリヤキの乱!将軍vs平成のシェフ」

第3話の視聴率は、前回の9.9%より少し上がって、10.1%でした。

10%台に戻せて良かったです♪(^^)

 

今回は、信長vs将軍・足利義昭。

それにうまく料理を戦略に使っていました♪

「本膳料理」という日本料理の元祖みたいな物が出て来たり・・・

ケン、フランス料理のシェフなのに、日本料理も精通していて、すごいです♪(^^)

「本膳料理」とは、武家の儀式用の食事であり、一汁三菜が基本。

汁と、煮物と蒸し物を作り、そして、焼き物に、この時代、まだ未知の醤油(味噌の上澄み)を使って、「うずらの葱巻き照り焼き」という照り焼き料理を作りました。

この未知の「照り焼き」を、義昭はとても気に入りました。

ケンの料理を気に入った将軍・義昭が、信長にケンをくれと言い、断ったら、誘拐されてしまいました(汗)

義昭、本当に嫌な奴ですね(^^;)

でも、ケン、将軍に高待遇で誘われても、ちゃんと

「俺は信長の料理人だ!」と断って、カッコ良かったです♪(^^)

殺されそうになってしまい、見張りについていた楓が助けてくれました。

信長もすぐ馬で駆けつけましたが、将軍の前で下馬せず、自分の方が上だと権力のアピール。

結局、ケンは餌でした(^^;)

信長は優しいのか、冷酷なのか分からないという事で・・・

両方、混在しているのでしょうね。

 

仕返しに、信長の新年の宴のお客さんに京からの客も増えて、200人に倍増。

器が足りなくなって、苦肉の策で、一人一枚の皿で済むバイキング形式にしました。

本当は、バイキングは昭和33年東京・帝国ホテルで始まったそうです。

全ての料理を一卓に並べ、客が好みで取るスタイルは大流行して日本全国に広まったそうです。

義昭の部下が客に取りに行かせるなんてと文句を言いましたが、可成が好きな物を好きなだけ取れてよいと援護。

一般客から指示され、秀吉も切腹せずに済みました♪

宴一つに命がかかって、武士も大変ですね。

元料理頭の井上(きたろう)さん、協力しないと言ったり、でも、自分の返り咲きを狙って協力したり、面白かったです♪

今回は、この人がいい味を出していました(^^)

 

最後の朝倉攻めを義昭に認めさせる料理勝負は迫力がありました。

信長「ケン、おぬしの料理で将軍の了承を得よ。朝倉攻めの了承をな」

料理は既に殆どできていましたが、その意図を汲んで、料理を作り直す事になりました。

ケンは井上から、越前の名物などを聞き、「カニのカクテル」と「鯖の瞬間燻製梅肉ソース」を出しました。

徳川家康(竹山隆範)はその料理を見て、

家康「なるほど、織田殿の意を見事に汲んでおりますのう」と絶賛♪

秀吉「お分かりになりますか? 家康殿」

家康「(食べて)やっぱり越前名物の蟹と鯖は美味ですのう」

秀吉「そうか。越前。越前国大名の朝倉。越前を食う。

 つまり、朝倉征伐に出るという将軍に向けたお館様の決意」

可成「では、将軍殿がこれを食すということは・・・」

義昭の心の中<余が朝倉征伐を了承した事になる。

 馬鹿な・・・本気か?!

 これ以上、信長を増長させてはならぬ。

 だが、この場でこの男に逆らうなど、誰ができる?>

信長「いかがされました? お召し上がり下さい、将軍殿」

義昭の心の中<信長・・・できぬ。誰にもできぬ。 誰かこの男を殺してくれ・・・>

義昭、料理を食べる。

義昭「うまい・・・憎らしいほどに・・・」と泣く。

信長、立ち、「将軍のお墨付きを得た。朝倉攻めじゃ!」

ケンの心の中<俺の料理が戦のゴーサインになっちゃったよ>

 (終わり)

 

