【顕正会】こんな後遺症ございませんか?19番についてパート2
19 活躍していたあの頃、役職や登壇内容等まわりからチヤホヤされてかっこよかった自分が忘れられないので、あの頃の思い出にすがって生きている。また自分がかかわった人が現役活躍者になっていたらまるで自分の功績だと思ってそこにもすがって生きている活躍していたあの頃、登壇を依頼されて、まわりから 凄い 凄いといわれ有頂天になっていたあの頃の事が忘れられなくて、もう一度やってみたいもう一度復活させたいと思ってがんばっていませんか?たんぽぽもアルバイト先の仲間が入信をして、その友達、また友達とどんどんふえてきて、区長から 凄い 凄いといわれ、登壇をして区員が私の登壇に涙して、本当に感激しまくっていた日々がありました。しかしそんなに甘くなくて、そちらのグループのほとんどが退転状態になり。もうこれ以上できない!!でもここからが本当の信心だ!!必ず復活させてみると意地になって頑張っていた時期がありました。その数年後本当に復活をさせてしまい、これこそ御守護と思っていたこともありました。あの空間、あの感激、あの涙、あの健気な涙。みんなで輪になって話しをするのが本当に楽しかったし自分の家族以上に大事な大事な班員さんの信心と思っていました。未活動になっても、あの思い出を否定することは勇気のいることでした。時間がかかることもわかります。今振り返ってみると自分が感激したから 顕正会は正しい自分がそう思ったから 浅井会長は正しい自分が 自分が 自分が・・・・自分が中心になって感じたことで判断していたといわざるえません。いまとなれば、あのシチュエーションに判断能力を低下させられていたのだとつくずく感じます。離れてみないと、わからない顕正会。離れてみると、いかに自分が無知で非常識な行動をしていたか離れてみると、いかにおかしな価値観でしばられていたのかしみじみと感じます。時間はかかるかもしれませんが、一度ふりかえってみませんか?情報は提供いたします。ご連絡おまちしています。