119082 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Welcome to tamutamu's HOME

Welcome to tamutamu's HOME

4月27日。病気発覚から一年

4月27日。
一年前のこの日の日記には、こんな事が書いてあります。

『今日からしばらくの間、毎日日記をつけることになると思う。無理して働いてたら、
とうとう自分の体、こわれちゃった。』

去年のちょうどこの頃、日記にもあるように私は本当に『無理して』働いていました。
毎日帰るのは終電。間に合わなかったらタクシー。寝不足になりながら、頼まれれば
休日まで出勤し、その後彼の家に行って掃除をしたり洗濯をしたり。そうやって毎日が
過ぎていっていました。仕事も軌道に乗ってきて、無理してでもこなさなければいけないことは山のようにありました。
社会人2年目となったばかりで、その年がひとつの正念場になると思っていたので、
頑張らなきゃ、という思いだけは強かったことを覚えています。

体重はどんどん落ちていくのに、お腹だけがぽっこりと出てきて、
「病院いったほうがいいかなぁ。。」と思いつつも、忙しすぎてそれすら出来ない状態が
一ヶ月ほど続いていました。

病気が初めて発覚したのは、実家の近くの産婦人科です。
そこは、母親が私を出産した小規模な病院で、私を診察してくれたのは、
まさに私を取り上げてくれた先生でした。

私のお腹を見た先生が最初に言った言葉は、「こりゃ妊娠だなぁ!」という一言でした。
それほどまでに、私のお腹は張り出していて、エコーでの診察後、一番大きいサイズの
キューピー人形を目の前に持ってこられ、人形の頭を指差しながら
「この位の腫瘍がお腹の中にあるんだよ。今までよく普通に生活できてたね。。」
と、半ば呆れ顔で言われてしまいました。

病院に付き添ってくれた母親も私も、ただただ大変なことになってしまった、ということしか
わからずに、しばらくの間呆然としていました。医師の話は、冷静に聞いていたものの、
私自身とても動揺していて、大学病院への紹介状を書いてもらっている間、外へ出て
携帯で姉に電話した瞬間、涙が止まらなくなってしまいました。

自分はこれからどうなってしまうんだろう。そんな気持ちでいっぱいでした。

その日中に自宅へ帰り、彼の家に行ってゴールデンウイークを過ごすつもりだったので、
彼にも電話をしました。寝ぼけながら「何時に帰ってくるの??」と聞く彼に泣きながら
事情を説明し、実家の近くまで来てもらうことになりました。

病院での初めての診察が終わり、姉と彼が来てくれて、私も含めて3人でこれからのことを
少し話しました。入院して手術をする事になりそうだということ。会社はしばらくの間
休まなければいけないこと。手術をしてみなければ、この腫瘍がなんなのか、今の時点で
はっきりとはわからないということ。

以前看護婦をしていた私の姉は、努めて冷静に、でも私のことを気遣いながら話をしてくれました。
専門は婦人科ではなかったけれど、それでも私にとって姉の存在はとても心強く、
話を聞いてるうちに少し気持ちも落ち着いてきました。

この時はその先もっともっと大変な事が待ち構えているなんて微塵も思っていませんでした。
気持ちが落ち着けば、「手術が終わって、退院したらせっかくの休みだし彼に休みを取ってもらって
一緒に旅行に行こう。それまでちょっと我慢すればいいだけのことだよ。」
そんな気分にもなれました。

夜になって、父親と一緒に車で一旦自宅へ戻り、入院に必要な物を持ってきました。
先に帰っていた彼のところにも寄ってもらい、「ちょっと行ってくるね。すぐ戻ってくるから。」
そういって、実家に帰りました。

すぐ戻ってくる。

本当に、そう思っていたんです。

あれから一年経って、『すぐ』ではなかったけど、こうして戻ってこれたことが、
私にとっては一番嬉しいことになりました。
一人暮らしのこの家に戻ってくること。それは、私にとって一番の目標で、入院中は
毎日その目標に向かって頑張ってきました。

病気をする前の自分に、私は戻ることは出来ません。
それは、悲しいけれど事実です。

でも、病気をする前の自分に近づくことは出来る。

一年経って、やっとそう思えるようになりました。





© Rakuten Group, Inc.