歴史的には、今回の話は、下記の範囲の事でした。

永禄12年(1569年)10月11日に上京した信長は、義昭に伊勢平定を報告し、13日に参内すると四日後の17日には僅か一週間の在京で突然帰国した。
当時、義昭との不和が主な原因とされたが、御内書による義昭の活発な将軍外交を信長は警戒し始めていた。

翌永禄13年(1570年)正月23日、義昭に対し次のような5ヶ条の「信長朱印状書」を提示した。

1.将軍が諸国に御内書を出すときは、必ず信長の添状を得るべき事

2.将軍の下知はことごとく破棄し、訂正すること

3.忠節の士を賞するときは相当の土地がない場合、信長の分国内でも与える

4.天下の政務が信長に任されたうえは、上意を待たず信長の存分に処分する

5.禁中の事は油断なく勤めること

 各文のいずれも、将軍の公務の規準を示したものである。義昭はこれを認めたが、実質的に政権から閉め出されることになった。この屈辱が反信長闘争を激しくしたのである。

こちらより抜粋) 

 

ドラマでは、更に、この「信長朱印状書」を送った1ヶ月後、信長は京に入り、朝倉義景を誘ったのに来ていない事を確認。

義昭に唆されて朝倉が反旗を翻した事を確認したのでしょう。

それで、ケンに料理で朝倉攻めの了承を得るよう言い、歴史に結びつけたのでした。

 

よくある誰かと誰かの料理対決ドラマとは違い、戦国の歴史に料理をうまく結び付けていて、このドラマ、面白いです♪

バイキングが京でも流行るだろうとか、醤油の原型を使ってしまったりとか、料理の歴史を変えてしまいましたが、大丈夫でしょうか?

「JIN」のように歴史の修正力は働かないのでしょうか?(^^;)

 

最後に、義昭が泣きながら料理を食べた時、

「誰かこの男を殺してくれ」と心の中で叫んだので、明智光秀を思い出しました。

でも、光秀が信長を殺すのはまだまだ先ですね(^^;)

次回も楽しみです♪(^^)

 

【視聴率推移とレビューリンク】 (視聴率は関東地区)

第1話]11.6%  [第2話]9.9%  [第3話]10.1%

 

【第3話あらすじ】 (公式HPより)

南伊勢の北畠具教との和睦に成功し、伊勢一国を平定した織田信長(及川光博)は、そのことを将軍・足利義昭(正名僕蔵)に報告するため、京へと向かうことになる。将軍・義昭の許可を得ずに伊勢を平定したことで、信長が義昭の怒りを買ったことは必至。信長はケン(玉森裕太)を"将軍の台所"に送り込み、義昭を懐柔させようと画策する。
 御所の料理が天下一だと思い込んでいる義昭に御所の本膳料理を超える『未知なる料理』を出すよう、ケンに命じる信長。ケンは、まだ醤油がなかったこの時代、醤油を使った料理ならばその『未知なる味』になるのではないかと考える。味噌の上澄みを使い、醤油を作り出したケンは、うずらの照り焼きをはじめとした料理を完成させ、見事義昭をうならせることに成功するのだった!

 ケンの料理を口にした義昭は、その美味しさに魅せられ、信長に「この料理人を余にくれ!」と乞う。断る信長に激昂した義昭は、京でいとまを出されたケンと夏(志田未来)を拉致し、無理矢理に将軍付きの料理人になるよう迫る。己の欲望のためだけに、自分だけでなく夏までもを危険な目に遭わせ、平然としている義昭にただ呆れるケン。自分を必要だと言ってくれた信長の言葉を思い出したケンは、義昭の要請をきっぱりと拒否し、「俺は...信長の料理人だ!」と言い放つ!
 怒りに震える義昭に斬り殺されそうになったところを、間一髪、楓(芦名星)に救われたケン。無事、岐阜城に戻ったケンたちだったが、またしても義昭から執拗な嫌がらせを受けることに...。
 さらにその先には、信長軍の運命を大きく動かすことになる出来事が待ち受けていた...!

 

公式HP・次回あらすじ

公式HP・原作コミック・プレゼント←締切:2月1日(金)夜11:59

 


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最終更新日  2013年01月28日 11時46分58秒
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